守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
それは、運ばれてくる騎士だった。
広い整備ヤードの向こうから、低い振動が近づいてくる。
地面を踏みしめる足音ではない。
車輪と駆動装置の重い唸り。
巨大な機体を支えるための、専用運搬車両の音だった。
「……ドーリー?」
キラ・ヤマトは、思わず呟いた。
彼の視線の先にあるのは、巨大な輸送車両だった。
ただのトレーラーではない。
機体を固定するフレーム。
整備用のアーム。
予備部品らしき収納区画。
電源や補助装置と思しきユニット。
そして、騎士とファティマが長期滞在できる居住設備まで備えているという、移動する格納庫のような車両。
その上に、白銀の騎士がいた。
肩までの高さだけで、十四・四メートル。
数字だけなら、キラがよく知るモビルスーツよりも低い。
ストライクフリーダムの全高に比べれば、むしろ少し小さいはずだった。
だが。
「……大きい」
キラは、息を呑んだ。
白銀の装甲。
金色の意匠。
騎士の兜を思わせる頭部。
肩から広がる、獣のようであり、甲冑のようでもあるシルエット。
静止しているにもかかわらず、今にも剣を抜きそうな気配。
機械なのに、ただの機械ではない。
兵器なのに、兵器という言葉では足りない。
それは、白銀の騎士だった。
「……これが」
キラは、ドーリーの上に固定された機体を見上げる。
「シュペルター」
カイエンが、その隣で軽く頷いた。
「ああ。俺の騎体だ」
その言い方は、あまりにも自然だった。
“機体”ではなく、“騎体”。
キラは、その言葉の響きに少しだけ反応した。
「騎体……」
「MSとは違うだろう?」
カイエンが言う。
キラはしばらくシュペルターを見上げていた。
「はい。全然違います」
彼の目は、すでに技術者のそれになっていた。
「人型兵器という意味では似ています。でも、設計思想が違う。MSは、人が操縦する兵器です。もちろん、機体によってはパイロットとの反応性を高めているものもありますけど……」
キラは、白銀の装甲を目で追う。
「これは、操縦するというより、合わせるものなんですね」
アウクソーが静かに頷いた。
「騎士、ファティマ、モーターヘッド。三者の調律が必要になります」
「調律……」
キラはその言葉を繰り返した。
「ただ命令を入力して動かすんじゃない。乗り手と支える者と、機体そのものが噛み合わないと本来の性能を出せない……」
ソープは少し離れたところで、にこにことその様子を見ていた。
「うん。いい見方だね、キラ」
キラは振り向く。
「ソープさんが、これを?」
「うん。昔の仕事だよ」
「昔の仕事って言い方で済ませるものじゃないですよ」
キラは真顔だった。
ソープは、少しだけ肩をすくめる。
「KOGシリーズの最初の子みたいなものだね」
「最初の子……」
キラはもう一度シュペルターを見た。
「ナイト・オブ・ゴールドのプロトタイプ……」
露伴が、いつの間にかすぐ近くにいた。
「ほう。プロトタイプ」
Xiが即座に振り向いた。
「先生、いつからいました?」
「ドーリーが見えた時からだ」
「最初からじゃん!」
露伴は悪びれもせずスケッチブックを開く。
「白銀の巨大騎士が運ばれてくるんだぞ。見逃す漫画家がいるか?」
承太郎が低く言った。
「普通は関係者以外立入禁止だ」
「僕は関係者だ」
Xiが眉をひそめる。
「どの関係者ですか」
「取材関係者」
「自称じゃないですか!」
弥子は、シュペルターを見上げながら口をぽかんと開けていた。
「すご……」
ネウロがその横で楽しげに笑う。
「ククク……人間界の機械にしては、なかなか悪くない威圧感だ」
「魔界基準で評価しないで」
弥子は言った。
「でも、これは確かに……騎士って感じしますね」
ラクスも静かに見上げていた。
「美しいですわね。ただ強いだけではなく、何かを背負っている姿に見えます」
カイエンは少しだけ目を細めた。
