守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「次は、高速機だ」
ログナー司令は、何でもないことのように言った。
怪盗Xiは、格納スペースの入口で足を止めた。
「……次?」
「そうだ」
「僕、前回テロル・ミラージュに座っただけだよね?」
「搭乗記録は残っている」
「座っただけ!」
ログナーは表情を変えない。
「今回は、スピード・ミラージュだ」
その名を聞いた瞬間、キラ・ヤマトの目がわずかに輝いた。
「スピード……」
ラクスが、すぐ隣でそっと言う。
「キラ」
「まだ何も言ってないよ」
「目が言っていましたわ」
Xiはキラを指さした。
「見学前から技術屋の顔をしないで!」
弥子は素直にわくわくしていた。
「速いモーターヘッドなんですか?」
カイエンが腕を組んで笑う。
「まあ、名前通りならな」
「カイエンが笑ってる時点で嫌な予感しかしない」
Xiがそう言うと、承太郎は帽子の庇を下げた。
「やれやれだぜ」
そして格納スペースの奥。
白い機体が立っていた。
細く、鋭く、空へ向かうようなライン。
LEDミラージュの威圧とも、KOGの黄金の神々しさとも違う。
空間そのものを切り裂いて飛ぶために作られたような、白い高速機。
だが。
Xiの視線は、機体そのものより先に、その手元の巨大な砲へ吸い寄せられた。
「……あの長い大砲は」
ログナーが答える。
「バスターランチャーだ」
Xiは顔を覆った。
「やっぱり!!」
ログナーは淡々と続ける。
「星団でも禁止兵器に指定されている」
「禁止兵器を“標準装備です”みたいな顔で紹介しないで!」
キラは、思わず一歩前に出た。
「宇宙空間での高機動戦闘用……推進系と姿勢制御、かなり特殊そうですね。あの砲を持ったまま高速機動するなら、慣性制御も――」
ラクスが穏やかに言った。
「キラ」
キラは止まった。
「……すごく危ない機体だと思います」
Xiは頷いた。
「戻ってきた」
弥子はバスターランチャーを見上げていた。
「前にも聞きましたけど、あれってそんなにすごいんですか?」
Xiが即答した。
「すごいというか、だめなやつ」
ログナーが補足する。
「星団法で禁止される程度にはな」
「その説明で安心できる人いないよ!」
露伴はスケッチブックを開きながら、機体を見上げていた。
「高速機と禁止兵器。実に分かりやすい矛盾だな」
Xiが振り向く。
「先生、嬉しそうにしないでください」
「嬉しいに決まっているだろう」
「言い切った」
ソープは、少しだけ照れたように笑っていた。
「速いよ」
Xiはソープを見た。
「陛下、速さで誤魔化さないでください」
「誤魔化してないよ」
「じゃあ、あのバスターランチャーは?」
ソープは首を傾げた。
「必要な時もあるから」
Xiは、ログナーを見た。
ログナーも頷いた。
「バスター砲が必要な場面もある」
Xiは一瞬、黙った。
そして、恐る恐る訊いた。
「……例えば?」
ログナーは、まったく迷わず答えた。
「シックスの拠点を破壊するとかだな」
沈黙。
Xiが黙った。
弥子が目を丸くする。
「黙った」
キラも小声で言う。
「反対しづらそう」
Xiはゆっくり顔を上げた。
「いや、反対はするよ!? 反対はするけど、今ちょっと想像した!」
ネウロが、実に楽しそうに笑った。
「ククク……悪くない。シックスの巣を跡形もなく消すには、実に効率的だ」
「ネウロまで乗らないで!」
ネウロは口角を上げる。
「貴様も一瞬、乗った顔をしていたぞ」
「してない! ……少ししか!」
ラクスが、静かに言った。
「たとえ相手がシックスであっても、周囲への被害は考えなければなりませんわ」
Xiは、ぱっとラクスの方を向いた。
「そう! それ! ラクス、ありがとう! 僕の理性が戻った!」
キラも頷く。
「拠点破壊だけなら、もっと限定的な手段を考えるべきだと思います。バスターランチャーは、確実すぎる」
ログナーが言う。
「確実性は重要だ」
キラは苦笑した。
「確実すぎます」
Xiはキラの肩を叩いた。
「キラの正論も戻ってきた」
その横で、ラキシスは静かにスピード・ミラージュを見上げていた。
「ソープ様がお作りになったものなら、必要があってのことです」
