守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「お二人は少しカロリーとか気にしたほうがいいです」
泉さんは、かなり真剣な顔で言った。
その視線の先には、桂木弥子。
そして、ラキシス。
二人は、街角のアイスクリーム店の前で、ショーケースを前に目を輝かせていた。
バニラ。
チョコレート。
ストロベリー。
ピスタチオ。
ブルーベリー。
季節限定フルーツミックス。
さらに別枠で、ソフトクリームとフローズンヨーグルト。
ラキシスは、両手を胸の前で軽く合わせていた。
「地球のアイスクリーム……」
弥子は、隣で力強く頷く。
「はい! まず基本のバニラ、それからフルーツ系、あとソフトクリーム、フローズンヨーグルトも比較対象として必要です!」
泉さんは眉間を押さえた。
「比較対象って言えば何でも許されると思ってない?」
怪盗Xiは、店の入口と通りの人の流れを確認しながら、低い声で呟いた。
「始まってしまった……地球甘味文化調査という名の食べ歩き任務が……」
少し前。
いつものカフェテラスである。
ラキシスは、ソープの隣に座り、にこにことメニューを眺めていた。
「ソープ様」
「うん?」
「地球のアイスクリームを食べてみたいです」
ソープは、即答した。
「いいよ」
Xiは、嫌な予感に顔を上げた。
「待って。今、ものすごく軽く決まった気がする」
ラキシスは、真面目な顔で続けた。
「ジョーカーのフローズンヨーグルトと比べてみたいのです。地球のアイスクリーム、ソフトクリーム、フローズンヨーグルト。それぞれ、どう違うのか」
ソープは嬉しそうに頷いた。
「うん。文化調査だね」
Xiは即座に突っ込んだ。
「ただの食べ歩きに研究っぽい名前を付けないで!」
だが、ラキシスはとても真剣だった。
「乳製品の甘味文化は、その星の生活や味覚を知る上で大切です」
弥子が力強く手を挙げる。
「賛成です!」
Xiは弥子を見た。
「弥子ちゃんは絶対賛成すると思った」
「だって、これは調査です!」
「食べたいだけでしょ」
「調査です!」
ネウロがくつくつと笑った。
「ククク……弥子の場合、調査と摂食の境界は最初から存在せん」
「あります!」
「ないだろ」
「あります!」
ラクスは穏やかに微笑んでいた。
「ラキシス様が地球の甘味を楽しまれるのは、素敵なことですわ」
キラも苦笑しながら言う。
「ただ、何軒回るかは決めておいた方がいいかもね」
「そう、それ!」
Xiはキラを指差した。
「キラ、そこ大事! 護衛対象が甘味店を見つけるたびに吸い込まれたら、こっちの警護計画が崩れる!」
その時、ログナー司令が現れた。
いつものように、表情は動かない。
「任務を設定する」
Xiは椅子から半分立ち上がった。
「設定しないで」
「レディオス・ソープ、およびラキシス姫様の地球甘味文化調査に同行。護衛、導線確認、周辺警戒を担当」
「完全に任務化された!」
ログナーは淡々と続ける。
「報酬は一日フェザーゴールド金貨二枚」
Xiは、沈黙した。
沈黙して、真剣に考えた。
そして言った。
「……護衛します」
弥子が叫ぶ。
「折れた!」
「金貨二枚は強いんだよ!」
ソープはにこにこと笑っていた。
「よかったね、ラキシス」
「はい、ソープ様」
ラキシスは嬉しそうに微笑む。
その笑顔を見て、Xiは少しだけ顔を逸らした。
「断りづらい上に、金貨が強い……」
露伴は、当然のようにスケッチブックを閉じた。
「僕も行こう」
Xiは即座に言った。
「先生は来なくていいです」
「姫君の地球甘味文化調査。怪盗の護衛。食欲の化身である女子高生。これは取材対象として優秀だ」
「弥子ちゃんの説明が雑!」
「否定できるか?」
「できない!」
弥子が抗議する。
「できます!」
承太郎は帽子の庇を下げた。
「やれやれだぜ」
そして、現在。
一行は街のアイスクリーム店の前にいた。
ラキシスは、ショーケースの前で真剣に悩んでいる。
「バニラは基本ですね。ですが、ブルーベリーのフローズンヨーグルトも気になります。ソフトクリームも、形が可愛いです」
弥子が勢いよく説明する。
「最初は基本を押さえるのが大事です! バニラ、チョコ、フルーツ系、ヨーグルト系。あとソフトクリームは食感が別枠です!」
