守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗XiはLEDミラージュにも座りたくない

「シュペルターに座ってみたと聞いたのでな」

 

ログナー司令は、いつものように表情ひとつ変えずに言った。

 

整備ヤードに、微妙な沈黙が落ちる。

 

怪盗Xiは、思いきり顔をしかめた。

 

「ちょっと座っただけ!」

 

「診断系が反応したそうだ」

 

「反応しなくていいところが反応したんだよ!」

 

「搭乗者識別不明。騎士適性判定不能。血統情報異常値」

 

「読み上げないで!」

 

Xiは頭を抱えた。

 

「あれは事故! いや、事故じゃないけど、座っただけ! 本格起動してないし、起動キーも使ってないし、僕は何もしてない!」

 

ログナーは頷いた。

 

「ならば、比較対象が必要だ」

 

「その理屈がもう嫌なんだけど」

 

ログナーは、静かに背後を振り返った。

 

「持ってこい」

 

その一言で、整備ヤードの奥が動いた。

 

低い駆動音。

 

重い車輪の響き。

 

ドーリーの制動音。

 

そして、白いものが現れた。

 

白い。

 

だが、ただの白ではなかった。

 

塗装された白ではない。

陶器の白でも、雪の白でもない。

半透明の装甲が、内側から光を孕んでいるような白。

 

外光を受けて輝いているのではない。

機体そのものが、冷たい光を閉じ込めているように見えた。

 

黒いカウンターウェイト。

赤い血の十字架を思わせるマーキング。

透き通る装甲の奥に、かすかに覗く内部構造。

そして背に負う、あまりにも巨大な火炎放射器。

 

インフェルノ・ナパーム。

 

キラ・ヤマトは、息を呑んだ。

 

前回見たシュペルターは、白銀の騎士だった。

 

美しく、誇り高く、騎士そのものだった。

 

だが、これは違う。

 

白い巨神。

 

いや、白い刃。

 

静止しているだけなのに、そこには戦場の結論のような冷たさがあった。

 

「……これが」

 

キラは声を落とした。

 

「LEDミラージュ」

 

ログナーが短く頷く。

 

「そうだ」

 

弥子は、ぽかんと見上げていた。

 

そして、ものすごく素朴な声で言った。

 

「……LEDミラージュって、レッドミラージュなんですよね?」

 

「そう呼ぶ者もいる」

 

ログナーが答える。

 

弥子は首を傾げた。

 

「でも、赤くない!」

 

その場の空気が、一瞬だけゆるんだ。

 

キラは苦笑し、ラクスは口元に手を添えた。

承太郎は帽子の庇を下げる。

露伴は、なぜかもうスケッチブックを開いていた。

 

ソープが、にこりと笑う。

 

「それはね、弥子。REDじゃなくて、LEADなんだ」

 

「リード?」

 

「うん。導く、先に立つ、という意味の lead。その過去形で、LED。常に先を行くもの。ミラージュの中でも、最も先を行く騎体。つまり――」

 

ソープは、白く光る半透明の巨体を見上げた。

 

「最強の証だよ」

 

弥子は、もう一度LEDミラージュを見上げた。

 

「名前からして強い……」

 

Xiは、心底嫌そうな顔で呟いた。

 

「名前からして貸与するには重すぎる……」

 

ログナーは平然としている。

 

「抑止力としては十分だ」

 

「十分すぎるんだよ!!」

 

キラは、白い装甲をじっと見つめていた。

 

「綺麗です」

 

その声は、自然と小さくなっていた。

 

「でも……怖いです」

 

ログナーが、キラを見る。

 

「怖いか」

 

「はい」

 

キラは目を離せなかった。

 

「白いのに、明るくない。光っているのに、温かくない。これは……人を守るための白じゃない」

 

ラクスが静かにキラの横に立った。

 

キラは続ける。

 

「シュペルターは、騎士そのものに見えました。でもこれは……勝つために作られた機体ですね。戦うため、というより、戦場を終わらせるためのものに見える」

 

ログナーは、わずかに目を細めた。

 

「悪くない理解だ」

 

キラは少し緊張したように口を閉じた。

 

ソープは、いつもの柔らかな顔で笑っている。

 

「うん。キラはよく見てるね」

 

「よく見すぎると危ないんだけどね」

 

