守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
高遠蕎麦の昼食を終えた一行は、会津市内から東山温泉へ戻る途中だった。
午前中の飯盛山では静かに手を合わせ、さざえ堂では不思議な二重らせん構造に驚き、昼には辛味大根のきいた蕎麦を味わった。
観光としては、かなり充実している。
怪盗Xiは、車窓の外を眺めながら、少しだけ息を吐いた。
「……今日は、普通に観光してる」
キラが隣で頷いた。
「うん。今のところ、かなり平和だね」
「“今のところ”って付けちゃうあたり、僕たちも慣れてきましたね」
「悲しい慣れ方だね」
そんな会話をしていると、泉が手帳を確認した。
「旅館に戻る前に、少しだけお土産屋さんに寄りましょう。東山温泉の麓にあります」
弥子が即座に反応した。
「お土産!」
Xiが顔を上げる。
「食べ物?」
「食べ物もあるよね!」
「あるだろうけど、まず聞くところがそこなんだ」
ラクスは楽しそうに微笑んだ。
「旅の思い出を選ぶのも、素敵ですわね」
ソープも興味深そうに言った。
「地元の工芸品や菓子を見るのも、文化調査になるね」
露伴がうなずく。
「土産物屋はいい。土地の記憶と商業的演出が同じ棚に並んでいる」
Xiはすぐに釘を刺した。
「露伴先生、店員さんへの過剰取材は禁止です」
「僕は普通に買い物をするだけだ」
「本当に?」
「本当に」
泉が横から言う。
「先生、店内で勝手にスケッチを始めないでください」
「泉くんまで」
「前例がありますので」
「ないとは言い切れないな」
「自覚あるんですね」
お土産屋に着くと、店内には会津らしい品が並んでいた。
赤べこ。
起き上がり小法師。
会津塗の小物。
地酒。
漬物。
蕎麦。
まんじゅうや焼き菓子。
弥子は入口で一瞬だけ立ち止まった。
その目は、朝食バイキングを見た時に近かった。
「お菓子がある……!」
Xiが即座に言う。
「弥子ちゃん、昼に蕎麦食べたよね」
「蕎麦はさっぱりしてたから!」
「さっぱりしてたらノーカウントなの!?」
ネウロが冷たく言った。
「この娘にとって、蕎麦は胃袋の清掃作業にすぎん」
「食べ物に対して失礼な表現!」
弥子は土産菓子を見ながら、真剣に悩み始めた。
「これ、部屋で食べる用と、帰ってから食べる用と、人に配る用で分けた方がいいよね」
「弥子ちゃんの場合、“帰ってから食べる用”が帰る前に消える可能性あります」
「否定できない!」
キラは苦笑しながら、菓子の棚を見ていた。
「でも、地元のお菓子って見てるだけでも楽しいね」
ラクスは赤べこの小物を手に取る。
「可愛らしいですわ。首が揺れるのですね」
ソープも横から眺める。
「祈りや厄除けの意味もあるのかな」
泉が説明する。
「会津の郷土玩具として有名です。お土産としても人気がありますね」
ソープは小さな赤べこを見つめ、少し笑った。
「では、記念に一つ買おうかな」
Xiが警戒する。
「箱に『6』って書いてないですよね?」
「書いてないよ」
「差出人不明じゃないですよね?」
「自分で買うからね」
「よし」
カイエンが横から言った。
「お前、お土産にも検閲するのか」
「必要です。昨日までの流れを考えてください」
「まあな」
「納得された!」
アウクソーは会津塗の小物を静かに見ていた。
「ソープ様、こちらも美しいですね」
「うん。色と艶がいい」
露伴がそれを見て、目を細める。
「漆の艶か。光を吸い込むようでいて、奥に色がある。いいな」
Xiはすっと露伴とソープの間へ移動した。
「通行止めです」
「僕は漆器を見ていたんだ」
「漆器を見る視線が、ソープさんの感想に寄ってました」
「感想まで通行止めか」
「必要なら」
泉が淡々と言う。
「先生、買うなら買う。観察するなら対象を商品に限定してください」
「担当編集とは、旅行先でも容赦がないな」
「旅行先だからこそです」
地酒コーナーでは、カイエンが立ち止まった。
昨日の夕食で飲んだ地酒が気に入ったのか、無言でラベルを見ている。
Xiが少しにやっとした。
「あれ、カイエンさん、お土産ですか?」
