守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
荷物もおおむね整い、
あとはチェックアウトまで少し時間を残すばかりとなった頃。
七人は、再び旅館の売店前にいた。
キラ・ヤマト。
桂木弥子。
脳噛ネウロ。
ダグラス・カイエン。
アウクソー。
ラクス・クライン。
空条承太郎。
キラは売店の暖簾を見た瞬間、もう嫌な予感がしていた。
「……確認しておくけど」
弥子がすでに目を輝かせている。
「なに?」
「朝食で満足したよね?」
弥子は真顔で答えた。
「朝食は朝食」
一拍。
「売店は売店」
キラが額を押さえる。
「やっぱり……!」
ネウロが口元を吊り上げた。
「ククク……
略奪者に“満腹”の概念を期待するほうが愚かだ」
「うるさいわね!
お土産は別腹なのよ!」
「別腹が多すぎるんだよ」
キラ。
ラクスはやわらかく微笑んだ。
「でも、旅館の売店は最後に立ち寄りたくなるものですわね」
「ラクスは上品に言うなあ……」
キラ。
「言ってることは弥子と同じなのに……」
カイエンは気だるげに売店の中を見やる。
「ぼかぁ厄介事は苦手なんだが……
まあ、最後に少し覗くくらいなら悪くない」
承太郎は短く言う。
「必要なもんだけ見ればいい」
アウクソーが静かに一礼する。
「では、手短に、かつ円滑に済みますよう」
キラが思わず言った。
「ほんとにお願いします、アウクソーさん……!」
弥子が横でニヤニヤする。
「もうアウクソーさんに全幅の信頼置いてるじゃん」
「置くよ!」
キラ。
「このメンバーで円滑に進められる人、もうアウクソーさんしかいないよ!」
ネウロが鼻で笑う。
「貴様は?」
「僕は現場猫なんだよ!!」
キラ。
「“ヨシ!”って言いながら走り回る係なんだよ!!」
弥子が吹き出す。
「わかる!」
開幕ダッシュ、再び
売店へ入った瞬間、
弥子はもう菓子棚へ一直線だった。
「うわあああ!!
昨日見たのと微妙に印象変わる!
朝に見る売店ってまた良い!!」
「朝食直後の人の感想じゃないよ……」
キラ。
弥子は次々と箱を手に取る。
「温泉まんじゅう……
ご当地クッキー……
このせんべいもいいし、あっ、チョコもある!」
ネウロもすでに別方向へ散っていた。
民芸品コーナーで、
顔の怖い木彫りの面を見つめている。
「ほう……」
キラがすぐそっちも警戒する。
「何見つけたの」
「この面だ」
ネウロ。
「魔界の売店なら、こういう土産物は“護符”か“呪具”のどちらかだが」
「出た、“魔界の〇〇は~”」
キラ。
弥子が箱を抱えたまま叫ぶ。
「はいはい、魔界の売店はどうなのよ!」
ネウロは木彫りの面を戻しながら言う。
「魔界の売店では、土産とは“持ち帰る不幸”のことを指す」
「嫌すぎる!!」
キラ。
「客は旅の記憶と一緒に、小さな災厄を持ち帰るのだ」
「縁起でもないわね!」
弥子。
「旅の思い出を呪いとセットにするな!」
承太郎が少し離れた位置から一言。
「地獄だな」
「魔界だからな」
ネウロ。
「もうその返し安心感すらあるな……」
キラ。
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その一方で、
カイエンは酒と工芸品の棚の間をゆっくり見ていた。
地酒の小瓶、
渋い湯呑み、
木製の菓子皿。
どれも妙に似合いそうなものばかりだ。
アウクソーがその少し後ろに控え、
必要な時だけ視線を向ける。
キラがそれを見て少し安心しかけた、その時。
カイエンが何気ない口調で言った。
「地球の旅館土産は、だいぶ穏やかなものなんだな。
それに比べてジョーカー太陽星団の土産物屋では、定番は“裂風飴”だ」
キラが止まる。
「えっ、なにそれ」
弥子が即座に食いつく。
「おいしいの?」
カイエンは涼しい顔だ。
「一見ただの飴だが、噛むと内部に仕込まれた気泡が弾けて、舌に小さな衝撃が走る」
キラが顔をしかめる。
「痛そう!!」
「なんで旅の思い出をそんなアグレッシブな形で持ち帰るの!?」
ネウロが愉快そうに笑う。
「ククク……
よいぞ剣聖。菓子にまで不安を混ぜる技は嫌いではない」
「また必殺技みたいに言った!!」
そしてここで、
アウクソーが静かに、しかし間髪入れず告げる。
「マスター、嘘は駄目です」
キラが即答する。
「やっぱり!」
カイエンが小さく肩をすくめる。
「朝から夢がないな、アウクソー」
「現実的とおっしゃってくださいませ」
アウクソー。
「少なくとも、裂風飴という名称の菓子は私は存じ上げません」
弥子が笑いながら言う。
「“名称の菓子”っていう言い回しがもう容赦ない!」
ラクスも口元に手を当てて微笑んだ。
「でも、少し面白そうではございますわね」
キラが振り向く。
「ラクスまで乗らないで!?」
「まあ」
ラクス。
「本当にあったら、でございますけれど」
「その“本当にあったら”が怖いんだよなあ……」
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さて、問題の弥子である。
弥子は最終的に、
両手にいくつもの箱を抱えていた。
温泉まんじゅう
ご当地クッキー
海老せんべい
小袋チョコ
なぜか漬物
キラがじっと見る。
「……多くない?」
「普通よ」
弥子。
「普通じゃないよ!」
「だってこれは家用、これは自分用、これはもし夜お腹空いた時用、これは比較用――」
「比較用って何!?」
キラ。
ネウロがすかさず言う。
「ククク……
略奪者の思考回路は常に次の飢えへ備えている」
「うるさいわね!
