守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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岸辺露伴は珈琲を淹れる

 その喫茶店は、駅から少し離れた通りにあった。

 

 古い木枠の扉。

 磨かれたガラス窓。

 店内に漂う、深く焦げたような香り。

 壁には古い時計があり、カウンターの奥には、年季の入ったサイフォンと手挽きミルが並んでいる。

 

 怪盗Xiの採用面接――正確には、ミラージュ騎士団レフトメンバー候補としての外注任務を巡る作戦会議が行われた、あの喫茶店である。

 

 あの時は、喫茶店のテーブルにはあまりに似つかわしくない単語が飛び交っていた。

 

 だが今日は違う。

 

 今日は、純粋な地球文化調査。

 

 つまり、珈琲である。

 

「地球の珈琲文化も、なかなか奥が深いんだね」

 

 ソープは、カウンター奥の棚を見ながら言った。

 

 棚には、透明な瓶がいくつも並んでいる。

 

 ブラジル。

 コロンビア。

 エチオピア。

 グアテマラ。

 マンデリン。

 キリマンジャロ。

 ブルーマウンテン。

 

 さらに、見慣れない名前の豆もある。

 

 古い喫茶店にしては、品揃えが妙に本格的だった。

 

 マスターは静かに笑った。

 

「豆だけは、昔から少し多めに扱っておりまして」

 

 岸辺露伴が、その瓶を一つずつ眺めながら言った。

 

「少し、という量じゃあないな。かなり揃えている」

 

 カイエンは椅子に腰掛けながら眉を上げた。

 

「詳しいのか、露伴」

 

「珈琲くらい、多少は分かる」

 

「“多少”で済む顔じゃねぇな」

 

 露伴は当然のように答えた。

 

「取材で必要だった」

 

 泉京香が小さくため息をつく。

 

「先生の“取材で必要だった”は、だいたい必要以上です」

 

「失礼だな、泉君。必要な範囲だ」

 

「先生の必要範囲は広すぎます」

 

 桂木弥子は、メニュー表を開いていた。

 

 珈琲のページではない。

 

 ケーキのページである。

 

「コーヒーに合うケーキも大事ですよね!」

 

「弥子ちゃん」

 

 泉がすぐに見る。

 

「今日は珈琲の飲み比べです」

 

「だからこそです! 苦いものには甘いものが必要です!」

 

 怪盗Xiが横から言った。

 

「弥子ちゃん、それは文化調査じゃなくて食欲調査だよ」

 

「でもペアリングって言葉があります!」

 

 露伴が軽く頷く。

 

「言葉だけは正しいな」

 

「ほら!」

 

「ただし、君の場合は九割ほど食欲だ」

 

「九割?! 増えてないですか?!」

 

 ソープが楽しそうに笑った。

 

     *

 

 席には、ソープ、カイエン、アウクソー、ラクス、キラ、弥子、泉、露伴、Xi、そして承太郎が並んでいた。

 

 承太郎は、メニューを一瞥して言った。

 

「俺は普通のでいい」

 

 露伴が眉をひそめる。

 

「普通とは何だ。ブラジルか。コロンビアか。ブレンドか。焙煎度は」

 

「飲めればいい」

 

「君は本当に味気ないな」

 

「やれやれだぜ」

 

 ラクスは棚の豆を見て、静かに目を細めている。

 

「産地によって、香りも味もかなり違いますのね」

 

 露伴が少しだけ興味深そうに見る。

 

「分かるのか」

 

「ええ。歌と同じで、最初に届くものと、後に残るものが違いますもの」

 

 キラが微笑む。

 

「ラクスは、そういうのよく分かるよね」

 

「キラも、やわらかい味の方がお好きでしょう?」

 

「え? そうかな」

 

 Xiがすかさず言った。

 

「また自然に夫婦みたいな会話してる」

 

 キラが少し赤くなる。

 

「Xi……」

 

 ラクスはくすりと笑った。

 

「ふふ。そう聞こえましたか?」

 

「かなり」

 

 カイエンがコーヒーカップを待ちながら笑う。

 

「相変わらずだな、お前ら」

 

 アウクソーは静かに水を注ぎながら、カイエンを見た。

 

「マスター、あまり冷やかされますと、ご自身に返ってくるかと」

 

「僕に?」

 

「はい」

 

「僕は今日は何もしてないぞ」

 

 露伴が手帳を開こうとした。

 

「では、ヒューア・フォン・ヒッター子爵の珈琲観を――」

 