「悪いか」
「いえ。昨日“いい酒だ”って言ってましたもんね」
「うるせぇ」
アウクソーがほんの少し嬉しそうに言う。
「マスターがお気に召したのであれば、一本お持ち帰りになるのもよろしいかと」
カイエンは少しだけ考えて、一本を手に取った。
「これでいい」
Xiが言う。
「“これでいい”って言い方、気に入ってる時のやつですね」
「斬るぞ」
「はい、黙ります」
一方、弥子は土産菓子を抱えていた。
抱えていた、というより、積んでいた。
「弥子ちゃん」
「なに?」
「それ全部、誰用?」
「えーと、みんなで食べる用と、帰ってから食べる用と、予備」
「予備?」
「万一、お腹が空いた時の」
「万一の頻度が高すぎる!」
ネウロが満足げに言う。
「備蓄という概念を食欲に全振りした結果だな」
「ネウロ、ちょっと黙ってて!」
キラはレジ前で、ラクスと一緒に小さなお土産を選んでいた。
「これはどうかな。軽いし、持ち帰りやすい」
「ええ。皆さまにも喜ばれそうですわ」
Xiはその二人を見て、しみじみ言った。
「まともなお土産選びをしてる人がいる……」
キラが笑う。
「Xiも何か買わないの?」
「僕ですか?」
Xiは少し考え、起き上がり小法師の小さな人形を手に取った。
倒しても起き上がる、小さな郷土玩具。
「……これにしようかな」
弥子が覗き込む。
「Xiっぽいかも」
「どの辺が?」
「倒れても起きるところ」
Xiは少しだけ黙った。
それから、わざと軽い声で言った。
「僕は倒れる前に逃げるけどね」
ソープが静かに微笑む。
「でも、昨日から何度も戻ってきているよ」
「契約中なので」
「うん」
「そういう顔をされると、逃げ道が減るんですよ」
Xiは結局、その小さな起き上がり小法師を買った。
店を出る頃には、それぞれの手に土産袋があった。
弥子の袋だけ、明らかに重そうだった。
旅館へ戻ると、午後の空気は少しゆるんでいた。
観光を終え、昼食も済ませ、温泉宿へ帰ってくる。
それだけで、どこかほっとする。
Xiはロビーに入るなり、周囲を確認した。
「不審な箱なし。『6』なし。添え状なし」
泉が手帳に書き込む。
「帰館時、不審物なし」
露伴が呆れたように言う。
「君たちは、いちいちそれを確認しないと落ち着かないのか」
Xiとキラが同時に答えた。
「落ち着きません」
「落ち着きません」
ラクスが少し困ったように笑う。
「昨日のことがありましたものね」
その後、一行は足湯へ向かった。
午後の足湯は、朝とも夜とも違う。
観光で歩いた足を温めるにはちょうど良く、川の音が心地よかった。
弥子は足を湯に入れて、土産袋を大事そうに抱えた。
「あー……歩いた後の足湯、いいねえ」
キラも頷く。
「これは助かるね」
ラクスはそっと足を浸し、穏やかに息を吐いた。
「身体全体が休まるようですわ」
ソープは足湯から見える景色を眺めた。
「温泉は、全身で入るだけじゃなく、足だけでも楽しめるんだね」
アウクソーが答える。
「はい。移動の後には特に良いかと」
カイエンは腕を組んだまま足湯に入っていたが、表情は少しだけ穏やかだった。
「悪くねぇ」
Xiがそれを見て言う。
「カイエンさんの“悪くねぇ”、今日二回目くらいですね」
「数えるな」
「褒め言葉が少ないから目立つんです」
承太郎は静かに足湯に浸かり、帽子のつばを下げている。
「やれやれ、歩いた後には効くな」
ネウロは足湯の縁に座り、湯を見下ろしていた。
「魔界の足湯なら、足だけでなく罪悪感も温まる」
Xiが即座に言う。
「魔界の足湯は禁止」
「まだ説明の途中だ」
「途中で止めるのが安全なんです」
しばらく足湯で休んだあと、一行はロビーへ移動した。
夜ほど静かではないが、午後のロビーにはゆったりとした時間が流れている。
そこで、ついに露伴が口を開いた。
「さて」
Xiが反射的に警戒した。
「その“さて”は危険です」
「約束していたロビー取材だ」
「覚えてた!」
「当然だ。僕は漫画家だぞ」
泉がすぐに手帳を開く。
「では、ロビー取材は十五分。対象はソープ様。ただし、怪盗Xiさん同席。質問内容は常識の範囲。個人の尊厳、身体的秘密、国家機密、星団機密、魔界関連には踏み込まない」
