守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
怪盗Xiは、またファミレスのボックス席に座っていた。
三度目である。
一度目は、採用面接だった。
二度目は、契約書と責務の重さに青ざめた。
そして三度目の今日は、条件交渉である。
つまり、かなり来ている。
「僕、かなり来てるよね」
Xiは、自分で言ってから少し嫌そうな顔をした。
向かいにはログナー。
隣にはソープ。
少し離れてカイエン、弥子、泉、承太郎。
さらに、なぜか露伴もいる。
いつもの面子だった。
「来ているな」
カイエンがにやにや笑う。
「がんばれよ、後輩」
「後輩じゃない!」
Xiは即座に反論した。
「今日はその話をはっきりさせに来たんだ。僕はミラージュナイトになる気はない。血の十字架も背負わない。退団が死を以てのみとか、そんな重い契約書にはサインしない」
「賢明です」
泉が言った。
「契約内容は、よく確認してから判断するべきです」
「泉さんは本当に正論で助かるよ」
「でも、条件を調整した上で業務委託のような形なら、検討の余地はあると思います」
「正論が反対側からも来た」
Xiはテーブルに突っ伏しかけた。
ログナーは、いつもの冷静な顔で資料を置く。
「では、今日の議題だ」
「議題って言い方がもう会議なんだよ」
「会議だ」
「面接じゃなかったの?」
「第三次面接兼、条件交渉だ」
「増えた!」
弥子はポテトを食べながら目を輝かせている。
「三次面接って、本格的だね!」
「弥子ちゃん、これは普通の就職活動とは違います」
泉が冷静に言う。
「でも三次まで来たら、もう内定近そうじゃないですか?」
「近くない!」
Xiが叫ぶ。
「僕はまだ同意してないし、内々定でもないし、雇用契約でもない!」
承太郎が短く言った。
「だが、三回目だ」
「そこを数えないで!」
露伴は手帳を開いている。
「怪盗Xi、三次面接まで進む。本人は否定。だが出席率は高い」
「書くなよ!」
「事実だ」
「その言葉、みんな便利に使いすぎ!」
*
ログナーは、前回と同じく袋を取り出した。
重そうな袋。
中で金属が擦れる音。
Xiはそれを見ると、少しだけ表情を引き締めた。
前回、彼はその袋を受け取らなかった。
フェザーゴールドの重さに、責任の重さを感じたからだ。
ログナーは袋をテーブルに置いた。
どん。
ファミレスのテーブルが、また星団財務局になった。
「日本円の準備は?」
Xiが訊く。
「間に合わなかった」
「本当に?」
「必要なら手配する」
「いや、いい。そこはいい。むしろ金貨の方が、僕には分かりやすい」
泉が手を挙げた。
「換金や税務処理は?」
Xiが顔をしかめる。
「泉さん、その正論はあとでお願い」
「大事です」
「分かってる。分かってるけど、今は心の準備を優先したい」
ログナーは袋を開き、中からフェザーゴールド金貨を数枚取り出した。
淡く輝く金貨。
その一枚を、Xiが指先でつまむ。
彼は金貨の表面を眺めた。
そこには横顔が刻まれている。
Xiは首を傾げた。
「この金貨に刻んである横顔、なんかどっかの誰かに似てる気がするなぁ……」
場が少しだけ静かになった。
ソープは紅茶を飲んでいる。
何も言わない。
微笑んでいるだけだ。
カイエンは口元を押さえた。
「お前、それ以上言うな」
「え? 何?」
Xiは金貨とソープの顔を交互に見た。
「……あれ?」
ログナーが低く言う。
「怪盗Xi」
「はい」
「余計なことを考えるな」
「今のでだいたい分かっちゃった気がするんだけど」
