守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
温泉旅館の特別大広間。
障子の向こうはすっかり暗く、
部屋の照明も少し落ちて、
いかにも「そろそろお休みの時間です」という空気が漂っている。
卓球リベンジマッチを終えた七人は、
それぞれ少し疲れた顔で部屋へ戻ってきた。
キラ・ヤマト。
桂木弥子。
脳噛ネウロ。
ダグラス・カイエン。
アウクソー。
ラクス・クライン。
空条承太郎。
キラは部屋に入った瞬間、心の底から思った。
今度こそ、静かに終わってほしい。
「……今日はもう、何も起きないよね」
弥子が即答した。
「その台詞、だいたい前振りよね」
「言わないでよ!!」
承太郎は壁際に座りながら短く言う。
「寝るだけだろ」
「うん、そう」
キラは力なく頷く。
「寝るだけ。布団敷いて、寝るだけ」
ネウロがにたりと笑った。
「ククク……
人間は“寝るだけ”の工程に、なぜこうも多くの混乱を生むのだろうな」
「まだ何も起きてないのに不吉なこと言わないで!」
カイエンは気だるげに肩を回した。
「ぼかぁ厄介事は苦手なんだが……
布団を敷くだけで騒ぐようなら、たいしたもんだ」
弥子がすぐ返す。
「このメンツなら騒ぐに決まってるじゃないですか」
「それもそうか」
カイエン。
「納得しないでください!」
ラクスはやわらかく微笑んだ。
「でも、皆さまで並んで休むというのも、少し楽しそうですわね」
キラがちらっと見る。
「その“少し楽しそう”がもう怖いんだよなあ……」
アウクソーはすでに部屋の空き方を見ている。
「お布団の位置を先に決めたほうがよろしいかと」
キラがハッとした。
「そうだよ!!
それだよ問題は!!」
しばらくして仲居さんたちが入り、
手際よく布団を運び始めた。
七人分。
当然、多い。
大広間だから敷けはする。
敷けはするのだが――
「どう並べるんですかこれ」
と、弥子が遠慮なく言った。
たしかにそうだった。
横一列か。
二列に分けるか。
男女でざっくり分けるか。
誰が端か。
誰が真ん中か。
キラは、またしても仕切る立場に追い込まれていた。
「ええと、普通に考えれば……」
ネウロが言う。
「貴様が真ん中だな」
「なんで!?」
弥子が即座に頷く。
「それはそう」
「弥子まで!?」
「だってあんた真ん中じゃないと、
ネウロとカイエンさんとラクスさん全部に対応できないでしょ」
「対応前提なんだ!?」
承太郎が壁際からぼそりと言う。
「もっともだ」
「承太郎まで乗らないでよ!」
ラクスが穏やかに言う。
「キラのお近くのほうが安心ですもの」
「ほらー!」
弥子が指差す。
「もう片側確定してる!」
キラが額を押さえる。
「だからその言い方が断れないんだって……」
カイエンは布団の並びを見ながら言った。
「ぼくは端でいい。
出入りがしやすい位置が楽だ」
アウクソーがすぐ静かに応じる。
「では、私もその近くに」
「自然すぎる……」
弥子が感心する。
「完璧な連携だよね」
キラも小声で同意する。
ネウロが愉快そうに言う。
「なら吾輩はキラ・ヤマトの逆側だな」
「なんで!?」
キラ。
「夜中の反応を見るのに都合がよい」
「観察対象みたいに言わないで!」
弥子が即座に言う。
「じゃああたしもそっち!