「開くな」

 

 カイエンが即座に言った。

 

「まだ何も聞いていない」

 

「聞く気だろ」

 

「当然だ」

 

「帰れ」

 

「断る」

 

 泉が静かに言う。

 

「露伴先生、今日は珈琲回です」

 

「珈琲を通じて人物を描くのも取材だ」

 

「取材にしないでください」

 

     *

 

 最初に出されたのは、ブラジルだった。

 

 香りは穏やかで、苦味と酸味のバランスが良い。

 

 マスターは丁寧にカップを並べた。

 

「まずは、飲みやすいものから」

 

 弥子が一口飲む。

 

 次の瞬間、顔が少しだけ歪んだ。

 

「苦っ! 砂糖入れて良いですか?」

 

 露伴がすかさず言った。

 

「まずはそのまま味を見るんだ」

 

「見ました! 苦いです!」

 

「早いな」

 

 泉が苦笑する。

 

「弥子ちゃん、少しずつでいいですよ」

 

 弥子は砂糖壺を見つめる。

 

「少しなら……」

 

 Xiが言った。

 

「弥子ちゃんの“少し”は信用できない」

 

「砂糖くらいいいじゃないですか!」

 

 ネウロがいつの間にか背後にいた。

 

「貴様は甘味に関して、匙加減という概念を信用できん」

 

「ネウロ!」

 

 カイエンが笑う。

 

「珈琲に砂糖山盛りにしそうだな」

 

「山盛りにはしません! たぶん!」

 

「たぶんが怖い」

 

 ソープはブラジルをゆっくり飲み、首を傾げた。

 

「苦いけれど、後味は丸いね」

 

 アウクソーも一口飲む。

 

「香りが落ち着いています。飲みやすいです」

 

 カイエンは軽く頷いた。

 

「悪くないな。酒の代わりにはならねぇが」

 

 泉が言う。

 

「ならない方がいいと思います」

 

 続いて、コロンビア。

 

 こちらは少し甘みとコクがある。

 

 キラが飲んで、静かに言った。

 

「こっちの方が飲みやすいかな。苦味が強すぎなくて」

 

 ラクスが微笑む。

 

「キラらしいですわね」

 

「そう?」

 

「ええ。やさしい味を選ぶところが」

 

 Xiがまた反応する。

 

「はい、また自然に甘い会話」

 

 キラが困る。

 

「Xi、そういうの拾わなくていいから」

 

「お目付け役はもう終わったけど、ツッコミ癖が残ってるんだよ」

 

 カイエンが笑う。

 

「職業病だな、外注後輩」

 

「後輩じゃないし、もう任務終わってる!」

 

 ソープがにこにこ言う。

 

「でも、また一緒に来てくれたね」

 

「珈琲文化調査だからね。危険物が出ないか見に来たんだよ」

 

「心配してくれてるんだ」

 

「違う。監視」

 

「うん」

 

「その“うん”は分かってない」

 

     *

 

 次はエチオピアだった。

 

 浅煎りで、香りが華やかだった。

 

 カップを近づけただけで、果物のような酸味が立つ。

 

 ラクスが目を細める。

 

「これは、とても華やかですわね。少し、花や果実のような香りがします」

 

 露伴が満足そうに言う。

 

「いい表現だ。エチオピア系にはそういう個性が出やすい」

 

「味が明るいですわ」

 

 キラも飲む。

 

「ちょっと酸っぱいけど、嫌な酸っぱさじゃないね」

 

 ソープは興味深そうにカップを見る。

 

「同じ珈琲でも、こんなに違うんだね」

 

「産地、品種、精製、焙煎、抽出で変わる」

 

 露伴が説明する。

 

 弥子が聞きながら、ケーキを一口食べる。

 

「この酸っぱいコーヒー、チーズケーキに合います!」

 

 泉が言った。

 

「弥子ちゃん、完全にケーキ中心ですね」

 

「でも本当に合いますよ!」

 

 露伴が少し考える。

 

「酸味同士を合わせるという意味では、悪くない」

 

「ほら!」

 

 Xiが言う。

 

「弥子ちゃん、たまに食方面だと正解を出すのが厄介だね」

 

「厄介?!」

 

 承太郎はエチオピアを飲んで、短く言った。

 

「酸っぱいな」

 

 露伴が振り向く。

 

「それだけか」

 

「それだけだ」

 

「もう少し何かないのか」

 

「悪くねぇ」

 

