守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「今日のは、他言無用だ」
カイエンは、珍しく真面目な顔でそう言った。
怪盗Xiは、その時点で帰りたくなった。
「その言い方、もう安心できない」
「安心しろ。ミラージュじゃない」
「最近、それだけじゃ安心材料にならないんだよ」
Xiは腕を組んだ。
「エンゲージSR-1は美しかった。でもログナー司令が記録した。バッシュは黒くて格好よかった。でもエストさんにじっと見られた。僕は学習している」
ログナー司令が、横で短く言う。
「良い傾向だ」
「司令に褒められると外堀が埋まる気がする!」
キラ・ヤマトは、少し緊張した顔で訊いた。
「今日のMHは、どこの機体なんですか?」
カイエンは答える。
「クバルカン法国の旗騎。破烈の人形だ」
弥子が目を輝かせた。
「名前がもう強そうです!」
ラクスは静かに言った。
「破烈の人形……」
ネウロがくつくつと笑う。
「ククク……人形と呼びながら、破裂ではなく破烈か。人間の名付けは仰々しいな」
「魔界に言われたくないです」
弥子が即座に返した。
カイエンは続ける。
「星団三大MHの一つに数えられる名騎だ。星団中の少年が憧れるMH、と言ってもいい」
キラの目が、少しだけ変わった。
「星団中の少年が……」
Xiはその顔を見逃さなかった。
「キラ、目が輝いてる」
「いや……そういう言われ方をする機体って、やっぱり気になるよ」
ラクスが微笑む。
「キラらしいですわ」
カイエンは、そこで声を少し低くした。
「ただし、機密が多い。今日ここで見たことは、基本的に他言無用だ」
その瞬間。
露伴が言った。
「分かった」
Xiは振り向いた。
「先生、いつからいたんですか!?」
岸辺露伴は、当然のようにスケッチブックを持っていた。
「最初からだ」
「呼んでない!」
「機密、星団三大MH、星団中の少年が憧れる名騎。これで来ない漫画家がいるなら、そいつは漫画家じゃあない」
承太郎が帽子の庇を下げた。
「やれやれだぜ」
泉さんがため息をつく。
「露伴先生、今回は本当に他言無用ですからね」
「分かっている。描かないとは言っていないが」
「描かないでください」
「線の記憶までは消せないだろう」
Xiは頭を抱えた。
「この人が一番機密に向いてない」
カイエンは苦笑した。
「まあ、ここまで来たなら仕方ない。ただし、許可なく近づくな。触るな。記録するな」
露伴は不満そうにした。
「厳しいな」
「機密だと言っただろう」
「分かった。今日は見るだけだ」
Xiが小声で言う。
「その“見るだけ”が信用できないんだよなあ」
一行は、奥へ進んだ。
そこは、これまで見てきた格納スペースの中でも特に厳重だった。
壁面には余計な装飾がない。
照明は低く、床には誘導線だけが淡く光っている。
警備の気配も濃い。
エンゲージSR-1の時のような王朝の気品ではない。
バッシュの時のような黒い沈黙でもない。
ここは、秘匿された兵器を眠らせる場所だった。
Xiは呟く。
「正義の味方っぽいMHって聞いたのに、格納場所は全然正義の味方っぽくない」
カイエンが言う。
「正義の味方ほど、秘密は多いもんだ」
「身も蓋もない」
やがて、一行の前にそれは現れた。
破烈の人形。
……の、はずだった。
弥子が首を傾げた。
「……あれ?」
キラも、少しだけ言葉に詰まる。
「これは……」
Xiは眉を寄せた。
「思ってたより……丸い?」
そこに立っていたMHは、確かに存在感はあった。
だが、先ほどまで聞かされていた「星団中の少年が憧れる」「正統派」「星団三大MH」という言葉から想像する姿とは、どこか違っていた。
