守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
怪盗Xiは、またファミレスのボックス席に座っていた。
なぜ座っているのか。
前回よりは分かっている。
呼び出されたからだ。
ソープが「二回目も話だけでも」と言ったからだ。
泉京香が「一度話を聞いたなら、条件確認は大事ですよ」と言ったからだ。
弥子が「ファミレスなら安心だよ!」と言ったからだ。
そしてメニューにオムライスがあったからだ。
認めたくはないが、最後の理由も少し大きかった。
ただし、今回のXiは前回より警戒していた。
なぜならテーブルの正面に座るログナーの前に、分厚い封筒が置かれていたからだ。
ただの紙ではない。
契約書である。
さらにその横には、これもまた明らかにファミレスのテーブルには不釣り合いな、重そうな袋が置かれていた。
Xiはそれを見ないようにしていた。
見たら負ける気がした。
「帰っていい?」
Xiは言った。
ログナーは即答した。
「まだ始まっていない」
「始まる前に帰りたいんだよ」
「この道は通行止めだ」
「またファミレスのボックス席でそれ言う!」
カイエンは隣で笑っている。
「慣れろ、後輩」
「まだ後輩じゃない!」
「二次面接まで来たんだから、だいぶ後輩だろ」
「まだ内々定でもないよね? 同意してないよね?!」
Xiは周囲を見回した。
ソープは楽しそうにパフェのメニューを見ている。
弥子はすでにポテトを食べている。
泉は資料を整理している。
承太郎はドリンクバーのアイスコーヒーを静かに飲んでいる。
ネウロは、いつものように弥子の背後にいる。
そして岸辺露伴は、隣のボックス席に当然の顔で座っていた。
手帳を持っている。
「露伴先生、なんでいるの」
Xiが言う。
「面白そうだからだ」
「理由がひどい」
「君の契約書に興味がある」
「もっとひどい」
泉が露伴を見る。
「露伴先生、契約書の内容は勝手に覗いてはいけませんよ」
「覗かない。観察するだけだ」
「同じです」
「厳しいな、君は」
ログナーが小さく頷く。
「やはり制御役として有用だ」
「ログナーさんも採用しないでください」
泉は苦笑した。
*
ログナーは、封筒を開いた。
中から出てきたのは、数枚どころではない契約書だった。
Xiはそれを見て、まず表情を引きつらせた。
「厚くない?」
「必要事項だ」
「ファミレスで読む厚さじゃないよね?」
「場所は関係ない」
「関係あるよ。僕のオムライスが冷める」
「注文前に始める」
「そういう合理性いらない!」
ログナーは一枚目をテーブルに置く。
「怪盗Xi。ミラージュ騎士団レフトメンバー候補としての自由契約および見習い任務に関する確認書だ」
「名前がもう重い」
「正式採用ではない」
「そこは大事!」
「ただし、候補登録は行う」
「そこが怖い!」
泉が真面目に言った。
「Xiくん、こういうものは一つずつ確認した方がいいです。分からないところは質問して、曖昧なまま同意しないことが大事ですよ」
「泉さん、優しい……」
Xiは少し安心した顔をした。
泉は続ける。
「定職や業務委託に関係する契約は、将来に影響しますから」
「やっぱり定職の話に戻るんだね」
「大事です」
「有能セイロニストが強い……」
弥子が首を傾げる。
「セイロニスト?」
ネウロが言う。
「正論で他者の退路を蒸す者だ」
「蒸すんだ?!」
「せいろだけにな」
「ネウロがダジャレ言った?!」
承太郎が低く言った。
「やれやれだぜ」
*
ログナーは契約書を読み上げる。
「まず、採用時の契約金」
Xiは、少しだけ身を乗り出した。
「そこは、聞くだけ聞く」
カイエンが笑う。
「正直だな、後輩」
「だから後輩じゃないって!」
ログナーは、淡々と金額を告げた。
ファミレスのテーブルに、沈黙が落ちた。
Xiの顔から、少しずつ表情が消えていく。
「……」
彼はゆっくりログナーを見た。
「桁、間違ってない?」
「間違っていない」
「国家規模って、比喩じゃなかったの?」
「比喩ではない」