「考えるな」
「いや、この横顔――」
「通行止めだ」
「金貨の肖像まで通行止めにするの?!」
露伴が即座に身を乗り出した。
「待て。フェザーゴールドの肖像がソープに似ているということは、つまり――」
泉が露伴の手帳を閉じた。
「露伴先生」
「まだ何も書いていない」
「書く顔でした」
「君は本当に察しがいいな」
「ありがとうございます」
ログナーは金貨を一枚、Xiの前に置く。
「肖像についての詮索は不要だ」
Xiは少し笑った。
「不要って言われると、必要な気がしてくるんだよね」
「採用評価に減点を入れるぞ」
「まだ採用されてない!」
「候補評価だ」
「便利な言葉を増やすな!」
ソープが穏やかに言った。
「まあまあ。今は金貨の話じゃなくて、依頼の話だよ」
Xiは、少しだけ黙った。
「……そうだね」
*
Xiは、袋から金貨を一枚だけ取り出した。
そしてテーブルの上に置く。
「前回は、これ一枚で一週間って考えた」
ログナーは何も言わない。
Xiは続ける。
「でも一週間、ソープのお目付け役をやる。しかも、弥子ちゃんの文化調査の暴走を止める。露伴先生の接近も止める。ログナー司令に報告もする。必要なら危険な食材も避ける」
「イナゴは?」
ソープが訊いた。
「止める」
Xiは即答した。
弥子が不満そうに言う。
「美味しいのに」
「脚が刺さるかもしれない食文化調査は、今回は止める」
「今回は?」
弥子の目が光る。
「拾わないで」
ログナーは言った。
「任務内容の理解はできている」
「だから、一枚じゃ足りない」
Xiは二枚目の金貨を取り出した。
「ソープのお目付け役で一枚」
三枚目を取り出す。
「露伴先生と弥子ちゃんへの警戒分で一枚」
露伴が眉をひそめる。
「僕を危険手当扱いするな」
「するよ。かなりする」
弥子も言う。
「あたしも?」
「食費変動リスク」
「ひどい!」
ログナーが淡々と頷いた。
「妥当だ」
「ログナーさんまで?!」
Xiは三枚目の金貨を指で押さえる。
「そして、ソープが予定外の文化調査を始めた場合の対応分で一枚」
ソープが困ったように笑う。
「僕、そんなに寄り道するかな」
ログナー、カイエン、Xi、泉、露伴、弥子、承太郎がほぼ同時に言った。
「する」
「するだろ」
「するよ」
「されると思います」
「するね」
「しそう!」
「するな」
ソープは少しだけしょんぼりした。
「そっか」
Xiは、フェザーゴールド三枚をテーブル中央に並べた。
淡い金色の輝きが、ファミレスの照明の下で妙に浮いている。
「三枚」
Xiは言った。
「期間は一週間。任務はソープのお目付け役。正式採用じゃない。血の十字架は背負わない。退団も何もない。僕は怪盗Xiとして、依頼を受ける」
ログナーが目を細める。
「怪盗として、か」
「そう。騎士としてじゃない。ミラージュの新人でもない。カイエンの後輩でもない」
カイエンが笑う。
「弟子でもないのか?」
「ない!」
「剣を握ったことがないなら、俺が教えてやってもいいぞ」
「師匠にレベルアップするな!」
露伴がすばやくメモする。
「怪盗Xi、剣聖カイエンへの弟子入りを拒否」
「拒否してるのに書かないで!」
「拒否も情報だ」
「最悪だよこの漫画家!」
ログナーは、三枚の金貨を見た。
「追加費用は?」
「なし」
Xiは言った。
「この三枚で一週間。交通費も食費も込み。ただし、僕が明らかに任務外の危険に巻き込まれた場合は別。そこは再交渉」
泉が即座に頷いた。
「それは必要ですね。業務範囲外の危険負担は明記しましょう」
「泉さん、ありがとう。今日も正論が助かる」
