守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「LEDよりは軽いぞ」
ログナー司令は、いつものように表情ひとつ変えずに言った。
整備ヤードに、砂色の騎士が佇んでいた。
先日のLEDミラージュのような、白く冷たい半透明装甲ではない。
シュペルターのような白銀の気高さとも違う。
その装甲は、砂色にも、薄い金にも見える落ち着いた色をしていた。
大きく張り出した肩。
騎士の兜を思わせる頭部。
脚部を走る赤いライン。
手には剣。
そして右腕には、曲線を描く独特の武装。
見た目だけなら、LEDミラージュよりは確かに威圧感が少ない。
少ない、ように見える。
怪盗Xiは、その騎体を見上げたまま、ゆっくりとログナーを振り返った。
「それは確かにそうだろうけども!」
ログナーは頷いた。
「事実だ」
「星団最強のLEDミラージュと比べたら、大抵のものは軽く見えるんだよ!」
「比較対象としては妥当だ」
「妥当じゃない!」
Xiは両手を広げた。
「前回のが“戦場を終わらせる白い悪魔”みたいなやつだったからって、今回のこれが安全そうに見えるわけじゃないからね!?」
弥子は、砂色の騎体を見上げていた。
「でも、前の白いのよりは……なんというか、親しみやすい色ですね」
Xiは即座に振り向いた。
「弥子ちゃん、色で安心しちゃ駄目」
「えっ」
「シックス製品の黒い箱で散々学んだでしょ。見た目で安心すると駄目なんだよ」
「ミラージュマシンも同じ扱いですか!?」
「少なくとも僕に貸与されそうな時点で危険物寄り!」
ログナーが短く言う。
「クロス・ミラージュだ」
キラ・ヤマトは、じっとその騎体を見つめていた。
「クロス・ミラージュ……」
「軽装型だ」
ログナーが言った。
Xiが目を細める。
「その“軽装”も信用できない」
ソープは、少し離れた場所でにこにこと笑っていた。
「でも、この子ならXiにも扱いやすいと思うよ」
「“この子”って言わないで」
Xiは即座に言った。
「ミラージュマシンを、ペットショップでおすすめする子犬みたいに紹介しないで」
「子犬ではないな」
ログナーが言う。
「そういう意味じゃない!」
カイエンが腕を組み、少し面白そうに見ていた。
「LEDよりは現実的だろう」
「カイエンまで!」
「いきなりLEDは重い。これは分かる」
「そこだけ分かられても困る!」
アウクソーは静かにクロス・ミラージュを見上げていた。
「軽装型とはいえ、ミラージュマシンであることに変わりはありません。扱いには十分な注意が必要です」
Xiはアウクソーを指差した。
「ほら! アウクソーが一番まとも!」
アウクソーは少し首を傾げる。
「ですが、マスターやログナー司令のお考えにも一定の合理性はあります」
「まとも枠が揺らいだ!」
承太郎は、帽子の庇を下げながら言った。
「やれやれだぜ」
露伴は、もちろんいた。
誰も呼んでいない。
だが、いた。
「また先生がいる」
Xiは、もはや驚かなかった。
露伴はスケッチブックを開いたまま、堂々と言う。
「シュペルター、LEDミラージュと来て、次の騎体を見逃すわけがないだろう」
「勝手に連載企画にしないでください」
「連続性は重要だ。白銀、白い巨神、そして砂色の軽装機。造形の違いを見るには、実に良い流れだ」
「鑑賞会じゃないんですよ!」
「では何だ?」
Xiはログナーを見た。
ログナーは、当然のように言う。
「貸与候補の確認だ」
「ほらぁ!!」
Xiの声が整備ヤードに響いた。
「やっぱり貸す気じゃん!」
「正式貸与ではない」
「前も聞いた、その言い方!」
「任務上必要な場合の一時貸与だ」
「言葉を軽くしても中身がミラージュマシンなんだよ!」
弥子は、クロス・ミラージュを見上げながら言った。
「でも、“軽装機”って言われると、なんとなく軽そうに聞こえますね」
Xiは、弥子を見た。
「弥子ちゃん」
「はい」
「軽装って言葉に騙されちゃ駄目」
「そんなにですか?」