Xiは契約書をもう一度見た。
「ちょ、これ……」
声が少し震えた。
「こんな額を払うってことは、何をさせる気なの?」
「ミラージュナイトとしての責務だ」
「責務が重すぎるよ!」
ソープが穏やかに言った。
「重いよ」
「本人が軽く言わないで!」
露伴は目を輝かせている。
「面白いな。大金を見て喜ぶ前に責任の重さに気づく。怪盗としては健全な警戒心だ」
「僕を分析するなよ!」
「だが良い反応だ」
「褒められても怖い!」
泉は契約書を見ながら、真剣に言った。
「金額が大きいほど、条件の確認は慎重にした方がいいですね」
「泉さん、もっと言って」
「特に解除条項は重要です」
「そう、それ!」
Xiはログナーを見た。
「辞める時の条件は?」
ログナーは一枚めくった。
「基本的には、退団は死を以てのみ」
「重い! 重すぎじゃない?!」
Xiが叫ぶ。
ファミレスの近くの席の客が、一瞬こちらを見た。
しかしすぐ目を逸らした。
この店も学び始めている。
「前例はない」
ログナーが言った。
「前例がないなら安心じゃないんだよ! 逃げ道がないってことじゃん!」
泉が真顔で言う。
「ログナーさん、それは雇用契約というより、生涯任官に近いのでは……」
「会社員ではない」
「それでも説明義務はあります」
ログナーは泉を見た。
「説明している」
「説明された結果、Xiくんが怖がっています」
「妥当だ」
「妥当って言った!」
Xiは契約書を指差す。
「ここ! 退団時の違約金! これ何?!」
「責務放棄に対する措置だ」
「金額がおかしい!」
「契約金と釣り合っている」
「釣り合わなくていい!」
弥子が覗き込もうとして、泉に止められた。
「弥子ちゃん、勝手に見ない」
「でも気になる!」
「たぶん見ても金額の実感が湧かないと思います」
「そんなに?」
ネウロが笑う。
「貴様の食費でもしばらく耐えられる程度ではないか」
「すごい!」
「比較対象が間違っている」
ログナーが言った。
*
Xiは頭を抱えた。
「契約金はすごい。機密資料も魅力的。そこは認めるよ。でも退団条件が重すぎる。僕は怪盗だよ? 自由が生命線なんだよ?」
「任務ごとの自由契約案もある」
ログナーは別紙を出した。
「それなら、まだ話だけは聞く」
Xiは警戒しつつも紙を見る。
「ただし、見習い期間を設ける」
「見習い?」
「初回任務において、時給は500円」
「ワンコイン?!」
Xiが叫んだ。
さっきとは別の意味で顔色が変わった。
「契約金と責務の桁を見たあとに、時給500円を見せるのやめてよ! 感情が追いつかない!」
「見習い期間だからな」
ログナーは平然としている。
カイエンがにやにやしながら言った。
「がんばれよ、後輩~」
「時給500円で星団最強騎士団の後輩扱いはおかしいよ!」
弥子が真剣に言う。
「時給500円だと、ポテトとドリンクバーで終わっちゃうね」
「僕の労働価値をファミレス換算しないで!」
泉が冷静に言った。
「ただ、契約金が別途発生するなら、時給だけで判断するものではないかもしれません」
「泉さん、そっち側に回らないで!」
「でも、見習い期間の業務内容と拘束時間は確認すべきです」
「やっぱりこっち側だ!」
ログナーは次の紙を出した。
「初回任務案」
Xiは身構える。
「何をさせる気?」
「陛下の地球滞在時における同行監視、および支出抑制補助」
「ソープのお目付け役?!」
ソープはにこにこしている。
「よろしくね、Xi」
「その笑顔、断りにくいんだよ!」
ログナーは続けた。
「任務内容は、陛下の寄り道を記録し、不要な支出を止め、危険な食材を避け、怪しい漫画家を遠ざけること」
露伴が即座に言った。
「最後のは僕のことか?」
「そうだ」
ログナーが即答した。
「失礼な男だな」
「事実だ」
「その言い方は僕も使う」
「使うな」
Xiは紙を見て、さらに青ざめる。
「仕事量が時給500円じゃない」
「見習い期間だからな」
「さっきからそれで全部押し切ろうとしてない?!」
カイエンが肩を叩く。
「まあ、最初は雑用からだな」
