守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「次は、これだ」
ログナー司令は、当然のように言った。
場所は、いつものカフェテラス――ではなかった。
今回は、少し開けた郊外の格納スペース。
前回までの流れで、Xiは嫌な予感しかしていなかった。
「司令」
「何だ」
「僕、支給品のカトラリーを受け取っただけだよね?」
「そうだ」
「それで、なんで次にモーターヘッド見学になるの?」
ログナーは、まったく表情を変えずに答えた。
「装備の理解は重要だ」
Xiは頭を抱えた。
「外注のお目付け役に、装備理解を積ませないで!」
カイエンが、隣で楽しそうに笑っている。
「まあ、見ておいて損はないだろう」
「カイエンがそういうと、大体ろくなことにならないんだよ」
弥子は、目を輝かせていた。
「またミラージュマシンですか!?」
キラも、かなり興味を抑えきれていない顔をしていた。
「今度はどんな機体なんですか?」
ラクスは苦笑する。
「キラ、目がもう整備士ですわ」
「ごめん。でも、前回までの機体がすごかったから……」
露伴は、当然のようにスケッチブックを持っている。
「呼ばれてはいないが、来た」
Xiが即座に言う。
「先生、それは堂々と言うことじゃないです」
承太郎は帽子の庇を下げた。
「やれやれだぜ」
そして、格納スペースの奥。
薄い闇の中に、青灰色の機体が立っていた。
鋭い。
細い。
静か。
しかし、ただ軽いわけではない。
両腕には大きく弧を描く武装。
装甲は忍びのように暗く、しかし各部の線はミラージュマシンらしく美しい。
キラが息を呑んだ。
「……これは」
ログナーが言った。
「テロル・ミラージュだ」
Xiは、機体を見上げた。
「名前からして穏やかじゃない」
「隠密行動用のミラージュマシンだ」
「隠密行動用」
Xiは繰り返した。
「このサイズで?」
「LEDミラージュより軽い」
「比較対象がまずおかしい」
「クロス・ミラージュよりもパワーがある」
「軽装機の時にも思ったけど、ミラージュ基準の“軽い”は信用できない!」
ログナーは続けた。
「ホーミングブーメラン、けん玉フレイルなど、装備も充実している」
Xiは一拍置いた。
「待って」
「何だ」
「いま、さらっと変な武器の紹介しなかった?」
「ホーミングブーメランか」
「そっちも十分変だけど、僕が言ってるのはけん玉」
ログナーは淡々と答えた。
「けん玉フレイルだ」
「語尾を整えても、けん玉はけん玉だよ!」
弥子が手を挙げた。
「けん玉って、あの日本の?」
ログナーは頷く。
「いわゆる、ニホンの忍者のイメージだな」
Xiは両手を広げた。
「忍者のイメージが混ざりすぎてる!」
カイエンが笑う。
「いいじゃないか。忍者らしくて」
「どの忍者が巨大ロボでけん玉を振り回すの!?」
ソープは、少し困ったように笑っていた。
「作った時は、面白いと思ったんだけど」
Xiはゆっくり振り向いた。
「陛下?」
ソープは目を逸らさない。
「うん」
ログナーが言った。
「苦情は作った陛下に言え」
Xiは両手で顔を覆った。
「言いづらい!」
ラキシスは、ソープの隣でにこにこしている。
「ソープ様がお作りになったのなら、きっと理由があります」
Xiは機体を見上げた。
「姫様、その信頼は美しいけど、けん玉フレイルの前でも揺るがないんですね」
「はい」
「強い」
キラは、真剣に機体を観察していた。
「でも、ブーメランもフレイルも、遠距離と変則軌道を使う武装としては理にかなってるかもしれない。隠密機が正面突破を避けるなら、相手の予測外から――」
ラクスがそっと言う。
「キラ」
キラは止まった。
「……ごめん。けん玉を真面目に解析してた」
Xiは頷いた。
「戻ってきてくれてよかった」
ネウロが、くつくつと笑った。
「ククク……巨大な人形が忍者を名乗り、けん玉で戦う。人間の兵器思想は相変わらず狂っているな」
「魔界に言われたくない!」
泉さんは、かなり真面目な顔でメモを取っていた。
「隠密行動用……ということは、護衛や偵察向けなんですか?」
ログナーは頷く。
「そうだ」
Xiは嫌な予感に震えた。
「待って。今、泉さんが余計に話を進めた気がする」
ログナーはXiを見た。
「陛下とラキシス姫様のお目付け役として、お前には隠密性が必要になる」
「必要にならないように任務を組んで!」
「護衛対象が陛下と姫様だ。必要になる」
「反論しづらい正論やめて!」
ラキシスは少し申し訳なさそうに言う。
「Xiさん、いつもありがとうございます」
Xiは固まった。
「姫様に礼を言われると逃げづらい……」
ソープも穏やかに言う。
