守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiは湯けむりから逃げられない その13

 高遠蕎麦の昼食を終えた一行は、会津市内から東山温泉へ戻る途中だった。

 

 午前中の飯盛山では静かに手を合わせ、さざえ堂では不思議な二重らせん構造に驚き、昼には辛味大根のきいた蕎麦を味わった。

 

 観光としては、かなり充実している。

 

 怪盗Xiは、車窓の外を眺めながら、少しだけ息を吐いた。

 

「……今日は、普通に観光してる」

 

 キラが隣で頷いた。

 

「うん。今のところ、かなり平和だね」

 

「“今のところ”って付けちゃうあたり、僕たちも慣れてきましたね」

 

「悲しい慣れ方だね」

 

 そんな会話をしていると、泉が手帳を確認した。

 

「旅館に戻る前に、少しだけお土産屋さんに寄りましょう。東山温泉の麓にあります」

 

 弥子が即座に反応した。

 

「お土産!」

 

 Xiが顔を上げる。

 

「食べ物?」

 

「食べ物もあるよね!」

 

「あるだろうけど、まず聞くところがそこなんだ」

 

 ラクスは楽しそうに微笑んだ。

 

「旅の思い出を選ぶのも、素敵ですわね」

 

 ソープも興味深そうに言った。

 

「地元の工芸品や菓子を見るのも、文化調査になるね」

 

 露伴がうなずく。

 

「土産物屋はいい。土地の記憶と商業的演出が同じ棚に並んでいる」

 

 Xiはすぐに釘を刺した。

 

「露伴先生、店員さんへの過剰取材は禁止です」

 

「僕は普通に買い物をするだけだ」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

 泉が横から言う。

 

「先生、店内で勝手にスケッチを始めないでください」

 

「泉くんまで」

 

「前例がありますので」

 

「ないとは言い切れないな」

 

「自覚あるんですね」

 

 お土産屋に着くと、店内には会津らしい品が並んでいた。

 

 赤べこ。

 起き上がり小法師。

 会津塗の小物。

 地酒。

 漬物。

 蕎麦。

 まんじゅうや焼き菓子。

 

 弥子は入口で一瞬だけ立ち止まった。

 

 その目は、朝食バイキングを見た時に近かった。

 

「お菓子がある……!」

 

 Xiが即座に言う。

 

「弥子ちゃん、昼に蕎麦食べたよね」

 

「蕎麦はさっぱりしてたから!」

 

「さっぱりしてたらノーカウントなの!?」

 

 ネウロが冷たく言った。

 

「この娘にとって、蕎麦は胃袋の清掃作業にすぎん」

 

「食べ物に対して失礼な表現!」

 

 弥子は土産菓子を見ながら、真剣に悩み始めた。

 

「これ、部屋で食べる用と、帰ってから食べる用と、人に配る用で分けた方がいいよね」

 

「弥子ちゃんの場合、“帰ってから食べる用”が帰る前に消える可能性あります」

 

「否定できない!」

 

 キラは苦笑しながら、菓子の棚を見ていた。

 

「でも、地元のお菓子って見てるだけでも楽しいね」

 

 ラクスは赤べこの小物を手に取る。

 

「可愛らしいですわ。首が揺れるのですね」

 

 ソープも横から眺める。

 

「祈りや厄除けの意味もあるのかな」

 

 泉が説明する。

 

「会津の郷土玩具として有名です。お土産としても人気がありますね」

 

 ソープは小さな赤べこを見つめ、少し笑った。

 

「では、記念に一つ買おうかな」

 

 Xiが警戒する。

 

「箱に『6』って書いてないですよね?」

 

「書いてないよ」

 

「差出人不明じゃないですよね?」

 

「自分で買うからね」

 

「よし」

 

 カイエンが横から言った。

 

「お前、お土産にも検閲するのか」

 

「必要です。昨日までの流れを考えてください」

 

「まあな」

 

「納得された!」

 

 アウクソーは会津塗の小物を静かに見ていた。

 

「ソープ様、こちらも美しいですね」

 

「うん。色と艶がいい」

 

 露伴がそれを見て、目を細める。

 

「漆の艶か。光を吸い込むようでいて、奥に色がある。いいな」

 

 Xiはすっと露伴とソープの間へ移動した。

 

「通行止めです」

 

「僕は漆器を見ていたんだ」

 

「漆器を見る視線が、ソープさんの感想に寄ってました」

 

「感想まで通行止めか」

 

「必要なら」

 

 泉が淡々と言う。

 

「先生、買うなら買う。観察するなら対象を商品に限定してください」

 

「担当編集とは、旅行先でも容赦がないな」

 

「旅行先だからこそです」

 

 地酒コーナーでは、カイエンが立ち止まった。

 

 昨日の夕食で飲んだ地酒が気に入ったのか、無言でラベルを見ている。

 

 Xiが少しにやっとした。

 

「あれ、カイエンさん、お土産ですか?」

 

「悪いか」

 

「いえ。昨日“いい酒だ”って言ってましたもんね」

 

「うるせぇ」

 