Xiは振り向く。
「姫様、必要性と過剰火力は別問題です!」
ラキシスは、ほんの少しだけ首を傾げた。
「ですが、シックスがソープ様や皆さまに危害を加えるなら……」
Xiは慌てて両手を振った。
「姫様、最後まで言わないで!」
ソープがラキシスを見る。
「ラキシス、怖い顔になってるよ」
ラキシスはすぐに微笑んだ。
「はい、ソープ様」
パキ。
どこかで小さな音がした。
キラが青ざめる。
「今度は何が折れたんだろう……」
Xiは空を見る。
「木製スプーンがない場所でも何かが折れるようになった……」
ログナーは、スピード・ミラージュを指した。
「空戦、宇宙空間での高機動戦闘を重視した機体だ。お前の護衛任務にも応用できる」
Xiは即座に返す。
「できない」
「できる」
「陛下と姫様のお目付け役に、宇宙空間での高機動戦闘は要求しないで!」
「非常時には必要だ」
「非常時の想定が大きすぎる!」
カイエンが笑った。
「まあ、逃げるにも速い機体はいいだろう」
Xiはカイエンを見る。
「それはちょっと分かる」
ログナーがすかさず言った。
「では、適性確認を」
「分かると乗るは別!」
弥子がにこにこしている。
「でも、Xiさん、高速機も似合いそうです」
「弥子ちゃん、軽率に外堀を埋めないで」
露伴も頷いた。
「怪盗、高速機、禁止兵器。絵になる」
「先生はもっと埋めないで!」
ソープは楽しそうだった。
「座ってみる?」
Xiは全力で首を振った。
「座らない!」
ログナーが言う。
「座るだけだ」
Xiは指を立てた。
「その言葉を僕はもう信用しない。シュペルターもLEDもクロスもヤクトもKOGもテロルも、全部“座るだけ”から始まった」
ログナーは頷いた。
「学習したな」
「褒めないで!」
キラが、スピード・ミラージュを見上げながら小さく言った。
「でも、宇宙空間での挙動は見てみたいな……」
Xiが即座に振り向く。
「キラ!?」
キラは慌てて言う。
「いや、見るだけ。乗るとは言ってない」
ラクスが微笑む。
「キラ、見学だけにしましょうね」
「うん」
Xiはため息を吐いた。
「この場で一番危ないの、シックスでもバスターランチャーでもなく、キラの技術的好奇心かもしれない」
ネウロが笑う。
「貴様の私怨もなかなか危険だったぞ」
「言わないで!」
ログナーは再びXiを見た。
「シックス関連の任務であれば、この機体の火力は有用だ」
Xiは押し黙る。
「……そこが嫌なんだよなあ」
弥子が首を傾げる。
「嫌?」
Xiは、バスターランチャーを見上げた。
「バスター砲は駄目。絶対駄目。星団法で禁止されるレベルの火力なんて、使っていいわけがない」
ログナーは黙って聞いている。
Xiは続けた。
「でも、シックスの拠点って言われると、一瞬だけ“いいかも”って思う自分がいる。それが嫌」
ネウロが薄く笑う。
「ククク……悪意に対する悪意か。人間らしいな」
Xiはネウロを見た。
「僕は人間じゃないけどね」
「では、なおさら面白い」
ラクスが静かに言った。
「Xiさんがそう思われるのは、自然なことだと思いますわ。でも、だからこそ、使わない選択も大切です」
Xiは少しだけ表情を緩めた。
「ラクスは本当に理性側にいてくれて助かる」
キラも頷く。
「力があるから使う、ではなくて、使わなくて済む方法を考えるべきだと思う」
ログナーが言う。
「だが、持っていることで抑止力になる」
Xiは顔をしかめる。
「正論っぽい!」
泉さんが、ここで静かに口を挟んだ。
「抑止力として存在することと、Xiさんに貸与することは別問題では?」
Xiが勢いよく頷く。
「泉さん!!」
ログナーが泉さんを見る。
「必要な場合がある」
泉さんは怯まない。
「必要にならないように計画するのが、まず先では?」
Xiが小声で言う。
「強い。今日も泉さんが強い」
カイエンが笑う。
「正論だな」
ログナーは少しだけ沈黙した。
「……今回は見学のみとする」
Xiは胸を撫で下ろした。
「よかった」
「ただし、適性評価は後日行う」
「よくなかった!」
ソープは、にこにこと言う。
「Xiなら、きっと乗れるよ」
「陛下まで言わないでください!」
ラキシスも優しく微笑む。
「Xiさんが無事でいてくださるなら、丈夫で速い機体はよいと思います」
