守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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夕食後。

温泉旅館の一角にある卓球場。
年季の入った卓球台、壁際のベンチ、やや明るすぎる照明。
いかにも「温泉旅館の娯楽」である。

本来なら、
湯上がりの客が浴衣姿で軽く打ち合って笑って終わる場所だ。

だが今ここには七人いる。

キラ・ヤマト。
桂木弥子。
脳噛ネウロ。
ダグラス・カイエン。
アウクソー。
ラクス・クライン。
空条承太郎。

そしてキラは、卓球台の前に立ち、
異様な真剣さでルール説明を始めていた。

「まず最初に言っておくけど」

弥子が吹き出しそうになる。

「出た、会議の始まりだ」

「笑わないで」
キラは真顔だ。
「これは大事だから」

ネウロが口元を吊り上げる。

「ククク……人間の遊戯ごときに、ずいぶん慎重だな」

「おまえのせいだよ!!」
キラ。
「前回を忘れたとは言わせないからね!」

キラは指を一本立てた。

「ルールその一。スタンドなし」

承太郎は腕を組んだまま、静かに言う。

「使わねぇよ」

「うん、承太郎はまだ信用してる」
キラ。
「でも一応確認だから」

次に二本目。

「ルールその二。魔界777ツ能力(どうぐ)なし」

ネウロが露骨につまらなそうな顔をする。

「不自由だな」

「卓球だからだよ!」

三本目。

「ルールその三。騎士技なし」

カイエンが少しだけ首を傾げた。

「騎士技、とは?」

「とぼけないでください」
キラ。
「パラレルアタックとかディレイアタックとか、そのへん全部です」

弥子が笑いながら指を差す。

「前科者ー!」

「心外だな」
カイエン。
「前回はまだ、だいぶ手加減していたんだが」

「その言い方がもう危ないんですよ!」

キラはさらに続ける。

「ルールその四。残像っぽいのもなし」
「ルールその五。ラケット以外で返さない」
「ルールその六。卓球台を壊さない」
「ルールその七。旅館に迷惑をかけない」
「ルールその八。他のお客さんを巻き込まない」

弥子が手を挙げた。

「先生、もうこれ温泉卓球のルールじゃなくて危険物取扱の注意事項です」

「僕もそう思うよ!」
キラ。

ラクスが、やわらかく微笑む。

「でも、とても分かりやすいですわ」

「ありがとう、ラクス……」
キラは少しだけ救われた顔になる。

その横でネウロがぼそりと言った。

「“ミラー”については明言していないな」

キラが固まる。

「……今なんて?」

カイエンが、ほんの少しだけ口元を上げた。

「なるほど。
つまり“分離攻撃”は条文上まだ――」

「駄目です!!」
キラ。
「今ここで追加します! ミラーもなし!」

弥子が腹を抱えて笑う。

「キラ、学習してる~!」

アウクソーが静かに言った。

「適切な追記かと存じます」

「ありがとうございます、アウクソーさん!」
キラ。
「助かります!」

承太郎が低く呟く。

「最初から全部禁止でいいだろ」

「ほんとにね……」


7人編 温泉旅館卓球大会

観客、現る

 

そのとき、卓球場の入口に気配がした。

 

夕食後の散歩ついでらしい、浴衣姿の女性客が数人、

興味深そうに中をのぞいている。

 

「わ、なんか始まるのかな」

「人数多いね」

「楽しそう」

 

弥子が振り返る。

 

「あ、観客!」

 

キラが嫌な予感しかしない顔になる。

 

「見物人ってことは……」

 

カイエンが一瞬だけ入口を見る。

ほんの一瞬だけ。

 

だがその一瞬で、弥子は見逃さなかった。

 

「見た!?」

弥子が小声でキラに言う。

「今ちょっとスイッチ入ったよあの人!」

 

「やっぱり!?」

キラ。

「まだ始まってもないのに!?」

 

ネウロが愉快そうに笑う。

 

「ククク……

スケベ子爵、聴衆ならぬ観衆を得て機嫌がよいな」

 

「やめてやれ」

承太郎。

 

「承太郎が止める側なんだ……」

 

カイエンは面倒そうな顔を崩さないまま言った。

 

「ぼかぁ厄介事は苦手なんだが……

人に見られる以上、無様は晒せんだろう」

 

弥子がすかさず言う。

 

「はい出たー!

