守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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夜も更けた頃。

温泉旅館の卓球場。
風呂上がりの熱がまだ少し残る空気。
壁際のベンチ。
白く光る卓球台。

そこへ、再び七人が戻ってきた。

キラ・ヤマト。
桂木弥子。
脳噛ネウロ。
ダグラス・カイエン。
アウクソー。
ラクス・クライン。
空条承太郎。

キラは卓球台の前に立つなり、
深々と息を吸った。

「……では、第二回ルール説明を始めます」

弥子がすぐ吹き出す。

「出たー!!」

「笑い事じゃないから!」
キラ。
「今回はラクスも参加するんだよ!? 余計にちゃんとしないと!」

ネウロが腕を組み、にたりと笑う。

「ククク……
人間の遊戯規則も、ここまで増えると呪文のようだな」

「おまえのせいで増えてるんだよ!」

キラは指を折って確認する。

「スタンドなし!
魔界777ツ能力(どうぐ)なし!
騎士技なし!
パラレルなし!
ディレイアタックなし!
ミラーなし!
卓球台を壊さない!
旅館を壊さない!
他のお客さんを巻き込まない!」

承太郎が壁際で言う。

「最後の二つが一番大事だな」

「ほんとにね……」

カイエンはラケットを回しながら、少し面白そうに言う。

「“ミラーなし”をわざわざ独立条項にしてるあたり、前回の学習が見えるな」

「見せつけられたからですよ!」
キラ。

アウクソーが静かに補足する。

「適切な改訂かと存じます」

「ありがとうございます、アウクソーさん……!」
キラ。
「あなたの一言が頼りなんです!」

弥子がニヤニヤしながらラクスを見る。

「で、ラクスさん」
「ほんとにやるんですか?」

ラクスは、いつもの柔らかな笑みを崩さない。

「ええ。せっかくですもの」

キラが少し緊張した顔になる。

「ラクス、卓球って……」

「初めてではありませんわ」
ラクス。
「でも、皆さまほどではないと思います」

弥子がひそひそ声で言う。

「これ絶対“ほどではない”やつじゃない気がする」

キラもひそひそ返す。

「うん、なんか分かる……」


7人編 風呂上がり、卓球リベンジマッチ

試合の組み合わせを決める前、

ラクスがふとラケットを手にしたまま言った。

 

「せっかくですから、少しだけ趣向を変えてもよろしいでしょうか」

 

全員の視線が向く。

 

キラがちょっと嫌な予感で訊く。

 

「……趣向?」

 

ラクスはにこやかに言った。

 

「次のキラとカイエン様の試合、勝った方には――」

 

一拍。

 

「わたくしから、ほっぺにキスを差し上げますわ」

 

沈黙。

 

卓球場の空気が止まる。

 

キラが真っ赤になる。

 

「えっ!?」

 

弥子が両手で口を押さえる。

 

「うわ出た!!」

 

ネウロは腹の底から笑った。

 

「ククククク……!

よい! 実によい!

人間の報酬設定は実に愚かで甘美だ!」

 

承太郎が眉をひそめる。

 

「くだらねぇ」

 

だが絶対見ている。

 

カイエンは最初、ほんの少しだけ目を細めただけだった。

だがそのあと、

気だるげなまま、ラケットを持つ手の角度が変わる。

 

弥子が叫ぶ。

 

「入った!!

今、ヒッター子爵のスイッチ入った!!」

 

「やめてくれないかなその呼び名」

カイエン。

 

「いや全然否定になってないですよ!?」

キラ。

「ラクスも待って! そういうの急に言わないで!」

 

ラクスは穏やかだ。

 

「いけませんか?」

 

「い、いけなくは……」

キラがしどろもどろになる。

「いや、よくはないというか、なんというか……!」

 

弥子が笑いすぎて苦しそうだ。

 

「キラ、完全に動揺してる!!」

 

アウクソーだけが、静かにカイエンを見ていた。

その目は、もう完全に

“どこで止めるべきか”