あんたとネウロを離しちゃ駄目な気がする!」
「ひどい信頼だな……」
キラ。
承太郎は一言。
「俺は端でいい」
「うん、それは全員納得だと思う」
キラ。
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仮配置
結果、仮に並べるとこうなった。
承太郎 ― カイエン ― アウクソー ― キラ ― ラクス ― 弥子 ― ネウロ
一同、少し見つめる。
弥子が眉をひそめた。
「待って」
「なに」
「これ、キラの左右が重すぎない?」
キラが真顔で頷く。
「僕もそう思う」
左にラクス。
右にアウクソー……ではない、
実際にはラクスと弥子とネウロの圧、そして片側にカイエンの気配。
真ん中の心理負荷が高い。
ネウロが口元を吊り上げた。
「よいではないか。
中央で圧死する管理職、実に人間らしい」
「その表現ほんとやめて!」
アウクソーが静かに言った。
「でしたら、私がマスターの外側に回りましょうか」
カイエンが目を向ける。
「ん?」
「マスターの左右どちらかに私がおりますと、
皆さまのご負担もいくらか軽減されるかと」
弥子が感心する。
「うわ、さすが」
キラも思わず言う。
「アウクソーさんほんとにありがたい……」
ラクスがやわらかく微笑んだ。
「ええ、とても助かりますわね」
そしてなぜか、
ラクスは自分の位置を変えない。
キラは気づいてしまった。
「……あれ?
結局ラクスは僕の隣なんだ」
ラクスはきょとんとする。
「いけませんか?」
「い、いけなくはないけど……!」
弥子が小声でぼそり。
「静かに既成事実化していくタイプ、強いなあ……」
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布団敷き中に始まる小競り合い
仲居さんたちが布団を整えていく中で、
問題はまだ終わらなかった。
弥子が、自分の布団の位置を見て言う。
「ちょっと待って、なんであたしネウロの隣なのよ」
ネウロが即答する。
「視界に入る位置にいろ」
「嫌よ!」
「夜中に何か食うなよ」
弥子。
「貴様のほうが食うだろう」
「食べないわよ!
……たぶん!」
「曖昧だな」
承太郎。
「承太郎さんまで!?」
カイエンは自分の布団位置に特に不満はなさそうだったが、
弥子の騒ぎを見てぼそりと言った。
「修学旅行みたいだな」
「ちょっと楽しいでしょ?」
弥子。
「少しな」
カイエン。
キラがすかさず言う。
「楽しんでる場合じゃないんですよ!
まだ誰も寝てないのにもうこんななんだから!」
ネウロが笑う。
「ククク……
人間の寝所争いもまた、醜くてよい」
「醜くしてるのおまえだからね!」
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枕の位置問題
布団が並んだあと、
今度は枕の向きまで気になり始める。
弥子がふと気づく。
「ねえ、これさ」
「なに」
「承太郎さんだけ一番壁際で、めっちゃ安全地帯じゃない?」
全員が見る。
承太郎、本当に一番壁際。
背後を壁にし、
片側にしか気を配らなくていい最強ポジションである。
キラが思わず言う。
「……ずるいな」
「知らねぇ」
承太郎。
「空いてたからそこにしただけだ」
ネウロが鼻で笑う。
「この不良、こういう位置取りだけは本能的に上手いな」
「生存戦略みたいに言わないでよ」
キラ。
カイエンが少し笑う。
「いや、実際うまいさ。
少なくとも、真ん中に寝る気はないだろう」
「ない」
承太郎、即答。
「即答だ……」
ラクスがキラの布団の横に静かに座る。
「キラはここでよろしいのではなくて?」
「うん……まあ……」
キラはもはや諦めの境地だ。
「どうせ真ん中から動けないし……」
弥子が慰めるように言う。
「大丈夫よ。
あたしがネウロ側の盾になるから」
「それは助かるけど、たぶん弥子も騒がしい側なんだよなあ……」
「失礼ね!」
