守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

184 / 194
キラ・ヤマトは破烈の人形を見上げる

「今日のは、他言無用だ」

 

カイエンは、珍しく真面目な顔でそう言った。

 

怪盗Xiは、その時点で帰りたくなった。

 

「その言い方、もう安心できない」

 

「安心しろ。ミラージュじゃない」

 

「最近、それだけじゃ安心材料にならないんだよ」

 

Xiは腕を組んだ。

 

「エンゲージSR-1は美しかった。でもログナー司令が記録した。バッシュは黒くて格好よかった。でもエストさんにじっと見られた。僕は学習している」

 

ログナー司令が、横で短く言う。

 

「良い傾向だ」

 

「司令に褒められると外堀が埋まる気がする!」

 

キラ・ヤマトは、少し緊張した顔で訊いた。

 

「今日のMHは、どこの機体なんですか?」

 

カイエンは答える。

 

「クバルカン法国の旗騎。破烈の人形だ」

 

弥子が目を輝かせた。

 

「名前がもう強そうです!」

 

ラクスは静かに言った。

 

「破烈の人形……」

 

ネウロがくつくつと笑う。

 

「ククク……人形と呼びながら、破裂ではなく破烈か。人間の名付けは仰々しいな」

 

「魔界に言われたくないです」

 

弥子が即座に返した。

 

カイエンは続ける。

 

「星団三大MHの一つに数えられる名騎だ。星団中の少年が憧れるMH、と言ってもいい」

 

キラの目が、少しだけ変わった。

 

「星団中の少年が……」

 

Xiはその顔を見逃さなかった。

 

「キラ、目が輝いてる」

 

「いや……そういう言われ方をする機体って、やっぱり気になるよ」

 

ラクスが微笑む。

 

「キラらしいですわ」

 

カイエンは、そこで声を少し低くした。

 

「ただし、機密が多い。今日ここで見たことは、基本的に他言無用だ」

 

その瞬間。

 

露伴が言った。

 

「分かった」

 

Xiは振り向いた。

 

「先生、いつからいたんですか!?」

 

岸辺露伴は、当然のようにスケッチブックを持っていた。

 

「最初からだ」

 

「呼んでない!」

 

「機密、星団三大MH、星団中の少年が憧れる名騎。これで来ない漫画家がいるなら、そいつは漫画家じゃあない」

 

承太郎が帽子の庇を下げた。

 

「やれやれだぜ」

 

泉さんがため息をつく。

 

「露伴先生、今回は本当に他言無用ですからね」

 

「分かっている。描かないとは言っていないが」

 

「描かないでください」

 

「線の記憶までは消せないだろう」

 

Xiは頭を抱えた。

 

「この人が一番機密に向いてない」

 

カイエンは苦笑した。

 

「まあ、ここまで来たなら仕方ない。ただし、許可なく近づくな。触るな。記録するな」

 

露伴は不満そうにした。

 

「厳しいな」

 

「機密だと言っただろう」

 

「分かった。今日は見るだけだ」

 

Xiが小声で言う。

 

「その“見るだけ”が信用できないんだよなあ」

 

一行は、奥へ進んだ。

 

そこは、これまで見てきた格納スペースの中でも特に厳重だった。

 

壁面には余計な装飾がない。

照明は低く、床には誘導線だけが淡く光っている。

警備の気配も濃い。

 

エンゲージSR-1の時のような王朝の気品ではない。

バッシュの時のような黒い沈黙でもない。

 

ここは、秘匿された兵器を眠らせる場所だった。

 

Xiは呟く。

 

「正義の味方っぽいMHって聞いたのに、格納場所は全然正義の味方っぽくない」

 

カイエンが言う。

 

「正義の味方ほど、秘密は多いもんだ」

 

「身も蓋もない」

 

やがて、一行の前にそれは現れた。

 

破烈の人形。

 

……の、はずだった。

 

弥子が首を傾げた。

 

「……あれ?」

 

キラも、少しだけ言葉に詰まる。

 

「これは……」

 

Xiは眉を寄せた。

 

「思ってたより……丸い?」

 

そこに立っていたMHは、確かに存在感はあった。

 

だが、先ほどまで聞かされていた「星団中の少年が憧れる」「正統派」「星団三大MH」という言葉から想像する姿とは、どこか違っていた。

 

