守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiは湯けむりから逃げられない その12

 朝食バイキングという名の略奪戦を終えた一行は、ロビーに集まっていた。

 

 桂木弥子は満足そうな顔をしている。

 一皿目が様子見。

 二皿目が本番。

 三皿目が検証。

 

 その検証結果は、本人いわく。

 

「朝食、美味しかった!」

 

 であった。

 

 怪盗Xiは、朝からすでに疲れた顔をしていた。

 

「検証という言葉の使い方を、どこかで直した方がいい気がする……」

 

 ネウロが笑う。

 

「無駄だ。この娘にとって検証とは、食べるための正当化にすぎん」

 

「ひどい言われようだけど否定できない!」

 

 その横で、泉が手帳を開いた。

 

「本日の日中予定を確認します」

 

 露伴が少し意外そうに見る。

 

「泉くん、いつの間に調べたんだ」

 

「昨日の夜、先生がロビーでカラオケの案内を観察している間に」

 

「僕は観察していただけだ」

 

「ですので、その間に観光情報を調べました」

 

 Xiが小さく拍手した。

 

「有能すぎる」

 

 泉は淡々と続けた。

 

「午前中は飯盛山へ。白虎隊十九士の墓所を参拝します。その後、近くのさざえ堂を見学。昼食は蕎麦。辛味大根の汁でいただく高遠蕎麦を予定しています」

 

 ソープが顔を上げた。

 

「飯盛山」

 

 ラクスも静かに頷く。

 

「白虎隊の方々を祀る場所なのですね」

 

 キラの表情も、少し引き締まる。

 

「若くして戦争で……」

 

 泉は声を落とした。

 

「はい。戊辰戦争の悲劇として知られています。観光地ではありますが、まずは静かに手を合わせる場所として考えた方がよいかと」

 

 その場の空気が、自然と少し落ち着いた。

 

 カイエンも、珍しく何も茶化さなかった。

 

「そういう場所なら、騒ぐなよ」

 

 弥子が素直に頷く。

 

「うん」

 

 ネウロも、何も言わない。

 

 露伴は手帳を閉じた。

 

「取材はする。だが、場所は弁える」

 

 泉が少しだけ安心したように言った。

 

「お願いします」

 

 Xiはそれを横目で見て、ぽつりと言った。

 

「露伴先生がちゃんとしてる……」

 

「君は僕を何だと思っているんだ」

 

「露伴先生」

 

「またそれか」

 

 一行は飯盛山へ向かった。

 

 石段。

 木々。

 静かな空気。

 朝の光。

 

 温泉旅館の賑やかさから離れたその場所には、別の時間が流れていた。

 

 白虎隊十九士の墓所の前で、一行は自然と口数を減らした。

 

 若くして命を絶った少年たち。

 戦の中で追い込まれ、故郷の行く末を思いながら散った者たち。

 

 キラは黙って手を合わせた。

 

 ラクスも隣で静かに目を伏せる。

 

 承太郎は帽子のつばを下げ、短く黙祷した。

 

 カイエンは腕を組んでいたが、その目はいつもより少しだけ遠くを見ていた。

 

「若すぎるな」

 

 それだけ言った。

 

 ソープはしばらく墓所を見つめていた。

 

「戦の記憶は、土地に残るんだね」

 

 アウクソーが静かに答える。

 

「はい。語り継がれることで、失われずに残るものもあります」

 

 弥子は珍しく黙っていた。

 

 ネウロが小さく言った。

 

「人間は、過ちも悲しみも記録する。忘れぬためか、繰り返すためか」

 

 Xiは少しだけ眉をひそめた。

 

「ここでは、あまり意地悪な言い方しないでください」

 

 ネウロは笑わなかった。

 

「しておらん」

 

 その返事に、Xiはそれ以上何も言わなかった。

 

 露伴もまた、ノートを開かなかった。

 

 ただ、目で見ていた。

 

 いつもの取材欲とは違う、少し静かな観察だった。

 

