守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
ラキシスは黄金の匙を贈られる
「安全なカトラリーを贈ろうと思うんだ」
レディオス・ソープは、いつものカフェテラスで、実に穏やかな顔でそう言った。
怪盗Xiは、紅茶のカップを置いた。
「……安全な?」
「うん」
「ヘキサクス製じゃなくて?」
「もちろん」
「使ったら匙加減を失ったりしない?」
「しないよ」
「手から離れなくなったり、逆に掴めなくなったりもしない?」
「しないね」
Xiは、深く息を吐いた。
「じゃあ、珍しく安心できる話かも」
その瞬間、カイエンが少し笑った。
「お前、早いな」
「何が?」
「安心するのが」
Xiは、嫌な予感に眉を寄せた。
ソープは、にこにこと笑っている。
「ラキシスに、KOGの意匠を落とし込んだカトラリーを作ろうと思って」
ラキシスが、ぱっと顔を上げた。
「KOGの……?」
「うん。ラキシスのための黄金の騎士だからね」
ソープは、さらりと言った。
「だから、24金で」
Xiは立ち上がった。
「安全だけど普通じゃない!!」
弥子が胸を押さえた。
「黄金の匙……!」
ラクスは口元に手を添えて微笑む。
「とても素敵ですわ」
ラキシスは、頬を赤く染めていた。
「ソープ様が、私に……?」
「うん」
ソープはやさしく頷いた。
「前のヘキサクス製のものは危なかっただろう? だから、ちゃんと安全で、ラキシスに似合うものを」
ラキシスの瞳が潤む。
「ソープ様……」
弥子が叫んだ。
「あまーーーーい!!」
ネウロが顔をしかめた。
「匙ではなく砂糖を贈ったのか?」
「ネウロ、うまいこと言わないでください!」
泉さんは、静かに手帳を開いた。
「制作費は……?」
カフェテラスが、一瞬だけ静まり返った。
Xiが泉さんを見る。
「泉さん、その質問また刺さる!」
泉さんは真顔だった。
「24金で、KOGの意匠を落とし込んだカトラリーですよね。素材費、加工費、デザイン費、保管方法、実用性。確認すべきです」
ログナー司令が、いつの間にか壁際に立っていた。
「必要な視点だ」
ソープが少しだけ目を丸くした。
「ログナーまで?」
「24金は柔らかい。実用品として扱うなら注意が必要だ」
キラも、思わず頷いてしまった。
「そうですね。純金は傷がつきやすいですし、変形もしやすい。日常使いするなら、強度面では……」
ラクスがそっと言った。
「キラ」
キラは、はっとする。
「……ごめん。でも、素材の話としては大事かなって」
Xiは頭を抱えた。
「ロマンに素材工学と会計監査が同時に刺さってる」
ラキシスは、少しだけ不安そうにソープを見た。
「傷がついてしまうのでしょうか」
ソープは笑った。
「ついたら直せばいいよ」
Xiが即座に突っ込む。
「その“直せばいい”が陛下基準なんだよ!」
泉さんも頷いた。
「普通は、まず傷がつかないように扱います」
ソープは首を傾げる。
「大事に使えばいいんじゃないかな」
「大事に使うには高価すぎるんです!」
Xiの声が響いた。
ラキシスは、そっと両手を重ねた。
「でも……ソープ様からいただいたものなら、使わずに飾るだけでも嬉しいです」
ソープは、少し困ったように笑った。
「使ってほしいな。ラキシスがケーキを食べる時に」
「ケーキ……」
ラキシスの顔がまた赤くなる。
弥子が両手を握る。
「KOG意匠の黄金のフォークでケーキ……ロマンティック!!」
ネウロが言う。
「味より先に情報量で満腹になるな」
承太郎は帽子の庇を下げた。
「やれやれだぜ」
数日後。
いつものカフェテラスに、ソープが小さなケースを持って現れた。
白い革張りのケース。
金色の留め具。
蓋には、小さくKOGの意匠を思わせる紋様が入っている。
Xiは、そのケースを見て言った。
「小さいのに存在感がすごい」
泉さんも頷く。
「明らかに高そうです」
キラはケースの造りを見ていた。
「留め具まで細かい……」
ラクスが微笑む。
「美しいですわね」
ソープは、ラキシスの前にケースを置いた。
「ラキシス」
「はい」
「受け取ってくれる?」
ラキシスは、胸の前で手を重ねた。
「はい、ソープ様」
ソープがケースを開ける。