を測る目だった。

 

___________________________________

 

 

第一試合:ラクス vs 弥子

 

「じゃあ、まずは私とラクスさんで!」

弥子が名乗り出る。

「本命の前に一回場を整えましょう!」

 

「場、整うかな……」

キラ。

 

試合開始。

 

弥子は勢い型。

ラクスは――想像以上に、きれいだった。

 

構えも丁寧。

打ち方も無理がない。

派手ではないが、返球が安定している。

 

弥子が目を丸くする。

 

「うわっ、うまい!」

 

ラクスは微笑むだけだ。

 

「ありがとうございます」

 

キラが呆然とする。

 

「やっぱり“初めてじゃない”ってそういうことなんだ……」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……

乱れぬな。美しいほどに」

 

結果は接戦。

だが最後は、弥子の勢いをいなすように

ラクスがきれいに決めた。

 

11-9でラクスの勝ち。

 

弥子がラケットを抱える。

 

「くっそー!

なんかすごい“負けたけど嫌じゃない”感じ!」

 

「それ、分かる気がする」

キラ。

 

ラクスはやわらかく会釈する。

 

「楽しかったですわ」

 

弥子がにやっとする。

 

「キラ、これはがんばらないとまずいかもよ?」

 

「何がまずいの!?」

 

「いろいろ」

弥子。

 

___________________________________

 

第二試合:キラ vs カイエン

 

空気が変わる。

 

観客の女性客も、また入口に集まっていた。

今度は人数が少し増えている。

 

「また始まるの?」

「さっきのロン毛の人、出る?」

「見たい……」

 

キラが頭を抱えそうになる。

 

「なんでちょうど人が来るの……」

 

カイエンは気だるげな顔のまま、

ほんの少しだけ口元を上げた。

 

弥子がすぐ指差す。

 

「はい、また燃えてる!!」

 

「娘っ子、うるさいぞ」

カイエン。

 

ラクスが静かに言う。

 

「お二人とも、どうぞご無理のない範囲で」

 

ネウロが即座に突っ込む。

 

「その報酬を提示しておいて、それを言うか」

 

「まあ」

ラクスはくすりと笑った。

「わたくしは本当にそのつもりですわ」

 

キラはもう耳まで赤い。

 

「だからそういうふうに言われると余計に困るんだって……!」

 

承太郎が低く言う。

 

「始めるなら早くしろ」

 

「承太郎は通常運転だなあ……!」

 

試合開始。

 

キラのサーブ。

鋭い。

集中している。

かなり本気だ。

 

だがカイエンも、

さっきまでとは明らかに違う。

 

返球が妙に重い。

コースも深い。

しかも顔は涼しい。

 

キラが叫ぶ。

 

「ちょ、ちょっと待って!

明らかに本気度上がってません!?」

 

「気のせいだ」

カイエン。

 

「絶対違う!」

 

弥子がベンチから叫ぶ。

 

「報酬効果だー!!」

 

ネウロが愉快そうに手を叩く。

 

「ククク……

欲望は実に分かりやすく力へ変換されるな!」

 

「解説しないで!」

 

ラリーは続く。

 

キラも強い。

本来、身体能力も反応も高い。

普通にやれば、かなりのハイレベルだ。

 

だが今のカイエンは、

普通にやる気がない。

 

ある一球。

 

カイエンの動きが、ほんのわずかに揺れた。

 

キラが目を見開く。

 

「今の!?」

 

カイエンの返球は、妙に読みにくい。

 

「残像っぽいの入ってるよね!?」

 

「っぽい、だろう?」

カイエン。

 

「屁理屈!!」

 

アウクソーが静かに言う。

 

「マスター。

それは“普通”の範疇から半歩ほど外れております」

 

「半歩で済むんですか!?」

キラ。

 

カイエンは少しだけ笑う。

 

「半歩なら、まだ戻れる」

 

「戻ってください!!」

 

___________________________________

 

 

ラクスの追撃

 

試合が進むにつれ、

キラは真っ赤なままでも、少しずつ集中を取り戻す。

 

その姿を見て、ラクスがやわらかく声をかけた。

 

「キラ、がんばってくださいませ」

 

キラの動きが一瞬止まる。

 

「うっ」

 

弥子が吹き出す。

 

「だめだ!