ちょっと格好つけたいモード入りましたー!」

 

「うるさいぞ、娘っ子」

カイエン。

 

アウクソーは何も言わず、

ただカイエンを静かに見ていた。

 

その視線は、止めるでも促すでもない。

ただ、

どこまでが遊びで、どこからが収拾対象か

を測っているようだった。

 

キラはそれを見て小さく呟く。

 

「……アウクソーさん、頼みますよほんとに」

 

___________________________________

 

 

第一試合:キラ vs 弥子

 

「まずは普通に行こう」

キラが言った。

「弥子、やる?」

 

「やる!」

弥子は即答。

「ネウロとかカイエンさんとかより、まず人類同士で!」

 

「人類同士ってひどい言い方だな……」

キラ。

 

試合開始。

 

キラのサーブはきれいだ。

素直で正確、無駄がない。

弥子はフォームこそ大ざっぱだが、勢いがある。

 

カコン。

カコン。

カッ。

 

意外と続く。

 

弥子が笑う。

 

「うわ、楽しい!」

 

「でしょ!」

キラも少しうれしそうだ。

「本来こういうものなんだよ卓球は!」

 

「その“本来”がこのあと壊れるんだろうな」

と弥子が言った瞬間、

打ち返しが甘くなり、キラのポイントになる。

 

「よし!」

 

「うわ、今のずるい!

会話で気を逸らした!」

 

「ずるくないよ!」

 

ラクスが拍手する。

 

「お二人とも、楽しそうですわね」

 

アウクソーも静かに見ている。

 

承太郎は壁際から一言。

 

「悪くねぇな」

 

ネウロだけがつまらなそうだった。

 

「平穏すぎる」

 

「そこ不満なの!?」

弥子。

 

結果は、11-7でキラの勝ち。

 

弥子はラケットを肩に乗せる。

 

「くそー、やっぱりあんたちゃんと強いわね」

 

「ありがとう」

キラが苦笑する。

「でもこういう普通の勝負が一番楽しいよ」

 

そこで全員の視線が、

次に誰が出るかへ向いた。

 

空気が変わる。

 

___________________________________

 

 

第二試合:ネウロ vs 弥子

 

「では吾輩だ」

ネウロが前へ出る。

 

弥子が一歩引く。

 

「うわ、やだ」

 

「露骨だな」

ネウロ。

 

「だってどうせロクでもないこと考えてるじゃん!」

 

「考えてはいる」

ネウロ。

 

「考えるな!」

 

キラが割り込む。

 

「ネウロ、念押しね。能力なし、ズルなし、怖い演出なし!」

 

「怖い演出とは何だ」

ネウロ。

 

「おまえがやるとだいたい全部だよ!」

 

試合開始。

 

弥子のサーブ。

ネウロは返す。

一応返す。

だが顔が、完全に「競技としてはあまり興味がない」顔だった。

 

二、三ラリー続いたところで、

ネウロの指先がぴくりと動く。

 

キラが叫ぶ。

 

「今なんか出そうとしたでしょ!?」

 

「出しておらん。

出そうとしただけだ」

 

「同じだよ!!」

 

その隙に弥子の球がネウロの足元へ決まる。

 

弥子が叫ぶ。

 

「よっしゃ!」

 

承太郎がぼそりと呟く。

 

「試合中によそ見するな」

 

ネウロが目を細める。

 

「不覚だな」

 

「ざまあ!!」

弥子。

 