「君の感想は圧縮されすぎている」

 

「十分だ」

 

 カイエンが笑った。

 

「承太郎はこれでいいんじゃねぇか」

 

     *

 

 マンデリンは、苦味が強く、重かった。

 

 カイエンが気に入ったのは、それだった。

 

「僕はこれだな」

 

 露伴が見る。

 

「ほう。深めで重い味が好みか」

 

「苦い方がいい。軽すぎると茶を飲んでる気がしねぇ」

 

「珈琲だが」

 

「分かってる」

 

 アウクソーが心配そうに言った。

 

「マスター、飲みすぎますと眠れなくなるかもしれません」

 

「コーヒーで心配されるとは思わなかったな」

 

「カフェインが含まれていると伺いました」

 

「アウクソーが言うと、珈琲も医療品みたいだ」

 

「マスターのお体が心配ですので」

 

 カイエンは少し照れくさそうに目を逸らした。

 

「……一杯でいい」

 

 Xiが小声で言う。

 

「今の、ちょっといいね」

 

 露伴がすかさず手帳を開く。

 

「アウクソー、カイエンのカフェイン摂取を制御。これは――」

 

「書くな」

 

 カイエンが睨む。

 

 泉が言う。

 

「露伴先生」

 

「分かっている。少しだけだ」

 

「閉じてください」

 

「君は今日も強いな」

 

 弥子はマンデリンを飲んで、顔をしかめた。

 

「苦い! これは砂糖とミルクが必要!」

 

 ネウロが言う。

 

「貴様の場合、珈琲を飲んでいるのか砂糖水を飲んでいるのか曖昧になるな」

 

「なりません!」

 

     *

 

 ブルーマウンテンが出された時、空気が少し変わった。

 

 香りはやわらかく、味は整っていた。

 派手ではないが、バランスがよく、後味も穏やかだった。

 

 ラクスは一口飲んで、静かに微笑んだ。

 

「これは、とても整っていますわね」

 

 キラも頷く。

 

「飲みやすい。苦すぎないし、酸味も強すぎない」

 

 ソープはカップを両手で持ち、しばらく香りを確かめていた。

 

「調和しているね。どこか一つだけが目立つんじゃなくて、全体でまとまっている」

 

 露伴が頷く。

 

「ブルーマウンテンは、その調和が評価されることが多い」

 

 カイエンも飲む。

 

「確かに、これは上品だな」

 

 アウクソーも静かに言う。

 

「香りが、とても柔らかいです」

 

 弥子がケーキと合わせる。

 

「これ、ショートケーキにも合います!」

 

 泉が少し笑った。

 

「弥子ちゃん、全部ケーキ基準ですね」

 

「でも大事です!」

 

 Xiはブルーマウンテンを飲みながら、少し感心したように言った。

 

「これは普通に美味しいね」

 

「普通に、という言い方は雑だな」

 

 露伴が言う。

 

「じゃあ、安心して飲める」

 

「君らしい表現だ」

 

「コーヒーにまで警戒心持ちたくないからね」

 

 ソープがその言葉に笑った。

 

「今日は、ちゃんと普通の文化調査だね」

 

「普通が一番」

 

「でも、珍しいものもあるみたいだよ」

 

 Xiの目が細くなる。

 

「やっぱり来たか」

 

     *

 

 マスターは、少しだけ申し訳なさそうに言った。

 

「珍しいものですと、少量ですが、コピ・ルアクもございます」

 

 泉の表情が固まった。

 

「……出ましたね」

 

 弥子が首を傾げる。

 

「コピ……何ですか?」

 

 露伴が説明する。

 

「コピ・ルアク。ジャコウネコの消化管を通過したコーヒー豆を洗浄、乾燥、焙煎したものだ。独特の香味があり、高級品として扱われる」

 

 弥子は、しばらく理解しようとした。

 

「消化管を通過……」

 

 少し間がある。

 

「……かなり抵抗あります!!」

 

 Xiが頷いた。

 

「うん。そこは正常な反応」

 

 露伴は平然としている。

 

「僕は好きだよ。コピ・ルアク」

 

 泉が露伴を見た。

 

「もう先生のところで珈琲飲めない……」

 

「何を言ってるんだ、泉君。僕が普段出しているのは普通の豆だ」

 

「“普段は”って言いました?」

 

「たまに良いものを出すことはある」

 

「それが怖いんです!」

 

 弥子はまだ悩んでいる。

 

「でも、高級なんですよね?」

 

