守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
ファミレスのボックス席で、怪盗Xiは確認書に署名した。
ミラージュ騎士団への正式採用ではない。
血の十字架を背負うわけではない。
退団が死を以てのみ、という重すぎる契約書に署名したわけでもない。
期間は一週間。
報酬はフェザーゴールド金貨三枚。
任務内容は、ソープの地球滞在時における同行補助、およびお目付け役。
つまり、外注である。
怪盗Xiは、そう自分に言い聞かせた。
「僕は外注。僕は怪盗。僕はミラージュナイトじゃない」
確認書に署名し終えたXiは、小さく呟いた。
向かいの席で、ログナーがその書類を受け取り、淡々と頷く。
「受領した」
「だから、正式採用じゃないからね」
「承知している」
「血の十字架も背負わない」
「現時点では」
「現時点ではって言った!」
Xiが声を上げる。
隣でカイエンがにやにや笑っていた。
「よかったな、外注後輩」
「混ぜるな! 外注と後輩を混ぜるな!」
弥子はポテトを食べながら、にこにこと手を叩いた。
「でも、お仕事決まったんだよね? おめでとう!」
「決まってない! いや、決まったけど! そういう言い方しないで!」
泉京香は確認書の控えを見ながら、真面目に言った。
「一週間限定の業務委託ですね。業務範囲も報酬も明記されていますし、前回の契約書よりはかなり現実的だと思います」
「泉さんが言うと、なんか安心できる……」
Xiは少しだけほっとした顔をした。
ソープは楽しそうに微笑んでいる。
「よろしくね、Xi」
その一言に、Xiは少し困ったように目を逸らした。
「……一週間だけだからね」
「うん」
「あと、勝手に神様っぽいことしないでよ」
「気をつけるよ」
カイエンが小声で言う。
「無理だろ」
ログナーも低く言った。
「無理だな」
「契約初日から不安しかないよ!」
Xiが頭を抱えた。
*
しかし、任務開始はそれだけでは終わらなかった。
ログナーは、ファミレスの席から立ち上がると、
持参していた細長いケースをテーブル脇に置いた。
さらに、白い布で包まれた大きな包みも置く。
Xiは嫌な予感がした。
「……何それ」
「支給品だ」
「支給品?」
Xiは身を引いた。
「僕、外注だよね?」
「任務に必要なものは支給する」
「必要かなあ?」
ログナーは包みを開いた。
中から現れたのは、白い制服だった。
長く、威圧的なシルエット。
赤いミラージュの紋章。
ただの衣装というより、象徴そのもののような存在感。
弥子の目が一瞬で輝いた。
「制服めっちゃカッコいい!!」
泉は目を丸くして、少しだけ困ったように言った。
「街なかで目立ちますね」
ログナーは当然のように答える。
「星団最強の象徴だからな」
「それ怖いやつじゃないですか……」
泉が小声で呟く。
Xiは制服を見つめたまま、じっと固まっていた。
「……これ、僕が着るの?」
「そうだ」
「ファミレスから帰る時に?」
「必要なら」
「必要ないよ! ファミレス帰りに星団最強の象徴を着る必要、絶対ないよ!」
カイエンが笑った。
「似合うんじゃねぇか、外注後輩」
「外注後輩って呼ぶな!」
弥子は制服の赤い紋章を見て、さらに興奮していた。
「すごい! 白くて、赤いマークが入ってて、なんか悪の幹部みたい!」
「弥子ちゃん、それ褒めてる?」
「褒めてる!」
「怪盗に“悪の幹部みたい”って言うの、褒め言葉なのかな……」
泉が苦笑する。
ログナーは淡々と説明した。
「外套にはミラージュの紋が入っている。着用時は、星団最強の騎士団の関係者として扱われる」
「それが嫌なんだよ!」
Xiが叫ぶ。
「僕は関係者じゃない。外注。業務委託。三枚の金貨で一週間だけ!」
「関係者だ」
「既成事実化されてる?!」
ログナーは動じない。
「任務期間中、貴様は陛下の同行者であり、護衛補助であり、お目付け役だ。外から見れば、ミラージュ関係者とみなされる」
「外から見ないでほしい!」
ソープは制服を眺めながら、楽しそうに言った。
「Xi、着てみたら?」
「ソープまで?」
「うん。きっと似合うよ」
「その言い方、断りにくいんだよなあ……」
Xiはしぶしぶ制服を手に取った。
ずしりと重い。
「……これも重い」
ログナーが言う。
「象徴の重さだ」
「だからそういうことをさらっと言うなってば!」
*
