守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「今回は、黒騎士だ」
カイエンは、静かにそう言った。
その言葉を聞いた瞬間、怪盗Xiは一歩下がった。
「……黒騎士?」
「そうだ」
「ミラージュじゃないよね?」
「違う」
「バスターランチャーは?」
「ない」
「けん玉フレイルは?」
「ない」
「血の十字架入り支給品カトラリーは?」
「ない」
Xiは、少しだけ胸を撫で下ろした。
「じゃあ、今日は安全寄り……?」
ログナー司令が横から言った。
「油断するな」
「司令が言うと怖い!」
カイエンは笑う。
「こいつは、国家に属する旗騎じゃない。代々の“黒騎士”が駆る、特別なMHだ」
キラ・ヤマトは、その言葉に目を細めた。
「黒騎士……」
ラクスが静かに言う。
「名前からして、重みがありますわね」
露伴は、もうスケッチブックを開いていた。
「黒騎士、か。いいじゃあないか」
承太郎が帽子の庇を下げる。
「やれやれだぜ」
今回の格納スペースは、エンゲージSR-1の時とはまた違っていた。
王朝の気品でも、ミラージュの威圧でもない。
もっと暗い。
もっと沈んでいる。
それでいて、妙に静かだった。
そこに、黒い騎士が立っていた。
バッシュ・ザ・ブラックナイト。
漆黒の装甲。
赤く光る円形の肩。
巨大な盾。
剣を携え、ただ立っているだけで周囲の空気が沈む。
だが、それは悪ではなかった。
黒い。
けれど、邪悪ではない。
キラは、しばらく言葉を失った。
弥子が小さく言う。
「黒い……」
ネウロが笑う。
「ククク……黒とは、人間が恐れと敬意を同時に込める色だな」
Xiはバッシュを見上げる。
「……怖いけど、綺麗だ」
カイエンは頷いた。
「こいつは“黒騎士”のMHだ。ファティマ・エストに認められた、代々の黒騎士だけが乗る」
Xiはゆっくりカイエンを見た。
「ファティマが、乗り手を選ぶの?」
「そうだ」
Xiは一歩下がった。
「今日の安全ライン、そこだったか……」
キラはバッシュから目を離せなかった。
「誰でも乗れる機体じゃないんですね」
「ああ」
カイエンは短く答えた。
「黒騎士とは、ただ強い騎士のことじゃない。エストが認めるかどうかだ」
露伴が呟く。
「国家ではなく、称号とファティマに選ばれた騎士だけが駆る黒いMH……最高じゃあないか」
Xiは露伴を見た。
「先生、目が完全に取材対象を見つけた目になってます」
「当然だろう」
その時。
バッシュの近くに、ひとりのファティマが立っていることに、皆が気づいた。
エスト。
静かで、澄んでいて、どこか人形のようで。
けれど、その目は確かに何かを見ていた。
彼女は、キラでもなく、カイエンでもなく、ログナーでもなく。
Xiを見ていた。
じーーーーーーーーっ。
Xiは固まった。
「……え?」
エストは見ている。
じーーーーーーーーっ。
Xiはさらに一歩下がった。
「そんな目で見ないで!!」
弥子が目を丸くする。
「Xiさんが見られてる!」
キラも少し驚く。
「エストさんが……Xiを?」
カイエンは、面白そうに目を細めた。
「珍しいな」
Xiが振り向く。
「何が!?」
「エストが、お前を見ている」
「見ないでほしい!」
ログナー司令が、静かに言った。
「黒騎士適性か」
Xiは即座に叫んだ。
「違う!」
カイエンが笑う。
「まだ何も言ってないぞ」
「言われる前に否定する!」
ネウロが愉快そうに笑った。
「ククク……怪盗が黒騎士候補か。なかなか悪くない」
「悪い! とても悪い!」
露伴は、ものすごく楽しそうだった。
「怪盗Xi、黒騎士に見出される。これは描ける」
「描けません!」
「描ける」
「描くな!」
エストは、まだXiを見ていた。
じーーーーーーーーっ。
Xiは両手を上げた。
「僕は外注のお目付け役! ミラージュでも黒騎士でもない!」
ログナーが言う。
「可能性は否定できん」
「否定して!!」
ラキシスは、少し興味深そうにエストを見ていた。
「エストが、Xiさんを……」
ソープも静かに言う。
「うん。何か見ているのかもしれないね」
Xiはソープを振り向く。
「陛下、そういう神話っぽい言い方やめてください!」
キラは、バッシュとエスト、そしてXiを見比べていた。
「機体の適性というより、騎士として見られているんですね」
Xiは頭を抱えた。
