守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

12 / 183
夕暮れ。

館内散策を終えた七人が大部屋へ戻ると、
すでに空気が変わっていた。

座卓の位置が少し整えられ、
襖の向こうからは食事の支度をする気配。
湯気と出汁の香りが、じわりと部屋に入り込んでくる。

弥子が鼻をひくつかせた。

「……きた」

キラが思わず一歩引く。

「何が」

「夕飯」
弥子は真顔だった。
「これはもう、完全に夕飯」

「いやそうだけど!」

ネウロがにたりと笑う。

「ククク……
騒音娘の感覚器官は、食に関してのみ異様に鋭いな」

「うるさいわね!
あんただってちょっと楽しみにしてるでしょ!」

「否定はせん」
ネウロ。

キラが額を押さえる。

「せめて、せめて今回は平和に食べようね……」

「無理だろう」
弥子。

「なんで開始前から諦めるの!?」

ラクスは座卓の位置を見ながら、穏やかに言った。

「でも、お部屋でこうしていただくお夕食というのは、少し特別な感じがいたしますわね」

「それはそうなんだけどね」
キラは苦笑する。
「この人数でやると“特別”の方向が不穏なんだよ」

カイエンは窓の外の残照を見て、ゆるく息をついた。

「ぼかぁ厄介事は苦手なんだが……
飯くらい静かに食えれば文句はない」

アウクソーが静かに応じる。

「そのようになるよう、お手伝いいたします」

「頼もしいな」
カイエン。

承太郎はいつもの壁際寄りの位置に座り、
すでに“必要なら食う、騒げば締める”の顔である。


7人編 大部屋での部屋出し夕食会

やがて仲居さんが入ってきた。

 

「失礼いたします。

お夕食をお持ちいたしました」

 

一品ずつ、丁寧に並べられていく。

 

前菜。

椀物。

お造り。

焼き魚。

小鉢。

煮物。

天ぷら。

釜飯。

吸い物。

最後には甘味もあるらしい。

 

七人分が座卓に並ぶと、それだけで壮観だった。

 

弥子が目を丸くする。

 

「うわああああ……

旅館の部屋ごはん、つよい……!」

 

「語彙が“つよい”になるの、ほんとに好きだね」

キラ。

 

「だって見てよこの量!

しかも一個一個ちゃんとしてる!」

弥子。

「もう最高じゃん!」

 

仲居さんが去っていくと、

全員の視線が自然と料理に集まった。

 

キラが小さく言う。

 

「……では」

そして少しだけ苦笑して、

「いただきます」

 

「いただきます」

とラクスが続く。

 

アウクソーも静かに頭を下げる。

 

承太郎は短く箸を取る。

カイエンもようやく少しだけ機嫌がよさそうだ。

弥子は今にも飛びつきそう。

ネウロは料理そのものではなく、その場の反応を見ていた。

 

旅館飯、強し

 

最初に沈黙を破ったのは弥子だった。

 

「おいしい!!」

 

やはり早い。

 

「まだ一口目だよね!?」

キラ。

 

「一口目で分かるわよ!」

弥子。

「この煮物めっちゃ染みてる!」

 

ラクスも椀物を口にして、やわらかく微笑む。

 

「ええ、上品なお味ですわね」

 

「ほんとだ……」

キラも少し表情をほどく。

「これは普通にうれしいな」

 

カイエンは焼き魚を一口食べて、わずかに目を細めた。

 

「悪くない」

 

弥子が即座に反応する。

 

「“悪くない”って言い方、絶対かなり気に入ってる時のやつでしょ」

 

「そうかい?」

カイエンは肩をすくめる。

「では、かなり悪くないんだろうな」

 

「気に入ってるじゃないですか」

 

承太郎は黙って食べている。

だが魚をやたら綺麗に食べる。

相変わらず無駄がない。

 

キラがちらっと見る。

 

「承太郎、ほんと魚食べるの上手いね」

 

「普通だ」

承太郎。

 

「この人の“普通”はあてにならないのよね」

弥子。

 

ネウロは天ぷらを見ながら、ふっと笑った。

 

「ククク……

人間界の旅館飯とは、要するに“少量を多種類並べて満足感を演出する儀式”か」

 

「いきなり概念で切るな!」

キラ。

 

「だが悪くはない」

ネウロは続ける。

「一皿ごとに期待を分割し、食欲を持続させる構造には合理性がある」

 

弥子がじとっと見る。

 

「なんで感想が論文みたいなのよ」

 

「吾輩に“おいしい”だけを期待するな」

ネウロ。

 

ここで来る、魔界の〇〇は~

 

ネウロが椀物の蓋を戻しながら、何気なく言った。

 

