守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiは匙加減も信用しない その3

Xiは支給品を受け取りたくない

 

「支給品を持ってきた」

 

ログナー司令は、いつものカフェテラスで、いつものように唐突にそう言った。

 

怪盗Xiは、紅茶のカップを持ったまま固まった。

 

「……支給品?」

 

「そうだ」

 

「誰の?」

 

「お前のだ」

 

Xiは、ゆっくりカップを置いた。

 

「僕、正式な団員じゃないよね?」

 

ログナーは無表情だった。

 

「外注協力員だ」

 

「その外注協力員に“支給品”って単語を使わないで」

 

弥子が、わくわくした顔で身を乗り出した。

 

「支給品って、何ですか? 制服ですか? 武器ですか?」

 

カイエンが面白そうに笑った。

 

「制服はもう貸与済みだろう」

 

Xiが即座に振り向く。

 

「ほとんど着てない!」

 

ログナーが続ける。

 

「スパッドも貸与済みだ」

 

「使ってない!」

 

「ならば今回は、携行装備だ」

 

Xiは嫌な予感に顔をしかめた。

 

「……携行装備?」

 

ログナーは、テーブルの上に細長い黒いケースを置いた。

 

革張り。

赤い留め具。

そして中央に、強く、あまりにも強く刻まれた血の十字架。

 

Xiは、その時点で頭を抱えた。

 

「主張が強い」

 

キラがケースを見て、思わず呟く。

 

「これは……ミラージュマーク?」

 

ラクスも静かに目を細める。

 

「とても重い印象ですわね」

 

ラキシスは、ソープの隣でケースを見つめていた。

 

「ミラージュの支給品……」

 

ソープはにこにこしている。

 

「Xiにも似合いそうだね」

 

「似合いたくないです!」

 

Xiは即答した。

 

ログナーがケースを開ける。

 

中に収められていたのは、フォークとスプーンだった。

 

ただし、普通のフォークとスプーンではない。

 

細身で、鋭く、白銀に近い光を放つ金属。

柄の部分には、これでもかというほど鮮やかな血の十字架。

食器というより、儀礼具。

いや、儀礼具というより、小型武装。

 

弥子が目を輝かせた。

 

「かっこいい!」

 

Xiが叫んだ。

 

「かっこいいけど食器じゃない!」

 

ログナーは淡々と言った。

 

「ミラージュ騎士団の支給品として作った。これはその試供品だ」

 

「試供品!?」

 

「素材はLEDミラージュの持つ剣と同じ。その分、硬くて丈夫だ」

 

Xiはケースを指差した。

 

「カトラリーに星団最強級素材を使わないで!」

 

カイエンがフォークを見て、少し感心したように言う。

 

「確かに、これなら戦場でも折れんな」

 

「食卓で折れる予定がないんだよ!」

 

承太郎が短く言った。

 

「フォークは普通に危ないな」

 

「承太郎さんまで冷静に武器判定しないで!」

 

ネウロがくつくつと笑った。

 

「ククク……食事用の道具であり、刺突用の武器でもある。人間の道具は実に曖昧だな」

 

弥子がフォークを見て呟く。

 

「これでカレー食べたら、すごく強そうですね」

 

「カレーは強く食べるものじゃない!」

 

Xiは頭を抱えた。

 

泉さんは、ケースの中身を見て、静かに言った。

 

「普通の食器を使ってください」

 

Xiがぱっと顔を上げる。

 

「泉さん!」

 

「食器は食器です。武器ではありません。ましてや、持っているだけで所属を主張するようなものをカフェで使うのは、周囲に誤解を与えます」

 

ログナーは、わずかに頷いた。

 

「これを持つものは、ミラージュナイトの一員として扱われる」

 

Xiは立ち上がった。

 

「そもそも正式採用じゃない!」

 

ログナーは表情を変えない。

 

「制服は貸与済みだ」

 

「ほとんど着てない!」

 

「スパッドも貸与済みだ」

 

「使ってない!」

 

「支給品も必要だ」

 

「食器で既成事実を作らないで!!」

 

ラキシスが、少し楽しそうに微笑んだ。

 

「Xiさんのものは、ミラージュの支給品なのですね」

 

「姫様、そう言われると逃げ道が消えます」

 

ソープがやさしく言う。

 

「でも、Xiなら大丈夫だよ」

 

「陛下まで外堀を埋めないで!」

 

弥子が手を挙げる。

 

「でも、支給品ってことは、やっぱりXiさんはミラージュナイトっぽいんじゃ……」

 

「ぽくない!」

 

カイエンが笑った。

 

「外堀がだいぶ埋まってるな」

 

「埋め立て工事を止めて!」

 

露伴は、すでにスケッチブックを出していた。

 

「血の十字架入りのカトラリーを拒否する怪盗。悪くない題材だ」

 

Xiが振り向く。

 

「先生、描かない!」

 

「まだ描いていない」

 

承太郎が低く言う。

 

「描く顔だ」

 