「例えるなら、“軽食”って書いてあるのに、弥子ちゃん基準の軽食が出てくるようなもの」
弥子は少し考えた。
「……それは、けっこう重いですね」
「でしょ!?」
ネウロが愉快そうに笑う。
「ククク……弥子基準の軽食と、星団基準の軽装機か。どちらも信用ならんな」
「私の軽食まで巻き込まないでください!」
キラは、クロス・ミラージュの周囲をゆっくりと見ていた。
「軽装……でも、単に装甲を減らしたという感じじゃないですね」
ログナーが、少しだけキラを見る。
「続けろ」
キラは頷いた。
「必要なものだけを残している。動くために、余分な重さを削っている。でも弱くなった感じはしません。むしろ……」
彼は、脚部のラインや肩の配置を目で追う。
「即応するための騎体に見えます。抑止力というより、必要な場所へすぐに届く刃」
ログナーは短く言った。
「悪くない理解だ」
キラは少し緊張したように口を閉じた。
Xiは、すぐに反応する。
「即応しなくていい!」
ログナーが見る。
「お目付け役には即応性が必要だ」
「お目付け役の解釈が軍事寄りすぎるんだよ!」
ソープは楽しそうに言った。
「でも、Xiにはこのくらいがちょうどいいと思うけどな」
「“このくらい”って言わないで! それ普通の人間が乗る乗り物じゃないから!」
「普通の人間ではないだろう」
ログナーが言った。
Xiは一瞬止まった。
「その言い方、すごく嫌なんだけど」
「事実だ」
「事実を刃物みたいに投げないで!」
弥子は、クロス・ミラージュの右腕に目を留めた。
そこには、独特の曲線を持つ武装があった。
大きく弧を描く白い形。
内部に張られた線。
盾のようで、刃のようで、どこか楽器のようでもある。
「……あの右腕の武器」
弥子がぽつりと言った。
「ギターみたいですね」
ログナーが即座に言った。
「楽器ではない。ルーターベイルだ」
「でも、形が。弦みたいなのもあるし」
「楽器ではない」
Xiが小声で言う。
「二回言った」
キラは、そのルーターベイルを興味深そうに見た。
「たしかに、楽器みたいに見えます。でも装飾だけじゃない。盾として、武器として、姿勢制御にも関係しているのかもしれない」
露伴の目が輝いた。
「武器であり、盾であり、楽器のようでもある。いいな。実にいい」
Xiはすぐに釘を刺す。
「先生、弾こうとしないでくださいね」
「弾くとは言っていない」
承太郎が短く言った。
「目が言ってるぜ」
「承太郎」
ソープが、ルーターベイルを見ながら静かに言った。
「でも、そう見えるなら、それも間違いじゃないよ」
キラが振り向く。
「間違いじゃない?」
「うん。美しい武器は、見る人の中で別のものにもなる。盾にも、刃にも、楽器にもね」
ラクスが、穏やかに微笑んだ。
「不思議ですわね。戦うためのものなのに、音楽を思わせるなんて」
カイエンが言う。
「戦場で鳴らすには、少し物騒な音がしそうだがな」
弥子が目を丸くした。
「やっぱり音、出るんですか!?」
ソープは笑った。
「出るかもしれないね」
Xiが即座に言う。
「出さないで!」
露伴はスケッチブックに素早く何かを書き込んでいた。
Xiが目ざとく見つける。
「先生、今の言葉メモしましたね」
「美しい武器は、盾にも、刃にも、楽器にもなる。記録する価値がある」
「ソープの言葉を素材にしない!」
「いい言葉を拾うのは漫画家の仕事だ」
「拾いすぎなんですよ!」
ログナーは、クロス・ミラージュの前に立った。
「Xi」
「嫌な予感」
「座れ」
「ついに命令形になった!」
Xiは一歩下がった。
「前回は“触ってみるか”だったのに!」
「LEDは重かった」
「重い軽いの話じゃないって何回言えば!」
「これは軽装型だ」
「だからその言葉を信用しないってタイトルで言ってる!」
弥子が小声で言う。
「タイトル?」
「気にしないで!」
アウクソーが説明する。
「クロス・ミラージュも、起動には正規手順が必要です。起動キーや管理系統なしに本格起動することはありません」
Xiは疑いの目を向けた。
