守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
すべての始まりは、桂木弥子の一言だった。
「次は、どんな“変な飲み物”をソープさんに紹介します?」
場所は、いつものカフェテラス。
珈琲回、紅茶回、健康茶回と続き、地球の飲み物文化調査は妙な方向に広がりつつあった。
最初は、まともだった。
珈琲は、岸辺露伴が妙に詳しかった。
紅茶は、ラクス・クラインが優雅に選んだ。
健康茶は、なぜか怪盗Xiが苦い茶を知っていた。
ならば次は何か。
弥子の目は、すでに輝いていた。
怪盗Xiは、その目を見て、警戒した。
「弥子ちゃん」
「はい!」
「その“変な飲み物”って言い方、だいぶ危険だよ」
「でも、地球にはまだまだ面白い飲み物があるじゃないですか!」
「面白いと安全は別」
「美味しいかもしれないですよ!」
「美味しいと安全も別」
「飲み物ですよ?」
「飲み物の形をしているからといって、油断してはいけない」
弥子は首を傾げる。
「Xi、なんかログナーさんみたいなこと言いますね」
「やめて。今のはかなり効く」
Xiは胸元を押さえた。
かつて一週間だけ、ソープのお目付け役をした外注怪盗。
その経験は、彼の中に妙な後遺症を残していた。
相手の目を見るだけで、注文前の気配が読める。
弥子の食欲の立ち上がりが分かる。
ソープが文化調査という名の買い食いに踏み込む瞬間が見える。
そして、危険なものには自然と「通行止め」と言いたくなる。
あまり認めたくない進化だった。
「でも、変な飲み物って言っても、いろいろありますよ」
弥子は紙を取り出した。
そこには、すでに候補が書き込まれている。
「作ってきたの?」
「はい! 候補リストです!」
「準備がいいなあ……」
Xiは嫌な予感とともに紙を覗き込んだ。
そこには、こう書かれていた。
・ドクターペッパー
・ルートビア
・ガラナ
・チェリーコーク
・ノニジュース
・松葉茶
・サルサパリラ
・メッコール
・マックスコーヒー
・ラプサンスーチョン
・マサラチャイ
・各種変わり種ラムネ
Xiは、少し黙った。
「……弥子ちゃん」
「はい!」
「これは、飲み物のリストというより、地雷原の地図だよ」
「そんなに?!」
「いや、普通に美味しいのもある。チェリーコークとかガラナとかマサラチャイとか。マックスコーヒーは甘いけど、まあ方向性は分かる」
「はい!」
「でも、ルートビア、サルサパリラ、メッコール、ノニジュース、変わり種ラムネあたりは、説明と覚悟がいる」
「覚悟がいる飲み物!」
「飲み物にその言葉が必要な時点でおかしいんだよ」
弥子は楽しそうにうなずいた。
「じゃあ、面白そうですね!」
「そこに行くんだ」
Xiは額を押さえた。
*
そこへ、ソープがやって来た。
白い服に、穏やかな笑み。
地球の飲み物文化調査という言葉を聞いただけで、もう興味が湧いている顔だった。
Xiはその顔を見て、反射的に言った。
「通行止め」
「まだ何も言ってないよ」
「言う前の目だった」
ソープは笑った。
「今日は、何の文化調査?」
「変な飲み物です!」
弥子が元気よく言う。
「弥子ちゃん、もう少し言い方を選ぼう」
Xiが止める。
ソープは紙を覗き込んだ。
「ドクターペッパー。ルートビア。ガラナ。チェリーコーク……」
読み上げながら、目が少し輝いていく。
「面白そうだね」
「ほら来た」
Xiはため息をついた。
「ソープ、その“面白そう”は危険」
「でも、地球にはいろいろな飲み物があるんだね」
「ある。あるけど、全部飲む必要はない」
「少しだけなら」
「出た」
「一口ずつ」
「一口ずつでも、このラインナップは多いんだよ」
弥子が言う。
「でも、一口ずつなら安全じゃないですか?」
「弥子ちゃんの“一口”は信じられない」
「ひどい!」
「君、一口で唐揚げ何個いける?」
「それは唐揚げのサイズによります」
「ほら」
ソープは楽しそうに笑っている。
「Xiは詳しいんだね」
「世界中を渡り歩いて、変なものも盗み、変なものも飲んできたからね」
「怪物強盗だから?」
「その説明でだいたい通るのが嫌だけど、通る」
そこへ、カイエンとアウクソーも合流した。
