守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
怪盗Xiは、整備ヤードの入口でそう呟いた。
声には、すでに疲れが滲んでいた。
目の前には、ログナー司令。
その背後には、巨大な搬入ゲート。
そして、その向こうには、明らかに“次の何か”がいる気配。
シュペルター。
LEDミラージュ。
クロス・ミラージュ。
ここ最近、ミラージュマシン見学会という名の、Xiへの貸与候補確認会が続いている。
そして前回、ログナーは言った。
――次はヤクトか。
Xiはその言葉を忘れていなかった。
忘れたかったが、忘れられるはずがなかった。
「司令」
Xiは、慎重に口を開いた。
「今日は、見るだけだよね?」
ログナーは、いつものように表情を動かさない。
「状況による」
「その返答が一番嫌なんだよ」
弥子が小声で言う。
「もう、この時点で不穏ですね」
キラも、少し緊張した顔をしていた。
「ヤクト・ミラージュ……でしたっけ」
「そうだ」
ログナーが短く答える。
ラクスが、穏やかではあるが真剣な表情でゲートを見つめる。
「これまでの騎体とは、また違うのですか?」
ソープがにこにこしながら答えた。
「うん。かなり違うよ」
「その“かなり”が怖い」
Xiが即座に言う。
ネウロは楽しげに目を細めている。
「ククク……ここまで来れば、もはや見世物としての価値も高いな」
「僕は見世物じゃない」
「騎体の方だ」
「そっちでも安心できない」
承太郎は帽子の庇を下げた。
「やれやれだぜ」
そして、当然のように岸辺露伴もいた。
Xiはもう驚かなかった。
「先生」
「何だ」
「今回は呼んでません」
「前回も、その前も呼ばれていない」
「堂々と言うことじゃないです」
露伴はスケッチブックを抱え、ゲートを見ている。
「シュペルター、LEDミラージュ、クロス・ミラージュと来たんだ。
ここでヤクトを見逃す漫画家がいるか?」
「普通の漫画家は整備ヤードに入りません」
「僕は普通ではない」
「それは知ってます」
その時、巨大な搬入ゲートが開いた。
低い駆動音が響く。
だが、これまでとは音が違った。
シュペルターの時は、白銀の騎士が運ばれてくる音だった。
LEDミラージュの時は、冷たい白い巨神が現れる音だった。
クロス・ミラージュの時は、即応する刃が搬入される音だった。
今回は違う。
これは、何かが“来る”音ではない。
景色そのものが押し込まれてくるような音だった。
最初に見えたのは、長い影だった。
次に、緑の装甲。
そして、巨大な構造物。
ヤードの空気が、重くなった。
キラが、言葉を失う。
弥子は口を開けたまま固まった。
泉さんは、一歩後ろへ下がる。
露伴のペンすら、一瞬止まった。
現れたのは、ヤクト・ミラージュ。
グリーンレフト。
巨大な騎体。
緑の装甲。
左右に広がる異様な構造。
通常のモーターヘッドの感覚を、根本から踏み潰すような規模。
弥子が、ぽつりと言った。
「……冗談でしょ……」
ログナーが頷く。
「ヤクト・ミラージュ。グリーンレフトだ」
Xiは、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと両手で顔を覆う。
「冗談って言って」
「冗談ではない」
「言ってほしかった返答じゃない!」
キラは、ヤクトを見上げたまま、低い声で言った。
「これ……機体ですか?」
ログナーは短く答える。
「騎体だ」
「いえ、そういう意味ではなくて」
キラは、巨大すぎるシルエットを見つめる。
「これは、戦場で戦うための機体というより……
戦場の形そのものを変えるための兵器です」
ログナーは、わずかに目を細めた。
「悪くない理解だ」
Xiが振り返る。