「雑用の中に“怪しい漫画家を遠ざける”が入ってる時点で難易度高いんだよ!」
承太郎が低く言った。
「露伴を遠ざけるのは難しい」
「君が言うと説得力がありすぎる!」
*
そこでログナーが、契約書とは別の袋をテーブルの上に置いた。
どん。
鈍い音がした。
中で金属が擦れる音がする。
Xiは、ゆっくりそれを見た。
「……何?」
「仮払いの前金だ」
「仮払い?」
「日本円の準備が間に合わなかったのでな」
ログナーは袋の紐を解いた。
中には、見慣れない金貨が詰まっていた。
ファミレスの照明を受けて、淡く輝く。
「ジョーカー太陽星団の金貨。フェザーゴールドだ」
Xiは完全に固まった。
弥子は目を輝かせた。
「わー! 金貨!」
泉が慌てて言う。
「弥子ちゃん、触っちゃだめです。たぶん普通の財布に入れるものではありません」
承太郎が低く言う。
「重そうだな」
ログナーは頷く。
「実際、重い」
Xiは叫んだ。
「だからそういう意味じゃない! 色んな意味で重いよ! 重すぎだよ!」
ソープは少しだけ楽しそうに金貨を見る。
「フェザーゴールドをファミレスで見るの、ちょっと面白いね」
「面白がらないでよ、ソープ! 僕の人生がファミレスのテーブルで重くなってるんだよ!」
ログナーは淡々と言う。
「契約金総額から見れば、ごく一部だ」
「ごく一部でこれ?!」
「仮払いだからな」
「仮の重さじゃない!」
露伴が身を乗り出した。
「フェザーゴールド……ジョーカー太陽星団の金貨。これは資料価値が高い」
「触るな」
ログナーが言う。
「まだ触っていない」
「目が触っている」
「どういう言いがかりだ」
泉が現実的に言った。
「ログナーさん、これは日本国内で換金できるんですか?」
「必要なら手配する」
「税務処理は?」
Xiが頭を抱えた。
「やめて! 急に現実に引き戻さないで!」
泉は真面目だった。
「大事です」
「正論が金貨より重い!」
ログナーは少しだけ考えた。
「税務処理は別途手配する」
「手配しないで! 僕、受け取るって言ってないから!」
カイエンが笑う。
「盗む側なのに、渡されると困るんだな」
Xiは金貨から目を離せない。
「盗んだものなら責任はこっちで選べる。でもこれは、責任が袋に詰まってるんだよ」
ログナーが頷く。
「その理解は正しい」
「正しいって言われると余計怖い!」
*
弥子が小さく手を上げた。
「あの、その金貨一枚でファミレス何回分くらいですか?」
「弥子ちゃん」
泉が制止する。
「気になるじゃないですか!」
ログナーは冷静に言った。
「換算しない方がいい」
「そんなに?!」
ネウロが笑った。
「クク……貴様の胃袋でも、しばらく征服しきれぬ金かもしれんな」
「すごい金貨!」
「そこが基準かよ」
カイエンが呆れる。
ソープが軽く首を傾げた。
「これで塩大福はどれくらい買えるかな」
ログナーが即座に言う。
「陛下」
「ソープだよ」
「ソープ様。買いません」
「少しだけ」
「買いません」
Xiが言った。
「時給500円なのに、前金はフェザーゴールドで、塩大福は自腹?」
「塩大福は成果報酬にしてもいい」
ログナーが言った。
「成果報酬が塩大福?!」
カイエンが笑う。
「よかったな、後輩。がんばれば甘味が出るぞ」
「僕は何を目指してるの?!」
泉が資料を確認しながら言う。
「成果報酬としての現物支給は、契約書に明記した方がよさそうですね」
「泉さん、そこ真面目に拾う?」
「曖昧だと後で揉めますから」
「もう揉めてる!」
*
ログナーは契約書を閉じた。
「本日の確認事項は以上だ」
「以上なのに、僕の精神が始まってもいないくらい疲れてる」
Xiはテーブルに突っ伏した。
「まとめるとこうだよね。契約金は国家規模。前金は金貨。責務は重い。退団はほぼ死。違約金は怖い。初任務はソープのお目付け役。時給500円。成果報酬が塩大福かもしれない」
「理解はできている」
ログナーが言う。
「理解できたから青ざめてるんだよ!」
承太郎が静かに言った。
「今日は承諾しない方がいいな」