「シュペルターの時もそう言って、座っただけで血統情報異常値が出たよね」
「本格起動ではありませんでした」
「そういう問題じゃない!」
ソープがにこにこしている。
「今回は、前回より優しいかもしれないよ」
「“かもしれない”を外して!」
「じゃあ、優しいよ」
「言い直しただけ!」
ログナーが言う。
「座席の反応を見るだけだ」
「“だけ”が信用できない!」
カイエンが笑った。
「座ったら、また何か出るかもしれんぞ」
「それが嫌なんだよ!」
キラが少しだけ申し訳なさそうに言う。
「でも、僕は……正直、反応を見てみたいです」
Xiはキラを見た。
「キラ!?」
「すみません。技術的にはすごく興味深いです。シュペルターの時とは違う反応が出るかもしれないし、LEDでは試せなかった比較にもなるし……」
Xiは両手で顔を覆った。
「メカフェチが学術好奇心で僕を押してくる……」
ラクスがキラを見た。
「キラ」
キラはすぐに咳払いした。
「もちろん、危険ならやめるべきだと思う」
「その“危険なら”の判定をログナー司令に任せるのが危険なんだよ」
ログナーは淡々と言った。
「危険ではない」
Xiは即答した。
「信用できない」
「根拠は」
「今までの流れ!」
承太郎が短く言った。
「座るなら、俺が見ておく」
Xiは承太郎を見た。
「それはちょっと安心する」
露伴がすかさず言う。
「僕も見ておく」
「不安が増える!」
「なぜだ」
「先生は見るだけで情報を取りすぎるからです」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「褒めてない!」
結局。
Xiは、クロス・ミラージュのコクピットへ案内されることになった。
「本当に座るだけだからね」
「分かっている」
ログナーが言う。
「記録は取る」
「分かってない!」
コクピットは、シュペルターとはまた違う印象だった。
白銀の騎士の内部が、静謐な礼装のような空間だったとすれば、こちらはもっと実用的だった。
動くため。
反応するため。
前へ出るため。
Xiは慎重に座席へ腰を下ろす。
一瞬、何も起きなかった。
「……何も起きない?」
弥子が外から言う。
Xiは警戒を解かない。
「そういう時が一番怖い」
次の瞬間。
計器の一部が、淡く灯った。
Xiは即座に言った。
「ほら!」
キラが外から覗き込む。
「待機診断系?」
アウクソーが確認する。
「本格起動ではありません。診断系のみです」
Xiは表示を見る。
「何が出てる?」
アウクソーが読み上げる。
「搭乗者識別……不明」
「知ってる」
「騎士適性……判定保留」
「保留しなくていい」
「任務種別……」
アウクソーが一瞬だけ止まった。
Xiの顔が引きつる。
「何?」
アウクソーは静かに続けた。
「外注任務適性、確認中」
沈黙。
Xiは、ゆっくりとログナーを見た。
「外注任務適性って何!?」
ソープが楽しそうに言った。
「今、作ったのかな」
「作らないで!」
ログナーは表情ひとつ変えずに言う。
「記録しておけ」
「記録しないで!!」
キラは、興味を抑えきれない顔で表示を見ていた。
「すごい……機体側が、搭乗者の役割を分類しようとしている。騎士かどうかだけじゃなくて、任務との適合性まで……」
Xiは叫んだ。
「感心しないで! 僕は分類されてる側!」
露伴が、身を乗り出そうとする。
「外注任務適性……実に面白い表示だ。見せてくれ」
承太郎が無言で露伴の肩を掴んだ。
「入るな」
「まだ入っていない」
「入ろうとしていた」
「観察だ」
「駄目だ」
露伴は不満そうに舌打ちした。
ネウロは低く笑う。
「ククク……怪盗Xi。ついに機械にまで外注認定されたか」
「されたくない!」
表示がまた変わる。
アウクソーが読む。
「搭乗者反応……過敏」
「それはそう!」
「警戒傾向……強」
「それもそう!」
「ミラージュ接触履歴……シュペルター、LEDミラージュ」
Xiは一瞬黙った。
「……履歴つけられてる」
ログナーが頷く。
「有用だ」
「有用にしないで!」
最後に、表示が淡く点滅した。
