守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiはのど飴も信用しない

いつものカフェテラス。

 

春の風は穏やかで、日差しは柔らかい。

紅茶の香りも、珈琲の香りも、今日は妙に平和だった。

 

もっとも、怪盗Xiはその平和をまったく信用していなかった。

 

「……おかしい」

 

Xiは、テーブルの上の紅茶を見つめながら呟いた。

 

弥子がサンドイッチを頬張りながら首を傾げる。

 

「何がですか?」

 

「静かすぎる」

 

「静かなのは良いことじゃないですか」

 

「シックス製品が届かない日は、逆に怖い」

 

キラが苦笑した。

 

「だいぶ感覚が麻痺してるね」

 

「麻痺もするよ。目薬、耳かき、歯ブラシ、香水、わさび……日用品と食品の信頼度が順番に破壊されてるんだよ」

 

ラクスが穏やかに言った。

 

「でも、今日はまだ何も届いておりませんわ」

 

Xiはラクスを見た。

 

「ラクス、それはフラグって言うんだ」

 

「ふらぐ?」

 

「言った瞬間に何か来るやつ」

 

その瞬間、店員さんがカフェテラスに現れた。

 

「すみません、お客様宛てのお荷物が届いております」

 

Xiは椅子の背にもたれた。

 

「ほら来た」

 

弥子が目を丸くする。

 

「本当に来た!」

 

承太郎は珈琲を置いた。

 

「差出人は」

 

店員さんは伝票を見た。

 

「ええと……ヘキサクス、となっています」

 

Xiは両手で顔を覆った。

 

「クソ親父……!」

 

露伴はすでにスケッチブックを開いていた。

 

「今回は何だろうな」

 

「先生、楽しそうにしないでください」

 

「楽しんではいない。観察している」

 

「その観察が毎回危ないんです!」

 

店員さんがテーブルに置いた包みは、二つあった。

 

一つは、Xi宛て。

 

もう一つは――

 

「ラクス・クライン様宛て、ですね」

 

キラの表情が変わった。

 

「ラクスに?」

 

ラクスは静かに包みを見つめる。

 

「わたくし宛てですか」

 

Xiは即座に身を乗り出した。

 

「ラクス、触らないで」

 

「はい」

 

「キラ、近づけないで」

 

「うん」

 

「露伴先生、身を乗り出さない」

 

「まだ何もしていない」

 

「する前に止めてるんです」

 

黒い包装紙。

銀色の六角形。

妙に上品なリボン。

 

それだけで、場の空気が三段階くらい悪くなる。

 

弥子がぼそりと言った。

 

「見た目だけなら、すごく高級な贈り物なんですけどね……」

 

ネウロがくつくつと笑う。

 

「ククク……中身の悪意は包装紙では隠せぬな」

 

「悪意って断言するの早くない!?」

 

「シックスだぞ」

 

「そうでした!」

 

承太郎がスタープラチナを出した。

 

「開ける」

 

Xiは頷く。

 

「お願い。素手禁止。匂いを嗅がない。舐めない。割らない。露伴先生に渡さない」

 

「最後だけ私怨が入っているぞ」

 

露伴が不満そうに言う。

 

「実績です」

 

まずXi宛ての包みが開けられた。

 

中から出てきたのは、細長い缶だった。

 

黒と銀の装飾。

六角形の紋章。

蓋には流麗な文字でこう書かれている。

 

HEXA THROAT DROP

至高ののど飴

 

弥子が瞬きをした。

 

「のど飴?」

 

Xiは缶を見つめたまま、低く言った。

 

「鼻の次は喉か」

 

「前回わさびでしたもんね……」

 

「鼻腔爆裂薬味の次に喉を狙うなよ」

 

ネウロがにやりと笑う。

 

「あれはなかなか良い素材だった」

 

弥子が即座に振り向く。

 

「イビルわさびの話はしない!」

 

Xi宛ての缶にはカードが添えられていた。

 

スタープラチナがそれを取り出し、テーブルに置く。

 

Xiは嫌そうに読み上げた。

 

「『我が子へ。

 

  君は声を変え、人を欺き、時に囁きひとつで場を動かす。

  ならば、喉の手入れも怠るべきではないだろう。

 

  我が一族自慢の養蜂場で採れた蜂蜜と、

  我が一族自慢の薬草園で育てたハーブを練り込んだ、

  至高ののど飴だ。慣れると癖になる。

  舐めれば喉は潤い、声は驚くほどよく通る。

 