制服だけではなかった。
ログナーは次に、細長いケースを開いた。
中に収められていたのは、団員用のスパッドだった。
剣。
ただし、地球の剣とは違う。
柄と構造は武器でありながら、どこか機械めいた冷たさがある。
弥子がまた身を乗り出した。
「剣もめっちゃカッコいい!!」
「団員用スパッドだ」
ログナーが言った。
「地球で言えば、ビームサーベルに近いと考えればいい」
「ビームサーベル?!」
弥子のテンションがさらに上がる。
「カッコいい! すごい! Xi、これ使えるの?!」
「使えないよ!」
Xiは即答した。
「僕、剣なんて握ったことないって言ったよね? これ、マイナスアピールだったんだけど!」
カイエンが、楽しそうに腕を組んだ。
「じゃあ、今日から俺を師匠と呼べ」
「先輩からレベルアップしてる?!」
「剣を握ったことがないなら、教えてやる」
「いきなり剣聖を師匠にするなよ! 初心者講習の講師として過剰戦力すぎるでしょ!」
露伴がいつの間にか手帳を開いていた。
「怪盗Xi、剣聖カイエンに弟子入りの可能性。これは描ける」
「描かないで!」
カイエンも顔をしかめる。
「おい露伴、俺まで巻き込むな」
「君が自分で師匠と言ったんだろう」
「しまった」
Xiはスパッドを見つめたまま、そっとケースの蓋を閉じようとした。
ログナーが手で止める。
「閉じるな」
「まだ見てないことにしたい」
「支給品だ」
「使えないって!」
「携行しろ」
「携行するだけ?」
「任務中に必要になる可能性がある」
「ソープのお目付け役って、そんな物騒なの?!」
ソープが笑う。
「たぶん大丈夫だよ」
「たぶんが怖い!」
泉が、スパッドを少し離れた位置から見ながら言った。
「安全装置はあるんですか?」
ログナーは頷く。
「ある」
「取り扱い説明は?」
「行う」
「なら、まず訓練なしで使用しないよう明記した方がいいですね」
「妥当だ」
ログナーは確認書の余白に追記する。
Xiは泉を見て、感動したような顔をした。
「泉さん、本当にいてくれてよかった。僕、今、武器を持ったまま人生を滑り落ちるところだった」
「大げさです」
「大げさじゃないよ!」
承太郎が静かにスパッドを見る。
「不用意に振るな」
「振らないよ!」
ネウロが愉快そうに笑った。
「クク……怪物強盗が剣を持たされ、神の御身の番犬になるか。なかなか滑稽だな」
「番犬じゃない!」
ログナーが言う。
「お目付け役だ」
「その訂正も嬉しくない!」
*
Xiは、制服を羽織った。
完全に着替えたわけではない。
ファミレスの中で本格的に着替えるわけにもいかないので、外套を軽く肩にかける程度だった。
それでも、空気が変わった。
白いミラージュの制服。
赤い紋章。
黒衣の怪盗の上に重なる星団最強の象徴。
弥子は両手を握りしめた。
「カッコいい!!」
泉も少し驚いたように見ている。
「似合ってはいますね。かなり目立ちますけど」
カイエンは笑う。
「いいじゃねぇか。外注後輩から、外注ミラージュっぽくなったぞ」
「悪化してる!」
露伴は目を輝かせている。
「面白い。怪盗の黒と、ミラージュの白。二重の身分が衣装に出ている」
「露伴先生、勝手に深読みしないで」
「いや、これは描ける」
「描くな!」
ログナーはXiを観察し、短く言った。
「悪くない」
Xiは少しだけ黙った。
「……褒めてる?」
「評価だ」
「褒めてないんだね」
「必要な範囲で似合っている」
「微妙!」
ソープがにこにこしている。
「うん。似合うよ、Xi」
その言葉に、Xiは少しだけ口を尖らせた。
「……そういうこと言われると、脱ぎにくいじゃん」
「着ていればいい」
ログナーが言った。
「脱がせる気がない!」
「任務開始だからな」
Xiが固まった。
「……え?」
「任務開始だ」
「今?」
「署名時点で開始している」
「制服支給まで込みで本当に始まった感が出てる!」
ログナーは、スパッドのケースをXiの前に押し出した。
「スパッドは貸与。任務終了時に返却すること」
「壊したら?」
「弁償だ」
「怖い!」
「紛失も弁償だ」
「もっと怖い!」
弥子が言った。
「フェザーゴールド何枚分くらい?」
「弥子ちゃん、そういう換算はやめましょう」
泉が止める。
ログナーは淡々と言う。
「少なくとも三枚では足りない」
「貸与品の方が報酬より高い!」
Xiはスパッドのケースを抱えたまま、青ざめた。