「もっとも、魔界の旅館飯はこんなに穏やかではないがな」

 

キラがすぐ反応する。

 

「出たよ!」

 

弥子も箸を止める。

 

「はいはい、魔界の旅館飯はどうなのよ」

 

ネウロは愉快そうに語り始めた。

 

「魔界の宿では、最初に供される前菜でその客の深層欲求を暴き、

次の椀物で隠された罪を炙り出し、

最後の甘味で今後の破滅の方向性を占う」

 

「夕食じゃなくて審問会じゃん!!」

キラ。

 

「泊まりたくない!」

弥子。

 

「安心しろ」

ネウロ。

「まともな精神を持つ人間は一晩で壊れる」

 

「安心できる要素ゼロなんだけど!?」

 

ラクスが上品に首を傾げる。

 

「まあ……それは、かなり独特ですわね」

 

承太郎が低く言う。

 

「地獄だな」

 

「魔界だからな」

ネウロ。

 

対抗する剣聖

 

そこで、

カイエンが少し面白くなったらしい。

 

酒を一口飲み、

いかにも何気ない調子で言った。

 

「地球の旅館飯はずいぶん穏やかなんだな。

それに比べてジョーカー太陽星団の宿では、湯上がりの最初の一品は“金剛蜜芋”だ」

 

キラが止まる。

 

「えっ、何それ」

 

弥子も乗る。

 

「なにそれおいしいの?」

 

カイエンは涼しい顔だ。

 

「甘いが硬い。

噛み方を誤ると歯が三本は持っていかれる」

 

キラがぎょっとする。

 

「危なっ!?

ジョーカー太陽星団の旅館ってそんなに物騒なんですか!?」

 

ネウロが薄く笑う。

 

「ほう……

よいぞ剣聖。人間を誤情報で撹乱する技は嫌いではない」

 

弥子が吹き出す。

 

「なんか必殺技みたいに言うな!」

 

アウクソーが間髪入れず、静かに言った。

 

「マスター、嘘は駄目です」

 

キラが即座に振り向く。

 

「嘘なんだ!?」

 

カイエンは肩をすくめる。

 

「さて、どこからどこまでがかな」

 

「最初から最後まででございます」

アウクソー。

 

「全部じゃないですか!」

 

弥子が笑いながら机を叩く。

 

「ひどっ!

キラ、引っかかってるし!」

 

「だって一瞬ほんとっぽかったんだよ!」

キラ。

「ジョーカー太陽星団ならありそうで……!」

 

承太郎がぼそりと呟く。

 

「おまえ、意外と素直だな」

 

「素直っていうか、みんなが物騒なことを普通っぽく言うからだよ!」

 

ラクスがくすりと笑う。

 

「でも、少し楽しそうですわね」

 

「楽しいですけど!」

キラ。

「心臓には悪いよ!」

 

カイエンは悪びれずに酒を飲んだ。

 

「やれやれ、少し話を盛っただけなんだが」

 

アウクソーが静かに補足する。

 

「盛った、というより創作でございます」

 

「そこまで言う!?」

カイエン。

 

「事実ですので」

アウクソー。

 

この返しが的確すぎて、弥子がまた笑う。

 

「アウクソーさん強い~!」

 

キラ、調整役すぎる

 

食事が進むにつれ、

七人のテンポも少しずつ掴めてきた。

 

弥子は次々に料理へ感想を言う。

ネウロはその合間に概念で切る。

カイエンは気分でホラを吹く。

アウクソーがそれを正す。

ラクスは穏やかに話を整える。

承太郎は必要な時だけ短く喋る。

 

そしてキラだけが、

全部に対してちょうどいい温度で反応していた。

 

弥子がふとそれに気づく。

 

「ねえキラ」

 

「なに」

 

「あんた、今日ずっと働いてない?」

 

キラが止まる。

 

「……そうかな」

 

「そうよ」

弥子。

「ネウロを止めて、カイエンさんの嘘に引っかかって、ラクスさんに返事して、承太郎さんにも話振って」

 

「最後のは僕が好きでやってるんだけど!」

 

「でも働いてるじゃん」

弥子。

 

ネウロがにやりとする。

 

「ククク……

やはり中央管理職の素質があるな」

 

「そういう評価いらないよ!」

 

ラクスが、やわらかく言った。

 

「キラがいてくださると、皆さまとても話しやすいのですわ」

 

「……う」

キラが弱る。

「それは、うれしいけど……」

 

弥子が小声でぼそっと言う。

 

「また静かな圧きた」

 

キラも小声で返す。

 

「分かってる……」

 

釜飯問題

 

しばらくして、釜飯の蓋を開ける時間になった。

 