「キラが毎回正しく理解するせいで、僕の不安が補強されていく!」
弥子は、まだ見上げていた。
「大きい……というより、長いですね」
泉さんも呆然としている。
「これ、近づいていいものなの?」
Xiは即答した。
「今日一番まともな質問です」
ネウロが笑う。
「ククク……人間の作る冗談は、時に魔界より大きいな」
ソープが、ヤクトを見上げながら言った。
「ちなみに、今日はバスターランチャーを外してあるよ」
沈黙。
Xiが、ゆっくりソープを見る。
「今日は?」
ログナーが補足する。
「今回は外してある」
「“今日は”と“今回は”を重ねないで! 不安が増える!」
泉さんが、恐る恐る手を上げた。
「あの……バスターランチャーって何ですか?」
ソープは、実に自然な顔で答えた。
「地球で言うところの、戦術核兵器みたいなものだよ」
泉さんの顔が固まった。
「……みたいなもの」
「うん」
ソープはにこにこしている。
「それを四十四発連射できる」
さらに沈黙。
弥子が青ざめた。
「それ、もう戦術じゃなくて地図の作り直しでは?」
Xiは両手で顔を覆った。
「地形が変わるよ! 地軸が傾くよ!!」
ログナーが淡々と言う。
「地軸は通常運用では傾かん」
「通常運用の定義を聞くのが怖い!」
キラは真顔でヤクトを見ていた。
「戦術核級の攻撃を、四十四発……」
ラクスが静かにキラの横に立つ。
「キラ」
「うん。分かってる」
キラは小さく息を吐いた。
「これは、MSの延長で考えちゃいけないですね。機体というより、戦略プラットフォームです」
ログナーは頷く。
「悪くない」
Xiが叫ぶ。
「悪くないじゃない! お目付け役に貸与する話から一番遠い理解だよ!」
ソープが首を傾げる。
「でも、完全なヤクトには必要なんだ。二門のフルサイズ・バスターランチャー」
泉さんが即座に言った。
「完全って、普通は安全性とか完成度が上がる意味ですよね? なんで禁止級兵器が二門増えるんですか?」
「完成形だからだよ」
ソープはあっさり答えた。
「完成形が怖い!」
弥子とXiの声が重なった。
ログナーは淡々と続ける。
「バスター砲は、ジョーカーでも星団法で禁止兵器扱いだ。安心しろ」
Xiはログナーを見た。
「禁止兵器って言葉が出た時点で、安心できる要素が消えたんだけど」
「許可なく撃てない」
「許可があれば撃てるんだ!?」
「状況による」
「その状況が来ないことを祈るよ!」
Xiは、恐る恐る訊いた。
「ちなみに……それをもし撃ったら?」
ログナーは、少しも迷わず答えた。
「歴史に名前が残る」
弥子が小さく言う。
「良い意味じゃないですよね?」
「多くの場合はな」
泉さんが顔をしかめる。
「多くの場合じゃなくて、全部駄目なやつでしょ」
Xiはログナーを指差した。
「それを外注に貸与する気なの?」
「バスター砲は外す」
「当たり前だよ!」
「本体のみなら、検討の余地はある」
「本体だけでも冗談みたいに大きいんだよ!」
ネウロがくつくつと笑った。
「ククク……問題児には問題児用の器か」
Xiが振り向く。
「魔人まで納得しないで!」
カイエンが腕を組んで言った。
「まあ、レフトナンバー向きではあるな」
「カイエンまで!」
弥子が首を傾げる。
「レフトナンバーって、何ですか?」
カイエンが簡潔に答える。
「ざっくり言えば、問題児や規格外が多い側だ」
Xiは胸を押さえた。
「説明が刺さる」
ログナーが言う。
「仮にXiを配置するなら、レフトナンバーだ」
「仮に配置しないで」
「犯罪者、問題児、規格外の扱いに慣れている」
「全部が僕に刺さるようで刺さらないようで刺さる説明やめて!」
露伴が目を輝かせている。
「犯罪者で問題児で規格外の怪盗が、グリーンレフトに乗る。実に絵になるじゃあないか」