「何かを背負っている、か」
「ええ」
ラクスは穏やかに頷く。
「剣を持つ者の姿だからでしょうか」
キラは、装甲の継ぎ目やフレームの流れを見つめていた。
「この肩の構造……ただ大きく見せるためじゃない。動作時の負荷、姿勢制御、重心移動……いや、それだけじゃないですね」
「食いついたな」
カイエンが少し笑った。
キラは顔を赤らめる。
「すみません。こういうのを見ると、つい」
「謝ることじゃない」
ソープが嬉しそうに言う。
「作ったものをちゃんと見てくれる人がいるのは、悪い気はしないよ」
露伴も、ペンを走らせていた。
「装甲の曲線が面白い。MSとは違う。人体の延長というより、甲冑そのものが意思を持ったような造形だ」
キラが頷く。
「わかります」
Xiが目を丸くした。
「キラと露伴先生が意気投合してる……」
「意気投合ではない。観察対象に対する認識が一致しただけだ」
露伴はそう言いながら、かなり楽しそうだった。
キラもまた、少し笑った。
「でも、本当にそうです。ストライクフリーダムは、僕の動きに応える翼でした。でもこれは……」
彼は言葉を探す。
「人が機械に乗るというより、騎士が鎧を纏う感じに近い」
カイエンは、少しだけ感心したようにキラを見た。
「なるほどな」
アウクソーも静かに言う。
「良い表現だと思います」
露伴が即座にメモを取る。
「“騎士が鎧を纏う”……」
Xiが突っ込む。
「先生、メモを前面に出さない!」
「良い表現は記録するべきだ」
「それはそうだけど、今は空気を読んで!」
カイエンは、ドーリーの側面へ歩いた。
「近くで見るか?」
キラの顔が明るくなる。
「いいんですか?」
「ああ。触れる場所は限るがな」
アウクソーが補足する。
「機体各部への接触は、こちらで指定した箇所のみでお願いします。内部系、起動系、ファティマ関連系統には触れないでください」
「はい」
キラは真剣に頷いた。
Xiも一歩後ろからついてくる。
カイエンがそれを見て、少し笑った。
「Xi、お前も来るのか」
「ミラージュマシンを見に行くなら、僕も同行するよ」
「仕事熱心だな」
「仕事半分、好奇心半分」
露伴がすぐに言う。
「僕と同じじゃあないか」
Xiは即答した。
「先生の好奇心は危険物指定だから別です」
「ひどい言い草だな」
「実績です」
一行は、ドーリーの整備用ステップを上がっていく。
近づくほど、シュペルターの存在感は増した。
白銀の装甲は、ただ白いだけではなかった。
光の角度によって、青みを帯びたり、鈍い銀に沈んだりする。
金色の意匠も、ただ派手なのではなく、機体の流れに沿って配置されている。
キラは、思わず手を止めた。
「……これ、装甲の外側にも意味があるんですね」
ソープが言う。
「うん。見た目だけじゃないよ。見た目も大事だけどね」
「見た目も?」
「人が畏れる形、人が信じる形、人が美しいと思う形。そういうものは、機械にとっても無駄じゃない」
キラはソープを見る。
「兵器に、美しさが必要なんですか?」
「必要だよ」
ソープは、あっさりと言った。
「少なくとも、これはただの兵器じゃないからね」
キラは、もう一度シュペルターを見る。
「ただの兵器じゃない……」
カイエンが言った。
「騎士が乗るものだ」
「はい」
キラは頷いた。
「少し、わかった気がします」
その時、カイエンが何気ない口調で言った。
「Xi」
「なに?」
「試しにコクピットに座ってみるか?」
Xiの動きが止まった。
露伴のペンも止まった。
弥子が、ぱっと顔を上げる。
「えっ」
キラも驚いてカイエンを見る。
「いいんですか?」
Xiは即座に言った。
「よくない」
カイエンは肩をすくめる。
「座るだけだ」
「“試しに”と“座るだけ”が並んだ時点で、だいたいろくなことにならないんだよ」
ソープがにこにこしている。
「大丈夫だよ。たぶん」
Xiが振り向く。
「“たぶん”って言った!」
アウクソーは真面目に説明した。