ずんぐりとしたシルエット。

どこか閉じたような装甲。

頭部も胸部も沈み込み、全体的に眠っているように見える。

 

弥子が困ったように笑った。

 

「ええと……強そうではありますけど……」

 

ネウロが愉快そうに笑う。

 

「ククク……星団中の少年が憧れるには、なかなか渋い姿だな」

 

露伴も、珍しく言葉を選んでいる。

 

「これは……いや、構造的には面白いが……第一印象としては、少々……」

 

Xiが言う。

 

「先生が気を遣った!」

 

承太郎が短く言う。

 

「珍しいな」

 

キラは真剣に見ていた。

 

「待機状態、なんでしょうか。装甲が閉じている。重心も低いし、各部が収まっているように見える」

 

カイエンは、にやりと笑った。

 

「まあ、そういう感想だよな」

 

Xiはその笑顔に気づいた。

 

「……カイエン?」

 

カイエンは、少しだけ前に出る。

 

「お前らが今見ているのは、破烈の人形の“待機状態”だ」

 

キラの目が鋭くなる。

 

「待機状態……」

 

カイエンは、奥に向かって声をかけた。

 

「やってくれ」

 

その瞬間。

 

格納スペースの空気が変わった。

 

低い駆動音が鳴る。

 

ごごごごご、と重い振動が床を伝ってくる。

 

弥子が思わず一歩下がった。

 

「動いた!?」

 

泉さんがすぐに言う。

 

「下がってください!」

 

承太郎が露伴の肩を掴む。

 

「近づくな」

 

「分かっている!」

 

「足が前に出ていた」

 

「本能だ」

 

「抑えろ」

 

破烈の人形の装甲が、少しずつ開いていく。

 

沈み込んでいた脚部が伸びる。

踵が固定され、関節が噛み合う。

胸部のブロックが引き上がり、頭部が姿勢を変える。

閉じていた装甲が、まるで殻を割るように外へ展開していく。

 

キラは息を呑んだ。

 

「変形……いや、戦闘姿勢への移行……!」

 

カイエンが低く言う。

 

「まだだ」

 

腕部に力が入る。

 

盾が展開する。

主武装が解放される。

背部の安定翼が伸び、全身のラインが一気に変わる。

 

先ほどまでの鈍重さは消えていた。

 

丸く閉じていたものが、鋭く開く。

眠っていた巨人が、戦う騎士へ変わる。

 

Xiは呆然と見上げた。

 

「……ずるい」

 

弥子が叫んだ。

 

「かっこいい!!」

 

露伴は、完全に目を奪われていた。

 

「待て……待て、線が変わった。まるで別物じゃあないか……!」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……人間は変形に弱い。実によく分かる」

 

「否定できない!」

 

Xiが言った。

 

そして最後に、頭部が開く。

 

真の顔が現れる。

 

鋭い眼。

上へ伸びる角。

閉じていた印象が消え、正面から敵を見据える、まさに“戦う者”の顔。

 

カイエンは静かに言った。

 

「これが、破烈の人形だ」

 

誰も、すぐには喋らなかった。

 

白い巨体。

大きな盾。

鋭い剣。

力強く、それでいてどこか清廉な姿。

 

確かに、これは少年が憧れる。

 

キラが、ゆっくり口を開いた。

 

「これは……分かります」

 

ラクスがそっと訊く。

 

「キラ?」

 

「子どもの頃にこれを見たら、忘れられないと思います。怖いより先に、かっこいいが来る。守ってくれそうで、戦ってくれそうで……」

 

弥子が勢いよく頷く。

 

「正義の味方です!」

 

カイエンは少し笑った。

 

「そう見えるだろう」

 

Xiも、素直に頷いた。

 

「これは人気出る。待機モードからの差がずるい。完全に変身ヒーローじゃん」

 

ネウロが言う。

 

「貴様まで少年の顔をしているぞ」

 

Xiは少しだけ照れた。

 

「してない」

 

「している」

 

「……ちょっとしてたかも」

 

露伴は、スケッチブックを開きかけて止まった。

 

手が震えている。

 

「今の変形を、もう一度頼む」

 

カイエンは即答した。

 

「駄目だ」

 

「一度で描き切れるわけないだろう!」

 

「機密だ」

 

「機密で済ませるには惜しすぎる!」

 

Xiが言う。

 

「先生、極秘って言われたばかり!」

 

泉さんも強く言った。

 

「露伴先生、今回は本当に駄目です」

 