ずんぐりとしたシルエット。
どこか閉じたような装甲。
頭部も胸部も沈み込み、全体的に眠っているように見える。
弥子が困ったように笑った。
「ええと……強そうではありますけど……」
ネウロが愉快そうに笑う。
「ククク……星団中の少年が憧れるには、なかなか渋い姿だな」
露伴も、珍しく言葉を選んでいる。
「これは……いや、構造的には面白いが……第一印象としては、少々……」
Xiが言う。
「先生が気を遣った!」
承太郎が短く言う。
「珍しいな」
キラは真剣に見ていた。
「待機状態、なんでしょうか。装甲が閉じている。重心も低いし、各部が収まっているように見える」
カイエンは、にやりと笑った。
「まあ、そういう感想だよな」
Xiはその笑顔に気づいた。
「……カイエン?」
カイエンは、少しだけ前に出る。
「お前らが今見ているのは、破烈の人形の“待機状態”だ」
キラの目が鋭くなる。
「待機状態……」
カイエンは、奥に向かって声をかけた。
「やってくれ」
その瞬間。
格納スペースの空気が変わった。
低い駆動音が鳴る。
ごごごごご、と重い振動が床を伝ってくる。
弥子が思わず一歩下がった。
「動いた!?」
泉さんがすぐに言う。
「下がってください!」
承太郎が露伴の肩を掴む。
「近づくな」
「分かっている!」
「足が前に出ていた」
「本能だ」
「抑えろ」
破烈の人形の装甲が、少しずつ開いていく。
沈み込んでいた脚部が伸びる。
踵が固定され、関節が噛み合う。
胸部のブロックが引き上がり、頭部が姿勢を変える。
閉じていた装甲が、まるで殻を割るように外へ展開していく。
キラは息を呑んだ。
「変形……いや、戦闘姿勢への移行……!」
カイエンが低く言う。
「まだだ」
腕部に力が入る。
盾が展開する。
主武装が解放される。
背部の安定翼が伸び、全身のラインが一気に変わる。
先ほどまでの鈍重さは消えていた。
丸く閉じていたものが、鋭く開く。
眠っていた巨人が、戦う騎士へ変わる。
Xiは呆然と見上げた。
「……ずるい」
弥子が叫んだ。
「かっこいい!!」
露伴は、完全に目を奪われていた。
「待て……待て、線が変わった。まるで別物じゃあないか……!」
ネウロが笑う。
「ククク……人間は変形に弱い。実によく分かる」
「否定できない!」
Xiが言った。
そして最後に、頭部が開く。
真の顔が現れる。
鋭い眼。
上へ伸びる角。
閉じていた印象が消え、正面から敵を見据える、まさに“戦う者”の顔。
カイエンは静かに言った。
「これが、破烈の人形だ」
誰も、すぐには喋らなかった。
白い巨体。
大きな盾。
鋭い剣。
力強く、それでいてどこか清廉な姿。
確かに、これは少年が憧れる。
キラが、ゆっくり口を開いた。
「これは……分かります」
ラクスがそっと訊く。
「キラ?」
「子どもの頃にこれを見たら、忘れられないと思います。怖いより先に、かっこいいが来る。守ってくれそうで、戦ってくれそうで……」
弥子が勢いよく頷く。
「正義の味方です!」
カイエンは少し笑った。
「そう見えるだろう」
Xiも、素直に頷いた。
「これは人気出る。待機モードからの差がずるい。完全に変身ヒーローじゃん」
ネウロが言う。
「貴様まで少年の顔をしているぞ」
Xiは少しだけ照れた。
「してない」
「している」
「……ちょっとしてたかも」
露伴は、スケッチブックを開きかけて止まった。
手が震えている。
「今の変形を、もう一度頼む」
カイエンは即答した。
「駄目だ」
「一度で描き切れるわけないだろう!」
「機密だ」
「機密で済ませるには惜しすぎる!」
Xiが言う。
「先生、極秘って言われたばかり!」