「承太郎、君もだんだん僕の行動予測が雑になってきたな」

 

「当たってるだろ」

 

「当たっているが」

 

キラは、カトラリーの柄を見ていた。

 

「素材もすごいけど、このマークの入れ方が……かなり強いですね」

 

Xiが頷く。

 

「強すぎるよね」

 

「食器としては主張が強すぎると思う」

 

「キラが正気側にいる。助かる」

 

ラクスが微笑む。

 

「キラ、今回は技術的な興味よりも、Xiさんのお気持ちを優先してあげましょうね」

 

キラは少し照れたように頷く。

 

「うん」

 

ログナーは、スプーンを一本手に取った。

 

「任務中の食事は重要だ。携行性、耐久性、衛生性、いずれも支給品として必要な要素だ」

 

Xiは腕を組んだ。

 

「理屈は正しい。でも結論がミラージュマーク入り剣素材スプーンなのがおかしい」

 

泉さんが頷く。

 

「正論の形をした異常ですね」

 

「泉さん、今日も切れ味がすごい」

 

カイエンがスプーンを見て言った。

 

「まあ、これで殴れば普通に効くだろうな」

 

Xiが叫ぶ。

 

「スプーンで殴る話をしないで!」

 

アウクソーが静かに言った。

 

「マスター、食器を武器として評価されるのはお控えください」

 

「評価しただけだ」

 

「使用されないでください」

 

「使わん」

 

Xiが小声で言う。

 

「カイエンなら木のスプーンでも何かできそうだけどね」

 

カイエンは笑った。

 

「聞こえているぞ」

 

「聞こえるように言いました」

 

ログナーは、Xiへケースを押し出した。

 

「受け取れ」

 

Xiはケースを見た。

 

血の十字架。

LED剣素材。

支給品。

試供品。

正式採用ではないはずの自分。

 

彼は、ゆっくり後ずさった。

 

「受け取りたくない」

 

ログナーは静かに言った。

 

「任務に必要だ」

 

「カフェでケーキ食べる任務に、これ必要?」

 

「必要になる場合がある」

 

「どんな場合!?」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……食事中に襲撃され、フォークで迎撃する場合だな」

 

弥子が真顔になる。

 

「それ、普通にありそうなのが嫌ですね」

 

「嫌な納得しないで!」

 

ラキシスは、そっとソープから贈られた黄金の匙のケースを見た。

 

「私のものは、ソープ様からいただいた黄金の匙」

 

そして、Xiのケースを見る。

 

「Xiさんのものは、ミラージュ騎士団の支給品」

 

Xiは額を押さえた。

 

「並べると、姫様のはロマンで、僕のは所属圧なんですよ」

 

ソープは首を傾げる。

 

「でも、どちらも大切なものだよ?」

 

「圧の種類が違うんです!」

 

弥子がぼそっと言う。

 

「でも、血の十字架入りスプーンでプリン食べるXiさん、ちょっと見たいです」

 

Xiが睨む。

 

「弥子ちゃん」

 

「すみません」

 

露伴が頷く。

 

「僕も見たい」

 

「先生は言うと思った!」

 

ログナーは、さらに言った。

 

「これを持つ者は、ミラージュナイトの一員として扱われる」

 

Xiは即座に返す。

 

「だから正式採用じゃない!」

 

「正式採用ではない」

 

「じゃあ!」

 

「だが、任務上は準ずる」

 

「準ずるな!」

 

カイエンが笑いをこらえた。

 

「準ミラージュか」

 

Xiは叫んだ。

 

「変な肩書きを増やさないで!」

 

泉さんが手帳を開く。

 

「外注契約の範囲を明文化した方がいいのでは?」

 

Xiは泉さんを見た。

 

「それ! それです!」

 

ログナーは頷いた。

 

「必要なら契約書を作る」

 

Xiは少し安心しかけた。

 

「じゃあ、そこに“支給品の受領は任意”って――」

 

「任務遂行上必要な装備は貸与可能とする」

 

「こっちに不利な文言を入れないで!」

 

ラクスは楽しそうに微笑んでいた。

 

「でも、Xiさん。受け取るだけなら、使わなくてもよろしいのでは?」

 

Xiは一瞬考えた。

 

「……それ、制服とスパッドと同じパターンだ」

 

ログナーが頷く。

 

「そうだ」

 

「既成事実の積み重ねじゃないか!」

 

ラキシスが、少しだけ申し訳なさそうに言った。

 

「Xiさん、無理はなさらなくても……」

 

Xiはラキシスを見る。

 

「姫様」

 

ラキシスは微笑む。

 

「でも、ソープ様と私のお目付け役をしてくださるなら、丈夫な道具は必要かもしれません」

 

Xiは固まった。

 

「姫様まで?」

 

ソープが頷く。

 

「Xiが安全なら、僕も安心だよ」

 

Xiは膝に手をついた。

 

「陛下と姫様の善意が一番逃げづらい……」

 

弥子が同情する。

 