  ただし常人の場合、以後三日ほど、

  内緒話のつもりでも半径三十メートルに響き渡る声量になるがね。

 

  秘密とは、声に出した時点で秘密ではない。』」

 

Xiはカードを伏せた。

 

「クソ親父……怪盗から小声を奪うな」

 

弥子が想像してしまったのか、口元を押さえた。

 

「潜入中に小声が全部大声……」

 

キラが苦笑する。

 

「致命的だね」

 

「致命的どころじゃないよ。隠密行動が全部館内放送になるんだよ」

 

Xiは両手を広げる。

 

「『右の廊下に警備員がいる』って囁いたつもりで、三十メートル先の警備員にも聞こえるんだよ!」

 

承太郎が短く言う。

 

「使えねえな」

 

「怪盗的には最悪だよ!」

 

露伴は興味深そうに缶を見ていた。

 

「しかし、声量が制御不能になる飴か。漫画表現としては面白い」

 

「先生、のど飴も資料にしないで」

 

「まだ何も言っていない」

 

「もう言いました」

 

続いて、ラクス宛ての包みが開けられた。

 

中身は同じく、黒と銀の缶。

 

ただし、缶には淡い紫のリボンがかけられていた。

 

弥子が嫌そうに言う。

 

「なんか、こっちだけ歌姫仕様……」

 

キラの顔が少し険しくなる。

 

「ラクスを狙ってるんだね」

 

ラクスは静かにカードを見た。

 

今度はキラが手に取り、読み上げる。

 

「『ラクス・クライン君へ。

 

 君の声は人の心を動かす。ならば、その喉は丁寧に守られるべきだろう。

 

 我が一族自慢の蜂蜜と薬草を用いた、至高ののど飴だ。慣れると癖になる。

 舐めれば歌声はより澄み、より遠くへ届く。

 

 ただし常人の場合、以後三日ほど、

 小声も囁きもすべて舞台上の歌声のように響き渡るがね。

 

 君の想いが、余すところなく届くことを願っている。』」

 

キラは、静かにカードを置いた。

 

「……使わない」

 

ラクスはキラを見た。

 

「はい。使いませんわ」

 

キラの声は穏やかだったが、はっきりしていた。

 

「ラクスの声は、こういうもので遠くに届かせるものじゃない」

 

ラクスは柔らかく微笑む。

 

「ありがとうございます、キラ」

 

Xiは小さく頷いた。

 

「うん。そこは同意。というか、届きすぎる声はもう事故なんだよ」

 

弥子が想像して、また少し笑いそうになっている。

 

「でも、ラクスさんが小声で『お茶をいただきますわ』って言ったら、カフェ中に響くんですよね」

 

ラクスが少し困ったように笑う。

 

「それは……少し恥ずかしいですわね」

 

ネウロが楽しげに笑った。

 

「ククク……便利ではある。密談を不可能にする飴か」

 

弥子が即座に言う。

 

「便利そうに言わない!」

 

「敵の会議室に置いておけば、秘匿情報が勝手に響き渡る」

 

Xiが目を細めた。

 

「また悪用の方向に話が進んでる」

 

承太郎が言った。

 

「捨てるか」

 

Xiは首を振る。

 

「飴だから捨てるのも怖い。誰かが拾ったら終わり」

 

キラが言う。

 

「砕くのは?」

 

「粉飴になったら吸い込む危険がある」

 

弥子が言う。

 

「水に溶かすのは?」

 

「大声シロップができたら嫌すぎる」

 

「大声シロップ」

 

露伴がメモした。

 

Xiが即座に突っ込む。

 

「メモしない!」

 

ラクスが缶を見つめる。

 

「喉をいたわるものの形をしているだけに、余計に悪趣味ですわね」

 

「そうなんだよ」

 

Xiは深々とため息をついた。

 

「気の利いた差し入れみたいな顔をして、効果が全部嫌がらせなんだよ」

 

その時、Xiの端末が鳴った。

 

画面に表示された名前を見て、Xiはもう半分あきらめた顔になった。

 

「ログナー司令だ」

 

通信を繋ぐと、画面にログナーが映った。

 

いつも通り、表情は動かない。

 

『状況は把握した。』

 

Xiは眉を上げた。

 

「早いね」

 

『シックス製品が届いた時点で、報告が上がるようにしてある。』

 

弥子が小声で言った。

 

「危機管理の速度が上がってる……」

 

ログナーは、画面越しに缶を見た。

 

『中身は。』

 

Xiが答える。

 