Xiは露伴を睨んだ。
「先生は絵にしない!」
「もう頭の中では構図ができている」
「できないで!」
承太郎が露伴の肩を無言で掴む。
「近づくな」
「まだ近づいていない」
「近づく顔をしていた」
「君は顔で判断しすぎる」
「当たってるだろ」
露伴は不満そうに黙った。
その時、ログナーがXiを見た。
「もっとも、ヤクトの運用案については、お前の方から提案があったはずだ」
Xiは、一瞬で嫌な顔になった。
「……何の話?」
「シックス製のキノコ群生地を処分する際だ」
Xiの顔が固まった。
ログナーは、淡々と続ける。
「あの時は自分から『ヤクト貸してくれ』と言っていた記憶だが」
沈黙。
弥子が、そっとXiを見る。
「言ったんですか?」
Xiは視線を逸らした。
「……勢いで」
「言ったんですね」
「だって、前世と対話するキノコだよ!? 群生地ごと消したくもなるでしょ!」
ネウロが笑う。
「ククク……不用意な言葉は記録され、後に刃となる。実に人間らしい」
Xiはログナーを見る。
「司令、まさか議事録作ってたの?」
「必要な発言は記録している」
「ミラージュ貸与に関係しそうな冗談を記録しないで!」
ログナーは淡々と答える。
「冗談かどうかは、後で判断する」
「その判断権を僕に返して!」
カイエンが軽く笑った。
「自分で借りたいと言ったなら、試すくらいはいいだろう」
Xiが叫ぶ。
「カイエンまで過去発言を盾にしないで!」
弥子が少し考え込む。
「でも、前世と対話するキノコが一面に生えてたら……」
Xiは即座に反応する。
「弥子ちゃん、納得しないで」
「ちょっとだけ、ヤクト必要かもって」
「そこで必要になったらもう終わりだよ!」
ログナーが言う。
「バスター砲は星団法で禁止兵器だ。群生地処理には過剰だ」
Xiが少しほっとする。
「まともな判断!」
「だが、インフェルノ・ナパーム級の焼却なら検討できる」
「まともじゃなかった!」
弥子が小声で言う。
「目薬を焼いたやつですね」
Xiは天を仰ぐ。
「やっぱりシックス製品のせいで、こっちの火力基準も壊れてる……」
キラは、ヤクト・ミラージュの長大な構造を見ながら言った。
「これに座るというのは、操縦するというより……戦略の中に組み込まれる感じがしますね」
Xiはキラを見る。
「やめて。言い方が鋭すぎる」
「すみません。でも、これは個人の機体というより、運用そのものが作戦になる規模です」
ログナーは頷く。
「その通りだ」
「だから僕に貸与するものじゃない!」
ソープが笑う。
「座ってみるだけなら」
「だけじゃ済まない気配がすごいんだよ!」
アウクソーが静かに言った。
「マスター。ヤクト・ミラージュは、座席に至るまでの動線も通常のMHとは異なります。安全確認なしに搭乗するのは推奨できません」
Xiはアウクソーを拝みそうになった。
「ありがとう、アウクソー! 今日の希望!」
ログナーは少し考えた。
「では、今日は座らなくていい」
Xiは固まった。
「今日は?」
「今日はだ」
「“今日は”を付けないで!」
カイエンが肩をすくめる。
「命拾いしたな」
「座らなかっただけで命拾い扱いされる機体って何!?」
露伴は、ヤクトの全体をどうにか紙に収めようとしていた。
「これは困るな」
Xiが眉をひそめる。
「何がですか」
「紙に収まりづらい」
「悩むところそこ!?」
露伴は真剣だった。
「巨大な騎体というものは、ただ大きく描けばいいわけではない。見る者の首が上がる感覚、遠近感の狂い、圧迫感。それをどう表現するかが問題だ」
キラが思わず頷く。
「それは、少し分かります」
Xiが振り向く。
「キラ、そこで分かり合わないで」
「でも、ヤクトは見た目からしてスケール感が普通じゃないから……」