 アウクソーがほんの少し嬉しそうに言う。

 

「マスターがお気に召したのであれば、一本お持ち帰りになるのもよろしいかと」

 

 カイエンは少しだけ考えて、一本を手に取った。

 

「これでいい」

 

 Xiが言う。

 

「“これでいい”って言い方、気に入ってる時のやつですね」

 

「斬るぞ」

 

「はい、黙ります」

 

 一方、弥子は土産菓子を抱えていた。

 

 抱えていた、というより、積んでいた。

 

「弥子ちゃん」

 

「なに?」

 

「それ全部、誰用?」

 

「えーと、みんなで食べる用と、帰ってから食べる用と、予備」

 

「予備?」

 

「万一、お腹が空いた時の」

 

「万一の頻度が高すぎる!」

 

 ネウロが満足げに言う。

 

「備蓄という概念を食欲に全振りした結果だな」

 

「ネウロ、ちょっと黙ってて!」

 

 キラはレジ前で、ラクスと一緒に小さなお土産を選んでいた。

 

「これはどうかな。軽いし、持ち帰りやすい」

 

「ええ。皆さまにも喜ばれそうですわ」

 

 Xiはその二人を見て、しみじみ言った。

 

「まともなお土産選びをしてる人がいる……」

 

 キラが笑う。

 

「Xiも何か買わないの?」

 

「僕ですか?」

 

 Xiは少し考え、起き上がり小法師の小さな人形を手に取った。

 

 倒しても起き上がる、小さな郷土玩具。

 

「……これにしようかな」

 

 弥子が覗き込む。

 

「Xiっぽいかも」

 

「どの辺が?」

 

「倒れても起きるところ」

 

 Xiは少しだけ黙った。

 

 それから、わざと軽い声で言った。

 

「僕は倒れる前に逃げるけどね」

 

 ソープが静かに微笑む。

 

「でも、昨日から何度も戻ってきているよ」

 

「契約中なので」

 

「うん」

 

「そういう顔をされると、逃げ道が減るんですよ」

 

 Xiは結局、その小さな起き上がり小法師を買った。

 

 店を出る頃には、それぞれの手に土産袋があった。

 

 弥子の袋だけ、明らかに重そうだった。

 

 旅館へ戻ると、午後の空気は少しゆるんでいた。

 

 観光を終え、昼食も済ませ、温泉宿へ帰ってくる。

 それだけで、どこかほっとする。

 

 Xiはロビーに入るなり、周囲を確認した。

 

「不審な箱なし。『6』なし。添え状なし」

 

 泉が手帳に書き込む。

 

「帰館時、不審物なし」

 

 露伴が呆れたように言う。

 

「君たちは、いちいちそれを確認しないと落ち着かないのか」

 

 Xiとキラが同時に答えた。

 

「落ち着きません」

 

「落ち着きません」

 

 ラクスが少し困ったように笑う。

 

「昨日のことがありましたものね」

 

 その後、一行は足湯へ向かった。

 

 午後の足湯は、朝とも夜とも違う。

 観光で歩いた足を温めるにはちょうど良く、川の音が心地よかった。

 

 弥子は足を湯に入れて、土産袋を大事そうに抱えた。

 

「あー……歩いた後の足湯、いいねえ」

 

 キラも頷く。

 

「これは助かるね」

 

 ラクスはそっと足を浸し、穏やかに息を吐いた。

 

「身体全体が休まるようですわ」

 

 ソープは足湯から見える景色を眺めた。

 

「温泉は、全身で入るだけじゃなく、足だけでも楽しめるんだね」

 

 アウクソーが答える。

 

「はい。移動の後には特に良いかと」

 

 カイエンは腕を組んだまま足湯に入っていたが、表情は少しだけ穏やかだった。

 

「悪くねぇ」

 

 Xiがそれを見て言う。

 

「カイエンさんの“悪くねぇ”、今日二回目くらいですね」

 

「数えるな」

 

「褒め言葉が少ないから目立つんです」

 

 承太郎は静かに足湯に浸かり、帽子のつばを下げている。

 

「やれやれ、歩いた後には効くな」

 

 ネウロは足湯の縁に座り、湯を見下ろしていた。

 

「魔界の足湯なら、足だけでなく罪悪感も温まる」

 

 Xiが即座に言う。

 

「魔界の足湯は禁止」

 

「まだ説明の途中だ」

 

「途中で止めるのが安全なんです」

 

 しばらく足湯で休んだあと、一行はロビーへ移動した。

 

 夜ほど静かではないが、午後のロビーにはゆったりとした時間が流れている。

 

 そこで、ついに露伴が口を開いた。

 

「さて」

 

 Xiが反射的に警戒した。

 

「その“さて”は危険です」

 

「約束していたロビー取材だ」

 

「覚えてた!」

 

「当然だ。僕は漫画家だぞ」

 

 泉がすぐに手帳を開く。

 

「では、ロビー取材は十五分。対象はソープ様。ただし、怪盗Xiさん同席。質問内容は常識の範囲。個人の尊厳、身体的秘密、国家機密、星団機密、魔界関連には踏み込まない」