「制限が多すぎる」
Xiが頷く。
「露伴先生相手なので」
「君たちは僕を何だと思っているんだ」
全員がほぼ同時に言った。
「露伴先生」
「先生」
「岸辺露伴」
「取材魔」
最後の一つはネウロだった。
露伴は眉をひそめる。
「魔人にだけは言われたくないな」
ソープは楽しそうに座った。
「いいよ。話せる範囲でなら」
Xiはソープの隣に座り、きっぱりと言った。
「僕が通行止め係です」
泉が反対側に座る。
「私が記録係です」
承太郎は少し離れた場所で腕を組む。
「俺は物理係だ」
キラが小声で言う。
「物理係って何……」
ラクスは微笑む。
「安心感はありますわ」
露伴はノートを開いた。
目が真剣になっている。
「では、まず聞きたい。君は今日、飯盛山で何を感じた?」
Xiは少し意外そうに露伴を見た。
もっと好奇心むき出しの質問が来ると思っていたからだ。
ソープは少し考えてから答えた。
「戦の記憶は、勝ち負けだけでは語れないと思った。あそこに眠っているのは、歴史上の出来事というより、若くして選べる道を失った人たちなんだね」
露伴は黙ってペンを走らせた。
泉も静かに記録する。
キラとラクスは、少しだけ目を伏せた。
露伴は続ける。
「さざえ堂は?」
「面白かったよ。登る道と下る道が交わらない。同じ場所にいながら、違う経路を通る。建物の中に、時間の流れが二つあるみたいだった」
露伴の表情がわずかに変わる。
「いい表現だ」
Xiは警戒しつつも、少しだけ感心した。
「露伴先生が普通に取材してる……」
「君は本当に失礼だな」
「すみません。良い意味で」
「余計悪い」
露伴はペンを止め、ソープを見た。
「では、温泉については?」
Xiが少し身構える。
ソープは穏やかに答えた。
「湯だけではなくて、音や景色や食事や、人の動きまで含めて温泉宿なんだと思った。足湯も、朝風呂も、夜の湯も、それぞれ違った。無理をしないで入ることも大事だね」
アウクソーが静かに頷く。
「ソープ様がそのように受け止めてくださったなら、何よりです」
カイエンが短く言った。
「湯当たりしなきゃな」
「それも大事」
ソープは笑った。
露伴はしばらく黙っていた。
そして、少しだけ声を落として言った。
「なるほど。君は、体験を自分の内側だけで終わらせないんだな。場所や人との関係で捉える」
Xiが露伴を見る。
露伴はいつものように好奇心で踏み込んでいるが、今回は妙に乱暴ではない。
取材対象を暴くというより、言葉を掬い上げている。
泉もそれに気づいていた。
「先生、時間です」
「もうか」
「十五分です」
「短いな」
Xiが言う。
「ちょうどいいです」
露伴はノートを閉じた。
「わかった。今日はここまでにしておく」
Xiは思わず言った。
「え、本当に?」
「君は僕を何だと」
「露伴先生」
「もういい」
弥子が横から覗き込む。
「取材終わった? じゃあ、お土産のお菓子少し開けてもいい?」
Xiが即座に振り向く。
「弥子ちゃん、夕食前!」
「少しだけ!」
「その“少しだけ”が信用できない!」
ネウロが笑う。
「午前は歴史、昼は蕎麦、午後は土産、そして夕方は食欲か。人間界の観光は忙しいな」
「忙しくしてるのは主に君たちです」
Xiはそう言いながら、ロビーの窓の外を見た。
午後の光が少しずつ傾き始めている。
この後は夕食。
そして夜には、カラオケ。
怪盗Xiは、自分のメモ帳にこう書き加えた。
『午後:土産屋立ち寄り。足湯休憩。ロビー取材実施。露伴先生は本日は比較的まとも。油断は禁物』
それを見た泉が、静かに頷く。
「適切な記録です」
「泉さんが認めるなら安心です」
露伴が不満げに言った。
「“本日は比較的まとも”とは何だ」
Xiは即答した。
「褒め言葉です」
「褒め言葉に聞こえない」
承太郎が低く言った。
「お前にしちゃ上出来だろ」
「承太郎、君まで」
ソープは楽しそうに笑っていた。
会津の午後は、穏やかに過ぎていく。
少なくとも、今のところは。
夜のカラオケという新たな火種を、静かに抱えながら。