守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
二日目の夜。
カラオケ後の風呂を終え、一行はそれぞれの部屋へ戻っていった。
A室では、弥子が「お土産のお菓子、ひとつだけなら……」と呟き、泉とラクスに止められている。
B室では、露伴がカラオケの選曲について何か語り出そうとし、承太郎が「寝ろ」と一言で止めている。
ネウロはそれを見て、楽しそうに笑っている。
キラは、今日は比較的平和だった、と自分に言い聞かせて布団へ向かった。
そしてC室。
ソープ、カイエン、Xiの三人部屋である。
Xiは畳の上に座り込んだ瞬間、力尽きたように言った。
「……寝たい」
カイエンは布団を広げながら、当然のように言った。
「日報」
「知ってます」
「書け」
「知ってます!」
Xiは端末を取り出した。
ソープは座卓の前に座り、楽しそうにそれを見ている。
「今日は書くことが多そうだね」
「多すぎます」
Xiは画面を開き、しばらく考えた。
そして件名を打ち込む。
『短期外注業務日報 二日目』
「……これ、もう日報じゃなくて旅行記じゃない?」
「事実を書け」
カイエンが言う。
「その事実が多いんです」
Xiはため息をつきながら、入力を始めた。
短期外注業務日報 二日目
宛先:ログナー司令
報告者:怪盗Xi
一、早朝訓練
早朝、カイエンさん指導のもと、旅館前の河原にて足さばき訓練を実施。
内容は前日の復習。石の多い不整地での重心移動、逃走方向の読み替え、右へ逃げる癖の修正。
朝から要求水準が高い。
ただし、効果はある。認めたくないが、ある。
二、朝風呂
訓練後、カイエンさん、ソープさん、僕の三名で男湯へ。
ソープさん、湯当たりなし。長湯なし。
カイエンさん、二日酔いなし。
朝風呂は平和。露伴先生もネウロさんもいないため、濃度は低め。
三、朝食
朝食はバイキング形式。
料理安全。不審物なし。『6』表示なし。
乳酸菌飲料あり。一人一本に制限。
桂木弥子、三巡。本人は元気。
バイキングの原義について、ネウロさんが余計なことを言った。
四、午前観光
飯盛山にて白虎隊十九士の墓所を参拝。
全員、静かに行動。露伴先生も場所を弁えていた。
その後、さざえ堂を見学。二重らせん構造の不思議な建築。
僕に若干刺さる表現があったが、問題なし。
五、昼食
高遠蕎麦。辛味大根の汁でいただく冷たい蕎麦。
さっぱりしていて美味。
桂木弥子の摂取量は引き続き多いが、本人は元気。
危険物ではない。
六、午後
東山温泉麓のお土産屋に立ち寄り。
赤べこ、起き上がり小法師、会津塗、菓子、地酒等を確認。
不審物なし。
食べ物系の土産については、桂木弥子が帰宅前に消費する可能性あり。要経過観察。
僕は起き上がり小法師を購入。理由は特になし。
七、足湯およびロビー取材
旅館帰着後、足湯で休憩。
その後、ロビーにて露伴先生によるソープさんへの取材を十五分実施。
僕と泉さん同席。承太郎さん物理係。
露伴先生、本日は比較的まとも。油断は禁物。
内容は飯盛山、さざえ堂、温泉文化に関する感想。問題なし。
八、夕食
会津地鶏の鍋料理。料理安全。不審物なし。
カイエンさん、会津の地酒を摂取。「いい酒だ」と評価。
ただし、飲酒後も明朝稽古を実施する意向。
残念。
九、カラオケ
夕食後、カラオケルーム利用。
ラクスさんの歌唱により、室内の空気が変化。無料で聴いてよかったのか疑問が残る。
キラさんとのデュエットあり。
僕も一曲歌唱。契約書に歌唱業務はなかったはず。
軽食として、キノコのバター醤油炒め、チーズ盛り合わせ、フルーツ盛り合わせ、チョコ菓子盛り合わせを注文。
すべて通常品。
前世と対話しないキノコ。記憶が消えないチーズ。口の粘膜が溶けないパイナップル。初恋を忘れないチョコ。
普通の食べ物はありがたい。
十、就寝前入浴
カラオケ後、入浴。
当方の判断ミスにより、ソープさんを女子側へ案内し忘れ、男湯七名となる。
内訳:ソープさん、カイエンさん、キラさん、承太郎さん、露伴先生、ネウロさん、僕。
濃度高し。
カイエンさん、地酒後につき長湯注意。キラさんとともに注意喚起。問題なし。
ソープさん、湯当たりなし。
露伴先生、比較的おとなしい。
ネウロさん、魔界の湯の説明を途中で阻止。
大きな問題なし。
総評:
二日目は観光としては非常に充実。
飯盛山、さざえ堂、高遠蕎麦、土産屋、足湯、地鶏鍋、カラオケ、温泉。
任務としては、ソープさんの湯当たりなし、不審物摂取なし、旅館被害なし。
シックス由来の追加差し入れは本日なし。逆に不気味。