 参拝を終えたあと、一行はさざえ堂へ向かった。

 

 こちらは、空気が少し変わる。

 

 木造の不思議な建物。

 六角形の外観。

 そして内部にある、登りと下りが交差しない二重らせんの構造。

 

 ソープは目を輝かせた。

 

「これは面白いね」

 

 泉が説明する。

 

「内部が二重らせん状になっていて、登る人と下る人がすれ違わない構造だそうです。DNAのような形、と表現されることもあります」

 

 その言葉に、Xiの表情が一瞬だけ止まった。

 

「二重らせん……」

 

 ソープがそれに気づく。

 

「Xi?」

 

 Xiはすぐにいつもの顔に戻した。

 

「いや。変わった階段だなって」

 

 ネウロが目を細める。

 

「身体の設計図を思い出したか」

 

 Xiは低い声で返す。

 

「思い出してない。勝手に連想が貼りついただけ」

 

 弥子が少し心配そうに見る。

 

「Xi」

 

「大丈夫」

 

 Xiはわざと明るく手を叩いた。

 

「登りと下りですれ違わないなら、逃走経路としては優秀かもしれないね」

 

 キラが苦笑する。

 

「そこで逃走経路を見るんだ」

 

「怪盗なので」

 

 露伴は建物を見上げ、完全に食いついていた。

 

「素晴らしい。人の流れを交差させず、同じ建物の中で別の道を通らせる。空間そのものが物語を持っている」

 

 Xiがすぐに言う。

 

「露伴先生、柱や壁にヘブンズ・ドアーしないでくださいね」

 

「するわけないだろう」

 

「今ちょっと考えませんでした?」

 

「建物にはしない」

 

「人には?」

 

「……しない」

 

「間があった!」

 

 泉がすっと前に出る。

 

「先生、文化財です。触れる場所、触れない場所、きちんと守ってください」

 

「わかっている」

 

「本当に?」

 

「泉くんまで!」

 

 内部へ入ると、木の床がかすかに鳴った。

 

 登っているのに、どこか横へ流れていくような感覚。

 前に進むほど、建物の中を巡っていることがわかる。

 

 弥子が楽しそうに言う。

 

「ほんとにすれ違わない!」

 

 キラも感心していた。

 

「不思議だね。狭いのに、動きがぶつからない」

 

 ラクスが微笑む。

 

「設計された方の工夫を感じますわ」

 

 カイエンは短く言った。

 

「敵が多い時には使えそうだな」

 

 Xiが即座に反応する。

 

「カイエンさんまで戦術目線!」

 

「お前も逃走経路って言っただろ」

 

「僕は怪盗だからいいんです!」

 

 ネウロが笑う。

 

「魔界の建築なら、登る者と下る者が永遠に巡り合わず、最後には自分の背中を見る」

 

「魔界建築の話は禁止です」

 

 承太郎が低く呟く。

 

「やれやれ、建物ひとつで騒がしいな」

 

 それでも、全員の表情は悪くなかった。

 

 悲しい場所で手を合わせ、不思議な建物で驚く。

 会津の歴史と文化を、少しずつ身体で感じる時間だった。

 

 昼食は、泉が調べておいた蕎麦の店へ向かった。

 

 冷たいざるそば。

 辛味大根のしぼり汁を使った、高遠蕎麦。

 

 席に着くなり、弥子の目がまた輝く。

 

「お蕎麦!」

 

 Xiがすかさず言う。

 

「弥子ちゃん、朝食バイキング三巡したよね」

 

「朝は朝、昼は昼!」

 

「昨日からその理論ばっかり!」

 

 蕎麦が運ばれてくる。

 

 白く細い麺。

 涼しげな器。

 そして、辛味大根のきりっとした香り。

 

 ソープは器を見つめた。

 

「大根の辛味で食べるんだね」

 

 泉が説明する。

 

「会津の高遠蕎麦は、辛味大根の汁でいただくのが特徴です。普通のつゆとは違って、さっぱりしています」

 

 ラクスが一口食べ、目を細めた。

 