「それと、報告の形式は?」
ログナーが問う。
「簡易報告」
「文書で」
「短くね」
「日時、同行経路、支出、危険兆候、接触人物、露伴の接近状況」
「最後だけ名指し!」
露伴が言う。
ログナーは露伴を見た。
「必要項目だ」
「失礼だな」
「事実だ」
「便利だな」
「使うな」
Xiはため息をついた。
「報告はする。でも長文は嫌だよ」
泉が言う。
「箇条書きでいいのでは?」
Xiはぱっと顔を上げた。
「泉さん、それ助かる!」
ログナーも頷いた。
「箇条書きでよい」
「やった」
Xiは少しだけ笑った。
「怪盗の報告書って、なんか変だけど」
「業務委託なら報告は必要です」
泉が言う。
「正論が逃げ道を塞ぐけど、今回はちょっと助かる」
*
ログナーはしばらく黙っていた。
ファミレスのざわめきが、少しだけ遠く感じられる。
テーブルの上には、フェザーゴールド三枚。
契約書ではなく、依頼としての対価。
ログナーは、Xiを見た。
「よかろう」
Xiが少し目を開いた。
「いいの?」
「見習い期間としては、妥当だ」
「見習いじゃない!」
「試験運用としては妥当だ」
「……それなら、まあ、ギリギリ」
カイエンが笑う。
「お、後輩が一歩前進した」
「外注だよ!」
「外注後輩」
「混ぜるな!」
弥子が手を上げる。
「じゃあ、Xiがソープさんのお目付け役なら、文化調査の時も一緒だよね?」
「弥子ちゃん」
Xiは真剣な顔で言った。
「最初の一週間、イナゴとカエルは禁止」
「えー!」
「あと蜂の子も」
「えー!」
「ワニとダチョウは?」
「要相談」
「やった!」
ログナーが低く言う。
「桂木弥子」
「はい!」
「喜ぶな。要相談とは、許可ではない」
「はい……」
ソープが少しだけ残念そうに言う。
「イナゴ、駄目か」
「最初の一週間は駄目」
Xiは言った。
「僕はまず、普通の文化調査から始めたい。塩大福とか、たい焼きとか、ファミレスとか」
ログナーが言う。
「塩大福は支出上限内で」
「細かいなあ」
「お目付け役の仕事だ」
「えっ、僕が止める側じゃなくて、ログナー司令が僕を止めてる」
「当然だ」
ソープは楽しそうに笑った。
「じゃあ、Xi。よろしくね」
Xiは少しだけ照れたように目を逸らした。
「一週間だけだからね」
「うん」
「それと、勝手に神様っぽいことしないでよ」
場が少しだけ止まった。
ソープは穏やかに微笑む。
「気をつけるよ」
カイエンが小声で言う。
「無理だろ」
ログナーも低く言った。
「無理だな」
Xiは頭を抱えた。
「契約前から雲行きが怪しい!」
*
泉は、ノートに条件をまとめていた。
「期間は一週間。報酬はフェザーゴールド三枚。正式採用ではなく、業務委託形式。任務はソープさんの地球滞在時の同行補助と支出・危険行動の抑制。報告は箇条書き。業務範囲外の危険は再交渉」
「完璧だね、泉さん」
Xiが感心する。
「助かります」
「うん。これなら僕も納得できる」
ログナーが言った。
「では署名を」
「署名?!」
「業務委託確認書だ」
「結局書くんじゃん!」
「契約書ではない」
「似てる!」
泉が言う。
「簡易的な確認書なら必要だと思います。後で揉めないように」
「泉さんが言うなら……」
Xiは渋々ペンを取った。
カイエンが隣から覗く。
「お、後輩がサインする」
「外注!」
「外注後輩」
「やめろ!」
Xiは確認書に目を通し、慎重に署名した。
怪盗Xi。
その名前が書かれた瞬間、ログナーは静かに頷いた。
「受領した」
「正式採用じゃないからね」
「承知している」
