守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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キラ・ヤマトは女帝の協奏曲を見上げる

「今回は、優雅な機体だ」

 

レディオス・ソープは、にこにことそう言った。

 

怪盗Xiは、即座に警戒した。

 

「陛下が“優雅”って言う時、だいたい普通じゃないんですよ」

 

ソープは首を傾げる。

 

「そうかな」

 

「そうです」

 

Xiは指を折った。

 

「KOGはプロポーズ用黄金神話ロボ。テロルは忍者けん玉。スピードは高速バスター砲。陛下の“優雅”には、だいたい何かが混ざってる」

 

弥子が笑いをこらえた。

 

「プロポーズ用黄金神話ロボ……」

 

キラも苦笑する。

 

「言い方はひどいけど、間違ってはいない気がします」

 

ラクスが微笑む。

 

「キラ」

 

「ごめん」

 

ログナー司令は、いつものように横に立っていた。

 

「今回は見せるだけだ」

 

Xiはすぐに振り向く。

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

「座らない?」

 

「座らない」

 

「適性確認しない?」

 

「今回はな」

 

Xiは両手を広げた。

 

「“今回は”って言った!」

 

カイエンが笑う。

 

「よく聞いてるな」

 

「聞き逃したら支給品が増えるんだよ!」

 

露伴は、すでにスケッチブックを手にしていた。

 

「優雅な機体。王家に伝わるMH。女帝のための協奏曲。描かない理由がない」

 

泉さんが即座に言う。

 

「露伴先生、まず許可を取ってください」

 

「分かっている」

 

承太郎が帽子の庇を下げる。

 

「本当か?」

 

「君は僕を何だと思っている」

 

「好奇心で機密に近づく漫画家」

 

「否定しづらいな」

 

「否定してください!」

 

弥子が突っ込んだ。

 

一行が案内された格納スペースは、これまでのどれとも違っていた。

 

LEDミラージュの時のような冷たい威圧ではない。

エンゲージSR-1の時のような王朝の静謐でもない。

バッシュの時のような黒い沈黙でもない。

破烈の人形の時のような、秘匿された熱でもない。

 

そこは、どこか宮廷の控えの間のようだった。

 

光は柔らかく、床は磨かれ、周囲の空気には金属と香木が混ざったような静けさがある。

 

Xiは小声で言った。

 

「格納庫というより、舞踏会の準備室みたいだ」

 

ラクスが頷く。

 

「ええ。とても優雅な空気ですわ」

 

キラは、少し緊張した顔で奥を見つめていた。

 

「今日の機体は、名前に“協奏曲”が入るんですよね?」

 

ソープが嬉しそうに頷いた。

 

「うん」

 

そして、彼は静かにその名を告げた。

 

「AUGE。オージェとも、アウゲとも呼ばれるね」

 

奥の照明がゆっくりと上がった。

 

そこに立っていたのは、銀と銅と白の輝きをまとった、異様なほど華やかなMHだった。

 

AUGE。

 

大きく広がった両肩。

まるで翼のようにも、巨大な花弁のようにも見えるオージェショルダー。

銀色の装甲に、銅色の内側。

鋭いのに、どこか柔らかい。

兵器なのに、舞台装置のようでもある。

 

弥子が小さく息を呑んだ。

 

「わあ……綺麗……」

 

キラは、しばらく言葉を失っていた。

 

「これは……」

 

露伴が、目を見開く。

 

「華やかだな。だが、ただ飾っているわけじゃない。肩のシールドが、機能でありながら装飾になっている」

 

XiはAUGEを見上げた。

 

「オージェショルダー……主張が強い」

 

ネウロがくつくつと笑った。

 

「ククク……肩で己の身分を語るか。人間の兵器は、時に衣装と同じだな」

 

ソープは楽しそうに説明を続けた。

 

「正式名は、Annamie Unisonar for Green Empress」

 

ラクスがゆっくり繰り返す。

 

「Green Empress……」

 

キラが続けた。

 

「女帝のための……」

 

ソープは頷いた。

 

「協奏曲」

 

その言葉が落ちた瞬間、格納スペースの空気が少し変わったように感じられた。

 

女帝のための協奏曲。

 

それは、ただの名前ではなかった。

 

キラはAUGEを見上げたまま言った。

 

「兵器の名前というより、楽曲の題名みたいですね」

 

ソープは微笑んだ。

 

「そうだね」

 

カイエンが腕を組む。

 

「アマテラス王家に伝わるMHだ」

 