 

「制限が多すぎる」

 

 Xiが頷く。

 

「露伴先生相手なので」

 

「君たちは僕を何だと思っているんだ」

 

 全員がほぼ同時に言った。

 

「露伴先生」

 

「先生」

 

「岸辺露伴」

 

「取材魔」

 

 最後の一つはネウロだった。

 

 露伴は眉をひそめる。

 

「魔人にだけは言われたくないな」

 

 ソープは楽しそうに座った。

 

「いいよ。話せる範囲でなら」

 

 Xiはソープの隣に座り、きっぱりと言った。

 

「僕が通行止め係です」

 

 泉が反対側に座る。

 

「私が記録係です」

 

 承太郎は少し離れた場所で腕を組む。

 

「俺は物理係だ」

 

 キラが小声で言う。

 

「物理係って何……」

 

 ラクスは微笑む。

 

「安心感はありますわ」

 

 露伴はノートを開いた。

 

 目が真剣になっている。

 

「では、まず聞きたい。君は今日、飯盛山で何を感じた?」

 

 Xiは少し意外そうに露伴を見た。

 

 もっと好奇心むき出しの質問が来ると思っていたからだ。

 

 ソープは少し考えてから答えた。

 

「戦の記憶は、勝ち負けだけでは語れないと思った。あそこに眠っているのは、歴史上の出来事というより、若くして選べる道を失った人たちなんだね」

 

 露伴は黙ってペンを走らせた。

 

 泉も静かに記録する。

 

 キラとラクスは、少しだけ目を伏せた。

 

 露伴は続ける。

 

「さざえ堂は?」

 

「面白かったよ。登る道と下る道が交わらない。同じ場所にいながら、違う経路を通る。建物の中に、時間の流れが二つあるみたいだった」

 

 露伴の表情がわずかに変わる。

 

「いい表現だ」

 

 Xiは警戒しつつも、少しだけ感心した。

 

「露伴先生が普通に取材してる……」

 

「君は本当に失礼だな」

 

「すみません。良い意味で」

 

「余計悪い」

 

 露伴はペンを止め、ソープを見た。

 

「では、温泉については?」

 

 Xiが少し身構える。

 

 ソープは穏やかに答えた。

 

「湯だけではなくて、音や景色や食事や、人の動きまで含めて温泉宿なんだと思った。足湯も、朝風呂も、夜の湯も、それぞれ違った。無理をしないで入ることも大事だね」

 

 アウクソーが静かに頷く。

 

「ソープ様がそのように受け止めてくださったなら、何よりです」

 

 カイエンが短く言った。

 

「湯当たりしなきゃな」

 

「それも大事」

 

 ソープは笑った。

 

 露伴はしばらく黙っていた。

 

 そして、少しだけ声を落として言った。

 

「なるほど。君は、体験を自分の内側だけで終わらせないんだな。場所や人との関係で捉える」

 

 Xiが露伴を見る。

 

 露伴はいつものように好奇心で踏み込んでいるが、今回は妙に乱暴ではない。

 

 取材対象を暴くというより、言葉を掬い上げている。

 

 泉もそれに気づいていた。

 

「先生、時間です」

 

「もうか」

 

「十五分です」

 

「短いな」

 

 Xiが言う。

 

「ちょうどいいです」

 

 露伴はノートを閉じた。

 

「わかった。今日はここまでにしておく」

 

 Xiは思わず言った。

 

「え、本当に?」

 

「君は僕を何だと」

 

「露伴先生」

 

「もういい」

 

 弥子が横から覗き込む。

 

「取材終わった? じゃあ、お土産のお菓子少し開けてもいい?」

 

 Xiが即座に振り向く。

 

「弥子ちゃん、夕食前!」

 

「少しだけ!」

 

「その“少しだけ”が信用できない!」

 

 ネウロが笑う。

 

「午前は歴史、昼は蕎麦、午後は土産、そして夕方は食欲か。人間界の観光は忙しいな」

 

「忙しくしてるのは主に君たちです」

 

 Xiはそう言いながら、ロビーの窓の外を見た。

 

 午後の光が少しずつ傾き始めている。

 

 この後は夕食。

 そして夜には、カラオケ。

 

 怪盗Xiは、自分のメモ帳にこう書き加えた。

 

『午後:土産屋立ち寄り。足湯休憩。ロビー取材実施。露伴先生は本日は比較的まとも。油断は禁物』

 

 それを見た泉が、静かに頷く。

 

「適切な記録です」

 

「泉さんが認めるなら安心です」

 

 露伴が不満げに言った。

 

「“本日は比較的まとも”とは何だ」

 

 Xiは即答した。

 

「褒め言葉です」

 

「褒め言葉に聞こえない」

 

 承太郎が低く言った。

 

「お前にしちゃ上出来だろ」

 

「承太郎、君まで」

 

 ソープは楽しそうに笑っていた。

 

 会津の午後は、穏やかに過ぎていく。

 

 少なくとも、今のところは。

 

 夜のカラオケという新たな火種を、静かに抱えながら。

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