「キラ、分析しないで。逃げ道がなくなる」
ラクスは穏やかに言った。
「でも、Xiさん。見られているということは、何かを認められているのかもしれませんわ」
「ラクスまで優しく外堀を埋めないで!」
弥子が明るく言う。
「でも、ファティマもゲットできるかもですよ?」
Xiは叫んだ。
「ゲームみたいに言わない!」
ネウロが笑う。
「ククク……お目付け役、ミラージュ候補、支給品持ち、黒騎士候補。肩書きが増えるな」
「増やさないで!」
エストが、ようやく一歩近づいた。
Xiは反射的に後ずさる。
「待って。待って。僕、何もしてない」
エストは静かに言った。
「黒」
Xiは固まる。
「……黒?」
「黒いものを、持っている」
Xiは目を泳がせた。
「服? 髪? 過去? 何の黒!?」
カイエンが笑いをこらえている。
「落ち着け」
「落ち着けるか!」
エストは、それ以上多くを語らない。
ただ、Xiを見ている。
その沈黙が、むしろ怖い。
キラは静かに言った。
「悪意の黒じゃなくて……背負っているものの黒、ということかな」
Xiはキラを見た。
「キラ、やめて。すごくそれっぽいこと言わないで」
ログナーが頷く。
「興味深い」
「司令が興味深がると、僕の人生が不安定になる!」
バッシュの前で、空気が少し変わった。
先ほどまでのギャグの騒がしさが、少しだけ遠のく。
エストは、Xiを見ている。
バッシュは、黒く立っている。
それは、シックスの黒ではなかった。
悪意の黒ではない。
逃げられない血の黒でもない。
もっと静かで、もっと重い。
選ばれることの黒。
背負うことの黒。
Xiは、小さく息を吐いた。
「……僕は、シックスとは違う」
誰に言ったのか、自分でも分からなかった。
エストは、瞬きもせずに言った。
「知っている」
Xiは、言葉を失った。
弥子も黙った。
キラは、静かにXiを見ている。
ラクスは何も言わず、ただ微笑んでいた。
ネウロだけが、ほんの少し口角を上げた。
「ククク……面白い」
Xiは小さく言った。
「面白くないよ」
エストは、ふと視線をバッシュへ戻した。
その瞬間、張り詰めていた空気が少し緩む。
Xiは胸を撫で下ろした。
「終わった……?」
カイエンが言う。
「分からん」
「分からなくしないで!」
ログナーは短く言った。
「記録しておく」
Xiは即座に振り向く。
「何を!?」
「エストがXiに関心を示した」
「記録するな!!」
露伴は目を輝かせていた。
「僕も記録したい」
「先生もするな!」
承太郎が露伴の肩を掴む。
「やめておけ」
「今のは貴重だぞ」
「だからだ」
エストは、今度はキラへ視線を向けた。
キラは少し緊張した。
「僕も、見られてる……?」
エストは短く言った。
「優しい」
キラは一瞬、目を伏せた。
「……そうありたいとは、思っています」
ラクスがそっと微笑む。
「キラ」
エストは再びバッシュのそばへ戻った。
カイエンが静かに言う。
「黒騎士のMHは、ただ強いだけじゃない。エストが選ぶ。だからこそ、重い」
キラはバッシュを見上げた。
「モビルスーツは、基本的にはパイロットが選ぶものです。あるいは、軍や組織が割り当てる。でもこれは……逆なんですね」
「ああ」
「機体とファティマが、騎士を選ぶ」
キラはしばらく黙った。
「怖いですね」
Xiが頷く。
「そう。今日はバスター砲もけん玉フレイルもないのに、別方向で怖い」
弥子が少し不思議そうに言った。
「でも、悪い怖さじゃないですよね」
カイエンはバッシュを見上げる。
「そうだな」
ラキシスも静かに言う。
「選ばれるというのは、嬉しいことだけではありませんから」
ソープが頷いた。
「うん」
Xiは、その言葉に少しだけ胸を突かれた。
選ばれる。
シックスの血筋として生まれたことは、自分で選んだわけではない。
悪意の系譜に置かれたことも、自分で望んだわけではない。
だが、もし誰かが自分を見て、別のものとして選ぶのなら。
それは、重くて、怖くて。
少しだけ、救いでもあるのかもしれない。
Xiはすぐに首を振った。
「いやいやいや。黒騎士は重すぎる」
カイエンが笑う。
「戻ってきたな」
「戻るよ! 戻らないと危ない!」
ログナーが言う。
「適性確認を――」
「しない!」
Xiは全力で叫んだ。
「今日は観るだけ! 座らない! 起動しない! エストにじっと見られるのも、もう十分!」
エストがまたXiを見た。