応援が逆効果!!」

 

ネウロが爆笑する。

 

「ククククク!

精神攻撃まで加わったぞ!」

 

カイエンがその隙を逃すはずもない。

鋭い一球。

キラ、取れない。

 

「うわあああ!

ラクス、応援はうれしいけどタイミングが!!」

 

ラクスは悪びれない。

 

「まあ、ごめんなさい」

 

「たぶんほんとに悪気ないのが一番怖いよ……!」

 

___________________________________

 

 

ついに越えるライン

 

そして問題の一球。

 

カイエンが、ついに少し本気を出した。

 

ほんの一瞬。

 

ぶれた。

 

いや、ぶれたどころではない。

一人のはずの気配が、卓球台の向こうで増えたように見えた。

 

弥子が立ち上がる。

 

「うわっ、増えた!!」

 

キラが叫ぶ。

 

「ミラーなしって言ったよね!?」

 

カイエンは返球しながら言う。

 

「今のはミラーではない」

 

「じゃあ何なんですか!!」

 

「少し気合いが入った」

 

「気合いで増えるな!!」

 

観客の女性たちがざわつく。

 

「すごい……」

「何今の……」

「見えなかった……」

 

カイエン、ちょっとだけドヤ顔である。

 

弥子が指差す。

 

「ほらー!!

完全に“決まったな( ・´-・`)”の顔してる!!」

 

アウクソーが静かに言った。

 

「マスター」

 

「何だい、アウクソー」

 

「大人気ございません」

 

沈黙。

 

弥子が机を叩いて笑う。

 

「きたー!!」

 

キラが半泣きで言う。

 

「ほんとにそうですよ!!」

 

ラクスは口元に手を当てて、

上品に微笑んだ。

 

「そこまで本気になってくださるとは思いませんでしたわ」

 

「だからそういう言い方が追撃なんだってば!」

 

___________________________________

 

ネウロ、乗る

 

そこでネウロが、ふいに前へ出た。

 

目が、少しだけ本気だった。

 

「……ほう」

 

キラが嫌な予感で振り向く。

 

「何」

 

ネウロは卓球台の向こうのカイエンを見ている。

 

「貴様、まだ底を隠しているな」

 

カイエンが笑う。

 

「そっちこそ、見てるだけで終わる顔じゃない」

 

ネウロが口元を吊り上げた。

 

「どうせなら全力で行こう、剣聖」

 

キラが固まる。

 

「え?」

 

カイエンがラケットを軽く握り直す。

 

「……それも悪くない」

 

「えっ!?」

キラ。

「待って待って待って、何その流れ!?」

 

弥子が叫ぶ。

 

「最悪の合意形成!!」

 

承太郎が帽子のつばを押さえる。

 

「やれやれだぜ……」

 

___________________________________

 

全力、そして終わらない勝負

 

ネウロが笑う。

 

「では見せてやろう。

魔界777ツ能力(どうぐ)――闇の千手観音”イビルサウザンド”」

 

その背後に、千手観音めいた多腕の気配が広がる。

一本一本が、球筋、視線、呼吸、迷いを捉えるためだけにあるような圧。

 

キラが絶叫する。

 

「卓球で出す技じゃないってば!!」

 

弥子も叫ぶ。

 

「旅館の卓球場で何してんのよ!!」

 

カイエンは、気だるげな顔のまま目だけが笑っていない。

 

「なるほど。

なら、こちらも少し付き合おう」

 

次の瞬間。

 

ぶれる。

一人のはずの剣聖が、八つに揺れる。

 

「増えたぁ!?」

キラ。

 

ネウロの多腕。

カイエンの残像。

一球のはずのピンポン玉が、

もはや誰の目にも一球には見えない。

 

