守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiは笑顔の盗み方を知りたい

いつものカフェテラスは、今日も平和だった。

 

少なくとも、見た目だけは。

 

桂木弥子はケーキを前にしている。

ネウロはそれを見て呆れている。

キラとラクスは穏やかに紅茶を飲んでいる。

ソープとラキシスは、相変わらず隣同士で甘い空気を発生させている。

カイエンとアウクソーは少し離れた席。

ログナー司令は、当然のようにいつの間にかいる。

露伴は何かを描きたそうにしていて、承太郎と泉さんに見張られている。

 

そして怪盗Xiは、妙に真剣な顔をしていた。

 

弥子が首を傾げる。

 

「Xiさん、今日はどうしたんですか? シックス製品でも届きました?」

 

「届いてない」

 

「ログナー司令から支給品が?」

 

「届いてない」

 

「ミラージュマシンの適性確認?」

 

「今日は違う」

 

「じゃあ、何ですか?」

 

Xiは、少しだけ沈黙した。

 

それから、キラ・ヤマトをまっすぐ見た。

 

「キラ」

 

「え?」

 

「君がラクスを笑顔にする方法を盗ませろ。参考にする」

 

キラは紅茶を吹きかけた。

 

「?!」

 

ラクスは、口元に手を添えて微笑んだ。

 

「まあ」

 

弥子は両手で頬を押さえた。

 

「既に糖分過多!」

 

ネウロが言う。

 

「まだ本題にも入っていないぞ」

 

「本題前から甘いんです!」

 

Xiは真剣だった。

 

「僕は本気だよ。次は、バクスチュアルを金貨以外で笑わせるって約束した」

 

キラが少し照れながら言う。

 

「いや、でも……ラクスを笑顔にする方法って言われても……」

 

Xiは身を乗り出す。

 

「そこを何とか。観察対象として、君とラクスはかなり参考になる」

 

ラクスは楽しそうに笑った。

 

「観察対象ですか?」

 

「失礼な言い方なのは分かってる。でも、陛下や姫様は参考にならない!」

 

ソープが首を傾げる。

 

「そうかな」

 

ラキシスがソープを見上げる。

 

「ソープ様……」

 

弥子が即座に叫んだ。

 

「あまーーーーい!!」

 

Xiはソープたちを指さした。

 

「ほら! すぐこうなる! この二人は糖度が神様基準だから参考にならない!」

 

ネウロが笑った。

 

「ククク……正しい分析だな」

 

ラキシスは少しだけ頬を染めた。

 

「参考になりませんでしょうか……」

 

Xiは慌てて手を振る。

 

「姫様が悪いわけじゃありません。むしろ完成度が高すぎて、初心者向けじゃないんです」

 

ソープは楽しそうだった。

 

「初心者向けの甘さってあるんだね」

 

「あります。多分」

 

キラは困ったように笑った。

 

「僕も、そんなに特別なことはしてないと思うけど……」

 

ラクスがやさしくキラを見る。

 

「キラは、いつもちゃんと聞いてくださいますわ」

 

キラは少し照れた。

 

「それは……大事だと思ってるから」

 

Xiが素早くメモを取る。

 

「聞く」

 

キラは続けた。

 

「それから、無理に笑わせようとはしない、かな」

 

Xiの手が止まる。

 

「無理に笑わせようとしない」

 

「うん。笑ってほしいと思う時ほど、無理に笑わせようとすると、相手が疲れることもあるから」

 

ラクスが頷く。

 

「キラは、私が笑うまで待ってくださいます」

 

Xiは真面目に書き込んだ。

 

「待つ。急かさない。無理させない」

 

キラは、少しだけXiを見て微笑んだ。

 

「でも、それってXiはもうやってるんじゃないかな」

 

「僕が?」

 

ラクスも微笑む。

 

「ええ。バクスチュアルさんが言葉を探す時、Xiさんはいつも待っていらっしゃいますわ」

 

Xiは、少しだけ黙った。

 

「……そうかな」

 

弥子が勢いよく頷く。

 

「そうですよ! めっちゃ待ってます! カップの湯気がなくなるくらい待ってます!」

 

「それは言いすぎじゃない?」

 

「尊さ補正です!」

 

ネウロが鼻で笑う。

 

「ククク……怪盗が笑顔を盗めず、待つことを覚えるか。人間らしいな」

 

Xiは顔をしかめる。

 

「ネウロに人間らしいって言われると、なんか微妙」

 

「褒めている」

 

「本当に?」

 

「三割ほど」

 

「少ない!」

 

そこでネウロが、ふと思いついたように言った。

 

「吾輩なら、魔界777ツ能力で――」

 

弥子が即座に遮った。

 

「それは駄目なやつ」

 

「まだ何も言っていない」

 

「ネウロが魔界道具で笑わせるって言ったら、絶対ろくでもないです!」

 

ネウロは不満そうに目を細める。

 

「例えば、顔面の筋肉を強制的に――」

 