じーーーーーーーーっ。
「だからそんな目で見ないで!!」
弥子が笑った。
「エストさん、ちょっと気に入ってません?」
Xiが怯える。
「気に入らないで!」
ネウロが言う。
「ファティマに気に入られる怪盗か。悪くない」
「悪い!」
キラは少し笑った。
「でも、Xiらしい気もする」
「キラまで!」
ラクスも微笑む。
「逃げながらも、皆を守ろうとされていますもの」
Xiは顔を背けた。
「報酬分です」
ログナーが即答する。
「では報酬に見合う装備を――」
「装備を増やすな!」
カイエンはバッシュの前に立ち、静かに言った。
「こいつは、黒騎士の歴史そのものだ。国家の旗騎とは違う。個人に受け継がれる名だ」
キラは深く頷いた。
「黒い装甲なのに、ただ威圧するだけじゃない。重いけど、美しいです」
露伴が言う。
「黒の美だな。エンゲージSR-1とは対になるようで、まったく違う」
「白き王朝の騎士と、黒き選ばれし騎士」
弥子がぽつりと言った。
「なんか、詩みたいです」
Xiは苦笑した。
「今日は珍しく弥子ちゃんが食べ物の話をしてない」
弥子は胸を張る。
「私だって空気は読みます!」
ネウロが言う。
「五分ほどならな」
「短い!」
ソープはエストにやさしく言った。
「エスト、Xiが怖がっているよ」
エストはXiを見た。
「怖がらなくていい」
Xiは半泣きの顔をした。
「そう言われると余計怖いんだよ!」
ラキシスがくすっと笑った。
「Xiさん、今日は大変ですね」
「姫様、今日もです」
ログナーは、静かにバッシュを見上げる。
「黒騎士の名は重い」
Xiは言う。
「だから僕には重すぎる」
「重いものを持てる者もいる」
「司令、その言い方やめて!」
カイエンが助け舟を出すように言った。
「今日は見学だ。それでいいだろう」
Xiはぱっとカイエンを見る。
「カイエン!」
「ただし、エストが何を見たかは分からん」
「助け舟に穴を開けないで!」
やがて、見学の時間が終わった。
バッシュは、最後まで静かに黒く立っていた。
エストは、その傍らにいる。
Xiは帰る直前、もう一度だけエストを見た。
エストもXiを見た。
じーーーーーーーーっ。
Xiは両手を上げた。
「分かった! 見られたことは分かったから!」
エストは、ほんのわずかに首を傾げた。
「また」
Xiは固まった。
「また!?」
カイエンが吹き出しそうになる。
ログナーが短く言った。
「記録する」
「しないで!!」
キラはバッシュを振り返りながら言った。
「すごい機体でした。強さより、選ばれることの重さを感じました」
ラクスは頷く。
「ええ。黒いけれど、とても静かな騎士でしたわ」
露伴は満足げにスケッチブックを閉じた。
「今日は収穫が多い」
Xiは警戒する。
「先生、何を描いたんですか」
「バッシュだ」
「本当に?」
「……主に」
「主に!?」
承太郎が露伴を見る。
「あとで確認する」
「君は僕の編集者か」
泉さんが言う。
「確認は大事です」
弥子がようやく言った。
「帰りに黒ごまアイスとか食べません?」
Xiが振り向く。
「弥子ちゃん、ここで黒つながりにしないで」
ネウロが笑う。
「戻ったな」
その日の結論。
バッシュ・ザ・ブラックナイトは、国家に属さない黒騎士のMH。
ファティマ・エストに認められた代々の黒騎士だけが駆る、歴史ある名騎。
バスターランチャーはない。
けん玉フレイルもない。
血の十字架入り支給品もない。
しかし、エストがXiをじっと見た。
Xiは全力で怯えた。
ログナー司令は記録しようとした。
カイエンは面白がった。
キラは、選ばれることの重さを見た。
帰り際、Xiはぽつりと言った。
「他国のMHなら安心だと思いたかった」
ネウロが笑う。
「安心ではなかったな」
「うん」
Xiは深く息を吐く。
「でも、悪い回ではなかった」
キラが頷く。
「うん。すごく、良かった」
ラクスも微笑む。
「ええ」
その背後で、ログナーが小さく言った。
「黒騎士適性については、今後も――」
Xiは振り向いて叫んだ。
「今後にしないで!!」
ソープとラキシスが楽しそうに笑う。
カイエンも笑っている。
エストは遠くから、まだじっとXiを見ていた。
じーーーーーーーーっ。
「だから見ないで!!」
黒き騎士の見学回は、平和ではなかった。
だが、どこか静かで、重くて。
そして少しだけ、Xiの未来に妙な影を落として終わった。