「これは断りづらいですね」

 

ネウロが言う。

 

「ククク……外堀を善意で埋められているな」

 

「それが一番怖いんだよ!」

 

ログナーはケースを閉じ、Xiの前に置いた。

 

「今回は受領のみでよい。使用は任意とする」

 

Xiは警戒した。

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

「持ってるだけでミラージュナイト扱いとか言わない?」

 

ログナーは少し沈黙した。

 

Xiが叫ぶ。

 

「そこで黙らないで!」

 

泉さんが言う。

 

「持ち歩き禁止にしましょう」

 

ログナーが見る。

 

「理由は?」

 

「普通のお店で出したら周囲が驚きます。食器なのに武器に見えます。血の十字架の主張が強すぎます。あと、Xiさんが精神的に疲れます」

 

Xiが感動したように言う。

 

「泉さん、僕の人権を守ってくれてる」

 

ログナーは少し考えた。

 

「保管用支給品とする」

 

Xiは胸を撫で下ろした。

 

「持ち歩かなくていい?」

 

「必要時のみ」

 

「必要時が来ないことを祈る」

 

カイエンが笑う。

 

「来るだろうな」

 

「言わないで!」

 

弥子がケースを覗き込みながら言った。

 

「でも、使わないなら、飾っておくんですか?」

 

Xiは全力で首を振る。

 

「飾らない。見えるところに置いたら、毎日“正式採用されそう”って気分になる」

 

露伴が言う。

 

「それはそれで面白い」

 

「先生に面白がられたくない!」

 

ラキシスは、Xiへにこりと微笑んだ。

 

「Xiさん、似合うと思います」

 

Xiは少しだけ言葉に詰まった。

 

「……姫様にそう言われると、強く否定しづらい」

 

ソープも続けた。

 

「うん。似合うよ」

 

Xiは顔を覆った。

 

「陛下まで……」

 

ログナーは静かに言った。

 

「受け取れ」

 

Xiは、しばらくケースを見つめた。

 

そして、深くため息を吐いた。

 

「……受け取るだけだからね」

 

弥子が手を叩いた。

 

「受け取った!」

 

Xiはすぐに言う。

 

「使わない! 持ち歩かない! 正式採用でもない!」

 

ログナーが短く答える。

 

「了解した」

 

Xiは疑いの目を向ける。

 

「本当に?」

 

「記録しておく」

 

「何を!?」

 

「支給品、受領」

 

「そこだけ記録するな!!」

 

全員が笑った。

 

ただ一人、ログナーだけは無表情だった。

 

いや、もしかすると少しだけ満足していたのかもしれない。

 

Xiはケースを抱えながら、ぼそっと言った。

 

「外注のお目付け役だったはずなのに、制服、スパッド、支給品カトラリー……」

 

カイエンが言う。

 

「次は専用機か」

 

「やめて!」

 

キラが小声で言う。

 

「でも、前にいくつか座ってたよね」

 

「キラまで!」

 

ラクスが笑う。

 

「Xiさん、大変ですわね」

 

「ラクス、笑ってる」

 

「少しだけ」

 

ラキシスは、ソープの隣で嬉しそうに言った。

 

「でも、これでXiさんも、私たちと一緒にいる時に安心ですね」

 

Xiは、その言葉に少しだけ表情を緩めた。

 

「……まあ、護衛任務には安心も大事ですから」

 

ログナーが言う。

 

「ならば正式に――」

 

「そこまでは言ってない!」

 

Xiの声がカフェテラスに響いた。

 

その日の結論。

 

ミラージュ騎士団支給品試作型カトラリーは、Xiが受領。

ただし使用は任意。

持ち歩きは禁止に近い保管扱い。

血の十字架の主張は強すぎる。

素材は強すぎる。

ログナー司令の外堀は、また少し埋まった。

Xiは正式採用ではないと、最後まで主張した。

 

帰り際、Xiはケースを抱えてログナーに言った。

 

「司令」

 

「何だ」

 

「次、支給品を持ってくるなら、せめて事前に相談して」

 

ログナーは答えた。

 

「検討する」

 

Xiは目を閉じた。

 

「そこは即答で!」

 

ソープとラキシスは、横で楽しそうに笑っていた。

 

ラキシスは黄金の匙。

Xiは血の十字架入り支給品カトラリー。

 

方向性は違う。

 

だが、どちらも普通ではない。

 

Xiは、ケースを見下ろして呟いた。

 

「やっぱり、普通の木のスプーンが一番だよ」

 

ネウロが笑った。

 

「ククク……匙加減を疑い続ける怪盗か」

 

弥子が言う。

 

「でも、これで何かあった時も安心ですね!」

 

Xiは即答した。

 

「何もないのが一番!」

 

承太郎が帽子の庇を下げる。

 

「やれやれだぜ」

 

カフェテラスの午後は、また少しだけ血の十字架の影が濃くなった。

 

そして怪盗Xiは、外注任務という言葉の軽さを、だんだん信用できなくなっていた。

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