アウクソーが少しだけ首を傾げる。
「貸与候補……」
Xiが悲鳴に近い声を出す。
「読まなくていい!」
アウクソーは律儀に続けた。
「軽装機推奨」
Xiはコクピットから立ち上がろうとした。
「降りる!」
カイエンが笑う。
「結論が出たな」
「出てない!」
ソープは嬉しそうに手を叩いた。
「ほら、この子もそう言ってる」
「機械と一緒に説得しないで!」
ログナーは淡々としている。
「妥当な判断だ」
「妥当じゃない!」
Xiはようやくコクピットから降りた。
地面に足をつけた瞬間、前回と同じように深く息を吐く。
「地面、やっぱり最高」
弥子が笑いをこらえている。
「今回は血統情報異常値じゃなかったですね」
「代わりに外注任務適性を見られたよ!」
「それはそれで嫌ですね」
「嫌だよ!」
キラは、クロス・ミラージュを見上げて言った。
「でも、たしかに……LEDミラージュよりは、Xiに近い気がします」
Xiが目を剥く。
「キラまで!?」
「いや、もちろん乗れと言ってるわけじゃなくて。LEDは“戦場を終わらせる答え”みたいでした。でもこれは、任務のために素早く動く機体に見えます。Xiの仕事が“お目付け役”なら、過剰すぎるけど、方向性だけなら……」
「過剰って自分で言った!」
「うん。過剰ではある」
ラクスが微笑む。
「ですが、皆さまがXiさんを頼りにされているのは、分かりますわ」
Xiは少し困ったような顔をした。
「頼られるのと、ミラージュマシンを貸されるのは別だと思う」
ログナーが言う。
「別ではない」
「別だよ!」
カイエンが腕を組んで言った。
「まあ、LEDよりはいいだろう」
「比較対象が悪い!」
ソープも頷く。
「うん。軽いし」
「軽くない!」
弥子がそっと言う。
「弥子基準の軽食みたいなものですね」
「それ、さっき僕が言ったやつ!」
「分かりやすかったので」
「分かりやすくても嬉しくない!」
露伴は、満足そうにスケッチブックを閉じた。
「今日は良いものを見た。シュペルター、LED、クロス。三つを並べると、騎体ごとの思想の違いがよく分かる」
Xiが怪しむ。
「先生、何を描いたんですか」
「秘密だ」
「その秘密は怖い」
「安心しろ。今回は機密区画は描いていない」
ログナーが言う。
「確認する」
露伴は眉をひそめる。
「君たちは漫画家の資料に対して厳しすぎる」
承太郎が短く言う。
「お前だからだ」
「承太郎」
キラは、もう一度クロス・ミラージュを見上げた。
「軽装機、か……」
Xiが警戒する。
「キラまでその言葉を噛みしめないで」
キラは少し笑った。
「でも、勉強になりました。軽いというのは、弱いという意味じゃないんですね」
ログナーが頷く。
「そうだ」
ソープが言う。
「必要なものを残して、動ける形にする。それも強さだよ」
Xiは、砂色の騎体を見上げた。
軽装機。
言葉だけなら、少し軽く聞こえる。
だが目の前にあるのは、明らかにただの軽い機体ではなかった。
軽いというより、速い。
速いというより、届く。
必要な場所へ、必要な力を持って現れるための騎体。
Xiは小さくため息を吐いた。
「やっぱり信用できない」
ログナーが見る。
「何がだ」
「軽装機という言葉」
ソープが笑った。
「でも、少し慣れた?」
「慣れてない!」
「次は、もう少し大きいのを」
「次を作らないで!」
ログナーは表情を変えずに言った。
「次はヤクトか」
整備ヤードが、一瞬静まり返った。
キラが目を丸くする。
弥子がぽつりと言う。
「……それ、軽装じゃなさそうですね」
Xiは両手で顔を覆った。
「絶対に軽装じゃないやつが来た」
露伴は目を輝かせた。
「ヤクト・ミラージュか。実に楽しみだ」
Xiが叫んだ。
「先生は楽しみにしないで!」
承太郎は、やはり帽子の庇を下げた。
「やれやれだぜ」
クロス・ミラージュは、砂色の装甲を静かに光らせていた。
まるで、自分は軽い方だと言わんばかりに。
Xiは、それを見上げながら、心底思った。
軽装機という言葉ほど、信用ならないものはない。