中には、黄金のスプーンとフォークが収められていた。
ただ金色というだけではない。
スプーンの柄には、KOGの装甲線を思わせる優雅な曲線。
フォークの先端は鋭すぎず、それでいて美しい。
持ち手には、小さく、黄金の騎士を思わせる意匠が彫り込まれている。
弥子が息を呑んだ。
「綺麗……」
ラクスも静かに頷く。
「まるで小さな宝物ですわ」
ラキシスは、言葉を失っていた。
「ソープ様……」
ソープは、やさしく言った。
「ラキシスには、黄金が似合うから」
ラキシスの顔が、ぱっと赤くなる。
「ありがとうございます……大切にします」
弥子がまた叫んだ。
「あまーーーーい!!」
ネウロが顔を背けた。
「吾輩は帰る」
「ネウロ! 今日はまだシックス製品も来てませんよ!」
「糖分が過剰だ」
Xiは言った。
「まあ、今日はシックス製じゃないだけで勝ちだよ」
その瞬間。
店員さんが、何かを持ってくる気配がした。
Xiは反射的に身構えた。
「まさか」
店員さんは、ただの追加の水を持ってきただけだった。
Xiは胸を撫で下ろした。
「水だった……」
キラが苦笑する。
「反応が早いね」
「これまでの経験が僕をこうしたんだよ」
ラキシスは、黄金のスプーンをそっと手に取った。
ソープがすぐに言う。
「重くない?」
「大丈夫です」
「手、痛くない?」
「大丈夫です、ソープ様」
「無理しないでね」
「はい」
Xiは小声で言った。
「スプーンを持つだけで過保護イベントが発生してる」
カイエンが笑う。
「ソープにとっては大事件なんだろう」
アウクソーが静かに頷いた。
「大切な方への贈り物ですから」
ラキシスは、黄金のフォークで小さなケーキを一口取った。
いつものカフェのケーキ。
ただし、今日は黄金のフォークで。
口に運ぶ前に、ラキシスはソープを見た。
「いただきます」
「うん」
ラキシスは、そっと食べた。
そして、ふわりと笑う。
「美味しいです」
ソープは心底嬉しそうに笑った。
「よかった」
その空気が、あまりにも甘かった。
弥子は椅子に沈み込む。
「もう駄目です……甘い……」
泉さんは冷静にメモを取っていた。
「ただ、実用品として使うなら、毎回ケース保管。使用後は柔らかい布で拭く。研磨剤入りの洗剤は不可。持ち歩きも基本不可ですね」
Xiが言う。
「泉さん、現実に戻してくれてありがとう」
ログナーも頷く。
「保管計画は必要だ」
ソープは、少しだけ困った顔をした。
「普通に使ってほしいんだけどな」
Xiが即座に言った。
「普通に使うには普通じゃなさすぎるんだよ!」
キラは黄金のスプーンを見ながら言う。
「でも、KOGの意匠をこのサイズに落とし込むのはすごいですね。曲線が崩れてない。単なる模様じゃなくて、ちゃんと元のイメージが残ってる」
ソープは嬉しそうに頷いた。
「そう。分かる?」
キラは少し目を輝かせる。
「分かります。装甲線の美しさを、そのまま持ち手の流れに変換している。小さいのに、ちゃんと騎体の雰囲気がある」
Xiが警戒する。
「キラ、また技術屋の目になってる」
ラクスは楽しそうに微笑む。
「でも、今回は危険なものではありませんわ」
「それはそう」
Xiは黄金のカトラリーを見る。
「安全。高価。普通じゃない。扱いが怖い」
泉さんが頷く。
「その通りです」
露伴は、すでにペンを走らせていた。
「黄金の騎士の意匠を持つ、姫君のための匙。最高じゃあないか」
Xiが振り向く。
「先生、描いてる!」
「描かない理由がない」
「せめて許可を取って!」
ラキシスは、少し恥ずかしそうに言った。
「私を描くのではなく、匙だけなら……」
露伴の目がさらに輝く。
「いいのか?」
「はい。でも、ソープ様からいただいた大切なものなので、綺麗に描いてください」
露伴は、珍しく真面目に頷いた。
「当然だ」
Xiは驚いた。
「先生が素直だ」
承太郎が短く言う。
「珍しいな」
「承太郎」
その時、泉さんがふと訊いた。
「ところで、制作費は本当にどのくらいなんですか?」
ソープは、にこにこしている。
「そんなに高くないよ」
ログナーが即座に言った。
「陛下基準ではな」
Xiが叫ぶ。
「一番信用できない補足!」
泉さんは真顔でログナーを見る。
「実際には?」
ログナーは答えなかった。
泉さんは静かに頷いた。
