守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「木のスプーンって、いいですよね」
桂木弥子は、いつものカフェテラスで、ケーキを一口食べながら言った。
「口当たりがやわらかいし、金属の味がしないから、ケーキの味がそのまま来る感じがします」
泉さんが頷く。
「分かります。スイーツには、木製のフォークやスプーンの方が合うことがありますね」
ラキシスも、手元の木製スプーンを見つめて微笑んだ。
「確かに、やさしい感じがします」
ソープは、その横でにこにこしている。
「ラキシスが気に入ったならよかった」
ラキシスは、少し頬を染めた。
「はい、ソープ様」
弥子が胸を押さえる。
「甘い……木のスプーンなのに甘い……」
ネウロが顔をしかめた。
「貴様らは、木材からも糖分を抽出するのか」
「そういう意味じゃないです!」
怪盗Xiは、そんな平和なやり取りを見ながら、紅茶を飲んでいた。
「木製カトラリーはいいよ。少なくとも、ラキシス姫様が怒っても――」
パキ。
ラキシスの手元のスプーンが、真ん中から綺麗に折れた。
沈黙。
ラキシスは、穏やかに微笑んだ。
「劣化していたみたいです」
キラが小声で言う。
「今日は何も届いてないのに……」
Xiは言った。
「いや、今のは僕が余計なこと言ったせいだね。ごめんなさい」
ラキシスはにこりと笑う。
「大丈夫です」
その笑顔が、少しだけ怖かった。
承太郎は帽子の庇を下げた。
「やれやれだぜ」
その時だった。
店員さんが、やや困った顔で近づいてきた。
「すみません。お荷物が届いております」
Xiは、紅茶のカップを置いた。
「誰宛て?」
店員さんは送り状を見る。
「ええと……Xi様と、ソープ夫妻様宛てです」
ラキシスが、ぱっと顔を上げた。
「ソープ夫妻……」
その声は、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
ソープもにこにこする。
「僕たち宛てだね、ラキシス」
「はい……」
ラキシスは、頬を染めて小さく頷いた。
弥子が両手を握る。
「可愛い……!」
ラクスも微笑む。
「とても素敵な宛名ですわね」
Xiは、その幸せそうな空気を見て、一瞬だけ言葉を飲み込んだ。
しかし、箱の隅に銀色の六角形が見えた。
Xiは、深く息を吐いた。
「姫様、ごめん。その喜びはたぶん罠」
ラキシスの表情が、すっと戻った。
「シックス……ですか」
パキ。
今度は、隣に置いてあった木製フォークが折れた。
キラが小声で言った。
「喜びから怒りへの切り替えが早い……」
ラキシスは、穏やかに言った。
「劣化していたみたいです」
泉さんが店員さんへ頭を下げる。
「すみません。後でまとめてお支払いします」
Xiは言った。
「このカフェ、ラキシス姫様専用に使い捨てカトラリーを多めに置いた方がいいかもしれない」
ログナー司令が、いつの間にか近くに立っていた。
「合理的だ」
「司令、そこに合理性を見出さないで」
スタープラチナが慎重に箱を開ける。
中には、黒い布張りのケースが入っていた。
見た目だけなら高級カトラリーセット。
銀色に光るフォーク。
重厚なスプーン。
無駄に美しい艶。
そして、カード。
ケースの蓋には金文字でこう刻まれていた。
HEXA CUTLERY SET
至高のフォーク&スプーン
Xiは額を押さえた。
「ついに来たか……」
弥子が目を丸くする。
「食器まで……」
キラはケースの中を見て、技術者の顔になりかけた。
「これ、かなり密度が――」
ラクスが静かに言った。
「キラ」
キラはすぐに口を閉じた。
「……まだ何も言ってない」
Xiはカードを手に取った。
「読むよ。全員、触らない。弥子ちゃん、持たない。露伴先生、資料にしない」
露伴が不満そうに言う。
「まだ何もしていない」
承太郎が低く言った。
「する顔だ」
「承太郎」
Xiはカードを読み上げた。
「『我が子へ。
君たちの集うカフェでは、木製のスプーンやフォークがよく折れると聞いた。
ならば、折れぬものを贈ろう。
我が一族自慢の工房で削り出した、至高のフォークとスプーンだ。慣れると癖になる。
タングステン合金製で、常人の力では曲げることも折ることもできない。
ただし常人がこれで食事をすると、三日ほど「匙加減」という概念を失うがね。