「至高ののど飴。舐めると喉は潤うけど、三日間、小声や内緒話まで半径三十メートルに響く」

 

ログナーは一拍置いた。

 

『使えるな。』

 

Xiが固まった。

 

「えっ」

 

弥子も固まった。

 

「使えるって言いました?」

 

ネウロは嬉しそうに笑う。

 

「ククク……同じ判断か」

 

ログナーは淡々と言った。

 

『密談を阻害できる。』

 

沈黙。

 

弥子が、感心したように呟いた。

 

「戦略的……!」

 

Xiが慌てて振り向く。

 

「感心しないで! のど飴だよ!?」

 

ログナーは続けた。

 

『敵司令部に流せば、会議内容が漏洩する。

 指揮系統の秘匿性を低下させるには有効だ。』

 

キラが困ったように言った。

 

「完全に兵器評価ですね」

 

ラクスも苦笑する。

 

「のど飴ですのに」

 

承太郎が低く呟く。

 

「やれやれだぜ」

 

Xiは頭を抱えた。

 

「で、まさかと思うけど」

 

『バッハトマへ送る。』

 

「やっぱり!!」

 

弥子がぽつりと言った。

 

「ボスやん……」

 

ログナーが即座に言う。

 

『愛称で呼ぶな。』

 

「すみません!」

 

Xiは画面に向かって言った。

 

「前回の香水に続いて、またバッハトマ?」

 

『香水は存在感を消す。今回の飴は密談を消す。効果が違う。』

 

「比較が軍事的すぎる」

 

『いずれも敵に回す分には有用だ。』

 

露伴が興味深そうに言う。

 

「もしボスヤスフォートがこれを舐めたらどうなる?」

 

ログナーは即答した。

 

『三十メートル圏内に作戦が漏れる。』

 

ネウロが笑う。

 

「作戦会議が屋外演説になるわけだな」

 

弥子が笑いを堪えきれなくなった。

 

「ボスやんが『この作戦は極秘だ!』って大声で……」

 

『愛称で呼ぶな。』

 

「すみません、二回目!」

 

Xiは疲れた声で言った。

 

「でも、開けてもらえるの?」

 

ログナーは平然と答える。

 

『前回、香水は丁寧にラッピングした。今回も同様にする。』

 

「開封率を上げるため?」

 

『そうだ。』

 

弥子が小さく震えた。

 

「ログナー司令、学習してる……」

 

ログナーは続けた。

 

『季節柄、喉をいたわる差し入れとして自然だ。

 蜂蜜、薬草という文言も警戒を下げる。』

 

Xiが両手を上げた。

 

「完全に作戦計画じゃん!」

 

『作戦だ。』

 

「言い切った!」

 

ラクスが静かに言った。

 

「ですが、こちらで誰かが誤って使うよりは、安全かもしれませんわ」

 

Xiはラクスを見た。

 

「ラクスまで?」

 

「少なくとも、わたくしは使いません。キラも皆さんも使いません。ですが、保管すれば、いつか誰かが開けてしまうかもしれません」

 

露伴以外の全員が、ちらりと露伴を見た。

 

露伴は不満そうに言う。

 

「僕を見るな」

 

Xiは即答する。

 

「見る理由があるんですよ」

 

ログナーは言った。

 

『未開封のまま送付する。

 添え状はこちらで用意する。』

 

「また短くて怖いやつ?」

 

『必要十分に書く。』

 

数時間後。

 

至高ののど飴二缶は、厳重な封印容器ごとログナー司令のもとへ届けられた。

 

開封はされていない。

匂いも漏れていない。

誰も舐めていない。

誰も大声になっていない。

 

ログナーは、それを見下ろした。

 

そして、包装紙を用意させた。

 

今回は、深い紺色の包装紙。

銀の紐。

控えめなリボン。

高級な菓子折りに見えなくもない。

 

Xiは通信越しに見ていた。

 

「またラッピングしてる……」

 

ログナーは淡々と言う。

 

「贈答品だからな」

 

「危険物だよ」

 

「だからこそ、失礼のないように送る」

 

弥子が小声で言った。

 

「礼儀正しい非道、再び……」

 

ログナーは筆を取り、添え状を書いた。

 

『バッハトマ魔法帝国

 ボスヤスフォート殿

 

 冬場の喉をいたわる品として送付する。

 会議の前などに用いれば、声もよく通るだろう。

 開封および使用は自己責任で願う。

 

 AKD総司令 F.U.ログナー』

 