あんたも絶対なんか買うでしょ!」
実際ネウロの手には、
よく分からない民芸キーホルダーと、
真っ黒なパッケージのご当地菓子があった。
キラが目を細める。
「それ何」
「土産だ」
ネウロ。
「この黒い菓子、色がよい」
「色で選ぶなよ……」
弥子がじとっとする。
「おまえ、絶対“見た目が不穏だから”って理由で買ってるでしょ」
「何か問題か」
ネウロ。
「問題しかない!」
キラが弥子の箱を一つずつ見直す。
「これ、本当に全部持って帰るの?
朝食のあとだよ?」
弥子はきっぱり答えた。
「朝食で満足するのは“今”の話でしょ」
「名言っぽく言うな!」
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騒がしい一団の横で、
承太郎はすでに会計に近い位置にいた。
手には、温泉まんじゅうと、
小さめの和菓子箱がひとつ。
キラが気づく。
「……もう選び終わってる」
弥子も見る。
「早っ」
承太郎は短く答える。
「必要なもんだけだ」
「ホリィさん用ですか?」
キラ。
承太郎の眉がぴくりと動く。
「……うるせぇ」
弥子がにやっとする。
「図星だ」
「うるせぇ」
ラクスがやわらかく言う。
「きっとお喜びになりますわね」
承太郎はそれには答えなかったが、
否定もしなかった。
カイエンが横目で見て言う。
「不良のくせに律儀だな」
「おまえに言われたくねぇだろうよ」
と、キラが心の中で思ったが、口には出さなかった。
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混沌としがちな売店の中で、
もっとも静かに、もっとも的確に動いていたのはやはりアウクソーだった。
弥子が菓子を抱えすぎれば
「そのお品は割れやすいかと」と一言添える。
キラが頭を抱えれば
「会計は二列ございますので、分かれたほうがよろしいかと」などと提案する。
カイエンが地酒の瓶を見比べていれば、
「こちらのほうが先ほどのお好みに近いかと」静かに示す。
ラクスが菓子箱を見ると、
「包装の強度はこちらが高いかと」さりげなく補足する。
キラは途中で本気で言った。
「アウクソーさん、旅館業向いてません?」
弥子も頷く。
「わかる!」
アウクソーは少しだけ困ったように目を伏せた。
「そのようなことは……
私はただ、皆さまが円滑にお過ごしになれればと」
「それができる人が一番すごいんですよ!」
キラ。
ネウロがにやりとする。
「ククク……
この場の良心、というわけだな」
弥子が即答する。
「うん、それは認める」
カイエンが静かに言う。
「まあ、昔からこういうのはあいつの役回りだ」
アウクソーはそれに何も返さない。
だが、少しだけ表情がやわらいだ。
ラクスがその様子を見て、やわらかく微笑んだ。
「素敵なことですわね」
キラがちらっとラクスを見る。
ラクスは穏やかだ。
でもそこへ変な圧はない。
今回は純粋にそう思っている顔だった。
それだけに、なんだか少しだけほっとした。
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会計直前。
弥子が、ふと棚の端にあった小袋の煎餅を見つけた。
「あっ」
キラがすぐ反応する。
「何」
「これも良さそう」
「増やすの!?」
「だって小袋だし!」
「その“小袋だからセーフ理論”は危険だよ!」
ネウロが笑う。
「よいではないか。
どうせ帰路で食う」
弥子が即答する。
「食べる!」
「ほらー!!」
キラ。
承太郎がレジ横から一言。
「会計が長引くぞ」
「あっ」
弥子が止まる。
アウクソーが静かに告げる。
「桂木様、次の方がお待ちです」
「す、すみません!」
ラクスが小さく笑う。
「最後まで賑やかですわね」
カイエンが苦笑する。
「やれやれ……
本当に、娘っ子は朝食だけで終わらんのだな」
「朝食は朝食!
お土産は別腹!」
弥子。
「まだ言うんだ……」
キラ。
結局、全員それぞれに土産を持ち、
なんとか会計も済ませ、
旅館の売店での最後の攻防は終わった。
誰かが取り合いをしたわけではない。
だが全体としては、
やはり争奪戦の名にふさわしい熱量だった。
部屋へ戻る廊下で、
キラが深く息をつく。
「……終わった」
弥子が袋を抱えながら満足げに言う。
「楽しかった!」
ネウロも不穏なキーホルダーを指先で回している。
「悪くない」
カイエンは地酒の包みを片手に、
気だるげに肩を回す。
「まあ、旅の締めとしてはこんなもんだろう」
ラクスは上品な菓子箱を持ち、
静かに歩く。
アウクソーはさりげなく全体を見て、
落とし物も忘れ物もないことを確認していた。
承太郎はすでに帰り支度の顔だ。
キラはそれを見回して、
少しだけ笑った。
「なんだかんだで、ちゃんと旅っぽかったね」
弥子が頷く。
「うん。かなりね」
ネウロがにたりとした。
「ククク……
そして最後まで退屈しなかった」
「それは否定しないけど」
キラ。
「退屈しないのと、平和なのは、別だからね」
「よく学習してきたな」
カイエン。
「この旅館で鍛えられたんですよ!」
キラ。
その言葉に、
弥子が笑い、
ラクスが微笑み、
アウクソーが静かに目を細め、
承太郎が短く鼻を鳴らし、
ネウロだけが実に楽しそうだった。
そして七人は、
それぞれに小さな旅の名残を抱えて、
チェックアウトの時刻へ向かっていく。