守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「今日は、安心していい」
カイエンは、珍しくそんなことを言った。
怪盗Xiは、即座に疑った。
「その台詞がもう安心できない」
「ひねくれてるな」
「これまでの積み重ねだよ」
Xiは腕を組んだ。
「LEDミラージュ、クロス・ミラージュ、ヤクト・ミラージュ、KOG、テロル・ミラージュ、スピード・ミラージュ。全部“座るだけ”“見るだけ”から始まって、最終的に僕の外堀が埋まった」
ログナー司令が、いつものように横に立っている。
「事実だ」
「認めないで!」
カイエンは笑った。
「今回はミラージュじゃない」
Xiの動きが止まった。
「……ミラージュじゃない?」
「そうだ」
「血の十字架は?」
「ない」
「バスターランチャーは?」
「ない」
「けん玉フレイルは?」
「ない」
「ミラージュ騎士団支給品カトラリーは?」
「ない」
Xiは、ゆっくり息を吐いた。
「……今日、平和?」
露伴がスケッチブックを手に言う。
「その油断がいい。物語は大体そこから始まる」
Xiは露伴を睨んだ。
「先生、平和を不穏にしないでください」
承太郎が帽子の庇を下げる。
「やれやれだぜ」
場所は、前回までと同じ格納スペースではない。
もっと静かで、どこか格式のある展示場のような場所だった。
無機質な格納庫というより、古い王家の宝物庫に近い。
空気が違う。
壁も床も、機械を置くためというより、何かを守るために整えられているようだった。
キラは、入った瞬間から少し表情を変えていた。
「……雰囲気が違う」
ラクスも静かに頷く。
「ええ。ここは、兵器庫というより……」
「礼拝堂みたいですね」
弥子がぽつりと言った。
ネウロが愉快そうに笑う。
「ククク……人間は兵器にも祈りの空気をまとわせるのか」
カイエンは、奥へ向かって歩きながら言った。
「コーラス王朝に代々伝わる旗騎だ。持ち主に少し頼んで、観るだけなら許可をもらった」
Xiは目を細める。
「観るだけ」
「観るだけだ」
「座らない」
「座らない」
「起動しない」
「しない」
「適性確認しない」
カイエンは少し笑った。
「しない」
Xiはログナーを見た。
「司令も聞いたね?」
ログナーは短く答えた。
「聞いた」
「記録しないでね」
「記録はする」
「するな!」
カイエンは足を止めた。
「着いたぞ」
その先に、白い騎士が立っていた。
エンゲージSR-1。
薄い翡翠を含んだような白。
鋭いのに、荒々しくない。
細いのに、頼りないわけではない。
剣を携え、盾を持ち、ただ立っているだけで空間の格が変わる。
ミラージュマシンのような、圧倒的な威圧ではない。
血の十字架のような、殺意の紋章でもない。
KOGのような、神話そのものの黄金でもない。
これは、王朝の気品だった。
弥子が、小さく息を呑んだ。
「綺麗……」
キラは、しばらく何も言わなかった。
その沈黙が、珍しかった。
ラクスがそっと訊く。
「キラ?」
キラは、ようやく口を開いた。
「これは……強さを見せつける機体じゃない」
カイエンが頷いた。
「分かるか」
「はい。立っているだけで、品格がある。兵器なのに、王家の礼装みたいです」
露伴が、すでに目を輝かせていた。
「美しい。線がいい。力を誇示していないのに、弱く見えない。これは“血筋”の形だ」
Xiは小声で言った。
「先生が褒め方で暴走してる」
承太郎が言う。
「いつものことだ」
エンゲージSR-1は、静かだった。
スピード・ミラージュのように、今にも空間を裂いて飛び出しそうな感じではない。
テロル・ミラージュのように、闇から忍び寄る刃でもない。
LEDミラージュのように、戦場を終わらせる白い悪魔でもない。
だが、弱くはない。
むしろ、その静けさの奥に、騎士としての矜持があった。
Xiは、慎重に機体を見上げた。
「バスター砲は、本当にない?」
カイエンが呆れたように笑う。
「ない」
「インフェルノ・ナパームは?」
「ない」
「けん玉フレイルは?」
「ない」
「ホーミングブーメランは?」
「ない」
「シックスの拠点を破壊する想定は?」
「ない」
Xiは胸に手を当てた。
「すごい。心が穏やか」
ログナーが横から言った。
「他国機の理解も、護衛任務には必要だ」
Xiは即座に振り向いた。
「司令、どこからでも外堀を埋めてくる!」
カイエンが笑う。
「まあ、こいつは外堀とは少し違うだろう」