Xiがぼそりと呟く。

 

「前回もシュペルター見てから、いろいろフラグ立ったし」

 

弥子は、LEDミラージュの背負う巨大な装備を見つめていた。

 

「……あれ」

 

「どうしたの?」

 

キラが訊く。

 

弥子は、ゆっくりとインフェルノ・ナパームを指差した。

 

「目薬を焼いたやつだ……」

 

Xiが天を仰いだ。

 

「実物を見せられると、処分火力が過剰だったって改めて思う!」

 

ログナーは即答した。

 

「適正火力だ」

 

「目薬二本だよ!?」

 

「シックス製だ」

 

Xiは一瞬黙った。

 

「……それで納得しかける自分が嫌だ」

 

承太郎が低く言った。

 

「やれやれだぜ」

 

ネウロは、LEDミラージュを見上げながら愉快そうに笑っていた。

 

「ククク……実に良い。力というものを隠す気がない。人間が作った破壊の象徴としては、なかなか完成度が高い」

 

「魔人目線の評価、怖いんだけど」

 

弥子が言う。

 

露伴は、白い半透明装甲を食い入るように見ていた。

 

「装甲が光を透かしている。だが内部構造を見せるためではない。むしろ、見えているのに分からない。これは面白いな」

 

Xiは即座に振り向いた。

 

「先生、なんでいるんですか」

 

「白い巨神が運ばれてきたんだぞ。居ない方が不自然だ」

 

「自然です! 関係者以外立入禁止です!」

 

「僕は関係者だ」

 

「何の?」

 

「取材の」

 

「自称取材関係者は関係者じゃないんですよ!」

 

ログナーは露伴を見た。

 

「岸辺露伴」

 

「そうだ」

 

「機密区画には入るな」

 

「入らなければ、見てもいいのか?」

 

「見るだけならな」

 

Xiが慌てた。

 

「司令! その人の“見るだけ”は危険です!」

 

ログナーは、承太郎を見た。

 

「空条承太郎がいる」

 

承太郎は、無言で露伴を見た。

 

露伴は少し眉をひそめる。

 

「……まったく」

 

Xiは小さく拍手しそうになった。

 

「管理体制が無駄に完璧」

 

ログナーは、LEDミラージュのドーリーの横へ歩いた。

 

「Xi」

 

「嫌な予感しかしない」

 

「これも触ってみるか?」

 

Xiは即座に後ずさった。

 

「星団最強のMHをお試しに出さないで!」

 

「座れとは言っていない」

 

「触るだけでも嫌だよ! 前回、シュペルターに座っただけで血統情報異常値とか出たんだよ!」

 

「だから確認する」

 

「不安材料を検証に使うな!」

 

ログナーは淡々としていた。

 

「お前は陛下のお側に置く外注戦力だ。ミラージュマシンとの反応は確認しておく必要がある」

 

「外注戦力って言い方も嫌だし、確認対象が重すぎる!」

 

ソープがにこにこしている。

 

「うーん。Xiには、いきなりLEDは重いかな」

 

「重い軽いの問題じゃない!」

 

「クロス・ミラージュくらいからがいいかもね」

 

「“くらい”って言わないで!」

 

カイエンが横で笑っていた。

 

「よかったな、Xi。段階を踏むらしいぞ」

 

「全然よくない!」

 

その時、キラが小さく手を上げた。

 

「じゃあ……代わりに僕が……」

 

全員がキラを見た。

 

ラクスが、静かに言う。

 

「キラ?」

 

キラは少し慌てた。

 

「あ、いや、触るだけなら……指定された場所だけなら。もちろん、起動系には近づきません。外装素材の感触とか、装甲の構成とか、少しだけ確認できれば……」

 

Xiは目を見開いた。

 

「キラ、その顔、露伴先生と同じだよ!」

 

露伴が即座に反論する。

 

「失礼だな。僕の方がもう少し節度がある」

 

承太郎が短く言った。

 

「ねえな」

 

「承太郎」

 

弥子が、キラを見て笑いをこらえている。

 

「メカの前だと、キラさんもけっこう危ないですね」

 

キラは少し赤くなる。

 

「……自覚はあります」

 

ラクスは困ったように微笑んだ。

 