泉さんが、後ろから静かに言った。
「お二人は少しカロリーとか気にしたほうがいいです」
弥子は振り返る。
「歩きますから!」
泉さんは即答した。
「歩いた分を軽く超えるわよ」
Xiが頷く。
「正論」
ラキシスは首を傾げた。
「カロリー……」
ソープがやさしく説明する。
「食べ物のエネルギーみたいなものだね」
ラキシスは納得したように頷いた。
「では、楽しく歩けばよいのですね」
泉さんが目を閉じた。
「違う方向に理解された……」
弥子は目を輝かせる。
「そうです! 楽しく歩いて、楽しく食べるんです!」
「弥子ちゃんはその理論で何度も自分を許してきた顔をしてる」
Xiが言うと、弥子は少しだけ視線を逸らした。
「……否定はしません」
ラキシスは店員さんに向き直った。
「では、バニラとブルーベリーのフローズンヨーグルトと、ソフトクリームをお願いします」
弥子もすかさず続く。
「私はバニラ、チョコ、ストロベリー、あと季節限定で!」
泉さんが目を見開いた。
「最初の店よ?」
「最初だから基本を押さえます!」
「基本が多い!」
ソープはラキシスの分を受け取り、嬉しそうに渡した。
「はい、ラキシス」
「ありがとうございます、ソープ様」
ラキシスは、まずバニラを一口食べた。
その表情が、ふわっとほどける。
「……甘い」
弥子が身を乗り出す。
「どうですか!?」
「やさしい甘さです。ジョーカーのものより、少し丸い感じがします」
キラが興味深そうに聞く。
「丸い?」
「はい。冷たさの中に、柔らかい香りがあります」
ラクスが微笑む。
「素敵な表現ですわ」
露伴が即座にメモを取る。
Xiが目ざとく反応する。
「先生、何をメモしてるんですか」
「『冷たさの中に柔らかい香り』。いい表現だ」
「甘味レポまで資料にしないで」
「資料にする価値がある」
「あるのがまた困る」
弥子は、すでに自分のアイスを一つ食べ終えていた。
「ラキシス様、次はフローズンヨーグルトです! 酸味がポイントです!」
「はい」
ラキシスはブルーベリーのフローズンヨーグルトを口に運ぶ。
「……これは、ジョーカーのフローズンヨーグルトに少し近いです。でも、果物の香りが前に来ますね」
弥子が頷く。
「地球のフローズンヨーグルトはお店ごとに違います! 濃厚系、さっぱり系、果物入り、いろいろあります!」
「全部、比べたいです」
「分かります!」
Xiが即座に割って入る。
「分からないで! 護衛ルートが食べ歩きスタンプラリーになる!」
ラキシスは、にこっとXiを見た。
「Xiさん、もう一軒だけ」
Xiは固まった。
「……護衛導線を確認してからなら」
弥子が笑った。
「弱い」
「奥様の笑顔は断りづらいんだよ!」
ソープは横で幸せそうに見ている。
「ラキシス、楽しそうだね」
「はい。ソープ様と一緒だから、もっと美味しいです」
弥子が胸を押さえる。
「ロマンティック!」
ラクスも口元に手を添えて微笑む。
「本当に仲がよろしいのですね」
泉さんは腕を組みながら、遠い目をしていた。
「ロマンティックなのは分かるけど、カロリーは積み上がるのよ……」
Xiが小声で言う。
「泉さん、心が揺れてますね」
「揺れてないわ」
「メニュー見てますよ」
「見てるだけ」
「先生みたいなこと言い始めた」
露伴が反応した。
「僕の“見るだけ”と一緒にするな」
承太郎が低く言う。
「似たようなもんだ」
「承太郎」
二軒目は、ソフトクリーム専門店だった。
ラキシスは、白く巻かれたソフトクリームを見て、目を丸くした。
「形が可愛いです」
弥子が頷く。
「そうなんです! ソフトクリームは形も大事です!」
ネウロが横から言う。
「食べれば同じだろう」
「違います! 見た目でテンションが上がるんです!」
ラキシスは、慎重に一口食べた。
「……なめらかです」
ソープが微笑む。
「よかったね」
「はい。これは、少し溶けるのも楽しいですね」
Xiは周囲を警戒しながら言う。
「溶ける前に食べてください。護衛対象が手をベタベタにすると警護難度が上がる」
弥子はすでに自分のソフトクリームを半分食べていた。
「大丈夫です、急げば溶けません!」
泉さんが睨む。
「急いで食べるものでもないわよ」
「でも溶けます!」
「そうだけど!」
ラキシスは泉さんを見た。
「泉さんは食べないのですか?」