「Xiがいてくれると、僕も安心だよ」
Xiは膝に手をついた。
「陛下の善意が外堀を埋めてくる……!」
カイエンが笑う。
「また埋まったな」
「言わないで!」
ログナーは、テロル・ミラージュを見上げた。
「乗ってみるか」
Xiは即答した。
「乗らない」
「座るだけだ」
「その言葉、これまで何回聞いたと思ってるの!」
弥子が小声で言う。
「シュペルター、LED、クロス、ヤクト、KOG……」
Xiが叫ぶ。
「数えない!」
キラは少しだけ羨ましそうだった。
「座るだけなら……」
ラクスが見る。
「キラ」
「……僕は言ってない」
「顔が言っていましたわ」
Xiはキラを指差した。
「僕の代わりに座りたそうな顔をしないで!」
ログナーは淡々と言う。
「テロル・ミラージュは、隠密性と機動性を重視している。お前の性質には合う」
Xiは眉をひそめた。
「僕の性質?」
「変装、潜入、逃走、攪乱」
「言い方!」
「得意分野だろう」
「得意だけど、それをミラージュマシン適性みたいに整理しないで!」
露伴が嬉しそうに言う。
「怪盗に忍者型モーターヘッド。なるほど、構図としては良い」
Xiが振り向く。
「先生、資料にしない」
「もうしている」
「早い!」
承太郎が肩を掴む。
「ほどほどにしろ」
露伴は少し不満そうだった。
「今回は機体が良すぎる」
「それは分かる」
Xiが思わず言った。
「分かるのか」
カイエンが笑う。
Xiは、もう一度テロル・ミラージュを見上げた。
確かに、美しい。
LEDミラージュのような圧倒的な白い威圧ではない。
クロス・ミラージュのような優雅な軽快さでもない。
ヤクト・ミラージュのような冗談じみた巨大さでもない。
KOGのような黄金のロマンでもない。
これは、夜の刃だった。
隠れて、潜み、必要な瞬間だけ姿を現す。
Xiは小さく呟いた。
「……かっこいいのが腹立つ」
ログナーが言う。
「では、乗るか」
「かっこいいと乗るは別!」
ソープがにこにこして言う。
「けん玉フレイルも見てみる?」
Xiは全力で首を振った。
「見たいけど見たくない!」
弥子が目を輝かせる。
「見たいです!」
「弥子ちゃん!」
ネウロが笑う。
「見せろ。人間の愚かな発想は観察価値がある」
「ネウロまで!」
ラキシスはソープを見る。
「ソープ様の作られた武装ですもの。拝見したいです」
ソープは嬉しそうに頷く。
「じゃあ、少しだけ」
Xiは天を仰いだ。
「止められる人がいない!」
泉さんが冷静に言う。
「展示だけなら、危険範囲を決めてお願いします」
Xiは泉さんを見る。
「泉さんが一番現実的に止めてくれてる」
ログナーが合図を出す。
テロル・ミラージュの腕が、ゆっくりと動いた。
巨大な弧を描く武装が展開する。
ホーミングブーメランは、刃物というより軌道そのものが武器のようだった。
そして、けん玉フレイル。
言葉だけならふざけている。
だが実物は、笑えなかった。
巨大な質量。
鎖のように繋がる構造。
振り回されたら、たぶん建物ごと消える。
Xiは真顔になった。
「けん玉って、もっと平和な遊びだったよね」
カイエンが言う。
「当たれば死ぬな」
「当たらなくても怖いよ!」
キラは目を細める。
「軌道制御ができれば、かなり厄介な武器ですね。単純な直線攻撃じゃないから、読みづらい」
ラクスが静かに見る。
「キラ」
キラは小さく咳払いした。
「……危険です」
「まとめた!」
弥子は呟いた。
「これでけん玉したら、世界記録どころじゃないですね」
ネウロが言う。
「失敗したら地形が変わるな」
Xiが頭を抱える。
「けん玉で地形を変えないで!」
ソープは少し照れたように言った。
「発想としては、意外性を狙ったんだ」
Xiはソープを見た。
「意外性はあります。ありすぎます」
ラキシスは嬉しそうに言う。
「ソープ様らしいです」
「姫様の評価が甘い!」
弥子がすかさず言う。
「甘い!」
ネウロは顔をしかめた。
「兵器評価まで甘いのか」
ログナーは再びXiを見る。
「どうだ」
「どうだ、とは?」
「陛下と姫様の護衛任務に適している」
Xiは、テロル・ミラージュを見上げた。
「隠密用なのに目立ちすぎる」
「ミラージュの中では目立たん」
「比較対象が星団最強軍団なのを忘れないで!」
「軽量で取り回しもよい」
「このサイズで取り回しがいいとか言われても」
「パワーもある」
「ありますね。ありすぎますね」
「お前向きだ」
Xiは深く息を吐いた。
「僕向きの定義が、どんどん物騒になっていく」
カイエンが言う。
「怪盗には似合うんじゃないか」
「カイエンまで!」
露伴が頷く。
「怪盗Xi、忍者型ミラージュに乗る。絵になる」
「先生は黙ってて!」