アウクソーが静かに告げる。

 

「マスター。

遊戯の範疇を逸脱しております」

 

弥子が半泣きだ。

 

「そういうレベルじゃないってぇ!!」

 

ラクスはさすがに少しだけ目を見開いている。

 

「まあ……」

 

ネウロが笑う。

 

「来い、剣聖!」

 

カイエンも答える。

 

「君から言い出したんだぞ!」

 

キラが叫ぶ。

 

「卓球台がもたないよ!!」

 

 

___________________________________

 

 

強制終了

 

その時だった。

 

承太郎が、一歩前へ出る。

 

帽子のつばを押さえ、

低く、心底呆れたように言う。

 

「……やれやれだぜ」

 

スタープラチナ・ザ・ワールド

 

一瞬、時が止まる。

 

静止した空間の中で、

闇の千手も、

八つの残像も、

飛び交うはずだったピンポン玉も、

すべてが途中で凍りつく。

 

承太郎は空中で静止したピンポン玉を、

すっとつかみ取った。

 

そして時間が動き出す。

 

ネウロの多腕が行き場を失い、

カイエンの残像が消える。

 

二人とも、わずかに不満そうな顔で止まる。

 

承太郎が、確保したピンポン玉を見せる。

 

「終わりだ」

 

沈黙。

 

そしてキラが、ほぼ叫ぶように言った。

 

「ありがとう承太郎!!

ほんとにありがとう!!」

 

弥子も胸を撫で下ろす。

 

「助かったぁぁ……!」

 

ネウロが舌打ちする。

 

「……ちっ」

 

カイエンはラケットを肩に乗せた。

 

「一本取られたな、不良」

 

承太郎が低く返す。

 

「卓球で時間止めさせるな」

 

アウクソーが静かに言う。

 

「まったくでございます」

 

弥子は笑いながらも、きっぱり言った。

 

「大人気ない!」

 

アウクソーも続ける。

 

「はい。大人気ございません」

 

カイエンが少しだけ肩をすくめる。

 

「そこまで言うかい」

 

「はい」

アウクソー。

「報酬ひとつで必殺技を解禁なさいました」

 

キラがまだ赤い顔のまま言う。

 

「そうだよ!!

なんでそんなに本気出すんですか!」

 

ラクスが、やわらかく微笑んだ。

 

「まあ……

そこまでお望みでしたら、ほっぺにキスくらい差し上げても――」

 

「やめて!!」

キラと弥子が綺麗にハモった。

 

ネウロがまた笑う。

 

「ククク……

よい締めだ」

 

「全然よくないよ!!」

キラ。

 

 




結局、その夜の卓球リベンジは強制終了となった。

観客の女性たちは
「すごかった……」
「よく分からないけどすごかった……」
という顔で去っていく。

卓球台は、奇跡的に無事だった。

キラが深く息をつく。

「……もうこれ以上は無理だよ」

弥子も頷く。

「うん。今日はここまで!」

ネウロはまだ少し不満そうだ。
カイエンも、やり切れなかった顔をしている。
だが二人とも、
承太郎に止められた以上は引くしかない。

ラクスは穏やかに言う。

「でも、とても賑やかで楽しかったですわ」

「それは否定しないけど!」
キラ。

アウクソーは静かにカイエンへラケットを差し出す。

「お預かりいたします、マスター」

「……ああ」
カイエンは受け渡しながら苦笑した。
「少しやりすぎたか」

「かなりでございます」
アウクソー。

弥子が吹き出す。

「ほんと容赦ないなあ!」

承太郎は壁際へ戻りながら一言。

「部屋に戻るぞ」

キラが頷く。

「うん……今日はもう、本当にそれがいい」

そして七人は、
少し疲れて、
でもどこか笑いを残したまま、
卓球場をあとにした。

勝利の女神のキスは――
結局、誰のものにもならなかった。

だがそのせいで、
旅館が無事だったのもまた事実である。
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