「そう信じたい」
弥子はエンゲージSR-1を見上げたまま言った。
「なんか、怖くないですね」
ネウロが笑う。
「怖くない兵器などない」
「それはそうなんですけど……」
弥子は少し考える。
「でも、他のミラージュマシンは“近づくな”って感じだったんです。これは、“見ていい”って言われてる感じがします」
カイエンは、少しだけ目を細めた。
「コーラスの旗騎だからな」
キラが静かに言った。
「守るための象徴、ですか」
「近いな」
カイエンはエンゲージSR-1を見上げる。
「王家の機体だ。強いだけじゃ足りない。美しくなければならない。民が見て、あれが我らの騎士だと思えるようにな」
ラクスは静かに微笑んだ。
「とてもよく分かりますわ」
Xiは、その言葉を聞いて、少しだけ黙った。
「強いだけじゃ足りない、か」
ログナーが短く言う。
「ミラージュにも美はある」
Xiは頷く。
「ありますよ。ありますけど、ミラージュは美と一緒に圧が来るんです」
キラが苦笑する。
「血の十字架とか、バスターランチャーとか」
「そう。それ」
XiはエンゲージSR-1を見上げ直した。
「これは、圧じゃなくて……誇りって感じがする」
露伴がすぐに言った。
「いい表現だ。使える」
「先生、使わないで」
「もう使った」
「早い!」
カイエンは、少し誇らしそうだった。
「星団で最も美しいMHの一つ、と言われることもある」
弥子が頷く。
「分かります!」
キラも、真剣に言う。
「装甲のラインが、戦闘のためだけじゃない。見られることを意識している。でも飾りすぎていない。ちゃんと機能の線が残っている」
ラクスが微笑む。
「キラ、楽しそうですわ」
「うん。これは……すごい」
Xiが言う。
「今日のキラは、危険な技術屋の顔じゃないね」
キラは少し照れた。
「今日は、どちらかというと鑑賞してる感じかな」
「それなら安心」
その時、露伴がエンゲージSR-1の足元へ近づこうとした。
承太郎が肩を掴む。
「そこまでだ」
露伴が不満げに振り返る。
「近くで見ないと線が分からないだろう」
カイエンが言う。
「近づきすぎるな。観るだけという約束だ」
露伴は舌打ちしそうな顔をしたが、止まった。
「分かった。今日は我慢する」
Xiが驚いた。
「先生が我慢した」
承太郎が言う。
「珍しいな」
「君たちは僕を何だと思っている」
「好奇心で危険物に近づく漫画家」
弥子とXiが同時に言った。
露伴は黙った。
ネウロが笑う。
「否定しないのか」
「否定しづらい」
カイエンはエンゲージSR-1の横に立った。
「こいつは、戦うためだけの機体じゃない。王朝の歴史を背負っている」
Xiは少しだけ表情を変えた。
「歴史を背負う機体、ですか」
「ああ」
「ミラージュマシンとは違いますね」
ログナーが言う。
「ミラージュも歴史を背負う」
Xiはすぐに返す。
「背負ってる歴史の圧が重すぎるんです」
ラキシスが、ソープの隣で静かにエンゲージSR-1を見ていた。
「美しいですね」
ソープが頷く。
「うん。コーラスの機体は、こういう美しさがある」
ラキシスは、少し楽しそうに言った。
「ソープ様のKOGとは、また違います」
「そうだね」
「でも、どちらも綺麗です」
「ありがとう」
弥子が小さく震えた。
「甘い……MH鑑賞中でも甘い……」
ネウロが顔をしかめる。
「美術鑑賞に砂糖を混ぜるな」
泉さんが冷静に言う。
「でも、今回は比較的穏やかですね」
Xiは深く頷いた。
「本当に。爆発物も禁止兵器もヘキサクス製品もない。今日は良い日」
ログナーが言った。
「他国機との交戦可能性もゼロではない」
Xiは両手を広げた。
「平和な鑑賞回を返して!」
カイエンが笑う。
「油断するな、という意味では正しい」
「正しいけど、今は言わなくていい!」
キラは、ふとエンゲージSR-1の盾を見た。
「この盾、ミラージュ系のものと違って、見せ方も含めて設計されてますね。防ぐだけじゃなく、紋章みたいに見える」
カイエンは頷く。
「王朝の旗騎だからな。戦場では、誰が見ても分かる必要がある」
ラクスが静かに言う。
「存在そのものが旗なのですね」
「そうだ」
Xiは少し考えた。
「つまり、隠密とは真逆」
カイエンは笑う。
「そうだな」
「テロル・ミラージュとは全然違う」
「役割が違う」
XiはエンゲージSR-1を見上げた。
「役割が違うだけで、こんなに雰囲気が変わるんですね」
キラが頷いた。