「僕、これ持ち歩きたくない」
「持ち歩け」
「怪盗なのに盗まれる側の心配してる!」
*
ソープは席を立った。
「じゃあ、帰ろうか」
Xiがすぐに反応する。
「待って。まっすぐ帰るよね?」
「うん」
「寄り道しない?」
「たぶん」
「たぶん禁止」
「じゃあ、なるべく」
「なるべくも怖い!」
ログナーはXiに小さな端末を渡した。
「緊急連絡用だ」
「また支給品が増えた」
「日次報告もこれで送れ」
「日次報告……」
「箇条書きで構わん」
泉が言った。
「まずは、出発時刻、移動経路、支出、寄り道の有無、接触人物あたりでしょうか」
「泉さん、もう完全に業務設計してる」
「必要なことです」
「正論が一番逃げにくい……」
ログナーは頷く。
「初日報告は今夜中に提出しろ」
「もう初日扱い!」
「任務開始済みだ」
「僕、まだファミレス出てないのに!」
カイエンが笑う。
「がんばれよ、外注後輩。初日から報告書だ」
「外注だから! 後輩じゃないから! あと報告書じゃなくて箇条書きだから!」
露伴が言う。
「実にいい。怪盗が制服を着せられ、剣を貸与され、業務端末を持ち、日次報告を命じられる。どこから見ても怪盗の自由が削られている」
「言わないで!」
ネウロが笑った。
「クク……自由を盗む怪盗が、自由を少しずつ徴収されているわけだな」
「徴収って言うな!」
弥子は楽しそうに言う。
「でも、カッコいいよ! 制服も剣も!」
「ありがとう、弥子ちゃん。でも僕が欲しかったのはカッコよさじゃなくて逃げ道なんだよ」
泉が優しく言った。
「一週間だけですから」
「泉さん……」
「ただし、業務はきちんと行いましょう」
「やっぱり正論が続く!」
*
ファミレスを出る時、店員はXiの肩にかかった白い制服を見て、一瞬だけ目を見開いた。
しかしすぐに、何も見なかった顔をした。
この店も、かなり成長している。
夜の空気は少し冷えていた。
Xiは制服の外套を肩にかけ、スパッドのケースを持ち、緊急連絡端末を懐に入れている。
さっきまで黒衣の怪盗だったはずなのに、今はどこか、奇妙な肩書きが増えてしまったような姿だった。
ソープは隣を歩く。
「じゃあ、まずは駅まで」
「まっすぐね」
「うん」
「途中でたい焼きの匂いがしても?」
ソープは少しだけ黙った。
「……匂いだけなら」
「買わない」
「見るだけ」
「買わない」
「半分だけ」
「買わない!」
ログナーが後ろから言った。
「よく止めている」
Xiは振り向く。
「もう評価されてる!」
「初日評価だ」
「始まりが早すぎるよ!」
カイエンは腹を抱えて笑っている。
「お前、向いてるんじゃねぇか?」
「向いてない!」
「ソープを止められるだけでも大したもんだぞ」
「褒められても困る!」
ソープがにこりと笑う。
「頼りにしてるよ、Xi」
Xiは、スパッドのケースを抱え直した。
「……一週間だけだからね」
「うん」
「あと、報告書に“たい焼き未遂”って書くからね」
「未遂なんだ」
「未遂にするんだよ!」
ログナーは静かに頷いた。
「よい判断だ」
Xiは空を見上げて、深く息を吐いた。
「僕、怪盗なんだけどなあ」
誰も否定しなかった。
だが、誰も慰めもしなかった。
ただソープだけが、楽しそうに言った。
「でも今日から一週間は、お目付け役だね」
Xiは小さく呻いた。
「言わないでよ……」
*
その夜。
ログナーの端末に、初日報告が届いた。
『怪盗Xi 外注任務初日報告
・ファミレスにて制服、団員用スパッド、端末を受領
・制服は目立ちすぎる。隠密性なし
・スパッドは怖い。訓練なしでは使わない
・ソープ、帰路にたい焼きへ興味を示す
・購入は阻止
・弥子ちゃんは制服と剣に大興奮
・露伴先生は服飾資料として見ていた。危険
・カイエンは「外注後輩」と呼んだ。訂正済み
・僕は正式採用されていない。念のため記録
以上』
ログナーはそれを読み、わずかに目を細めた。
「悪くない」
イエッタが静かに尋ねる。
「マスター、初日から成果が?」
「たい焼きを止めた」
「……それは、成果なのでしょうか」
「陛下の場合は成果だ」
ログナーは端末を置いた。
「報告形式も悪くない。箇条書きで要点がまとまっている」
少し間を置いて、低く呟く。
「使えるな」
その頃、Xiはどこかでくしゃみをしていた。
「……なんか今、逃げ道が減った気がする」
Xiの一週間は、まだ始まったばかりだった。