泉さんは、一瞬だけ言葉に詰まった。
「私は……カロリーが」
ラキシスは、少し考えてから言った。
「小さいサイズもあります」
泉さんの目が、少しだけ揺れた。
弥子が即座に押す。
「小さいサイズなら大丈夫です!」
泉さんは弥子を見る。
「あなたの“大丈夫”は信用できない」
Xiが頷く。
「分かる」
ラキシスは、にこっと笑った。
「一口、分けましょうか?」
泉さんは固まった。
「……一口だけなら」
弥子が嬉しそうに言う。
「やった!」
「やったじゃない」
泉さんは、ラキシスからソフトクリームを少しだけ分けてもらい、口に運んだ。
そして、小さく呟く。
「……美味しい」
弥子が勝ち誇ったように言う。
「ですよね!」
泉さんはすぐに表情を引き締めた。
「一口だからね」
「はい!」
「次の店では食べないから」
ラキシスは首を傾げる。
「次のお店も、見るだけですか?」
泉さんは少し間を置いた。
「……メニューだけ見るわ」
Xiが小声で言った。
「落ちかけてる」
「落ちてない」
三軒目は、ジェラート店だった。
店先には、色とりどりのジェラートが並んでいる。
ピスタチオ。
マンゴー。
ミルク。
抹茶。
いちご。
ヨーグルト。
そして、限定のブルーベリーフローズンヨーグルト風ジェラート。
ラキシスが目を輝かせた。
「ブルーベリー……」
弥子も目を輝かせた。
「ヨーグルト系……」
Xiは二人の間に入った。
「待って。ここで一回、作戦会議」
弥子が不思議そうにする。
「作戦?」
「これ以上、全種類に近い買い方をすると、護衛じゃなくて買い出しになる」
ラキシスは真面目に頷いた。
「では、選抜します」
「そう。それが大事」
ラキシスはショーケースを見る。
「ミルク、ブルーベリー、ピスタチオ、マンゴー、ヨーグルト、抹茶」
Xiが言う。
「それは選抜じゃなくて主力全部出撃」
キラが笑いをこらえた。
「一つか二つに絞ろうか」
ラキシスは、少しだけ悩む。
「では、ブルーベリーとミルクにします」
弥子も言う。
「私はブルーベリーとピスタチオとマンゴーで」
泉さんが即座に言った。
「あなたも絞りなさい」
「絞りました!」
「絞って三つなの?」
「はい!」
ネウロが言う。
「弥子にしては控えめだな」
「ネウロは黙っててください!」
ジェラートを受け取ったラキシスは、ブルーベリーを一口食べた。
「……酸味がきれいです。地球の果物は、香りが近くに来ますね」
ラクスが微笑む。
「ラキシス様は、味を言葉にするのがお上手ですわ」
「ありがとうございます」
弥子は勢いよく食べながら言う。
「美味しいものは、ちゃんと美味しいって言いたくなりますよね!」
「はい」
二人は顔を見合わせて笑った。
Xiは、その様子を見て少しだけ肩の力を抜いた。
「まあ……平和ではある」
その瞬間、ログナーが言った。
「油断するな」
Xiは即座に姿勢を正した。
「はい」
弥子が小声で言う。
「反応が早い」
「護衛中だからね!」
露伴はジェラートを片手にスケッチしていた。
Xiがそれを見つける。
「先生、食べるか描くかどっちかにしてください」
「両方だ」
「器用すぎる」
「漫画家だからな」
承太郎が短く言う。
「垂れてるぞ」
露伴は慌ててジェラートを見る。
「くっ」
泉さんが呆れる。
「先生、だから言ったでしょう。食べ歩き中に描くとこうなるって」
「言われていない」
「今言いました」
「遅い」
「自業自得です」
Xiは感心したように呟いた。
「泉さん、露伴先生にも甘味にも強い」
やがて、四軒目に行くかどうかで小さな会議が始まった。
ラキシスはまだ元気だった。
弥子もまだ元気だった。
泉さんは、かなり葛藤していた。
「次は……さすがに」
弥子が言う。
「駅前にパフェのお店が」
泉さんが即座に言った。
「パフェは駄目」
ラキシスが目を輝かせる。
「パフェ?」
Xiが弥子を見た。
「弥子ちゃん」
「すみません」
「姫様に新しい甘味ワードを与えないで」
ラキシスはソープを見る。
「ソープ様、パフェとは何ですか?」
ソープはにこにこしている。
「果物やアイスやクリームを重ねた、地球の甘味だね」
弥子が力強く付け足す。
「地球の叡智です!」
Xiが叫んだ。
「増幅しない!」
ラキシスは、うっとりしたように言った。
