守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
朝食バイキングという名の略奪戦を終えた一行は、ロビーに集まっていた。
桂木弥子は満足そうな顔をしている。
一皿目が様子見。
二皿目が本番。
三皿目が検証。
その検証結果は、本人いわく。
「朝食、美味しかった!」
であった。
怪盗Xiは、朝からすでに疲れた顔をしていた。
「検証という言葉の使い方を、どこかで直した方がいい気がする……」
ネウロが笑う。
「無駄だ。この娘にとって検証とは、食べるための正当化にすぎん」
「ひどい言われようだけど否定できない!」
その横で、泉が手帳を開いた。
「本日の日中予定を確認します」
露伴が少し意外そうに見る。
「泉くん、いつの間に調べたんだ」
「昨日の夜、先生がロビーでカラオケの案内を観察している間に」
「僕は観察していただけだ」
「ですので、その間に観光情報を調べました」
Xiが小さく拍手した。
「有能すぎる」
泉は淡々と続けた。
「午前中は飯盛山へ。白虎隊十九士の墓所を参拝します。その後、近くのさざえ堂を見学。昼食は蕎麦。辛味大根の汁でいただく高遠蕎麦を予定しています」
ソープが顔を上げた。
「飯盛山」
ラクスも静かに頷く。
「白虎隊の方々を祀る場所なのですね」
キラの表情も、少し引き締まる。
「若くして戦争で……」
泉は声を落とした。
「はい。戊辰戦争の悲劇として知られています。観光地ではありますが、まずは静かに手を合わせる場所として考えた方がよいかと」
その場の空気が、自然と少し落ち着いた。
カイエンも、珍しく何も茶化さなかった。
「そういう場所なら、騒ぐなよ」
弥子が素直に頷く。
「うん」
ネウロも、何も言わない。
露伴は手帳を閉じた。
「取材はする。だが、場所は弁える」
泉が少しだけ安心したように言った。
「お願いします」
Xiはそれを横目で見て、ぽつりと言った。
「露伴先生がちゃんとしてる……」
「君は僕を何だと思っているんだ」
「露伴先生」
「またそれか」
一行は飯盛山へ向かった。
石段。
木々。
静かな空気。
朝の光。
温泉旅館の賑やかさから離れたその場所には、別の時間が流れていた。
白虎隊十九士の墓所の前で、一行は自然と口数を減らした。
若くして命を絶った少年たち。
戦の中で追い込まれ、故郷の行く末を思いながら散った者たち。
キラは黙って手を合わせた。
ラクスも隣で静かに目を伏せる。
承太郎は帽子のつばを下げ、短く黙祷した。
カイエンは腕を組んでいたが、その目はいつもより少しだけ遠くを見ていた。
「若すぎるな」
それだけ言った。
ソープはしばらく墓所を見つめていた。
「戦の記憶は、土地に残るんだね」
アウクソーが静かに答える。
「はい。語り継がれることで、失われずに残るものもあります」
弥子は珍しく黙っていた。
ネウロが小さく言った。
「人間は、過ちも悲しみも記録する。忘れぬためか、繰り返すためか」
Xiは少しだけ眉をひそめた。
「ここでは、あまり意地悪な言い方しないでください」
ネウロは笑わなかった。
「しておらん」
その返事に、Xiはそれ以上何も言わなかった。
露伴もまた、ノートを開かなかった。
ただ、目で見ていた。
いつもの取材欲とは違う、少し静かな観察だった。
参拝を終えたあと、一行はさざえ堂へ向かった。
こちらは、空気が少し変わる。
木造の不思議な建物。
六角形の外観。
そして内部にある、登りと下りが交差しない二重らせんの構造。
ソープは目を輝かせた。
「これは面白いね」
泉が説明する。
「内部が二重らせん状になっていて、登る人と下る人がすれ違わない構造だそうです。DNAのような形、と表現されることもあります」
その言葉に、Xiの表情が一瞬だけ止まった。
「二重らせん……」
ソープがそれに気づく。
「Xi?」
Xiはすぐにいつもの顔に戻した。
「いや。変わった階段だなって」
ネウロが目を細める。
「身体の設計図を思い出したか」
Xiは低い声で返す。
「思い出してない。勝手に連想が貼りついただけ」
弥子が少し心配そうに見る。
「Xi」
「大丈夫」
Xiはわざと明るく手を叩いた。
「登りと下りですれ違わないなら、逃走経路としては優秀かもしれないね」
キラが苦笑する。
「そこで逃走経路を見るんだ」
「怪盗なので」
露伴は建物を見上げ、完全に食いついていた。
「素晴らしい。人の流れを交差させず、同じ建物の中で別の道を通らせる。空間そのものが物語を持っている」
Xiがすぐに言う。
「露伴先生、柱や壁にヘブンズ・ドアーしないでくださいね」
「するわけないだろう」
「今ちょっと考えませんでした?」
「建物にはしない」
「人には?」
「……しない」
「間があった!」
泉がすっと前に出る。
「先生、文化財です。触れる場所、触れない場所、きちんと守ってください」