「モビルスーツにも、そういう違いはあるけど……これはもっと、文化とか血筋とか、そういうものが強く出ている気がする」
露伴が言う。
「キラくん、いい感想だ」
キラは少し困ったように笑う。
「ありがとうございます」
Xiがぼそっと言う。
「先生に褒められると取材対象にされそうで怖いね」
「もうなっている」
「やっぱり!」
エンゲージSR-1の前に立つ時間は、思ったより静かに過ぎた。
誰も大声で騒がない。
弥子でさえ、食べ物の話をしない。
ネウロも、珍しくからかいを控えている。
ただ、美しい機体を見上げていた。
そしてXiは、ふと思った。
ミラージュマシンを見た時、自分はいつも「これに乗せられるのではないか」と身構えていた。
だが、これは違う。
これは、自分の外堀を埋めるための機体ではない。
誰かの歴史を、少しだけ見せてもらっているだけだ。
その違いは、案外大きかった。
「……いいですね」
Xiがぽつりと言った。
カイエンが見る。
「何がだ」
「観るだけって」
カイエンは笑った。
「だろう」
「座らない見学、最高です」
ログナーが言う。
「必要なら、他国機の操縦系の理解も――」
「司令!」
Xiは即座に振り向いた。
「今、いい話で終われそうだったのに!」
ログナーは無表情だ。
「護衛任務に必要な場合がある」
「ない方向で調整して!」
泉さんが静かに言った。
「今日は鑑賞回です」
Xiがぱっと泉さんを見る。
「泉さん!」
「乗りません。触りません。借用品です。持ち主にご迷惑をかけてはいけません」
カイエンも頷いた。
「それはそうだ」
ログナーは少し沈黙した。
「……観るだけとする」
Xiは胸を撫で下ろした。
「勝った……」
弥子が拍手しかけて、空気を読んで小さく手を叩いた。
「よかったです」
露伴は最後に、エンゲージSR-1を見上げて言った。
「これは、描きたいな」
カイエンが言う。
「許可を取れ」
露伴は珍しく素直に頷いた。
「分かっている」
Xiが驚く。
「先生、今日は本当に大人しい」
「相手が美しいからだ。敬意を払う」
承太郎が短く言う。
「珍しい」
「承太郎」
やがて、見学の時間は終わった。
カイエンは、エンゲージSR-1へ軽く目礼するようにして背を向けた。
キラは、最後まで機体を見ていた。
「すごかったです」
カイエンが言う。
「ミラージュだけがMHじゃない」
キラは頷いた。
「はい。今日、それがよく分かりました」
ラクスは穏やかに微笑む。
「よいものを見せていただきましたわ」
ラキシスも言う。
「とても美しい騎士でした」
ソープも頷く。
「コーラスらしいよね」
Xiは、少しだけ安心した顔で言った。
「今日は本当に平和だった」
ログナーが言う。
「他国機の理解が進んだ」
「その言い方だと、また次がありそう!」
カイエンは笑った。
「あるんじゃないか?」
Xiは頭を抱えた。
「やっぱり安心しきれない!」
ネウロが笑う。
「ククク……他国のMHなら安心だと思いたい、か」
Xiは頷いた。
「思いたい。今日くらいは」
弥子が笑う。
「今日は思っていいと思います」
泉さんも言う。
「少なくとも、備品は壊れていませんし、禁止兵器もありませんでした」
「最高」
Xiは深く息を吐いた。
「禁止兵器がないだけで、こんなに心が軽い」
承太郎が帽子の庇を下げる。
「やれやれだぜ」
その日の結論。
エンゲージSR-1は、コーラス王朝の旗騎。
星団で最も美しいMHの一つ。
ミラージュマシンとは違う、王朝の気品と誇りを持つ機体。
バスターランチャーはない。
けん玉フレイルもない。
血の十字架入り支給品もない。
Xiは座らなかった。
起動もしなかった。
適性確認も、泉さんの正論により回避された。
帰り際、Xiはカイエンに言った。
「今日みたいな見学なら、また来てもいいかも」
カイエンはにやりと笑った。
「言ったな」
Xiは固まった。
「……今のなし」
ログナーが短く言う。
「記録した」
「司令!!」
ソープとラキシスは楽しそうに笑っていた。
キラはまだ、エンゲージSR-1の美しい線を思い返している。
露伴は許可を取るための文面を考えている。
弥子は「帰りに何か食べませんか」と、ようやくいつもの弥子に戻っている。
ネウロは「美を見た後の食欲か」と呆れている。
Xiは空を見上げた。
「他国のMHなら安心だと思いたい」
その願いは、少しだけ叶った。
ただし、ログナー司令が記録していない範囲で。