「血の十字架もなし」
「現時点では」
「現時点ではって言った!」
ログナーは何も答えない。
ソープは笑っている。
露伴が、手帳に書いた。
『怪盗Xi、フェザーゴールド三枚で一週間の外注任務を受諾。
正式採用は拒否。
ただし、実地試験としては成立。』
Xiが覗き込む。
「露伴先生、いま僕の人生の節目を勝手に記録してるよね」
「そうだ」
「堂々と言うなよ」
「面白いからな」
「ひどいなあ」
承太郎が短く言った。
「サインした以上、やるしかないな」
「承太郎まで重いこと言う」
「当たり前だ」
ネウロが笑う。
「クク……怪物強盗が、ついに依頼書に縛られたか」
「縛られてない!」
「三枚の金貨でな」
「言い方!」
弥子が嬉しそうに言う。
「じゃあ、最初の文化調査はどこ行くんですか?」
Xiはすぐに答えた。
「普通の喫茶店」
「えー!」
「普通から!」
「じゃあ普通の唐揚げは?」
「それはいい」
「やった!」
「ただし大盛り禁止」
「えー!」
ログナーが頷く。
「初日から有用だな」
「評価しないで。外注だから」
「外注評価だ」
「そういうのもあるの?!」
泉が小さく笑った。
「ありますね」
「泉さん!」
*
フェザーゴールド三枚は、小さな布袋に入れられ、Xiの前に置かれた。
袋ごとではない。
前金全額でもない。
彼が選んだ、彼自身の妥協点。
Xiはそれを手に取った。
ずしりと重い。
「……やっぱり重いなあ」
ソープが言う。
「金だから?」
Xiは首を振った。
「それもあるけど」
ログナーが言った。
「責任の重さだ」
「そういうことをさらっと言うから怖いんだよ」
Xiは袋を懐にしまった。
「一週間だけ。僕は怪盗Xiとして、依頼を受ける。それ以上でも、それ以下でもない」
「承知した」
ログナーは言った。
カイエンが笑う。
「まあ、がんばれよ。外注後輩」
「混ぜるなって言ってるだろ!」
ソープは楽しそうに立ち上がる。
「じゃあ、まずは今日の帰り道からかな」
Xiが固まる。
「え、もう始まってるの?」
ログナーが即答した。
「署名時点で開始だ」
「早い! 始業が早い!」
泉が言った。
「始業日時は確認書に書いてありましたよ」
「読んだけど、心が追いついてない!」
弥子が言う。
「じゃあ帰りにたい焼きでも――」
「却下」
Xiとログナーが同時に言った。
弥子は目を丸くする。
「息ぴったり!」
Xiは苦い顔をした。
「初日からログナー司令側に寄ってる気がする」
「良い傾向だ」
ログナーが言う。
「やめて!」
露伴が最後に手帳へ一行を書き足す。
『怪盗Xiは三枚の金貨で妥協する。
ただし、妥協した瞬間から、仕事は始まっていた。』
Xiがそれを見て、ため息をついた。
「そのタイトル、なんか嫌だなあ」
「悪くないだろう」
「悪くないから嫌なんだよ」
ファミレスの店員は、空いた皿を下げながら、また何も見なかったことにした。
テーブルには、オムライスの皿。
ドリンクバーのグラス。
契約書よりは薄い確認書。
そして、三枚の金貨が消えた余韻。
ジョーカー太陽星団最強の騎士団ミラージュナイトへの正式採用は、今日も成立しなかった。
だが、一週間限定の外注任務は成立した。
怪盗Xiは、ついに逃げ切れなかった。
ただし、彼自身の言葉で、彼自身の条件で。
それは、彼にとって大きな敗北ではなかった。
たぶん。
少なくとも、本人はそう思いたがっていた。
「僕、負けてないからね」
Xiが言った。
ソープが微笑む。
「うん。よろしくね」
ログナーが言う。
「初日報告は今夜中に提出しろ」
「負けた気がしてきた!」