明朝稽古中止の見込みは薄い。非常に残念。
以上。
Xiは、最後の一文を見てしばらく迷った。
「……“非常に残念”って書くの、どう思います?」
ソープは微笑んだ。
「正直でいいと思うよ」
カイエンは布団の上から言った。
「消すな。事実だろ」
「カイエンさんが認めるんですか」
「残念がってるのは事実だ」
「そこですか」
Xiは諦めて送信ボタンを押した。
送信完了。
「……終わった」
畳の上に、力なく倒れ込む。
だが、数秒後。
端末が鳴った。
Xiの肩が跳ねる。
「早い」
ソープが楽しそうに覗き込む。
「ログナーかな」
「ログナーさんです」
Xiは嫌な予感しかしない顔で返信を開いた。
報告を確認した。
二日目も概ね良好。
不審物未摂取、ソープの湯当たりなし、宿への被害なし。評価する。
シックス由来の追撃がないことを油断材料にするな。
軽食通常品の確認は適切。
カイエンの飲酒量については、本人の自己管理範囲内と判断。
明朝の稽古は予定通り実施せよ。
三日目も引き続き任務を遂行せよ。
Xiは端末を見つめた。
「……明朝の稽古、正式に確定しました」
カイエンは満足そうに目を閉じた。
「よかったな」
「よくないです」
ソープはくすくす笑った。
「ログナーらしいね」
「カイエンさんの飲酒量、自己管理範囲内って判断されました」
「当然だ」
「この組織、朝稽古に対する圧が強い」
Xiは端末を伏せ、今度こそ座卓に突っ伏した。
しばらく、部屋の中には川の音だけが聞こえた。
夜の温泉宿。
少し冷えた空気。
布団の気配。
畳の匂い。
ソープが、ふと座卓の上の小さな包みに目を留めた。
「それ、今日買ったもの?」
Xiは顔だけを上げる。
「起き上がり小法師です」
「見てもいい?」
「どうぞ」
ソープは包みを開け、小さな郷土玩具を手のひらに乗せた。
指先でそっと倒す。
人形はころんと傾き、すぐに元へ戻った。
「倒れても起きるんだね」
「そういうものらしいです」
「Xiみたいだ」
Xiは一瞬、言葉を止めた。
「僕は倒れる前に逃げます」
カイエンが目を閉じたまま言った。
「逃げても戻ってきてるだろ」
「契約中なので」
「契約だけじゃねぇな」
Xiは黙った。
ソープは起き上がり小法師を座卓に置く。
「普通のお菓子も、普通のお茶も、普通の観光も、今日はたくさんあったね」
「普通って言葉に、ありがたみを感じる日が来るとは思いませんでした」
「シックスのものじゃない、ただのキノコやチーズや果物だった」
「はい」
Xiは少しだけ視線を落とした。
「普通のものが、普通に美味しい。普通の湯が、普通に気持ちいい。普通の宿が、普通に親切。……それだけで結構、救われるんですね」
ソープは静かに頷いた。
「うん」
カイエンは、目を閉じたまま何も言わない。
だが、寝てはいなかった。
Xiは小さく笑った。
「まあ、普通じゃない人たちに囲まれてるんですけど」
「それはお前もだ」
カイエンが即答した。
「僕を一緒にしないでください」
「怪盗だろ」
「怪盗は普通の範囲内です」
「どこがだ」
ソープが笑う。
「でも、XiはXiだよ」
その言葉に、Xiは少しだけ黙った。
前にも似たようなことを言われた。
弥子にも。
ソープにも。
シックスの体細胞から作られた存在。
素材からして同じ影を貼りつけられた者。
けれど。
貼りついているだけだ。
背負ってなんかいない。
Xiは起き上がり小法師を指先で軽く弾いた。
小さな人形は倒れ、また起きた。
「……まあ、悪くない土産ですね」
「うん」
ソープは嬉しそうに微笑んだ。
カイエンが布団の中から言う。
「寝ろ」
「はいはい」
「明日は帰る日だ」
Xiは布団に入りながら、ふと天井を見る。
「やっと最終日……」
「朝稽古はある」
「そこだけは忘れてほしかった」
「忘れん」
「知ってました」
ソープも布団に入る。
「明日は帰る前に、もう一度温泉に入れるかな」
「時間次第ですね。朝稽古が短ければ」
Xiはちらりとカイエンを見る。
カイエンは目を閉じたまま言った。
「動き次第だ」
「僕次第になった」
部屋の灯りが落とされる。
川の音が、静かに響く。
二日目は終わった。
観光もした。
食事もした。
歌も歌った。
普通のものを、普通に楽しんだ。
そして、怪盗Xiはまたひとつ、逃げ損ねた。
でも。
「……悪くはない、か」
小さく呟いた声に、ソープが布団の中から答えた。
「うん。悪くないよ」
カイエンが続けた。
「寝ろ」
「はい」
今度こそ、Xiは目を閉じた。
二泊三日の温泉合宿。
残り、あと一日。
あと一息。