「キラ。お気持ちは分かりますけれど、星団最強の騎体を“少しだけ”で済ませられるとは思えませんわ」

 

キラはLEDミラージュを見上げたまま、静かに頷いた。

 

「うん。分かってる」

 

Xiは言った。

 

「その“分かってる”は、まだ触りたい人の声なんだよ」

 

ログナーがキラを見る。

 

「キラ・ヤマト」

 

「はい」

 

「触れるのは外装の指定箇所だけだ」

 

キラの顔が明るくなった。

 

「いいんですか?」

 

「起動系、兵装系、ファティマ関連系統には近づくな」

 

「はい」

 

「インフェルノ・ナパームには触るな」

 

「はい」

 

「コクピットにも入るな」

 

「……はい」

 

Xiがじっと見る。

 

「今の間」

 

「入らないよ」

 

「本当に?」

 

「入らない」

 

ラクスが横から優しく言った。

 

「キラ」

 

「本当に入らない」

 

「なら大丈夫ですわ」

 

露伴が不満げに言った。

 

「僕は?」

 

ログナーは即答した。

 

「駄目だ」

 

「なぜだ」

 

「お前は見るだけだ」

 

Xiがうんうんと頷く。

 

「妥当」

 

キラは、アウクソーの案内でLEDミラージュの指定箇所へ近づいた。

 

半透明の白い装甲。

 

近くで見ると、ただの透明素材ではなかった。

幾層にも重なった構造が、光を受けて複雑に反射している。

内部が見えるようで、見えない。

手を伸ばして触れる寸前、キラは一度止まった。

 

「……触ります」

 

ログナーが頷く。

 

キラは、そっと指先を置いた。

 

冷たい。

 

だが、金属の冷たさとは違う。

 

硬い。

しかし、ただ硬いだけではない。

 

「これ……」

 

キラは目を細めた。

 

「装甲というより、光学素材と防御材が一体化しているみたいだ。見た目のためだけじゃない。内部で光を散らす構造がある。衝撃や熱も、層で逃がしている……?」

 

ソープが嬉しそうに笑った。

 

「いいね。そういう見方、好きだよ」

 

キラはさらに観察しようとしたが、すぐに手を離した。

 

「怖いです」

 

「また怖いか」

 

ログナーが言う。

 

「はい。綺麗すぎる。機械なのに、触った瞬間に“ここから先は駄目だ”って感じる」

 

ラクスは、その言葉を静かに受け止めていた。

 

「キラが、そう感じるのですね」

 

「うん」

 

キラはLEDミラージュから一歩下がった。

 

「ストライクフリーダムは、僕にとって翼でした。シュペルターは、騎士そのものに見えた。でもこれは……」

 

彼は言葉を探した。

 

「これは、答えみたいです。戦いに対する、ひとつの答え。だから綺麗で、怖い」

 

ログナーは、少しだけ沈黙した。

 

「答えか」

 

ソープはにこにこしていたが、その目はどこか遠くを見ていた。

 

「そうだね。答えとして作られたものは、ときどき怖い」

 

Xiは、空気が重くなりそうなのを察して、すぐに口を挟んだ。

 

「その答えを、僕に貸与しようとしないでね」

 

ログナーが言う。

 

「正式な貸与ではない」

 

Xiは即座に反応した。

 

「今、“正式な”って付けたよね」

 

「任務上必要な場合の、一時運用を想定している」

 

「言い換えた! 貸す気あるじゃん!」

 

「お目付け役には、相応の移動手段と抑止力が必要だ」

 

「抑止力が過剰!」

 

弥子がLEDミラージュを見上げながら言う。

 

「これで移動したら、移動っていうより出陣ですよね」

 

「そうだよ!」

 

Xiは強く頷いた。

 

「僕は外注のお目付け役であって、星団戦争を始めたいわけじゃない!」

 

カイエンが笑う。

 

「似合うかもしれんぞ」

 

「似合わない!」

 

ネウロがにやりとした。

 

「いや、異物には異物なりの使い道がある。白い最強の騎体に、シックスの血を持つ怪盗。見世物としては悪くない」

 

「見世物にしないで!」

 

露伴はスケッチブックを抱えながら目を輝かせていた。

 

「それは見たいな」

 

「先生も乗らない!」

 

「僕は描きたいと言っただけだ」

 