 Xiがすぐに止める。

 

「弥子ちゃん、値段で理性を売らないで」

 

「だって、高級って言われると……」

 

「高級と抵抗感は別だよ!」

 

 ソープは興味深そうだった。

 

「消化管を通ることで、風味が変わる。なるほど、これも地球の食文化なんだね」

 

 Xiが即座に言う。

 

「ソープ、その目は文化調査の目。通行止め」

 

「まだ注文してないよ」

 

「注文する前の目だよ」

 

 カイエンはマスターを見た。

 

「ちゃんとした店の、ちゃんとした豆なんだろうな?」

 

 マスターは静かに頷く。

 

「もちろんです。きちんと処理されたものです」

 

 泉が小さく言う。

 

「“きちんと処理されたもの”という表現が、逆に気になりますね……」

 

 アウクソーが言った。

 

「マスター、わたくしが先に――」

 

「いや、僕が先だ」

 

 カイエンが遮った。

 

 アウクソーが驚いたように見る。

 

「マスター?」

 

「変なものだったら困るだろ」

 

 アウクソーは少しだけ目を伏せる。

 

「ありがとうございます」

 

「礼を言うほどじゃねぇよ」

 

 Xiが小声で言う。

 

「今のカイエン、ちょっと騎士っぽい」

 

「ちょっと、は余計だ」

 

 カイエンが言った。

 

 聞こえていた。

 

     *

 

 コピ・ルアクは、少量ずつ出された。

 

 香りは、思ったよりも穏やかだった。

 

 強烈な臭みがあるわけではない。

 むしろ柔らかく、どこか丸い。

 

 露伴は平然と飲んだ。

 

「悪くない」

 

 承太郎も飲んだ。

 

「……悪くねぇ」

 

 露伴が承太郎を見た。

 

「君と感想が同じになるのは、少し不本意だな」

 

「知らん」

 

 カイエンは慎重に一口飲む。

 

「……思ったより普通だな」

 

 アウクソーも続いて飲む。

 

「香りは柔らかいです。抵抗感は、説明を知らなければ少ないかもしれません」

 

 泉はカップを前に固まっている。

 

「説明を知ってしまった後が問題なんです……」

 

 ラクスは少量を口に含み、ゆっくり味わった。

 

「不思議ですわね。香りは穏やかで、角が取れているように感じます」

 

 キラも飲む。

 

「言われなければ、普通に飲めるかも」

 

 Xiはカップを見て、しばらく考えた。

 

「……これは、シックス案件じゃないんだよね?」

 

 カイエンが即答する。

 

「違う」

 

 露伴も言う。

 

「違う。これ自体は普通に高級珈琲だ」

 

 泉が言う。

 

「“普通”の定義が少し揺らぎますが、少なくともシックスさんは関係ありません」

 

 Xiは大きく頷いた。

 

「そこ大事」

 

 ソープは微笑む。

 

「じゃあ飲む?」

 

「……少しだけ」

 

 Xiは一口飲んだ。

 

 しばらく黙る。

 

「……悔しいけど、飲める」

 

 弥子がそれを見て決心した。

 

「あたしも!」

 

「無理しなくていいよ」

 

 Xiが言う。

 

「高級なんですよね?」

 

 露伴が言う。

 

「希少ではあるな」

 

「じゃあ飲みます!」

 

 弥子は一口飲んだ。

 

 少し黙る。

 

「……思ったより普通」

 

 泉が苦笑する。

 

「弥子ちゃん、それが一番正直な感想かもしれませんね」

 

「でもケーキには……うーん、普通のコーヒーの方が合うかも」

 

 露伴が少し感心したように言う。

 

「そこは意外とまともな判断だな」

 

「意外と?!」

 

     *

 

 飲み比べが終わる頃には、テーブルの上は小さなカップでいっぱいになっていた。

 

 ブラジル。

 コロンビア。

 エチオピア。

 マンデリン。

 ブルーマウンテン。

 コピ・ルアク。

 

 弥子は結局、ケーキを二つ食べていた。

 

 泉がじっと見る。

 

「弥子ちゃん」

 

「コーヒーがたくさんあったので、ケーキも必要かなって……」

 

「一つの予定でしたよね」

 

「追加文化調査です!」

 

 Xiが言う。

 

「その言葉、ソープから学んだ?」

 

「えへへ」

 

 ソープが少し誇らしげに笑う。

 

「文化調査は広がるね」

 

「広げないで」

 