泉さんも強く言った。
「露伴先生、今回は本当に駄目です」
露伴は歯ぎしりしそうな顔で、スケッチブックを閉じた。
「……分かっている。頭には入れた」
Xiが震えた。
「頭に入れた時点で危ない」
承太郎が言う。
「あとで確認する」
露伴が睨む。
「君は僕の検閲官か」
「今日はそうだ」
破烈の人形は、戦闘モードの姿で静かに立っていた。
先ほどまでとは、まるで違う。
キラは、その姿をじっと見つめていた。
「最初の姿は、力を隠していたんですね」
カイエンが頷く。
「隠しているというより、収めている。必要な時にだけ開く」
「武装も、姿勢も、視線も……全部、戦うために変わる」
キラは、自分の言葉を確かめるように言った。
「でも、ただ物騒なだけじゃない。見た者に“味方だ”と思わせる形をしている」
ラクスは優しく微笑んだ。
「キラには、そう見えるのですね」
「うん。これは、多分……憧れの形なんだと思う」
弥子が言う。
「分かります! 男の子が好きなやつです!」
Xiが頷く。
「僕もちょっと好き」
ネウロが笑う。
「素直でよろしい」
「魔人に褒められたくない」
ラキシスは、ソープの隣で破烈の人形を見上げていた。
「ソープ様、あの機体も美しいですね」
ソープが頷く。
「うん。クバルカンらしいね」
「ミラージュとも、コーラスの機体とも、黒騎士とも違います」
「そうだね。あれは、信仰と正義の形に近いのかもしれない」
Xiは聞き逃さなかった。
「信仰と正義の形……」
カイエンが言う。
「クバルカン法国の旗騎だからな。ただ強ければいいってものじゃない。あれもまた、背負っている」
Xiは破烈の人形を見上げた。
「エンゲージSR-1が王朝の歴史なら、これは……」
キラが続けた。
「信じるものの象徴、でしょうか」
カイエンは頷いた。
「いい表現だ」
露伴が小声で言う。
「今のも使える」
Xiが即座に振り向く。
「先生!」
「分かっている。今日は記憶だけだ」
「それが一番怖いんですよ」
ログナー司令は、戦闘モードの破烈の人形を見上げていた。
「星団三大MHの一つ。理解しておく価値はある」
Xiがすぐに反応する。
「司令、その“理解しておく”がまた外堀の匂いする」
「護衛任務に必要な知識だ」
「やっぱり!」
泉さんが冷静に言う。
「今回は鑑賞のみです。機密も多いので、適性確認などは当然ありません」
Xiがぱっと泉さんを見る。
「泉さん!」
ログナーは少しだけ沈黙した。
「……鑑賞のみとする」
Xiは小さくガッツポーズした。
「勝った」
カイエンが笑う。
「泉は強いな」
泉さんは真顔で言う。
「常識です」
弥子が小声で言った。
「常識って強いですね」
ネウロが言う。
「この面子の中では希少資源だな」
「否定できないのが悔しい」
Xiが言った。
破烈の人形の周囲を、一定距離を保って見て回る。
露伴は何度も足を止め、そのたびに承太郎と泉さんに見張られる。
キラは静かに装甲の配置や変形の意味を考えている。
ラクスはその横で、穏やかにキラを見守る。
弥子は何度も「かっこいい」と呟く。
ネウロは、人間が機械に憧れる理由を観察している。
ラキシスはソープに寄り添い、ソープはどこか楽しそうに破烈の人形を眺めている。
Xiは、少しだけ肩の力を抜いていた。
「今日は平和だ」
カイエンが言う。
「機密の塊を見ている時点で、平和ではないかもしれんがな」
「バスター砲がない。エストさんに見られてない。けん玉フレイルもない。僕にとっては平和」
「基準が下がったな」
「下げられたんだよ」
その時、破烈の人形の顔が、静かにこちらを向いたように見えた。
Xiは一瞬だけ固まる。