結局、ネウロは途中から明らかに雑になり、

最後は「制約が多すぎてつまらん」と言い出した。

 

「ルール守るのがそんなに嫌なの!?」

キラ。

 

「当然だ」

ネウロ。

 

「当然って言うな!」

 

結果、11-5で弥子の勝ち。

 

弥子がキラのほうを向いて親指を立てる。

 

「見た? 人類の勝利!」

 

「いや弥子もさっき“人類同士”って言ってたけどね?」

 

___________________________________

 

第三試合:カイエン vs キラ

 

そして問題のカードである。

 

キラが顔を引き締める。

 

「カイエンさん……もう一回言いますけど」

 

「分かってるさ」

カイエンは気だるげにラケットを持つ。

「スタンドなし、魔界なし、騎士技なし、ミラーなし」

 

「ちゃんと覚えてる!?」

 

「言われたからな」

 

弥子が小声で言う。

 

「逆に怖い」

 

観客の女性客が、ひそひそと話している。

 

「さっきのロン毛の人かな」

「強そう……」

「浴衣で卓球ってなんかいい……」

 

カイエンの口元が、ほんの少しだけ上がった。

 

キラが見逃さない。

 

「今ちょっと笑いましたよね!?」

 

「気のせいだ」

カイエン。

 

アウクソーは何も言わない。

ただ、じっと見ている。

 

試合開始。

 

キラのサーブ。

鋭い。

 

カイエン、返す。

ここまでは普通。

 

二球目。

三球目。

四球目。

 

キラが少し安心しかけた、その瞬間。

 

カイエンの姿が、ぶれた。

 

「えっ」

 

次の返球が、妙に読みにくい角度で飛んでくる。

キラ、取り損ねる。

 

「ちょっと待って! 今の何!?」

 

カイエンは涼しい顔だ。

 

「返しただけだが?」

 

弥子が叫ぶ。

 

「出たよ!

なんか“ルールに書いてない感じのズル”!!」

 

ネウロが爆笑する。

 

「クククク……

よい! 文言の隙間を突くのは基本だ!」

 

「褒めるな!!」

キラ。

 

キラはラケットを構え直す。

 

「今の、残像じゃないの!?」

 

「残像ではない」

カイエン。

「少し重心移動を工夫しただけだ」

 

承太郎が低く言う。

 

「屁理屈だな」

 

「おや、不良にまで言われたか」

カイエン。

 

次のラリー。

 

今度は一拍遅れて打ったように見えたのに、

球だけが先に来る。

キラ、また取れない。

 

「それディレイっぽい!!」

 

「っぽい、だろう?」

カイエン。

 

「屁理屈の精度が高いんだよ!」

 

観客の女性たちがざわつく。

 

「すごい……」

「今の何……?」

「かっこいい……」

 

カイエン、ちょっとだけ顎を上げた。

完全に乗っている。

 

弥子が指差す。

 

「ほらー!!

観客ついた途端これだよ!」

 

そのとき、アウクソーが静かに口を開いた。

 

「マスター」

 

カイエンの動きが一瞬止まる。

 

「何だい、アウクソー」

 

「その技は、“純粋に卓球”の範疇を逸脱しております」

 

沈黙。

 

キラが目を見開く。

 

「言った!!」

 

弥子が机を叩いて笑う。

 

「アウクソーさんきたー!!」

 

カイエンは少しだけ苦笑した。

 

「……そうかい」

 

「はい」

アウクソー。

「少なくとも、キラ様が事前に想定されていた“普通”からは外れております」

 

「やっぱりそうなんじゃないですか!!」

キラ。

 

ラクスがくすりと笑う。

 

「明快ですわね」

 

カイエンは肩をすくめた。

 

「やれやれ。

なら、もう少し真面目にやるか」

 

「最初からお願いします!」

 

そこからは多少まともになったが、

それでもカイエンは普通に強かった。

 