「技術屋と漫画家が巨大兵器の表現で意気投合しないで!」
泉さんが、まだヤクトを見上げていた。
「これ、もし市街地に来たら、それだけで避難指示よね」
ログナーが答える。
「通常、市街地には持ち込まん」
「通常じゃない時がある前提なの、やめてもらえます?」
弥子が言う。
「これでカフェに行ったら、もう注文どころじゃないですね」
Xiは力なく言った。
「店どころか通りが入らない」
ネウロが笑う。
「ククク……怪盗Xi、ヤクトでカフェに乗りつけるか。存在を隠すどころか、地平線から見えるな」
「怪盗の概念が死ぬ!」
ログナーが言う。
「隠密任務には使わん」
「当たり前だよ!」
「威圧、制圧、戦略的抑止に用いる」
「だからお目付け役の範囲を超えてる!」
ソープは楽しそうに、しかしどこか誇らしげにヤクトを見ていた。
「大きいものには、大きい理由があるんだよ」
Xiはソープを見た。
「ソープ。その“大きい理由”が、たぶん僕の人生には必要ない」
「そうかな」
「そうだよ!」
「でも、シックス製キノコ群生地には?」
Xiは言葉に詰まった。
「……必要だったかもしれない」
弥子が「あ」と言う顔をした。
ログナーが即座に言った。
「記録しておけ」
Xiが叫ぶ。
「今のは記録しないで!!」
承太郎が低く笑うように息を吐いた。
「やれやれだぜ」
ラクスは、少し困ったように微笑んでいた。
「皆さまのお話を聞いていると、力とは本当に扱いが難しいものですわね」
キラは頷く。
「うん。強すぎる力は、使う前から人を変える。使わなくても、そこにあるだけで意味を持ってしまう」
ログナーがキラを見る。
「分かっているなら十分だ」
Xiはそのやり取りを聞いて、少しだけ黙った。
ヤクト・ミラージュ。
冗談のような巨騎。
禁止兵器級の火力を前提とする存在。
問題児と規格外の象徴のようなレフトナンバー。
それを見上げて、Xiは深く息を吐く。
「……座らない」
ログナーが答える。
「今日はな」
「今日はな、じゃない」
「必要になれば検討する」
「必要にならないことを祈る」
ソープが横から、にこにこしながら言った。
「でも、見るだけでも意味はあったでしょ?」
Xiはしばらく黙っていた。
それから、悔しそうに言う。
「……それは、まあ」
「ほら」
「でも貸与はしない!」
ログナーが言う。
「未定だ」
「否定して!」
カイエンが笑った。
「次はKOGか」
Xiはゆっくり振り向いた。
「今、なんて?」
ソープが軽く手を挙げる。
「うん。次は黄金かな」
弥子の顔がぱっと明るくなった。
「黄金!」
ラクスも微笑む。
「それは、美しそうですわね」
泉さんが警戒する。
「今度は何が出てくるんですか……」
露伴はすでに目を輝かせている。
「黄金の騎士か。これは見逃せない」
Xiは、両手で顔を覆った。
「過去の自分の発言に追いつめられて、今度は黄金に追いつめられる……」
ネウロが愉快そうに言った。
「ククク……逃げ場が豪華になっていくな」
「豪華ならいいってものじゃない!」
ヤクト・ミラージュ・グリーンレフトは、巨大な影を落としたまま静かに佇んでいた。
バスターランチャーは、今回は外されている。
それでも十分すぎた。
その存在だけで、誰もが理解できた。
これは、座るとか、触るとか、貸与するとか。
そういう話にしてはいけないものだ。
少なくとも、普通なら。
Xiは、最後にもう一度だけヤクトを見上げて、ぽつりと言った。
「レフトナンバーにも座りたくない」
ログナーは静かに返す。
「覚えておく」
Xiは即座に叫んだ。
「貸与拒否として覚えて!!」
承太郎が帽子の庇を下げる。
「やれやれだぜ」
遠くで、露伴のペンが走る音がした。
そしてソープは、次に来る黄金のことを、もう楽しそうに考えていた。