Xiはそこでソープを見た。

 

「王家に伝わるなら、陛下の機体なんですか?」

 

ソープは、あっさりと言った。

 

「いや」

 

「え」

 

「名前が“女帝のための協奏曲”だからね。僕のものじゃないな、と思った」

 

Xiは少しだけ黙った。

 

「そこは妙に謙虚なんですね」

 

「妙に?」

 

「だって、その後、自分用にKOGシリーズを作るんですよね?」

 

ソープはにこっと笑った。

 

「うん」

 

Xiは両手を広げた。

 

「謙虚の出力が極端!!」

 

弥子が笑った。

 

「“僕のものじゃないな”から“じゃあ黄金の騎士を作ろう”になるんですね!」

 

泉さんが真顔で言う。

 

「判断の前半は慎ましいのに、後半の制作規模が大きすぎます」

 

ログナーが短く言った。

 

「陛下だからな」

 

Xiはログナーを見る。

 

「司令、その一言で済ませないで」

 

ラキシスは、AUGEを静かに見上げていた。

 

「女帝のための協奏曲……」

 

ソープがラキシスを見る。

 

「ラキシスにも似合うと思うよ」

 

ラキシスの頬が、ほんのり赤くなる。

 

「ソープ様……」

 

弥子が胸を押さえた。

 

「あまーーーーい!!」

 

ネウロが顔をしかめる。

 

「協奏曲に砂糖を混ぜるな」

 

「ネウロも言い方がうまくなってきましたね!」

 

「褒めるな」

 

キラは、AUGEの肩を見つめていた。

 

「この肩……盾なんですね」

 

ログナーが答える。

 

「オージェショルダー。防御機構であり、外観の象徴でもある」

 

キラは目を細める。

 

「普通なら、ここまで大きな肩は機動の邪魔になる。でも、この機体ではそれが全体のシルエットを作っている。防御と美しさを同時に成立させているんだ」

 

露伴が嬉しそうに頷く。

 

「いい観察だ、キラくん。これは装甲ではなく、衣装であり、盾であり、権威だ」

 

Xiが小声で言う。

 

「先生とキラが同じ方向に盛り上がってる」

 

承太郎が短く言う。

 

「珍しいな」

 

「珍しいけど、これは分かる」

 

XiもAUGEを見上げた。

 

「怖いというより、近づきにくい。戦場の兵器というより、宮廷の奥にある宝物みたいだ」

 

ラクスが静かに言った。

 

「女帝のための協奏曲、という名にふさわしいですわね」

 

「はい」

 

キラは頷いた。

 

「音楽みたいです。各部の形が、別々に主張しているのに、全体では調和している」

 

ソープは嬉しそうだった。

 

「キラは面白い見方をするね」

 

キラは少し照れる。

 

「でも、本当にそう見えます。肩、腕、脚、盾、色。全部が違う音を出しているのに、一つの曲になっているみたいです」

 

Xiは少し黙った。

 

「だから協奏曲か」

 

カイエンが言う。

 

「分かりやすいだろう」

 

「名前の意味を知ってから見ると、急に見え方が変わりますね」

 

ネウロが言う。

 

「人間は名に引っ張られる。だが、この場合は名が本質を示しているようだな」

 

弥子が目を輝かせていた。

 

「すごい。今日のネウロ、評論家みたい」

 

「吾輩は常に上位存在だ」

 

「いつものネウロでした」

 

露伴は、手元のペンをぎりぎり握っていた。

 

泉さんがすぐに見た。

 

「露伴先生」

 

「まだ描いていない」

 

「まだ、ですね」

 

「……一本だけなら」

 

「駄目です」

 

「横暴だ」

 

承太郎が言う。

 

「今日は許可を取ってからだ」

 

露伴は悔しそうにAUGEを見上げた。

 

「この線を前にして我慢しろというのは、漫画家への拷問だ」

 

Xiが言う。

 

「先生の場合、たぶん我慢も取材のうちですよ」

 

「それは少し面白いな」

 

「面白がらないで」

 

ログナーは、AUGEの前で静かに説明を続けた。

 

「アマテラス王家に代々伝わるMHだ。だが、陛下が言ったように、この機体は“女帝のための”ものとしての意味が強い」

 

Xiは首を傾げた。

 

「じゃあ、陛下が乗ると名前とズレる?」

 

ソープが頷く。

 

「うん。僕が乗っても悪くはないけど、しっくりこない」

 