遠慮せず、存分に味わいたまえ。』」
Xiはカードを伏せた。
「匙加減を物理と概念の両方で壊すな!!」
弥子が首を傾げる。
「匙加減を失うって、つまり……」
泉さんが即座に言う。
「料理なら味付けが大雑把になります。盛り付けなら分量が崩れます。食事なら取り分け量の調整ができなくなります」
弥子は少しだけ視線を逸らした。
「それ、私の場合は普段からでは……?」
Xiが叫ぶ。
「自覚あるの!?」
ネウロが愉快そうに笑う。
「ククク……弥子の場合、三日どころか常時発症しているな」
「してません!」
「している」
「してません!」
ラキシスは、ケースの中のフォークとスプーンを静かに見ていた。
「折れない……」
キラが慎重に言う。
「タングステン合金なら、普通の力ではまず折れないと思います」
Xiは即座に止めた。
「姫様、試さなくていいです」
ラキシスは微笑む。
「試しません」
Xiは小声で言う。
「今の“試しません”が一番怖い」
ソープは心配そうにラキシスの手を見る。
「ラキシス、手を痛めないでね」
ラキシスは、すぐに表情を柔らかくした。
「はい、ソープ様」
弥子が呻く。
「甘い……タングステンなのに甘い……」
ネウロが言った。
「硬度と糖度が同時に高いな」
「誰がうまいこと言えと!」
キラは、フォークをじっと見ていた。
「でも、この硬さなら――」
Xiが指差す。
「キラ、その顔!」
キラは慌てる。
「いや、素材としてはかなり興味深いけど、食卓には置かない方がいいと思う」
「よし、戻ってきた」
ログナーはケースを見下ろし、短く言った。
「硬さは申し分ない」
Xiは嫌な予感で顔を上げた。
「司令?」
「騎士団員の武器として携帯させよう」
Xiは両手を広げた。
「スプーンを!?」
ログナーは淡々としている。
「フォークは刺突に使える。スプーンも打撃、梃子、簡易工具として用途がある」
「カトラリーに戦術価値を見出さないで!」
カイエンが腕を組んで笑った。
「まあ、騎士ならフォークでも人は倒せるな」
「剣聖まで評価しないで!」
承太郎が低く言う。
「フォークは普通に危ないな」
「承太郎さんまで冷静に武器判定しないで!」
弥子が小さく呟く。
「でも、食べ物を刺すものですし……」
ネウロが即座に言う。
「人間も刺せるな」
「そういう話じゃないです!」
泉さんは、きっぱり言った。
「普通に危険物として捨てましょう」
Xiが泉さんを見た。
「泉さん!」
泉さんは続ける。
「食器は食器です。武器にしないでください。ましてや、使うと匙加減を失うなら、食卓にも調理場にも置けません」
ログナーが言う。
「タングステン合金だ。素材としては有用だ」
「有用性を見つけるから事故が起きるんです」
Xiは感動したように頷いた。
「今日も正論が強い」
ラキシスも静かに頷く。
「ソープ様のお食事に、武器として使われたフォークは出せません」
Xiが言う。
「姫様の基準が一番まとも」
「ですから、処分しましょう」
「結論は怖い」
ソープは、ケースを見ながら不思議そうに言った。
「普通のフォークとスプーンでいいのにね」
ラキシスはすぐに微笑んだ。
「はい。ソープ様には、木のスプーンの方が似合います」
ソープは笑った。
「ラキシスがそう言うなら、そうしよう」
弥子がまた胸を押さえる。
「甘い……!」
Xiは疲れた顔で言った。
「この夫婦、タングステン合金の危険物を前にしても甘いのすごいな」
露伴は、ケースを見ながらペンを動かしかけていた。
Xiが止める。
「先生、描かない」
「タングステン製の至高のカトラリーだぞ。しかも使えば匙加減を失う。題材として面白い」
「面白いけど危険物!」
「僕は使わない」
「見るだけで近づくでしょ!」
承太郎が露伴の肩を掴む。
「やめておけ」
「分かった。今日は君の手が早いな」
「お前が早いんだ」
処分方法をめぐる会議は続いた。
弥子が言う。
「でも、捨てるって言っても、普通のゴミに出せないですよね」
泉さんが頷く。
「金属ごみとしても特殊ですし、ヘキサクス製品ですから、一般廃棄は危険です」
キラが言う。
「溶かして再利用……は、成分が分からないと危険かな」
Xiはすぐに言う。
「危険です」
ログナーが短く言う。
「管理下で封印する」
Xiは警戒した。
「試験しない?」