ラキシスがそっと言った。
「でも、Xiさんがこれに乗ってくだされば、ソープ様も安心なのでは」
Xiはラキシスを見る。
ラキシスは、悪気なく、本当にそう思っている顔だった。
ソープも頷く。
「Xiが無事でいてくれるなら、いいと思う」
Xiは黙った。
その善意は、ずるい。
すごくずるい。
「……座るだけ」
ログナーが頷く。
「座るだけだ」
Xiはすぐに指を立てた。
「動かさない。起動しない。けん玉しない。ブーメラン投げない。忍者ごっこしない」
「了解した」
「その“了解した”を僕はどこまで信用していい?」
「必要な範囲で」
「一番怖い返事!」
やがてXiは、テロル・ミラージュのコクピットへ案内された。
降りる時の彼は、前回までと同じく、地面に足をつけた瞬間に深く息を吐いた。
「地面、最高」
弥子が笑う。
「また言ってる」
Xiは真顔だった。
「ミラージュマシンのコクピットは、座るだけで人生の責任が重くなるんだよ」
キラが頷く。
「分かる気がする」
「キラはちょっと乗りたそうだったけどね」
「否定はしない」
ラクスが少しだけ微笑む。
「キラ」
「今回は乗らないよ」
ログナーがXiに訊く。
「感想は」
Xiは少し考えた。
「静かで、怖い」
「よい評価だ」
「褒めてない!」
「隠密機としては適切だ」
Xiは負けた顔をした。
「そういうところだよ、司令」
ソープが近づいてきた。
「Xi、どうだった?」
Xiはソープを見た。
「すごい機体です。かっこいいです。怖いです。けん玉は変です」
ソープは笑った。
「やっぱり、けん玉は変かな」
「変です」
「でも、面白いだろう?」
「面白いのが困る!」
ラキシスは、ソープの隣で嬉しそうに言う。
「ソープ様の発想は素敵です」
Xiは小声で言う。
「姫様が全肯定するから、陛下の発想が伸び伸びしすぎるんだ……」
泉さんが頷いた。
「それは少し分かります」
「泉さん、分かってくれた」
ログナーは、淡々と締めた。
「テロル・ミラージュの適性確認は完了した」
Xiはすぐに振り向く。
「適性確認?」
「記録する」
「何を?」
「Xi、テロル・ミラージュ搭乗可能」
「座っただけ!」
「搭乗だ」
「言い方で既成事実を作るな!」
カイエンが笑う。
「また外堀が埋まったな」
Xiは叫んだ。
「外堀じゃなくて、もう堀の内側に橋が架かってる気がする!」
弥子が言う。
「でも、陛下と姫様のお目付け役としては、確かに似合ってましたよ」
Xiは弥子を睨む。
「弥子ちゃんまで」
「忍者っぽいですし」
「褒めてる?」
「褒めてます!」
ネウロが言う。
「ククク……怪盗、忍者、ミラージュ。属性過多だな」
Xiは空を見上げた。
「もう肩書きだけで渋滞してる」
ログナーは平然としている。
「任務に必要なら、次回以降も確認する」
Xiはゆっくり振り向いた。
「次回以降?」
「他にも適性を確認すべき機体はある」
「まだあるの!?」
カイエンが笑った。
「星団は広いからな」
「そういう問題じゃない!」
ソープはにこにこしている。
「Xiなら、いろいろ乗れそうだね」
「陛下も言わないで!」
ラキシスは楽しそうに笑っていた。
「でも、Xiさんがいてくださると安心です」
Xiは、その一言で少しだけ黙った。
「……任務ですから」
弥子がにやにやする。
「ちょっと嬉しそう」
「嬉しくない」
「本当に?」
「……けん玉以外は、ちょっとかっこよかった」
ログナーが言う。
「では、次は実戦機動を――」
「やらない!」
Xiの声が格納スペースに響いた。
承太郎が帽子の庇を下げる。
「やれやれだぜ」
その日の結論。
テロル・ミラージュは隠密行動用。
LEDより軽く、クロスよりパワーがある。
ホーミングブーメランとけん玉フレイルは、名前より実物の方が怖い。
Xiは座っただけ。
ログナーは搭乗可能と記録した。
外堀は、また少し埋まった。
帰り道。
Xiはぼそっと言った。
「外注のお目付け役って、こんなに機体適性を確認されるものなの?」
カイエンが答える。
「普通はされない」
「だよね」
ログナーが短く言う。
「お前は普通ではない」
Xiは目を閉じた。
「褒め言葉として受け取れない」
ソープは笑っている。
ラキシスも楽しそうだった。
キラはまだテロル・ミラージュの機構を思い返している。
露伴はスケッチブックに何か描いている。
泉さんは、けん玉フレイルという単語を二度見している。
弥子は「忍者パスタとかありますかね」と妙なことを言っている。
ネウロは「ない」と即答している。
そしてXiは、空を見上げた。
「次こそ、普通のカフェ回がいい」
ログナーが言った。
「検討する」
Xiは叫んだ。
「そこは即答で!」