カイエンはリストを見て、顔をしかめる。
「何だこの不穏な一覧は」
「変な飲み物リストです!」
弥子が胸を張る。
「胸を張るな」
カイエンは紙を見ながら言った。
「ドクターペッパーは聞いたことがある。ルートビア……何だこれは。ビールか?」
「ビールじゃない」
Xiが言う。
「名前にビアってあるけど、基本ノンアルコールの炭酸飲料。薬草っぽい香りで、人によっては湿布っぽいって言う」
カイエンは眉を寄せた。
「飲み物に湿布っぽいって評価がつくのか」
「つく」
「なぜ飲む」
「好きな人は好きなんだよ」
アウクソーは静かに尋ねた。
「マスターにお出ししてよいものなのでしょうか」
「アウクソー、それを僕に訊くな。僕も今、不安になっている」
ソープはますます興味を持っていた。
「湿布のような香りの飲み物……」
「ソープ、そこに惹かれない」
「でも、なぜそれが飲まれているのか知りたい」
「文化調査の正しい顔で危険物に近づくなあ……」
*
さらに、泉京香と岸辺露伴がやって来た。
露伴はリストを一目見て、目を細めた。
「なるほど。今回は変わり種飲料か」
「露伴先生、食いつきが早い」
Xiが言う。
「当然だ。飲み物には、その土地の嗜好や歴史、流通、広告戦略まで出る。変な飲み物ほど、作った人間の意図が濃い」
「先生、すぐ取材にする」
泉はリストを見て、表情を少し曇らせた。
「ノニジュース……メッコール……変わり種ラムネ……」
「泉さん、顔が真面目になった」
「これは、事前に量を決めた方がいいと思います」
「同意」
Xiは即座に頷いた。
「試飲は一口。気に入った人だけ追加。ソープは一口上限。弥子ちゃんは飲み物より口直しを増やしすぎない」
「えー!」
弥子が声を上げる。
「なぜあたしだけ先に制限が?」
「経験」
「一言!」
露伴は手帳を開いた。
「怪盗Xi、変わり種飲料試飲会において事前制限を提案。お目付け役の後遺症が濃い」
「書かないで」
「これは書く価値がある」
「ないよ」
「ある」
泉が静かに言った。
「先生、今日はメモは控えめに」
「泉君、こういうものは記録しておかないと、あとで後悔する」
「飲んで後悔する可能性の方が高そうです」
露伴は少し笑った。
「それもまたリアリティだ」
「リアリティでノニジュースを飲ませないでください」
*
ラクスとキラも遅れてやって来た。
ラクスはリストを見て、少しだけ目を丸くした。
「まあ……いろいろありますのね」
キラは、ドクターペッパーの名前を見て少し困ったように笑った。
「これ、かなり好みが分かれるやつだよね」
Xiが言う。
「キラ、知ってる?」
「名前は知ってる。飲んだこともあるけど……ラクスには、どうかな」
ラクスが微笑む。
「そんなに不思議なお味なのですか?」
「不思議というか」
キラは言葉を選ぶ。
「止めてあげたい感じかな」
「キラが優しい」
Xiはうなずいた。
「ラクスにはまずチェリーコークかマサラチャイくらいからでいいと思う」
「マサラチャイは美味しそうですわね」
「それは普通におすすめできる」
弥子が言う。
「マックスコーヒーも美味しそうですよ! 甘そう!」
「それは弥子ちゃん向け」
泉が言う。
「弥子ちゃん、糖分は控えめに」
「健康茶回の反省がまだ有効なんですか?!」
「もちろんです」
承太郎も現れた。
リストを見て、短く言った。
「ドクターペッパーか」
露伴が反応する。
「君、飲むのか」
「嫌いじゃねぇ」
「君は、そういうところで急にアメリカ帰り感を出すな」
「知るか」
カイエンが笑う。
「承太郎が飲めるなら、まだ大丈夫そうだな」
Xiが言う。
「承太郎を安全基準にするのもどうかな。だいたい“悪くねぇ”で済ませるし」
承太郎は帽子のつばを下げた。
「本当に駄目なら言う」
「苦丁茶の時みたいに?」
「……あれは苦い」
全員が少し笑った。
*
作戦会議は、いつの間にかかなり真面目になっていた。
テーブルの上には、弥子のリスト。
Xiが書き足した分類。
泉が作った試飲量のメモ。
露伴の勝手な取材ノート。
ソープの文化調査メモ。
Xiは候補を順番に分類していく。
「まず、入り口枠」
紙に書く。
・チェリーコーク
・ガラナ
・ドクターペッパー
・マックスコーヒー