「わかっている」
「本当に?」
「泉くんまで!」
内部へ入ると、木の床がかすかに鳴った。
登っているのに、どこか横へ流れていくような感覚。
前に進むほど、建物の中を巡っていることがわかる。
弥子が楽しそうに言う。
「ほんとにすれ違わない!」
キラも感心していた。
「不思議だね。狭いのに、動きがぶつからない」
ラクスが微笑む。
「設計された方の工夫を感じますわ」
カイエンは短く言った。
「敵が多い時には使えそうだな」
Xiが即座に反応する。
「カイエンさんまで戦術目線!」
「お前も逃走経路って言っただろ」
「僕は怪盗だからいいんです!」
ネウロが笑う。
「魔界の建築なら、登る者と下る者が永遠に巡り合わず、最後には自分の背中を見る」
「魔界建築の話は禁止です」
承太郎が低く呟く。
「やれやれ、建物ひとつで騒がしいな」
それでも、全員の表情は悪くなかった。
悲しい場所で手を合わせ、不思議な建物で驚く。
会津の歴史と文化を、少しずつ身体で感じる時間だった。
昼食は、泉が調べておいた蕎麦の店へ向かった。
冷たいざるそば。
辛味大根のしぼり汁を使った、高遠蕎麦。
席に着くなり、弥子の目がまた輝く。
「お蕎麦!」
Xiがすかさず言う。
「弥子ちゃん、朝食バイキング三巡したよね」
「朝は朝、昼は昼!」
「昨日からその理論ばっかり!」
蕎麦が運ばれてくる。
白く細い麺。
涼しげな器。
そして、辛味大根のきりっとした香り。
ソープは器を見つめた。
「大根の辛味で食べるんだね」
泉が説明する。
「会津の高遠蕎麦は、辛味大根の汁でいただくのが特徴です。普通のつゆとは違って、さっぱりしています」
ラクスが一口食べ、目を細めた。
「辛味がありますけれど、とても爽やかですわ」
キラも頷く。
「朝たくさん食べた後でも、食べやすいね」
弥子はすでに勢いよくすすっていた。
「美味しい! 辛い! でもさっぱり! これ、おかわりできますか!?」
Xiが頭を抱える。
「早い!」
ネウロが満足そうに言う。
「この娘の胃袋は、蕎麦の清涼感を休憩ではなく次の侵攻準備に使う」
「侵攻って言わないで!」
カイエンも蕎麦を食べ、短く言った。
「悪くねぇ。朝稽古の後にはいい」
Xiが箸を止める。
「朝稽古を食レポに絡めないでください」
「身体が軽いだろ」
「それはちょっとありますけど、認めたくない」
ソープはゆっくり蕎麦を味わいながら言った。
「朝の飯盛山、さざえ堂、それから辛味のある蕎麦。今日は昨日とは違う文化調査だね」
アウクソーが微笑む。
「はい。ソープ様にとって、良い学びになっていれば幸いです」
露伴は箸を置き、満足そうに言った。
「会津という土地はいい。悲劇の記憶、不思議な建築、そして素朴だが個性のある食。作品の舞台としても申し分ない」
Xiが警戒する。
「露伴先生、実在の旅先をすぐ素材扱いしないでください」
「素材ではなく、敬意ある取材だ」
泉が釘を刺す。
「先生、敬意は大事です」
「わかっている」
承太郎は静かに蕎麦を食べ、短く言った。
「うまい」
キラが笑う。
「承太郎さんの“うまい”も、だいぶ高評価ですね」
「やれやれだぜ」
昼食を終える頃、Xiはふと気づいた。
今のところ、何も起きていない。
不審物もない。
『6』の箱もない。
添え状もない。
露伴先生は多少危険だが、泉が抑えている。
弥子の食欲は相変わらずだが、危険物ではない。
普通の観光。
普通の昼食。
普通の蕎麦。
Xiはお茶を飲みながら、しみじみ呟いた。
「……普通の観光って、いいですね」
キラが隣で頷いた。
「うん。いいね」
その瞬間、ネウロがにやりと笑った。
「普通、か」
Xiはびくっとした。
「その言い方やめてください!」
カイエンが続けようとする。
「ジョーカー太陽星団の観光なら――」
「カイエンさんも禁止!」
露伴が口を開く。
「漫画家の取材旅行なら――」
「露伴先生も今は通行止め!」
弥子が手を上げる。
「じゃあ、おかわりは?」
Xiは深く息を吐いた。
「……それはお店の人に聞いて」
弥子はぱっと笑った。
「はーい!」
こうして二日目の日中観光は、概ね平和に進んだ。
飯盛山で手を合わせ、さざえ堂で不思議な階段を巡り、高遠蕎麦を味わう。
会津の歴史と文化と食。
泉の下調べは完璧だった。
Xiはメモにこう書いた。
『二日目午前〜昼。飯盛山、さざえ堂、高遠蕎麦。大きな問題なし。露伴先生の取材欲は監視下。桂木弥子の食欲は継続確認中。普通の観光はありがたい』
そして少し考えてから、最後に追記した。
『普通、という言葉には引き続き注意する』
その一文を見て、キラは小さく笑った。
「わかるよ」
Xiも頷いた。
「わかってもらえるのが、ちょっと悲しいです」
穏やかな二日目の昼。
夜には、カラオケが待っている。
怪盗Xiは、そのことをまだなるべく考えないようにした。