「言えない額ですね」
Xiは笑いをこらえる。
「沈黙で会計処理されてる」
弥子が黄金のスプーンを見て言った。
「でも、金のスプーンって、昔話みたいですね」
ネウロが言う。
「生まれながらに金の匙をくわえている、という表現もあるな」
Xiはラキシスを見た。
「姫様の場合、生まれながらというより、旦那様から贈られてるけどね」
ラキシスは照れながらも、そっとスプーンを撫でた。
「ソープ様からいただいたものですから」
ソープは笑う。
「ラキシスが喜んでくれてよかった」
弥子が限界を迎えた。
「あまーーーーい!!」
ネウロは立ち上がった。
「吾輩は限界だ」
「本当に帰るんですか!?」
「糖分に謎はない」
「ありますよ! この二人の甘さの理由とか!」
「それは謎ではなく事実だ」
Xiが頷いた。
「ネウロが正論を言った」
ラキシスは、黄金のフォークをケースに戻す前に、少しだけソープへ差し出した。
「ソープ様も、一口」
ソープは微笑む。
「いいの?」
「はい。ソープ様からいただいたフォークで、ソープ様にも食べていただきたいです」
ソープはそのフォークでケーキを一口食べた。
「うん。美味しい」
ラキシスの顔が、さらに明るくなる。
「よかったです」
Xiは顔を覆った。
「もう砂糖いらないよ、このカフェ」
泉さんが冷静に言う。
「ケーキの糖分とは別です」
「情緒の糖分です」
弥子が力なく言った。
ログナーは、黄金のカトラリーを確認した。
「安全性に問題はない。ヘキサクス製ではない。副作用もない」
Xiは深く頷いた。
「素晴らしい」
「ただし、紛失時の損失は大きい」
「急に胃が痛い」
泉さんが言う。
「持ち歩き禁止ですね」
ラキシスは少し考える。
「では、カフェに来る時だけ使いましょうか」
Xiが慌てる。
「持ってくるの!? 外に!?」
ソープは穏やかに言う。
「僕が持ってくるよ」
「それはそれで怖い! KOG意匠の24金カトラリーを日常的に持ち歩く神様!」
キラが苦笑する。
「盗難対策も必要だね」
承太郎が短く言う。
「俺が見る」
Xiは少し安心した。
「承太郎さんが言うと心強い」
露伴が言う。
「僕も見る」
「先生は見るだけじゃ済まない!」
「済む」
「信用できない!」
ラキシスは、黄金の匙を大切にケースへ戻した。
そして、ケースを抱きしめるようにして言った。
「ありがとうございます、ソープ様。私、一生大切にします」
ソープは、やさしく笑った。
「うん。でも、使ってね」
「はい」
弥子は、もうほとんど溶けていた。
「甘い……黄金より甘い……」
ネウロは本当に席を立ちかけたが、弥子の皿に残っていたケーキを見て言った。
「弥子、残すのか」
弥子は即座に復活した。
「残しません!」
Xiは言った。
「食欲で戻ってきた」
泉さんは、ケースを見ながら最後に一言。
「安全で、綺麗で、ロマンティックなのは分かりました。ただし、普通ではありません」
Xiが頷く。
「今日の結論だね」
ログナーも短く言う。
「妥当だ」
ソープは少しだけ不思議そうに首を傾げた。
「普通じゃないかな?」
全員が沈黙した。
ラキシスだけが、嬉しそうに微笑んだ。
「ソープ様らしいです」
その一言で、ソープも嬉しそうに笑った。
Xiは空を見上げた。
「普通の定義が、黄金の騎士から戻ってこない……」
その日の結論。
ヘキサクス製タングステンカトラリーは危険物。
ソープ製KOG意匠24金カトラリーは安全。
ただし高価すぎる。
日常使いには注意が必要。
制作費は聞かない方がいい。
ラキシスはとても喜んだ。
ソープはとても満足そうだった。
周囲は胸焼けした。
そしてXiは、買い出しリストの余白に、新たな一文を書き加えた。
安全でも、陛下製は普通とは限らない。
泉さんがそれを見て、深く頷いた。
「大事ですね」
Xiも頷いた。
「大事です」
ラキシスは、黄金の匙のケースを抱えて、ソープの隣で幸せそうに笑っていた。
その姿を見て、弥子がぽつりと言う。
「でも、やっぱりロマンティックですね」
Xiは少し笑った。
「まあね」
ネウロが遠くから言った。
「糖分過多だ」
承太郎が帽子の庇を下げる。
「やれやれだぜ」
カフェテラスの午後は、危険物ではなく、黄金色の甘さで満たされていた。