 カイエンはマンデリンをもう一口飲み、満足そうだった。

 

「僕はやっぱり、苦い方がいい」

 

 アウクソーが言う。

 

「では、次からはそちらをお淹れしましょうか」

 

「アウクソーが淹れるなら、何でもいい」

 

 露伴がすぐに反応した。

 

「今のはなかなか――」

 

「書くな」

 

 カイエンが睨む。

 

 ラクスはブルーマウンテンの香りをもう一度確かめる。

 

「わたくしは、こちらが好きですわ」

 

 キラが微笑む。

 

「ラクスらしいね」

 

「キラはコロンビアでしたね」

 

「うん。飲みやすかった」

 

 Xiが小さく言う。

 

「この二人、コーヒーの好みまで平和だなあ」

 

 承太郎はカップを置き、短く言った。

 

「どれも悪くなかった」

 

 露伴が呆れる。

 

「全部それで済ませるのか」

 

「済む」

 

「済まない」

 

「俺は済む」

 

「やれやれ、君は本当に――」

 

 承太郎が低く言う。

 

「やれやれだぜ」

 

 露伴は少しだけ悔しそうに黙った。

 

     *

 

 会計の時間になった。

 

 Xiは伝票を見て、警戒した。

 

「文化調査にしては、そこそこいったね」

 

 弥子がケーキ皿を見て言う。

 

「でも満足度は高いです!」

 

「弥子ちゃんの満足度は、会計と連動しないから」

 

 泉が財布を出す。

 

「今回は各自で割りましょう」

 

 ソープが何か言いかける。

 

 Xiがすぐに言った。

 

「ソープ、AKD文化調査費にしようとしない」

 

「まだ何も言ってないよ」

 

「目が言ってる」

 

 カイエンが笑う。

 

「本当に読めるようになってるな」

 

「六日間お目付け役やったからね」

 

 Xiは言ってから、少しだけ嫌な顔をした。

 

「……また自分で言った」

 

 ソープは嬉しそうにしている。

 

「経験が生きているね」

 

「便利に使わないで」

 

 露伴は最後にコピ・ルアクのカップを眺めていた。

 

「泉君」

 

「はい」

 

「今度、仕事場で珈琲を出す時は、事前に豆を説明する」

 

「いえ、今後は麦茶でお願いします」

 

「麦茶?」

 

「普通の麦茶で」

 

「麦茶にも、煎り方や抽出温度で――」

 

「普通の麦茶でお願いします」

 

 露伴は不満そうに眉を寄せた。

 

「君は探究心が足りないな」

 

「先生への警戒心は十分あります」

 

 Xiが笑った。

 

「泉さん、そこは通行止めだね」

 

「はい」

 

 カイエンも頷く。

 

「正しい通行止めだ」

 

 弥子は最後のケーキの欠片を食べながら言った。

 

「でも、コーヒーって奥が深いですね」

 

 ソープは静かに頷く。

 

「うん。地球の文化は、やっぱり面白いね」

 

「次は紅茶でしょうか?」

 

 アウクソーが言う。

 

 ラクスが微笑む。

 

「紅茶も素敵ですわね」

 

 キラが言う。

 

「ラクス、紅茶も詳しそうだね」

 

「少しだけですわ」

 

 Xiは即座に警戒した。

 

「その“少しだけ”は、深いやつだ」

 

 ソープが笑う。

 

「じゃあ、次は紅茶文化調査?」

 

 Xiは天を仰いだ。

 

「また始まる……」

 

 露伴は手帳を開き、最後にこう書いた。

 

『岸辺露伴は珈琲を淹れる。

 珈琲は、豆だけでなく、人間の反応も抽出する。

 苦味、酸味、甘味、警戒心。

 そして、時々、好奇心。』

 

 泉が横から見て言った。

 

「先生」

 

「何だ」

 

「それは、少し良いと思います」

 

 露伴はふっと笑った。

 

「そうだろう」

 

 カイエンが苦笑する。

 

「褒めると調子に乗るぞ」

 

 泉も微笑んだ。

 

「今日は、少しだけなら」

 

 ソープが言う。

 

「少しだけ」

 

 Xiがすかさず言った。

 

「その言葉、やっぱり危険だよ」

 

 喫茶店のマスターは、静かにカップを片付けていた。

 

 おそらく、この店もまた今日ひとつ、技術を覚えた。

 

 珈琲を淹れる技術ではない。

 

 妙な客たちの会話を、何も聞かなかったことにする技術を。

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