Xiが震えた声で言った。

 

「“会議の前”って書いた!」

 

弥子が叫ぶ。

 

「完全に狙ってる!」

 

ログナーは表情ひとつ変えない。

 

「声がよく通るのは事実だ」

 

「事実の使い方がひどい!」

 

ネウロは満足そうに笑った。

 

「ククク……実に良い。嘘は書かず、必要な罠だけを仕込む。人間の戦略としては上出来だ」

 

「褒めないで!」

 

キラは困った顔で言った。

 

「ボスヤスフォートが、これを本当に会議前に使ったら……」

 

露伴がすかさず想像を口にする。

 

「側近が小声で『敵に漏れます』と言ったつもりが、城中に響く」

 

弥子が腹を抱えそうになる。

 

「駄目、想像すると面白い!」

 

承太郎が帽子の庇を下げた。

 

「くだらねえ」

 

だが、少しだけ口元が緩んでいた。

 

発送準備は粛々と進んだ。

 

ラベルには、しっかりと宛名が書かれる。

 

『バッハトマ魔法帝国

 ボスヤスフォート殿』

 

Xiは深いため息を吐いた。

 

「……のど飴が戦略物資になる日が来るとは思わなかった」

 

ログナーは短く答える。

 

「使い方次第だ」

 

「その使い方をしないでほしい」

 

「こちらでは使わん。」

 

「そういう問題じゃない」

 

通信が切れたあと、カフェテラスには妙な静けさが戻った。

 

Xiは紅茶を飲もうとして、少しだけ喉を気にした。

 

弥子がそれに気づく。

 

「あれ、喉痛いんですか?」

 

Xiは即座に首を振った。

 

「痛くない」

 

「でも、さっきから喉を」

 

「痛くない。仮に痛くても普通ののど飴を買う。シックス製は絶対に舐めない」

 

ネウロがにやりと笑う。

 

「普通ののど飴が届いたら?」

 

Xiは固まった。

 

「それは……怖い」

 

弥子が笑う。

 

「普通ののど飴まで信用できなくなってる」

 

「シックス製じゃなければ信じる。たぶん」

 

ラクスは紅茶を手に、少しだけ微笑んだ。

 

「歌う前には、普通の蜂蜜湯にしておきますわ」

 

キラが頷く。

 

「うん。その方がいい」

 

Xiが強く頷いた。

 

「蜂蜜湯はいい。普通の蜂蜜湯はいい。シックス一族自慢の蜂蜜湯は駄目」

 

弥子が言う。

 

「我が一族自慢の養蜂場って書かれてたら?」

 

「即封印」

 

承太郎が短く言う。

 

「妥当だな」

 

露伴はスケッチブックに何かを書いていた。

 

Xiが目ざとく見つける。

 

「先生、何を書いてるんですか」

 

「『大声シロップ』」

 

「だからメモしないで!」

 

「いい言葉だろう」

 

「よくない!」

 

ネウロが笑った。

 

「いずれ魔界の道具に応用できるかもしれんな」

 

弥子が慌てて叫ぶ。

 

「これ以上、魔界777ツ能力に変な食品を増やさないで!」

 

「食品とは限らん。声帯に作用する魔界飴として――」

 

「やめろ!」

 

Xiと弥子の声が揃った。

 

その声は、普通の音量だった。

 

半径三十メートルに響き渡ることもない。

舞台上の歌声のように響くこともない。

誰も秘密を暴露していない。

 

カフェテラスに、ようやく平和が戻ってきた。

 

ただし、遠く離れたどこかで、丁寧にラッピングされたのど飴が、バッハトマへ向かっている。

 

もしそれが開封され、もし会議の前に舐められたなら。

 

バッハトマ魔法帝国の密談は、しばらく密談ではなくなるかもしれない。

 

Xiは空を見上げ、ぽつりと呟いた。

 

「クソ親父……喉にいいものを送るなら、普通に市販品にして」

 

そして、すぐに首を振る。

 

「いや、違う。もう何も送ってくるな」

 

弥子が深く頷いた。

 

「それが一番ですね」

 

ラクスが微笑む。

 

「ええ。声は、必要なところへ、必要な大きさで届くのが一番ですわ」

 

キラも頷いた。

 

「うん」

 

ネウロはくつくつと笑った。

 

「だが、敵の秘密が勝手に響き渡るのは愉快だな」

 

「そこに戻らないで!」

 

弥子のツッコミが、カフェテラスに明るく響いた。

 

普通の音量で。

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