「その感覚は分かる気がします」

 

キラが言った。

 

「機体が持つ物語と、乗り手が合うかどうか。バッシュの時にも感じましたけど、この世界ではそれがとても重いんですね」

 

カイエンが頷く。

 

「MHは道具だ。だが、ただの道具じゃない」

 

Xiは小さく言う。

 

「また重い話になってきた」

 

ログナーがXiを見た。

 

「だからこそ、理解しておく必要がある」

 

Xiは即座に言い返す。

 

「司令、その“理解しておく”で何回外堀を埋めました?」

 

「必要な分だけだ」

 

「必要量が多すぎる!」

 

ラキシスは、AUGEを見上げたまま言った。

 

「でも、ソープ様が“自分のものではない”と仰った理由、少し分かる気がします」

 

ソープが嬉しそうに見る。

 

「ラキシス?」

 

「この方は、誰かに尽くすためというより、誰かを讃えるために立っているように見えます」

 

キラが小さく頷いた。

 

「分かります。守るだけじゃなくて、称えるための姿」

 

ラクスも微笑む。

 

「女帝のための協奏曲……女帝そのものではなく、女帝へ捧げられる音楽なのですね」

 

ソープは、少しだけ目を細めた。

 

「うん。そういう感じだね」

 

Xiは感心した顔になった。

 

「今日はみんなの感想が優雅だ」

 

弥子が元気よく言う。

 

「でも、肩はすごいです!」

 

「弥子ちゃんだけ直球」

 

「いや、だって本当にすごいんですもん!」

 

ネウロが笑う。

 

「素直な感想もまた真理だな」

 

AUGEの周囲を、一定の距離を保って見て回ることになった。

 

近づきすぎることは許されない。

 

だが、遠くからでも十分だった。

 

光が当たるたびに、銀の装甲が静かに表情を変える。

銅色の内側が、まるで楽器の内側のように温かく光る。

大きな肩は、盾であり、翼であり、舞台の幕でもある。

 

キラは、ふと呟いた。

 

「これは、戦う姿よりも、立っている姿が印象に残る機体かもしれません」

 

カイエンが聞く。

 

「なぜそう思う」

 

「動いて強いのは当然として……この機体は、そこにいるだけで意味があるように見えるんです。誰かのために奏でられる曲みたいに」

 

ラクスが穏やかに笑った。

 

「キラ、とても素敵な感想ですわ」

 

キラは少し照れた。

 

「ありがとう」

 

弥子がまた胸を押さえる。

 

「こっちも甘い……」

 

Xiが小声で言う。

 

「今日は糖分控えめかと思ったのに」

 

ラキシスはソープを見上げた。

 

「ソープ様のKOGは、ソープ様が私を迎えに来てくださるための黄金の騎士」

 

ソープは優しく頷く。

 

「うん」

 

ラキシスはAUGEを見る。

 

「そして、この方は女帝のための協奏曲」

 

「そうだね」

 

「どちらも、とても素敵です」

 

ソープは、ふわりと笑った。

 

「ラキシスがそう言ってくれるなら嬉しいな」

 

弥子が限界を迎えた。

 

「あまーーーーい!!」

 

ネウロが言う。

 

「協奏曲どころか合唱になってきたな」

 

XiはAUGEを見上げながら言った。

 

「でも、KOGとは全然違う。KOGは“迎えに行く”感じだけど、AUGEは“捧げる”感じがする」

 

露伴がすぐに反応した。

 

「いい表現だ。いただく」

 

「先生!」

 

「言葉は機密ではない」

 

泉さんが静かに言う。

 

「文脈によります」

 

「編集者の目が厳しい」

 

ログナーはXiを見た。

 

「理解が進んだな」

 

Xiは反射的に身構える。

 

「褒められても乗りませんよ」

 

「今回は乗せない」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

「じゃあ、記録は?」

 

「AUGE見学完了」

 

「それだけ?」

 

「女帝のための協奏曲への理解が進んだ」

 

「余計な記録だけど、まあ今日は許す!」

 

カイエンが笑う。

 

「基準が緩くなったな」

 

「搭乗適性って書かれないだけで勝ちです」

 

キラは、最後にもう一度AUGEを見上げた。

 

「僕は、モビルスーツを戦争の道具として見てきました。もちろん、そこにも設計思想や美しさはあります。でも……」

 

ラクスが静かに聞く。

 

「でも?」

 