「描くために見ようとするでしょ!」

 

承太郎が低く言う。

 

「やれやれだぜ」

 

ログナーは、Xiを見たままだった。

 

「座らないのか」

 

「座らない」

 

「触らないのか」

 

「触らない」

 

「見るだけか」

 

「見るだけ!」

 

「では、見ておけ」

 

Xiは言葉に詰まった。

 

ログナーの声は、淡々としていた。

 

「お前が関わることになるミラージュが、何であるか。見るだけでも知っておく意味はある」

 

Xiは、少し黙った。

 

LEDミラージュを見上げる。

 

白く光る半透明装甲。

血の十字架。

冷たい美しさ。

背負われた、灰すら残さない炎。

 

目薬を焼いた。

香水を送った。

のど飴をバッハトマへ回した。

シックス製品を処分し、転用し、笑い飛ばしてきた日常の延長に、これがある。

 

最強。

 

その言葉が、少しも冗談に聞こえない騎体。

 

Xiは、小さく息を吐いた。

 

「……見るだけなら」

 

ログナーは頷いた。

 

「それでいい」

 

「本当に?」

 

「今日はな」

 

「“今日は”って言った!」

 

弥子が吹き出した。

 

キラも少し笑った。

 

ラクスも、ほっとしたように微笑む。

 

ソープは楽しそうに言った。

 

「次はクロス・ミラージュかな」

 

Xiが振り向く。

 

「次を作らないで!」

 

「軽い子から慣れた方がいいよ」

 

「慣れない!」

 

カイエンが言う。

 

「座ったら、また何か診断されるかもしれん」

 

「だから嫌なんだよ!」

 

露伴がすかさず言った。

 

「その時は僕も立ち会いたい」

 

Xiが即座に叫ぶ。

 

「呼ばない!」

 

「呼ばれなくてもいる」

 

「最悪の宣言!」

 

ログナーは、LEDミラージュを見上げた。

 

「いずれ必要になるかもしれん」

 

Xiは眉をひそめる。

 

「何が」

 

「抑止力だ」

 

「そんなに物騒な未来を既定路線にしないで」

 

「未来は備えるものだ」

 

「備えの規模が大きすぎるんだよ」

 

その時、キラがもう一度LEDミラージュを見上げた。

 

「でも……」

 

ラクスがキラを見る。

 

「キラ?」

 

キラは少し迷ってから言った。

 

「動くところを、少しだけ見てみたいです」

 

ログナーが、静かに答えた。

 

「見ない方がいい時もある」

 

キラは、その言葉の重さを感じ取った。

 

「……はい」

 

露伴が横から言う。

 

「僕は見たいがね」

 

Xiが即座に突っ込む。

 

「先生は絶対そう言うと思った!」

 

承太郎が帽子の庇を下げる。

 

「やれやれだぜ」

 

白い巨神は、起動していない。

 

起動キーも使われていない。

コクピットも開かれていない。

インフェルノ・ナパームも沈黙している。

 

それでも、その場にいる全員が理解していた。

 

これは、動かなくても分かる。

 

力だ。

 

そして、力は使われる前から、人を黙らせる。

 

弥子が小さく言った。

 

「……でも、やっぱり赤くないですね」

 

ソープが笑った。

 

「そうだね」

 

Xiは肩をすくめた。

 

「赤くないのに、血の十字架背負ってるんだから、名前より見た目の方が怖いよ」

 

ログナーが言う。

 

「怖いなら、覚えておけ」

 

「だから、その軍人っぽい締め方やめて」

 

カイエンが小さく笑った。

 

キラは、LEDミラージュを見上げた。

 

白く、冷たく、美しい。

 

そして、怖い。

 

彼はその感覚を、忘れないと思った。

 

その横で、Xiは小声で呟いた。

 

「LEDミラージュには座らない。触らない。貸与されない」

 

露伴がすぐさま言う。

 

「最後は怪しいな」

 

Xiは振り向いた。

 

「先生、縁起でもないこと言わないで!」

 

ログナーは、表情を変えずに言った。

 

「必要になれば貸与する」

 

「ほら!!」

 

Xiの声が、整備ヤードに響いた。

 

白い巨神は、何も言わずにそこにいた。

 

まるで、すべてを見越しているかのように。

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