「シュペルターは、起動キーなしでは本格起動しません。現在、起動キーはマスターがお持ちです」
カイエンは、懐から小さなキーを見せた。
露伴の目が輝いた。
「それが起動キーか」
カイエンは即座にしまった。
「見せただけだ」
露伴が一歩出る。
「もう少し近くで」
アウクソーが静かに立ちはだかる。
「お控えください」
「触るとは言っていない」
「見るだけでもお控えください」
Xiが頷く。
「露伴先生の“見るだけ”は信用残高が少ないんですよ」
「僕の信用を金融商品みたいに言うな」
アウクソーは続ける。
「起動キーがなければ本格起動はしません。ただし、コクピット内の一部診断系や反応系が、搭乗者に反応する可能性はあります」
Xiは顔をしかめる。
「その“可能性”が嫌なんだよ」
カイエンが笑う。
「嫌ならやめておくか?」
Xiはシュペルターを見た。
白銀の騎士は、ただ静かにそこにいる。
動かない。
起動していない。
だが、見ている。
そんな気がした。
「……座るだけなら」
弥子が目を丸くする。
「座るんですか!?」
「ソープさんのお目付け役を一週間やってるんだよ。
MHに座った感想くらいは持っておくべきかなって」
ネウロがにやりと笑う。
「巻き込まれに行く理由付けが上手くなったな」
「うるさい」
Xiは、アウクソーの案内でコクピットへ向かった。
内部は、キラの知るMSのものとはまったく違っていた。
座席。
制御系。
騎士の身体に合わせるような配置。
そして、ファティマと騎士の関係を前提とした空間。
キラは入口近くから覗き込み、目を細めた。
「……操縦席というより、接続する場所」
アウクソーが頷く。
「そう言って差し支えないと思います」
Xiは恐る恐る座席に腰を下ろした。
その瞬間。
ふ、と。
コクピット内の一部計器が、淡く灯った。
Xiは固まった。
「……今、光ったよね」
キラが顔を上げる。
「待機系の反応?」
アウクソーがすぐに確認する。
「起動キーは使用されていません。本格起動ではありません」
「じゃあ、何?」
カイエンが軽く言う。
「機嫌を見ているんだろう」
Xiが叫んだ。
「モーターヘッドって機嫌を見るの!?」
ソープが楽しそうに言う。
「見ることもあるよ」
「あるんだ!」
表示の一部が、淡く変化した。
アウクソーがそれを読む。
「搭乗者識別……不明」
Xiが顔をしかめる。
「まあ、そうだよね」
「騎士適性……判定不能」
「判定しなくていい」
「血統情報……」
アウクソーが少し止まった。
Xiも止まった。
「何?」
アウクソーは、静かに続けた。
「異常値」
Xiは即座に立ち上がろうとした。
「降りる」
カイエンが笑う。
「まだ何もしていないぞ」
「“血統情報:異常値”って出た時点で十分してるよ!」
ネウロがくつくつと笑う。
「ククク……新しい血族が、古い騎士に拒否されたか」
「拒否って言わないで!」
アウクソーは画面を見て言った。
「拒否ではありません。危険反応も出ていません。ただ、通常の分類に入らないだけです」
「それも嫌なんだよ!」
ソープは興味深そうに見ていた。
「ふうん。面白いね」
「ソープ、今の“面白い”は危ない意味?」
「少しだけ」
「少しでも危ない!」
カイエンは、コクピットの外からXiを見た。
「ミラージュマシンに嫌われたわけではなさそうだ」
「好かれても困る!」
「似合わんこともないぞ」
Xiは本気で嫌そうな顔をした。
「やめて。僕をミラージュナイト採用の方向に寄せないで」
露伴が外から身を乗り出そうとする。
「今の表示を見せてくれ。血統情報異常値というのは、実に――」
Xiが叫んだ。
「先生は見なくていい!」
アウクソーが立ちはだかる。
「岸辺露伴様、ここから先はお控えください」
露伴は不満そうだった。
「貴重なデータだぞ」
「だからお控えください」
「理由になっているようでなっていない」
「露伴先生の場合、理由になります」
Xiは早々にコクピットから降りた。