湯気が立つ。

いい香りが広がる。

 

弥子のテンションがまた一段上がる。

 

「うわあああ!! 釜飯!!」

 

「反応がずっと大きいな」

承太郎。

 

「だって釜飯だよ!?」

弥子。

「旅館で一番“来た感”あるじゃん!」

 

「それは少し分かる」

キラも認める。

 

ラクスが上品に取り分けようとすると、

アウクソーが自然に手伝う。

 

「こちらから回しましょうか」

「ありがとうございます」

 

そこへネウロが言う。

 

「この形式、面白いな。

最終局面で炭水化物を解放し、満腹による判断停止へ持ち込む」

 

「食事の締めを罠みたいに言わないで!」

キラ。

 

弥子がもう匙を構えている。

 

「いいから早く!!」

 

「おまえはほんとにぶれないな……」

キラ。

 

カイエンが釜飯を受け取りながら言う。

 

「地球の釜飯はずいぶん丁寧だな。

ジョーカー太陽星団の宿では――」

 

キラが即座に指を差した。

 

「それもう信じないからね!?」

 

弥子も追随する。

 

「そうよ!

どうせ“釜ごと爆発する”とかでしょ!」

 

カイエンが少しだけ笑う。

 

「失礼だな。

そこまでは言わん」

 

アウクソーが静かに言った。

 

「ただし先ほどの“金剛蜜芋”の件がございますので、信用度は低下しております」

 

「ちゃんと評価下がってる!」

弥子。

 

承太郎が低く呟く。

 

「当然だろ」

 

甘味まで、なんとか平和

 

食事は、思ったよりは平和に進んだ。

 

もちろん、

思ったより、である。

 

ネウロの魔界うんちくが飛び、

カイエンがホラを吹き、

弥子が大きく反応し、

キラが止め、

アウクソーが訂正し、

ラクスが整え、

承太郎が必要な時だけ締める。

 

だが、誰かが喧嘩することもなく、

料理はちゃんとおいしく、

旅館の夜らしい時間は一応流れていた。

 

最後に甘味が出る。

 

小さな抹茶プリンだった。

 

弥子がうれしそうに言う。

 

「デザートまで抜かりない!」

 

ネウロがそれを見て言う。

 

「魔界の甘味は、もっと記憶に傷を残すぞ」

 

「最後までそれ言うの!?」

キラ。

 

カイエンが少しだけ面白そうに口を開く。

 

「ジョーカー太陽星団の――」

 

「もういいです」

キラ。

「それ以上はアウクソーさんの仕事を増やすだけです」

 

アウクソーがほんの少しだけ、目元をやわらげた。

 

「お気遣い感謝いたします」

 

弥子が吹き出す。

 

「キラ、完全に学習した!」

 

ラクスが微笑む。

 

「ええ、とても」

 

承太郎は最後の茶を飲んで、短く言う。

 

「……悪くなかったな」

 

全員が一瞬、承太郎を見る。

 

キラが目を丸くする。

 

「それ、旅館にも料理にも、どっちにも言ってる?」

 

「両方だ」

承太郎。

 

弥子がにやっとする。

 

「出た、“悪くなかった”高評価」

 

カイエンも笑う。

 

「ずいぶん気に入ったらしいな」

 

「うるせぇ」

承太郎。

 

だが否定はしなかった。

 

食後の気配

 

夕食が終わる。

 

片付けが入る前の、少しだけ静かな時間。

 

七人とも、なんとなく満ち足りていた。

 

キラが小さく息をつく。

 

「……よかった。今回は、本当になんとか平和だった」

 

「そうか?」

弥子。

「だいぶ騒がしかったけど」

 

「このメンツで“騒がしいだけで済んだ”なら平和なんだよ」

キラ。

 

ネウロがにたりと笑う。

 

「ククク……

人間は、基準を下げることで幸福を得るのだな」

 

「今のはちょっとだけ否定しづらい」

キラ。




そのとき、廊下の向こうから、
小さくカコンという音が聞こえた。

一同、少し止まる。

弥子が先に反応する。

「……卓球場」

キラが嫌な顔をする。

「言わなくていいよ」

ネウロが笑う。

「腹は満ちた」

カイエンが立ち上がる。

「戦の時間だな」

「だから言い方!!」
キラ。

ラクスが上品に微笑む。

「楽しみですわね」

承太郎は帽子を押さえながら立つ。

「やれやれだぜ」

アウクソーは静かにカイエンの後ろへ控える。

弥子が拳を握る。

「よーし! 温泉卓球大会だー!!」

そしてキラだけが、またしても天を仰いだ。

「……結局こうなるんだよなあ」

誰も否定しなかった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。