・マサラチャイ
「この辺は、まあ飲める人は飲める。味の方向性も説明しやすい」
弥子が手を挙げる。
「マックスコーヒーは甘いんですよね?」
「甘い」
「じゃあ安全!」
「糖分的には別の意味で警戒」
泉がすぐに頷く。
「そうですね」
「泉さんが強い」
次に、Xiは別の欄を書く。
「警戒枠」
・ルートビア
・サルサパリラ
・メッコール
・ラプサンスーチョン
・松葉茶
ソープが首を傾げる。
「ラプサンスーチョンは紅茶なんだよね?」
「そう。煙たい香りの紅茶。好きな人は好き。カイエンは案外いけるかも」
カイエンが眉を上げる。
「なぜ僕だ」
「焚き火とか野営っぽい香りだから」
「なるほど」
アウクソーが言う。
「マスター、燻した香りのものはお好きかもしれません」
「勝手に分析されてるな」
露伴が頷く。
「ラプサンスーチョンは面白い。好き嫌いは分かれるが、香りの個性は強い」
「先生が言うと、飲めそうに聞こえる」
弥子が言った。
「飲めるさ」
「飲みやすいとは言っていない」
Xiが補足する。
さらに、最後の欄。
「要審査枠」
・ノニジュース
・変わり種ラムネ各種
弥子が身を乗り出す。
「たこ焼き風ラムネとか、餃子風ラムネとか、カレーラムネとか!」
Xiは真顔で言った。
「ここが一番危険」
「でも楽しそう!」
「楽しいと美味しいは別って、今日何回言ったかな」
泉がメモを見ながら言う。
「試飲は一口以下でもよいかもしれません」
「一口以下?」
弥子が驚く。
「匂いだけで判断する場合もあります」
「匂いだけ?!」
カイエンがうなずいた。
「たこ焼き風ラムネは、匂いで十分かもしれん」
「飲む前から諦めないでください!」
ソープは真剣な顔で言う。
「味の再現というより、体験としての飲み物なのかな」
露伴がにやりと笑った。
「分かってきたじゃあないか。こういうものは味だけで判断すると見誤る。商品名、見た目、話題性、罰ゲーム性、それらを含めての体験だ」
泉が言った。
「罰ゲーム性という言葉が出た時点で、ソープさんへの提供は慎重にすべきです」
Xiが強く頷く。
「その通り」
*
そして、問題の一言を弥子が言った。
「でも、ログナーさんがいないなら、ちょっとくらい大丈夫ですよね?」
場が、一瞬静かになった。
Xiがゆっくり弥子を見る。
「弥子ちゃん」
「はい」
「今のはフラグだよ」
「フラグ?」
「“ログナー司令がいないなら”って言った瞬間、来る可能性が上がる」
カイエンが嫌そうな顔をする。
「やめろ。あいつは本当に来るぞ」
ソープは少し困ったように笑った。
「ログナーは忙しいから」
Xiは眉をひそめる。
「ソープ、それもフラグ」
泉が言う。
「AKDのお仕事がお忙しいのでは?」
カイエンが棒読みで言った。
「そうだな。ログナーはAKDでの仕事が忙しいから、地球の変な飲み物試飲会なんかに来るわけないな」
Xiも棒読みで続ける。
「そうそう。来るわけないね。たこ焼き風ラムネとかルートビアとかノニジュースとか、陛下が飲もうとしても来るわけないね」
ソープが言う。
「二人とも、どうしてそんなに棒読みなの?」
「防衛反応」
Xiが答える。
*
その頃。
遥か離れたAKD。
ログナーは、机の上に積まれた書類を処理していた。
軍務報告。
財務承認。
ミラージュ関連の調整。
各方面から届く報告。
イエッタが静かに予定表を確認している。
「マスター。午後は財務承認、その後、騎士団関連の調整がございます」
「分かった」
ログナーは書類に目を通す。
その時、別の端末に短い通知が入った。
地球側の行動予定共有。
『本日、ソープ様、地球飲料文化調査に参加予定。
候補:ドクターペッパー、ルートビア、ガラナ、チェリーコーク、ノニジュース、メッコール、変わり種ラムネ等』
ログナーの手が止まった。
イエッタが気づく。
「マスター?」
ログナーは、端末を見たまま言った。
「イエッタ」
「はい」
「午後の財務承認を前倒しする」
「……やはり行かれるのですね」
「陛下にノニジュースとたこ焼き風ラムネを無審査で飲ませるわけにはいかん」
イエッタは、わずかに目を伏せた。
「承知いたしました」
ログナーは立ち上がった。
「これは監査だ」
*