「承太郎、急に味方!」
「契約は重い。読め」
泉も頷いた。
「私もそう思います。持ち帰って確認した方がいいです」
Xiは少し安心した。
「泉さん……」
ログナーは異を唱えなかった。
「構わん。持ち帰れ」
「え、いいの?」
「逃げなければな」
「条件がついた」
露伴が言った。
「なら僕も写しを――」
「渡さない」
ログナー。
「見せない」
Xi。
「閉じてください」
泉。
「やれやれだぜ」
承太郎。
露伴は不満そうに手帳を閉じた。
「君たちは本当に、面白い資料を隠す」
「人の契約書は資料じゃない!」
Xiが叫んだ。
ソープは、Xiを見て穏やかに言った。
「無理に決めなくていいよ」
「ソープ……」
「でも、初任務はちょっと楽しそうだね」
「君のお目付け役なんだよ?!」
「うん。よろしくね」
「断りづらい言い方しないで!」
カイエンが笑いながら言う。
「よかったな、後輩。ソープ直々に期待されてるぞ」
「後輩じゃない!」
弥子がポテトを食べながら言った。
「でも、Xiがソープさんのお目付け役になったら、文化調査の時に一緒に来るんだよね?」
Xiは警戒する。
「何を企んでるの?」
「別に! ただ、イナゴとかカエルとかの時も――」
「行かない!」
ログナーが即座に言う。
「その文化調査は別途審査だ」
「まだ諦めてないんだ……」
Xiは小さく呟いた。
*
最終的に、Xiは契約書の写しだけを受け取った。
フェザーゴールドの袋は、受け取らなかった。
いや、受け取れなかった。
「持ったら負ける気がする」
彼はそう言った。
ログナーは袋を回収しながら頷いた。
「賢明だ」
「君に褒められると怖いなあ」
「褒めてはいない」
「だと思った」
泉が契約書をクリアファイルに入れてXiへ渡す。
「ちゃんと読んでくださいね。分からないところは、誰かに相談して」
「泉さんが一番まともだよ」
「ありがとうございます」
露伴が小さく言う。
「僕も読めるが」
「君には相談しない」
「なぜだ」
「人生を読まれそうだから!」
承太郎が低く笑ったような気がした。
ログナーは立ち上がる。
「次回、回答を聞く」
「回答期限あるの?」
「ある」
「どれくらい?」
「追って通知する」
「それ、怖いやつだ」
ソープは楽しそうに言った。
「Xi、またファミレスで会おうね」
「面接抜きなら来るよ」
「次回も面接だ」
ログナーが言う。
「じゃあ来ない」
「オムライスを用意する」
「……来ない」
カイエンが笑う。
「間があったな、後輩」
「ない!」
弥子も言った。
「ありました!」
「弥子ちゃんまで!」
泉も少しだけ笑った。
「ありましたね」
「泉さんまで?!」
ネウロが愉快そうに言った。
「クク……怪物強盗、オムライスと金貨と責務の間で揺れるか」
「情報を混ぜるな!」
露伴は手帳に最後の一行を書いた。
『怪盗Xiは契約書に青ざめる。
金貨の重さよりも、責務の重さを恐れた。
ただし、オムライスには揺れる。』
Xiが覗き込んで、叫んだ。
「最後の一文いらないよ!」
「いる」
「いらない!」
ログナーが横から言った。
「事実だ」
露伴がにやりと笑う。
「便利だな、その言葉は」
「使うな」
「断る」
ファミレスの店員は、空いた皿を下げながら、今日も何も聞いていない顔をしていた。
テーブルには、契約書の余韻と、金貨の重さと、オムライスの香りが残っている。
ジョーカー太陽星団最強の騎士団、ミラージュナイト。
その採用二次面接は、ファミレスで行われた。
結果。
内々定には至らず。
ただし、候補者は契約書を持ち帰った。
それだけでも、ログナーにとっては十分な前進だった。
Xiにとっては、非常に不本意な前進だったが。
「僕、まだ同意してないからね」
彼は何度目か分からない主張をした。
ソープが微笑む。
「うん。分かってるよ」
ログナーが言う。
「では、同意する可能性は残っているな」
「言い方!」
カイエンが笑う。
「がんばれよ、後輩」
「だから後輩じゃないってば!」
ファミレスのボックス席に、Xiの声が響いた。