「果物とアイスとクリームが重なるのですか」
泉さんが顔を押さえた。
「終わった……」
Xiも頭を抱えた。
「護衛計画、パフェに敗北」
ログナーが淡々と言う。
「時間を区切る」
Xiは顔を上げた。
「司令!」
「一店のみ。滞在三十分。注文は各自一品まで」
Xiはログナーに感謝しそうになった。
「まともな管理!」
弥子が言う。
「一品まで……」
ラキシスも少し考える。
「一品……」
泉さんが厳しく言った。
「当然です」
ソープはラキシスに微笑む。
「一緒に選ぼうか」
「はい、ソープ様」
Xiは、その様子を見て少し笑った。
「まあ、デートとしては平和かな」
露伴がすかさず言った。
「今の言葉、いいな」
「メモしない」
「まだしていない」
「する顔でした」
「君も僕の扱いが雑になってきたな」
「実績です」
最後の店で、ラキシスは小さめのベリーパフェを選んだ。
弥子は、かなり葛藤した末に、チョコバナナパフェを選んだ。
泉さんは、頼まないつもりだった。
つもりだったが。
「……ミニヨーグルトパフェを」
Xiが小声で言う。
「落ちた」
泉さんは即座に睨んだ。
「落ちてない。ミニだから」
弥子がにこにこする。
「ミニでも美味しいです!」
「あなたは普通サイズでしょう」
「はい!」
ラキシスは、パフェを一口食べて、幸せそうに目を細めた。
「……層になっているのですね。上から食べても、下まで掬っても、味が変わります」
キラが感心する。
「観察が丁寧ですね」
「楽しいです」
ラキシスはソープに一口分けた。
「ソープ様も」
「ありがとう」
ソープはそれを食べて、嬉しそうに笑う。
「うん、美味しいね」
ラキシスは、本当に幸せそうだった。
その姿を見て、Xiは少しだけ、任務の疲れを忘れた。
少しだけ。
「Xiさん」
ラキシスが声をかける。
「はい」
「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
Xiは、少しだけ黙った。
そして、軽く肩をすくめる。
「任務ですから」
「またお願いしますね」
Xiは固まった。
「また?」
ログナーが言う。
「次回は事前に行程を組む」
「次回がある!」
ラキシスはにこにこしている。
「まだ、クレープも食べていません」
弥子がぱっと顔を上げる。
「クレープ!」
泉さんが机に手を置いた。
「次回はカロリー計算します」
Xiが言った。
「泉さんが本気になった」
ネウロが笑う。
「ククク……甘味文化調査は、戦略段階へ移行したか」
「戦略にしないでください」
弥子が言う。
ラクスは微笑む。
「でも、とても楽しい一日でしたわ」
キラも頷いた。
「うん。護衛は大変そうだったけど」
Xiは深く息を吐いた。
「金貨二枚、金貨二枚……」
ソープが笑う。
「ありがとう、Xi」
ラキシスも続く。
「ありがとうございます、Xiさん」
その二人に礼を言われると、Xiはもう強くは言えなかった。
「……どういたしまして」
弥子が小声で言う。
「ちょっと嬉しそう」
「嬉しくない」
「本当に?」
「……金貨二枚分は」
承太郎が帽子の庇を下げる。
「やれやれだぜ」
帰り道。
ラキシスは満足そうにソープの隣を歩いていた。
弥子は次に行く店の候補をすでに考えている。
泉さんはスマホでカロリーを調べている。
露伴は「姫君と甘味文化調査」というメモを増やしている。
キラは会計と移動距離をざっくり計算している。
ラクスは楽しそうにその全員を見守っている。
ネウロは、弥子があと何軒行けるかを面白がっている。
ログナーは、次回の警護計画をすでに組んでいる。
そしてXiは、空を見上げて呟いた。
「外注任務が、甘味巡礼になっていく……」
それでも。
ラキシスが楽しそうで。
ソープが嬉しそうで。
弥子が満腹そうで。
泉さんが羨ましそうで。
皆が笑っているなら。
まあ、今日くらいは悪くない。
そう思いかけたところで、ラキシスが振り向いた。
「Xiさん」
「はい」
「次は、地球のクレープと、ジョーカーの甘味との比較をしたいです」
Xiは目を閉じた。
「……金貨二枚、継続でお願いします」
ログナーが即答した。
「検討する」
「そこは即答で!」
カフェテラスへ戻る道に、笑い声が広がった。
甘い一日だった。
かなり甘くて。
少しだけ、カロリーが怖い一日だった。