カフェテラスでは、試飲会の会場をどうするかで話し合いが続いていた。
「やっぱりカフェテラスでやるんですか?」
弥子が訊く。
Xiは首を横に振る。
「いや、炭酸やラムネが多いから、少し広めの場所がいい。匂いが強いものもあるし」
露伴が言う。
「ならば、屋外席でいいだろう。逃げ場もある」
「逃げ場前提の試飲会って何?」
キラが不安そうに言う。
「ラクス、本当に無理しないでね」
「はい、キラ」
ラクスは微笑む。
「でも、少しだけなら」
Xiが反応する。
「ラクスの“少しだけ”は優雅だけど、それでも今日は危険」
承太郎が言う。
「ルートビアは、無理な奴は無理だ」
カイエンが承太郎を見る。
「経験者の言葉か」
「アメリカじゃ普通にある」
露伴が言う。
「その普通が、他所では普通じゃない。文化とはそういうものだ」
泉がメモに書く。
「では、試飲量は小さなカップで、各自任意。ソープさんは、まず香りを確認してから」
Xiが頷く。
「それでいこう。あと、飲む順番も大事。最初にノニジュースは駄目」
弥子が言う。
「最後ですか?」
「最後でも嫌だなあ」
その時だった。
カフェテラスの入口に、白い長身の男が現れた。
静かに、しかし圧倒的な存在感で。
ログナーだった。
空気が一瞬で変わる。
カイエンが小さく呻いた。
「来た」
Xiが頭を抱えた。
「やっぱり来た」
弥子が目を丸くする。
「ログナーさん! お仕事は?!」
ログナーは淡々と言った。
「前倒しした」
泉が小声で言う。
「本当に来られた……」
ソープは少し嬉しそうに言った。
「ログナー」
「陛下」
ログナーはテーブルのリストを見た。
ドクターペッパー。
ルートビア。
ガラナ。
チェリーコーク。
ノニジュース。
メッコール。
変わり種ラムネ。
彼の眉が、わずかに動いた。
「これは何だ」
Xiが言った。
「地球の変わり種飲料文化調査です」
ログナーは、リストから目を離さずに言う。
「監査する」
「やっぱり!」
弥子が言う。
「飲み物の監査?!」
ログナーは淡々と答えた。
「陛下の安全の監査だ」
ソープは少し困ったように笑う。
「全部、少しずつだよ」
「少しずつでも、危険なものは危険です」
ログナーは席に着く。
「まず、候補を分類する。提供可、要審査、却下。この三つだ」
Xiは思わず呟いた。
「本気だ……」
カイエンが苦笑する。
「めちゃくちゃ生真面目に対応してるな」
露伴は目を輝かせた。
「面白い。ログナー司令、変わり種飲料を軍務のように審査する」
「書くな」
ログナーが言った。
露伴は少し笑う。
「まだ何も書いていない」
「書く顔だ」
カイエンが吹き出した。
「お前も読めるのか」
ログナーは、真顔でリストの一番上に目を落とした。
「ドクターペッパー」
全員が静かに見守る。
「名称に医療関係者を含むが、薬品ではないのだな」
Xiが答える。
「薬じゃないです」
「では、飲料として審査する」
弥子が小声で言う。
「本当に監査だ……」
ソープは楽しそうに微笑んでいた。
ログナーは次の項目へ進む。
「ルートビア」
承太郎が言った。
「好き嫌いは分かれる」
ログナーは頷いた。
「要審査」
「早い!」
弥子が叫ぶ。
ログナーは続ける。
「ノニジュース」
泉がそっと言う。
「かなりクセが強いと聞きます」
ログナーは即答した。
「陛下への提供は一旦保留」
「保留なんだ」
Xiが言う。
「却下に近い保留だ」
ログナーは真面目に言った。
カイエンが肩を震わせている。
「駄目だ。真面目すぎて笑える」
ログナーは最後に、リストの下部を見た。
「変わり種ラムネ」
弥子が元気よく言う。
「たこ焼き風とか餃子風とかカレーとか、色々あります!」
ログナーはしばらく黙った。
そして、低く言った。
「文化と事故は紙一重だな」
Xiが深く頷いた。
「今日一番の正論です」
ソープは、リストを見ながら穏やかに言った。
「でも、地球の飲み物文化は面白いね」
ログナーはすぐに返す。
「面白いことと、陛下が飲むべきことは別です」
その場の全員が、妙に納得してしまった。
こうして、変な飲み物試飲会は、ただの遊びではなくなった。
ログナー司令による、正式な監査付き文化調査となったのである。
・・・後編へ続く。