露伴は歯ぎしりしそうな顔で、スケッチブックを閉じた。

 

「……分かっている。頭には入れた」

 

Xiが震えた。

 

「頭に入れた時点で危ない」

 

承太郎が言う。

 

「あとで確認する」

 

露伴が睨む。

 

「君は僕の検閲官か」

 

「今日はそうだ」

 

破烈の人形は、戦闘モードの姿で静かに立っていた。

 

先ほどまでとは、まるで違う。

 

キラは、その姿をじっと見つめていた。

 

「最初の姿は、力を隠していたんですね」

 

カイエンが頷く。

 

「隠しているというより、収めている。必要な時にだけ開く」

 

「武装も、姿勢も、視線も……全部、戦うために変わる」

 

キラは、自分の言葉を確かめるように言った。

 

「でも、ただ物騒なだけじゃない。見た者に“味方だ”と思わせる形をしている」

 

ラクスは優しく微笑んだ。

 

「キラには、そう見えるのですね」

 

「うん。これは、多分……憧れの形なんだと思う」

 

弥子が言う。

 

「分かります! 男の子が好きなやつです!」

 

Xiが頷く。

 

「僕もちょっと好き」

 

ネウロが笑う。

 

「素直でよろしい」

 

「魔人に褒められたくない」

 

ラキシスは、ソープの隣で破烈の人形を見上げていた。

 

「ソープ様、あの機体も美しいですね」

 

ソープが頷く。

 

「うん。クバルカンらしいね」

 

「ミラージュとも、コーラスの機体とも、黒騎士とも違います」

 

「そうだね。あれは、信仰と正義の形に近いのかもしれない」

 

Xiは聞き逃さなかった。

 

「信仰と正義の形……」

 

カイエンが言う。

 

「クバルカン法国の旗騎だからな。ただ強ければいいってものじゃない。あれもまた、背負っている」

 

Xiは破烈の人形を見上げた。

 

「エンゲージSR-1が王朝の歴史なら、これは……」

 

キラが続けた。

 

「信じるものの象徴、でしょうか」

 

カイエンは頷いた。

 

「いい表現だ」

 

露伴が小声で言う。

 

「今のも使える」

 

Xiが即座に振り向く。

 

「先生!」

 

「分かっている。今日は記憶だけだ」

 

「それが一番怖いんですよ」

 

ログナー司令は、戦闘モードの破烈の人形を見上げていた。

 

「星団三大MHの一つ。理解しておく価値はある」

 

Xiがすぐに反応する。

 

「司令、その“理解しておく”がまた外堀の匂いする」

 

「護衛任務に必要な知識だ」

 

「やっぱり!」

 

泉さんが冷静に言う。

 

「今回は鑑賞のみです。機密も多いので、適性確認などは当然ありません」

 

Xiがぱっと泉さんを見る。

 

「泉さん!」

 

ログナーは少しだけ沈黙した。

 

「……鑑賞のみとする」

 

Xiは小さくガッツポーズした。

 

「勝った」

 

カイエンが笑う。

 

「泉は強いな」

 

泉さんは真顔で言う。

 

「常識です」

 

弥子が小声で言った。

 

「常識って強いですね」

 

ネウロが言う。

 

「この面子の中では希少資源だな」

 

「否定できないのが悔しい」

 

Xiが言った。

 

破烈の人形の周囲を、一定距離を保って見て回る。

 

露伴は何度も足を止め、そのたびに承太郎と泉さんに見張られる。

キラは静かに装甲の配置や変形の意味を考えている。

ラクスはその横で、穏やかにキラを見守る。

弥子は何度も「かっこいい」と呟く。

ネウロは、人間が機械に憧れる理由を観察している。

ラキシスはソープに寄り添い、ソープはどこか楽しそうに破烈の人形を眺めている。

 

Xiは、少しだけ肩の力を抜いていた。

 

「今日は平和だ」

 

カイエンが言う。

 

「機密の塊を見ている時点で、平和ではないかもしれんがな」

 

「バスター砲がない。エストさんに見られてない。けん玉フレイルもない。僕にとっては平和」

 

「基準が下がったな」

 

「下げられたんだよ」

 

その時、破烈の人形の顔が、静かにこちらを向いたように見えた。

 

Xiは一瞬だけ固まる。

 

「……見られてないよね?」

 

カイエンが笑う。

 