結果、11-6でカイエンの勝ち。

 

キラは卓球台に軽く突っ伏した。

 

「納得いかない……」

 

弥子が肩を叩く。

 

「でも前回よりマシ!」

 

「それはそうなんだけど!」

 

___________________________________

 

 

第四試合:承太郎 vs カイエン

 

空気が変わる。

 

観客も、なんとなくざわめく。

見たいのだ。

これは見たい。

 

ネウロが目を細める。

 

「本命だな」

 

弥子も頷く。

 

「これは見たい」

 

キラもラケットを抱えたまま言う。

 

「うん……これは見たい」

 

承太郎が前へ出る。

無言。

カイエンもラケットを持ち直す。

今度は、少し本気の目だ。

 

キラが最後に確認する。

 

「ええと……その、ちゃんと普通に――」

 

承太郎が言う。

 

「俺は最初から普通だ」

 

カイエンが口元だけで笑う。

 

「さて、どうかな」

 

開始。

 

承太郎のサーブは低く鋭い。

カイエン、返す。

 

カコン!

カッ!

バシィッ!

 

速い。

とにかく速い。

 

前回同様、

旅館卓球の速度ではない。

だが今回は、カイエンもあからさまな残像は使わない。

使わないが、

動きの嫌らしさだけで十分おかしい。

 

承太郎はそれを真正面から捉える。

無駄がない。

とにかく無駄がない。

 

ネウロが愉快そうに言う。

 

「ククク……

技巧で撹乱し、反射で踏み潰す」

 

弥子が呟く。

 

「何その実況、ちょっとかっこいい」

 

キラは唖然としていた。

 

「いやもう普通じゃないって……」

 

ラクスは拍手こそしないが、

静かに見入っている。

 

アウクソーは、

カイエンの動きを見つつも、口を挟まない。

この勝負は、もう彼女の線引きの内側なのだろう。

 

決着は一瞬だった。

 

カイエンが、わずかにフェイントを混ぜる。

承太郎は迷わない。

その中心へ、まっすぐ打ち抜く。

 

バシィッ!!

 

球は卓の端をかすめ、

カイエンのラケットの外へ抜けた。

 

沈黙。

 

そして弥子が叫ぶ。

 

「うわあああ!!」

 

観客の女性たちも拍手する。

かなり本気の拍手だ。

 

カイエンはラケットを下ろし、軽く息をつく。

 

「……一本取られたな」

 

承太郎は静かに言う。

 

「終わりだ」

 

キラが半分笑って半分呆れている。

 

「なんで“普通にやって”このレベルになるの……」

 

ネウロがくつくつ笑った。

 

「人間どもの“普通”の定義は、実に曖昧だな」

 

「おまえだけには言われたくないよ!」

 

 

 

 




全試合が終わり、
卓球場の空気もひとまず落ち着いた頃。

弥子がラケットをぶんぶん振る。

「いやー、面白かった!」

「面白かったけど疲れた……」
キラ。

カイエンは観客の視線を受けつつ、やや満足げ。
承太郎はいつも通り。
ネウロは最後まで楽しそう。
アウクソーは静かにマスターのラケットを受け取る。

そしてラクスが、にこやかに言った。

「皆さま、とてもお上手なのですね」

キラが苦笑する。

「いや、上手いっていうか……なんていうか……」

ラクスはそのまま続けた。

「では、次はわたくしも参加してもよろしいですか?」

一同、止まる。

キラが目を丸くする。

「えっ」

弥子が先に食いつく。

「ラクスさん卓球やるの!?」

ネウロが笑う。

「ほう……」

カイエンが目を細める。

「これはまた、面白くなりそうだ」

承太郎は帽子を押さえる。

「やれやれだぜ」

そしてキラだけが、
新たな気苦労の気配に、静かに天を仰いだ。

「……まだ増えるの?」

誰も答えなかった。
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