足を地面に戻した瞬間、妙に安心した顔になる。
「地面っていいね」
弥子が笑った。
「そんなに怖かったんですか?」
「怖いよ。座っただけで血統情報を見られるんだよ。健康診断より踏み込んでくる」
キラは、真剣な顔でコクピットを見ていた。
「……でも、すごいです」
カイエンが振り向く。
「何がだ」
「機体が、ただの入力装置じゃない。座った人間の情報を、姿勢や反応や……たぶんもっと深い部分まで見ようとしている」
キラは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「MSは、パイロットの反応を追います。でも、これはパイロットというより、騎士そのものを見ている」
アウクソーが静かに頷く。
「モーターヘッドは、騎士を選ぶものでもあります」
「選ぶ……」
キラは、シュペルターを見上げた。
「ストライクフリーダムは、僕が戦うための翼でした」
その言葉に、ラクスが静かに目を伏せる。
キラは続けた。
「でも、シュペルターは……騎士そのものなんですね。乗る人と、支える人と、機体が切り離せない。機械だけど、機械だけじゃない」
カイエンは、少しだけ黙った。
「騎士そのもの、か」
ソープが嬉しそうに言った。
「うん。いい言い方だね」
露伴が即座にペンを走らせる。
「今の台詞、使えるな」
Xiが振り向く。
「先生、余韻!」
「余韻は記録してこそだ」
「余韻をメモで捕獲しないで!」
承太郎が、いつの間にか近くに立っていた。
「やれやれだぜ」
弥子は、シュペルターを見上げたまま言った。
「でも、本当に綺麗ですね。怖いくらい」
ネウロが笑う。
「美しさと恐怖は、時に近い場所にある」
「たまにまともなこと言いますよね」
「たまにとは何だ」
ラクスが、キラの隣に立つ。
「キラ、楽しそうですわね」
キラは少し照れたように笑った。
「うん。すごく」
「よかったですわ」
「前にソープさんがストライクフリーダムを見に来た時、すごく興味深そうに見ていたから。今度は僕が、少しだけその気持ちがわかった気がする」
ソープはにこにこしている。
「メカはね、見る人の目でまた違って見えるんだよ」
露伴が言う。
「それは漫画も同じだな」
Xiが小さく呟いた。
「こういう時だけ、先生はいいこと言う」
「聞こえているぞ」
「聞こえるように言いました」
カイエンはシュペルターを見上げ、それからキラを見た。
「また見に来るか?」
キラの顔がぱっと明るくなった。
「いいんですか?」
「条件付きだ」
「条件?」
カイエンは露伴を見た。
「こいつを勝手に連れてこない」
露伴が眉を上げる。
「こいつとは僕のことか?」
「他に誰がいる」
Xiが頷く。
「妥当な条件ですね」
露伴は不満そうに腕を組んだ。
「まったく。僕ほど観察眼のある同行者はいないというのに」
アウクソーが静かに言った。
「観察眼がありすぎるためです」
カイエンが少し笑った。
キラもつられて笑う。
白銀の騎士は、ドーリーの上で静かに佇んでいた。
起動キーは使われていない。
剣も抜かれていない。
本格起動もしていない。
それでも、その場にいる者たちは皆、何かを見た。
兵器ではない、騎士。
機械ではない、騎体。
人の戦いと誇りを背負う、白銀の姿。
キラは最後にもう一度、シュペルターを見上げた。
「……白銀の騎士」
その声は、とても小さかった。
だが、ラクスには聞こえていた。
ソープにも、カイエンにも、アウクソーにも。
そしてもちろん、露伴にも。
「いいな、それも」
露伴がメモを取ろうとする。
Xiが即座に止めた。
「先生、タイトルまで持っていかない!」
「持っていくとは言っていない」
「今の手つきは持っていく手つきです!」
カフェテラスではない。
シックスの差し入れもない。
爆発も、悪臭も、遠吠えも、大声もない。
それでも、いつものように騒がしい。
キラは、少し笑った。
そして、白銀の騎士をもう一度見上げた。