「エストじゃない」

 

「黒騎士回の後遺症があるんだよ!」

 

キラが少し笑った。

 

「でも、迫力はありますね」

 

「ある。これは正面から見ると本当にすごい」

 

Xiは素直に言った。

 

「待機モードで油断させて、戦闘モードで心を奪う。ずるい」

 

弥子が頷く。

 

「まさに変身ヒーロー!」

 

露伴が言う。

 

「変身ヒーローなどという安い言葉で片付けるな。だが、分かる」

 

「分かるんだ」

 

「分かる」

 

承太郎が帽子の庇を下げた。

 

「やれやれだぜ」

 

やがて、見学時間は終わりに近づいた。

 

破烈の人形は、ゆっくりと待機状態へ戻っていく。

 

装甲が閉じる。

姿勢が収まる。

鋭かったシルエットが、再び眠るように沈む。

 

弥子が名残惜しそうに言った。

 

「ああ、戻っちゃう……」

 

キラも静かに見ていた。

 

「変形そのものが、儀式みたいですね」

 

カイエンは頷く。

 

「そう感じるなら、今日見た意味はあったな」

 

破烈の人形は、再び待機モードに戻った。

 

最初に見た時は、少し拍子抜けした姿。

 

だが、もう誰も同じ目では見ていなかった。

 

そこに眠っているのは、星団中の少年が憧れるMHの真の姿だった。

 

Xiが言った。

 

「最初に見た時と、全然印象が違う」

 

キラも頷く。

 

「中に何が秘められているかを知ると、見え方が変わりますね」

 

ラクスが微笑む。

 

「人も、機体も、そうなのかもしれませんわ」

 

Xiは少しだけ黙った。

 

「……いいこと言いますね」

 

「ふふ」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……見た目で判断し、内側を知って認識を改める。実に人間らしい」

 

弥子が言う。

 

「ネウロ、今日はちょっと先生っぽいです」

 

「吾輩は常に上位存在だ」

 

「いつものネウロでした」

 

カイエンは最後に、一行を見回した。

 

「今日見たものは、外では喋るな。特に変形の詳細はな」

 

露伴が、わずかに顔を逸らした。

 

Xiが叫ぶ。

 

「先生!」

 

「分かっていると言っているだろう」

 

泉さんが言う。

 

「露伴先生、帰ったら原稿ではなくメモも禁止です」

 

「横暴だ」

 

「機密です」

 

承太郎が短く言う。

 

「諦めろ」

 

露伴は悔しそうだった。

 

「……記憶だけにしておく」

 

Xiは不安そうに言う。

 

「その記憶がいちばん強いんだよなあ」

 

その日の結論。

 

破烈の人形は、クバルカン法国の旗騎。

星団三大MHの一つ。

星団中の少年が憧れる、正統派の名騎。

待機状態は、少し期待外れに見える。

しかし装甲が展開し、戦闘モードへ移行した瞬間、その評価は一変する。

それは、まさに“正義の味方”の姿だった。

機密が多いため、今回は完全に鑑賞のみ。

露伴先生は、最後まで描きたそうだった。

Xiは座らなかった。

適性確認もなかった。

キラは、少年が憧れる理由を理解した。

 

帰り道。

 

キラは静かに言った。

 

「今日の機体は、すごく分かりやすく心に残りました」

 

ラクスが訊く。

 

「キラの中の少年の部分に、でしょうか」

 

キラは少し照れたように笑う。

 

「そうかもしれない」

 

弥子が元気よく言う。

 

「私も好きです! 破烈の人形!」

 

Xiも頷いた。

 

「悔しいけど、僕も好き」

 

ネウロが言う。

 

「人間は変形と正義に弱い」

 

「否定できない」

 

ソープは楽しそうに笑っている。

 

ラキシスも微笑んでいる。

 

カイエンは満足げだった。

 

ログナー司令は、短く言った。

 

「星団三大MHの理解が進んだな」

 

Xiは即座に振り向いた。

 

「司令、今日は綺麗に終わらせて!」

 

ログナーは表情を変えない。

 

「記録しておく」

 

「やめて!」

 

承太郎が帽子の庇を下げる。

 

「やれやれだぜ」

 

破烈の人形。

 

待機する人形。

目覚める騎士。

少年たちが夢を見る、白い正義の象徴。

 

キラ・ヤマトは、その姿をしばらく忘れられそうになかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。