「辛味がありますけれど、とても爽やかですわ」

 

 キラも頷く。

 

「朝たくさん食べた後でも、食べやすいね」

 

 弥子はすでに勢いよくすすっていた。

 

「美味しい! 辛い! でもさっぱり! これ、おかわりできますか!?」

 

 Xiが頭を抱える。

 

「早い!」

 

 ネウロが満足そうに言う。

 

「この娘の胃袋は、蕎麦の清涼感を休憩ではなく次の侵攻準備に使う」

 

「侵攻って言わないで!」

 

 カイエンも蕎麦を食べ、短く言った。

 

「悪くねぇ。朝稽古の後にはいい」

 

 Xiが箸を止める。

 

「朝稽古を食レポに絡めないでください」

 

「身体が軽いだろ」

 

「それはちょっとありますけど、認めたくない」

 

 ソープはゆっくり蕎麦を味わいながら言った。

 

「朝の飯盛山、さざえ堂、それから辛味のある蕎麦。今日は昨日とは違う文化調査だね」

 

 アウクソーが微笑む。

 

「はい。ソープ様にとって、良い学びになっていれば幸いです」

 

 露伴は箸を置き、満足そうに言った。

 

「会津という土地はいい。悲劇の記憶、不思議な建築、そして素朴だが個性のある食。作品の舞台としても申し分ない」

 

 Xiが警戒する。

 

「露伴先生、実在の旅先をすぐ素材扱いしないでください」

 

「素材ではなく、敬意ある取材だ」

 

 泉が釘を刺す。

 

「先生、敬意は大事です」

 

「わかっている」

 

 承太郎は静かに蕎麦を食べ、短く言った。

 

「うまい」

 

 キラが笑う。

 

「承太郎さんの“うまい”も、だいぶ高評価ですね」

 

「やれやれだぜ」

 

 昼食を終える頃、Xiはふと気づいた。

 

 今のところ、何も起きていない。

 

 不審物もない。

 『6』の箱もない。

 添え状もない。

 露伴先生は多少危険だが、泉が抑えている。

 弥子の食欲は相変わらずだが、危険物ではない。

 

 普通の観光。

 普通の昼食。

 普通の蕎麦。

 

 Xiはお茶を飲みながら、しみじみ呟いた。

 

「……普通の観光って、いいですね」

 

 キラが隣で頷いた。

 

「うん。いいね」

 

 その瞬間、ネウロがにやりと笑った。

 

「普通、か」

 

 Xiはびくっとした。

 

「その言い方やめてください!」

 

 カイエンが続けようとする。

 

「ジョーカー太陽星団の観光なら――」

 

「カイエンさんも禁止!」

 

 露伴が口を開く。

 

「漫画家の取材旅行なら――」

 

「露伴先生も今は通行止め!」

 

 弥子が手を上げる。

 

「じゃあ、おかわりは?」

 

 Xiは深く息を吐いた。

 

「……それはお店の人に聞いて」

 

 弥子はぱっと笑った。

 

「はーい!」

 

 こうして二日目の日中観光は、概ね平和に進んだ。

 

 飯盛山で手を合わせ、さざえ堂で不思議な階段を巡り、高遠蕎麦を味わう。

 

 会津の歴史と文化と食。

 

 泉の下調べは完璧だった。

 

 Xiはメモにこう書いた。

 

『二日目午前〜昼。飯盛山、さざえ堂、高遠蕎麦。大きな問題なし。露伴先生の取材欲は監視下。桂木弥子の食欲は継続確認中。普通の観光はありがたい』

 

 そして少し考えてから、最後に追記した。

 

『普通、という言葉には引き続き注意する』

 

 その一文を見て、キラは小さく笑った。

 

「わかるよ」

 

 Xiも頷いた。

 

「わかってもらえるのが、ちょっと悲しいです」

 

 穏やかな二日目の昼。

 

 夜には、カラオケが待っている。

 

 怪盗Xiは、そのことをまだなるべく考えないようにした。

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