Xiは頭を抱えた。
「姫様の善意がまた逃げ道を塞いでくる……」
弥子が小声で言う。
「外堀ですね」
「弥子ちゃんまでその単語を使わないで!」
スピード・ミラージュの周囲を見て回ることになった。
キラは推進機構や姿勢制御を見ながら、目を輝かせている。
ラクスはその隣で、時々そっとブレーキをかける。
露伴はスケッチを始めようとして承太郎に止められる。
ネウロはバスターランチャーを眺めながら、魔界の道具と比較している。
弥子は「高速で飛びながらご飯食べられるんですかね」と妙なことを言い、泉さんに「食べないでください」と即答されている。
Xiは、機体の前で腕を組んでいた。
「かっこいいのが腹立つ」
カイエンが隣で笑う。
「またそれか」
「だって、かっこいいんだよ。速そうだし、綺麗だし、白いし、宇宙で飛んだら絶対映える」
「なら乗ればいい」
「それとこれとは別!」
ログナーが言う。
「機体への理解は進んだな」
Xiは睨む。
「感想を適性評価に変換しないで」
「記録する」
「するな!」
ソープがバスターランチャーを見て、少し考えるように言った。
「でも、本当に使わないで済むなら、それが一番だね」
Xiはソープを見る。
「陛下」
「作った僕が言うのも変だけど、必要にならないなら、それでいい」
ラキシスはソープを見つめる。
「ソープ様……」
Xiは少しだけ安心した。
「今のは、かなりまともな陛下だった」
ソープはにこりと笑う。
「でも、必要な時には必要だよ」
「安心を返してください!」
ログナーは短く言う。
「備えることは重要だ」
Xiはため息を吐いた。
「備えるのと、バスターランチャー付き高速機を僕に見せるのは違うと思う」
「護衛対象が陛下と姫様だ」
「反論しづらい!」
「シックスもいる」
「さらに反論しづらい!」
カイエンが笑う。
「詰んでるな」
「詰ませないで!」
やがて見学は終わった。
Xiは最後に、スピード・ミラージュをもう一度見上げた。
白い高速機。
宇宙を駆けるための形。
そして、星団でも禁じられる大砲。
「高速機って、もっと爽やかなものだと思ってた」
ログナーが言う。
「速さは力だ」
「力が過剰なんだよ」
キラが真面目に頷く。
「でも、すごい機体なのは間違いないです」
「それは分かる」
Xiは認めた。
「分かるけど、信用はしない」
弥子が笑った。
「タイトル回収ですね!」
「誰がタイトルって言ったの!」
ネウロが笑う。
「ククク……高速機も信用できぬ怪盗か」
Xiはスピード・ミラージュから目を逸らした。
「信用できないよ。速いし、強いし、バスター砲持ってるし、司令が“シックスの拠点”とか言うし」
ログナーは無表情だった。
「必要なら言う」
「必要にならないで」
ラキシスがそっと言った。
「でも、Xiさんがいてくださるから、私たちは安心できます」
Xiは少しだけ言葉に詰まる。
「……任務ですから」
ソープも笑う。
「ありがとう、Xi」
Xiは顔を背けた。
「報酬は見合うようにお願いします」
ログナーが言う。
「検討する」
「そこは即答で!」
承太郎が帽子の庇を下げる。
「やれやれだぜ」
その日の結論。
スピード・ミラージュは高速機。
空戦、宇宙空間での高機動戦闘を重視。
バスターランチャーは、やはり星団でも禁止兵器。
シックスの拠点破壊という例を出されると、Xiは一瞬だけ反対しづらい。
ただし、やっぱり駄目なものは駄目。
今回は見学のみ。
しかしログナー司令は、後日の適性評価を諦めていない。
帰り際、Xiはぽつりと言った。
「次こそ、普通のカフェ回がいい」
ログナーが答える。
「検討する」
Xiは叫んだ。
「そこは即答で!」
ソープとラキシスは楽しそうに笑っている。
キラはまだ高速機の姿勢制御を考えている。
ラクスはそれを見て微笑んでいる。
露伴はスケッチブックを隠し、承太郎に見つかっている。
弥子は「高速パスタ」と謎の単語を呟き、泉さんに即座に止められている。
ネウロは「食う前に飛ぶな」と珍しく正論を言った。
Xiは空を見上げた。
外注のお目付け役だったはずなのに、
外堀は地上だけでなく、空と宇宙にまで広がり始めていた。
「……高速機も、信用できないな」
彼は、心底そう思った。