弥子。
「あたしは寝る時は静かよ!」
ネウロがすぐ言う。
「寝る前はうるさいがな」
「おまえが言うな!」
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消灯前の雑談
布団が敷き終わり、
部屋の灯りが少し落とされる。
ようやく、
“寝る前の落ち着いた雑談タイム”っぽい空気が生まれた。
……っぽいだけである。
弥子が布団に転がりながら言う。
「はー……
なんか今日、一日濃かったね」
「すごくそれ」
キラ。
ラクスが小さく笑う。
「でも、とても賑やかでございましたわ」
「ええ」
アウクソーも静かに頷く。
「皆さまでご一緒というのは、やはり特別でございます」
カイエンは枕に片肘をついて、天井を見る。
「まあ、悪くはない」
弥子がすぐ反応する。
「出た、“悪くはない”」
キラも笑う。
「かなり高評価のやつだ」
承太郎はもう横になっている。
「騒ぐなら外でやれ」
「寝るの早いなあ!」
弥子。
「眠けりゃ寝る」
承太郎。
ネウロがにやりとした。
「魔界の夜伽では、寝る前に互いの深層心理を暴露し――」
「始めなくていい!!」
キラと弥子がまた綺麗にハモった。
一拍。
弥子が吹き出す。
「もう完全に息合ってるじゃん」
キラも苦笑する。
「だね……」
ラクスが穏やかにその様子を見ている。
アウクソーも静かだ。
カイエンがぽつりと言った。
「おまえたち、案外いい相棒なんじゃないか」
弥子とキラが同時に反応する。
「嫌よ!」
「いやそれは……!」
またぴたりと揃う。
ネウロがくつくつ笑う。
「ククク……
否定の仕方まで同時か」
「うるさい!!」
そして、ついに消灯。
部屋は暗くなる。
障子越しの月明かりだけが、うっすら畳を照らしている。
ようやく本当に静かになった。
キラは布団の中で思う。
今度こそ、寝られる。
……その時。
ガサ。
「……ん?」
弥子の声。
「ネウロ」
小声だが鋭い。
「何食べてるの」
暗闇の中で、ネウロの声がする。
「何も」
「今なんかガサって言った!」
「気のせいだ」
「いや絶対お菓子の包みの音でしょ!?」
キラが布団の中から半分起き上がる。
「ちょっと待って!
夜食持ち込んでるの!?」
ネウロが平然と答える。
「旅館の売店で買った」
「買ってたの!?」
弥子。
「いつの間に!」
「貴様らが騒いでいる間だ」
「なんで寝る直前に開けるのよ!」
承太郎の低い声が飛ぶ。
「……寝かせろ」
「ご、ごめん!」
キラが反射で謝る。
カイエンが暗闇の中で苦笑する気配。
「やれやれ……
やっぱり静かには終わらんか」
アウクソーが静かに言う。
「ネウロ様、そのままでは皆さまのお休みを妨げます」
「なら貴様も一つ食うか?」
ネウロ。
「結構です」
ラクスがやわらかい声で言った。
「キラ」
「なに」
「明かりをつけずに、そちらへお菓子を渡してしまえば静かになるのではありませんか?」
キラが止まる。
「……それ、採用したくないけど合理的だね」
弥子が即答する。
「賄賂じゃん!」
「夜の平和維持費だよ!」
キラ。
ネウロが笑う。
「ククク……
よい。受け取ろう」
「受け取るな!!」
弥子。
だが最終的に、
ネウロはお菓子をひとつキラへ投げてよこし、
キラがそれを弥子へ回し、
弥子が「なんでこうなるのよ!」と文句を言いながら受け取ることで、
なぜか場は静まった。
沈黙。
しばらくして、
承太郎がぽつりと呟く。
「……おまえら、ほんとに寝る気あるのか」
キラは布団に沈みながら言う。
「もうないかもしれない……」
弥子が小さく笑う。
「まあ、修学旅行ってこんなもんよ」
「旅館なんだけどなあ……」
キラ。
そのやり取りのあと、
今度こそ少しずつ部屋は静かになっていった。
誰かが完全に勝ったわけでも、
誰かが完全に止めたわけでもない。
ただ、
七人で同じ部屋に泊まる夜というものが、
静かに終わるはずもなかった――
それだけである。