「……見られてないよね?」
カイエンが笑う。
「エストじゃない」
「黒騎士回の後遺症があるんだよ!」
キラが少し笑った。
「でも、迫力はありますね」
「ある。これは正面から見ると本当にすごい」
Xiは素直に言った。
「待機モードで油断させて、戦闘モードで心を奪う。ずるい」
弥子が頷く。
「まさに変身ヒーロー!」
露伴が言う。
「変身ヒーローなどという安い言葉で片付けるな。だが、分かる」
「分かるんだ」
「分かる」
承太郎が帽子の庇を下げた。
「やれやれだぜ」
やがて、見学時間は終わりに近づいた。
破烈の人形は、ゆっくりと待機状態へ戻っていく。
装甲が閉じる。
姿勢が収まる。
鋭かったシルエットが、再び眠るように沈む。
弥子が名残惜しそうに言った。
「ああ、戻っちゃう……」
キラも静かに見ていた。
「変形そのものが、儀式みたいですね」
カイエンは頷く。
「そう感じるなら、今日見た意味はあったな」
破烈の人形は、再び待機モードに戻った。
最初に見た時は、少し拍子抜けした姿。
だが、もう誰も同じ目では見ていなかった。
そこに眠っているのは、星団中の少年が憧れるMHの真の姿だった。
Xiが言った。
「最初に見た時と、全然印象が違う」
キラも頷く。
「中に何が秘められているかを知ると、見え方が変わりますね」
ラクスが微笑む。
「人も、機体も、そうなのかもしれませんわ」
Xiは少しだけ黙った。
「……いいこと言いますね」
「ふふ」
ネウロが笑う。
「ククク……見た目で判断し、内側を知って認識を改める。実に人間らしい」
弥子が言う。
「ネウロ、今日はちょっと先生っぽいです」
「吾輩は常に上位存在だ」
「いつものネウロでした」
カイエンは最後に、一行を見回した。
「今日見たものは、外では喋るな。特に変形の詳細はな」
露伴が、わずかに顔を逸らした。
Xiが叫ぶ。
「先生!」
「分かっていると言っているだろう」
泉さんが言う。
「露伴先生、帰ったら原稿ではなくメモも禁止です」
「横暴だ」
「機密です」
承太郎が短く言う。
「諦めろ」
露伴は悔しそうだった。
「……記憶だけにしておく」
Xiは不安そうに言う。
「その記憶がいちばん強いんだよなあ」
その日の結論。
破烈の人形は、クバルカン法国の旗騎。
星団三大MHの一つ。
星団中の少年が憧れる、正統派の名騎。
待機状態は、少し期待外れに見える。
しかし装甲が展開し、戦闘モードへ移行した瞬間、その評価は一変する。
それは、まさに“正義の味方”の姿だった。
機密が多いため、今回は完全に鑑賞のみ。
露伴先生は、最後まで描きたそうだった。
Xiは座らなかった。
適性確認もなかった。
キラは、少年が憧れる理由を理解した。
帰り道。
キラは静かに言った。
「今日の機体は、すごく分かりやすく心に残りました」
ラクスが訊く。
「キラの中の少年の部分に、でしょうか」
キラは少し照れたように笑う。
「そうかもしれない」
弥子が元気よく言う。
「私も好きです! 破烈の人形!」
Xiも頷いた。
「悔しいけど、僕も好き」
ネウロが言う。
「人間は変形と正義に弱い」
「否定できない」
ソープは楽しそうに笑っている。
ラキシスも微笑んでいる。
カイエンは満足げだった。
ログナー司令は、短く言った。
「星団三大MHの理解が進んだな」
Xiは即座に振り向いた。
「司令、今日は綺麗に終わらせて!」
ログナーは表情を変えない。
「記録しておく」
「やめて!」
承太郎が帽子の庇を下げる。
「やれやれだぜ」
破烈の人形。
待機する人形。
目覚める騎士。
少年たちが夢を見る、白い正義の象徴。
キラ・ヤマトは、その姿をしばらく忘れられそうになかった。