「必要ならな」
「その“必要なら”が怖い」
ログナーはケースを閉じる。
「騎士団装備としての転用は保留とする」
Xiは即座に叫んだ。
「保留じゃなくて却下にして!」
泉さんが言う。
「却下です」
ログナーは泉さんを見た。
少しだけ沈黙した。
「……危険物として管理する」
Xiが小さく拍手しそうになった。
「泉さんがログナー司令に勝った」
泉さんは真顔だった。
「食器を武器にするのは、いろいろな意味で間違っています」
カイエンが少し笑う。
「正論だな」
アウクソーが静かに言った。
「マスターも、フォークを武器として評価されるのはお控えください」
カイエンは肩をすくめた。
「評価しただけだ」
「実際にお使いにならないでください」
「使わん」
Xiがぼそっと言う。
「カイエンなら木製フォークでも何かしそうだけどね」
「聞こえているぞ」
「聞こえるように言いました」
ケースは、ログナーの管理下に置かれることになった。
ただし。
泉さんの主張により、ラベルが貼られた。
危険物。食卓使用禁止。武器転用禁止。匙加減喪失注意。
弥子がそのラベルを見て言った。
「注意書きが多いですね」
Xiは頷く。
「ヘキサクス製品は、注意書きが多いくらいでちょうどいい」
ラキシスは、まだ少しだけ箱の宛名を見ていた。
「ソープ夫妻……」
その声は、小さかった。
ソープが気づく。
「ラキシス?」
ラキシスは少し照れたように微笑んだ。
「宛名だけは、少し嬉しかったです」
ソープはやさしく笑った。
「じゃあ、今度は僕から普通のカトラリーを贈ろうか。ちゃんと安全なものを」
ラキシスの顔が明るくなる。
「ソープ様……!」
弥子が叫ぶ。
「あまーーーーい!!」
ネウロが椅子から立ち上がりかけた。
「吾輩は帰る」
「ネウロ、最近すぐ帰ろうとしますね!」
「糖分過多だ」
泉さんが冷静に言う。
「ただし、安全な贈り物なら良いと思います」
Xiも頷いた。
「普通の、安全な、ヘキサクス製じゃないやつならね」
キラが苦笑する。
「最近、何にでもその条件が付くね」
「命を守る条件だからね」
ソープはラキシスの手を取った。
「ラキシスには、木のスプーンも似合うけど、綺麗な銀のスプーンも似合いそうだね」
ラキシスは真っ赤になった。
「ソープ様……」
弥子は机に突っ伏す。
「甘い……匙加減を失う前に糖度が限界……」
Xiはその様子を見ながら、ため息を吐いた。
「結局、匙加減を失ってるのは、この二人の甘さかもしれない」
ラクスが微笑む。
「素敵ではありませんか」
キラも笑う。
「うん。危険物よりはずっといいよ」
承太郎が帽子の庇を下げた。
「やれやれだぜ」
その日の結論。
ヘキサクス製タングステン合金フォーク&スプーンセットは、食卓使用禁止。
武器転用も禁止。
危険物としてログナー管理。
ラキシス姫様の前でシックス製品を開封すると、木製カトラリーが危ない。
そして、「ソープ夫妻」という宛名だけは、少しだけラキシスを喜ばせた。
帰り際、Xiはカフェの店員さんに言った。
「すみません。木製スプーンとフォーク、弁償します」
店員さんは困ったように笑う。
「最近、多めに仕入れておりますので」
Xiは遠い目をした。
「順応されてる……」
ラキシスは、少し申し訳なさそうに言った。
「劣化していたものばかりで……」
キラが小声で言う。
「全部同じタイミングで劣化するんだね……」
Xiは言った。
「キラ、そういうことにしておこう」
「うん」
ログナーは封印ケースを持って去っていく。
Xiは念を押した。
「司令、本当に武器にしないでね」
「検討は終えた」
「結論は?」
「危険物として管理する」
「よし!」
泉さんが静かに頷く。
「それでいいです」
Xiは、最後に買い出しリストの裏へ一文を書き足した。
食器も、ヘキサクス製ではないこと。
弥子がそれを見て笑った。
「また増えましたね」
Xiは真顔で言った。
「増えるたびに、人類は安全になる」
ネウロが笑う。
「ククク……匙加減を失わぬために、匙そのものを疑うか」
「そういう日もあるんだよ」
カフェテラスの午後は、折れた木製カトラリーと、封印されたタングステン合金と、少し甘い宛名を残して終わった。
そしてXiは、心底思った。
スプーンもフォークも、普通が一番だ。
特に、シックス製でなければ。