「この世界のMHは、機体が物語を持ちすぎていますね。王朝、黒騎士、信仰、女帝。兵器なのに、誰かの願いや歴史が形になっている」

 

カイエンが頷いた。

 

「そういうものだ」

 

Xiも小さく言う。

 

「だから、ただ“乗る”だけじゃ済まないんだよね」

 

ログナーが言う。

 

「その通りだ」

 

Xiはすぐに振り向いた。

 

「そこを肯定されると、僕が余計に乗れなくなるんですけど」

 

「乗るには理解が必要だ」

 

「乗らないためにも理解が必要になってきた!」

 

弥子が笑う。

 

「でも、今日のXiさんはあまり怯えてませんね」

 

XiはAUGEを見た。

 

「だって、これは僕に貸与される感じじゃないし」

 

ログナーが短く言う。

 

「女帝のための機体だからな」

 

「よかった」

 

「ただし、王家のMHへの理解は護衛任務に有益だ」

 

「やっぱり外堀は埋める!」

 

ソープが楽しそうに笑った。

 

「Xiは大変だね」

 

「陛下のせいでもありますからね?」

 

「そうかな」

 

「そうです」

 

ラキシスはくすっと笑った。

 

「でも、Xiさんがいてくださると安心です」

 

Xiは、その言葉に少しだけ弱い。

 

「……報酬分は働きます」

 

ログナーが言う。

 

「ならば次回も――」

 

「次回の話を今しない!」

 

やがて、見学の時間は終わった。

 

AUGEは最後まで静かに立っていた。

 

戦闘のために構えたわけではない。

変形したわけでもない。

黒く沈んだわけでもない。

黄金に輝いたわけでもない。

 

ただ、そこにあった。

 

女帝のための協奏曲として。

 

キラは、帰る前に深く頭を下げた。

 

「見せていただいて、ありがとうございました」

 

カイエンが少し笑う。

 

「お前、機体に礼を言ったのか」

 

キラは少し照れたように笑った。

 

「そうしたくなりました」

 

ラクスも隣で小さく会釈する。

 

「とても美しい協奏曲でしたわ」

 

露伴は、悔しそうにペンをしまった。

 

「描きたかった」

 

泉さんが言う。

 

「今日は我慢できましたね」

 

「していない。耐えたんだ」

 

承太郎が短く言う。

 

「同じだ」

 

「違う」

 

弥子は最後に言った。

 

「女帝のための協奏曲……なんか、お菓子の名前でもありそうですね」

 

Xiが振り向く。

 

「弥子ちゃん、急に食欲で戻ってきた」

 

ネウロが言う。

 

「戻ったな」

 

その日の結論。

 

AUGE。

女帝のための協奏曲。

アマテラス王家に伝わるMH。

大きなオージェショルダーは、盾であり、装飾であり、象徴。

ソープは「僕のものではない」と判断した。

そして自分用にKOGシリーズを作った。

その判断の慎ましさと規模の大きさに、Xiは混乱した。

キラは、MHが持つ物語の重さをまた一つ知った。

今回は見せるだけ。

搭乗なし。

適性確認なし。

露伴先生は、かなり耐えた。

 

帰り道。

 

Xiは、ふと呟いた。

 

「今日は本当に優雅だった」

 

カイエンが言う。

 

「たまにはいいだろう」

 

「はい。バスター砲もなかったし、けん玉もなかったし、エストさんに見られなかったし、死神でもなかったし」

 

ログナーが短く言う。

 

「AUGEは王家のMHだ」

 

「分かってます。でも今日は圧が違った」

 

キラが頷く。

 

「圧というより、響きでしたね」

 

ラクスが微笑む。

 

「協奏曲ですもの」

 

ソープとラキシスは、隣で穏やかに笑っている。

 

弥子は「協奏曲ケーキって作れそう」と言い、泉さんに「まず普通のケーキにしましょう」と止められている。

ネウロは「食欲の楽章か」と呆れている。

露伴はこっそり何かを描こうとして、承太郎に見つかっている。

 

Xiは空を見上げた。

 

「女帝のためのMHなら、安心だと思いたい」

 

ログナーが言った。

 

「今回はな」

 

Xiは即座に振り向いた。

 

「最後に不穏な一言を足さないで!」

 

承太郎が帽子の庇を下げる。

 

「やれやれだぜ」

 

キラ・ヤマトは、最後にもう一度だけ振り返った。

 

銀色の協奏曲は、もう見えない。

 

けれど、その響きだけは、しばらく胸の中に残っていた。

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