「ほら駄目なやつ!」

 

Xiも両手で止める。

 

「バクスチュアルを物理的に笑顔にするのは絶対に駄目」

 

ネウロはつまらなそうに言った。

 

「面倒だな」

 

ラクスが静かに言う。

 

「笑顔は、無理に作らせるものではありませんわ」

 

「そう。それ」

 

Xiは深く頷いた。

 

「魔界の道具は禁止」

 

弥子が胸を張った。

 

「あと、次回の珈琲を『ジャコウネコのアレ』にするとかはどうですか?」

 

Xiは固まった。

 

「コピ・ルアク?」

 

泉さんが即座に言った。

 

「それは相手次第でドン引きです」

 

キラも苦笑する。

 

「初期段階で攻めすぎじゃないかな」

 

ネウロが愉快そうに笑った。

 

「ククク……糞由来の豆で愛を試すか」

 

Xiは叫んだ。

 

「試さない!」

 

弥子は少しだけ残念そうだった。

 

「高級なのに……」

 

泉さんが冷静に言う。

 

「高級と適切は別です」

 

「今日も正論が強い」

 

Xiはメモに大きく書いた。

 

ジャコウネコのアレは保留。

 

泉さんがそれを見て言う。

 

「保留ではなく、かなり後回しでよいと思います」

 

「じゃあ、かなり後回し」

 

そこへ、ログナー司令が口を挟んだ。

 

「笑顔にする方法を探しているのか」

 

Xiは振り向いた。

 

「司令」

 

「何だ」

 

Xiは、ここぞとばかりに身を乗り出した。

 

「司令、自分のファティマいるんでしょ? 普段のコミュニケーションのコツとかないの?!」

 

ログナーは、沈黙した。

 

カフェテラス全体が、少し静かになった。

 

そしてログナーは、いつもの声で言った。

 

「その質問は通行止めだ」

 

Xiは即座に言う。

 

「ケチ!」

 

弥子が小声で言った。

 

「むしろ照れてるのでは……?」

 

ログナーが弥子を見る。

 

「通行止めだ」

 

弥子は目を丸くした。

 

「あ、二回言った」

 

キラは少し感心していた。

 

「ログナー司令にも、聞かれたくないことってあるんですね……」

 

ログナーは淡々としている。

 

「任務に関係ない」

 

Xiは食い下がる。

 

「関係あるよ! 僕はバクスチュアルと上手く話したい。ファティマとの距離感を知りたい。司令は経験者。つまり参考になる」

 

「通行止めだ」

 

「三回目!」

 

ネウロが笑った。

 

「ククク……鉄面皮にも私道はあるらしい」

 

泉さんが言う。

 

「プライベートな関係性は、無理に聞き出さない方がいいと思います」

 

Xiは肩を落とす。

 

「僕の相談回なのに、僕が怒られてる」

 

ログナーは、少しだけ間を置いて言った。

 

「ひとつだけ言うなら」

 

Xiが顔を上げる。

 

「言うなら?」

 

「相手を任務の道具としてだけ扱うな」

 

Xiは黙った。

 

ログナーは続ける。

 

「以上だ」

 

Xiは、少しだけ目を細めた。

 

「……司令」

 

「何だ」

 

「今のは、通行止めの中から少しだけ道を開けてくれた感じ?」

 

「気のせいだ」

 

弥子がまた小声で言う。

 

「やっぱり照れてる……」

 

ログナーは短く言った。

 

「通行止めだ」

 

「四回目!」

 

カイエンが、それまで黙って笑っていたが、ついに口を開いた。

 

「何だ、今度は俺にも聞くのか?」

 

Xiは、ゆっくりカイエンを見た。

 

「聞きます」

 

アウクソーが、カイエンの隣で静かに姿勢を正す。

 

Xiは言った。

 

「カイエン。君もファティマいるよね。しかも、けっこういい感じに付き合ってるよね」

 

カイエンは笑った。

 

「まあな」

 

「バクスチュアルを笑わせる方法、何かない?」

 

カイエンは、まったく迷わず言った。

 

「まず、真正面から口説け」

 

Xiは椅子から落ちかけた。

 

「参考にしちゃ駄目な師匠だった!!」

 

弥子が噴き出した。

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……剣の師匠に続いて、女を口説く師匠か。教育環境が歪んでいるな」

 

「僕もそう思う!」

 

アウクソーが静かに言った。

 

「マスター。その助言は、Xi様にはまだ早いかと」

 

カイエンは首を傾げる。

 

「そうか?」

 

Xiはアウクソーを拝むように見る。

 

「アウクソーさん、もっと止めてください」

 

アウクソーは小さく頷いた。

 

「Xi様には、Xi様の言葉があると思います」

 

カイエンは面白そうに笑った。

 

「じゃあ、別の言い方をしてやる」

 

「怖い」

 

「相手の目を見て、少し笑って、こう言えばいい」

 

カイエンは、無駄にいい声で言った。

 

「君と飲む珈琲は、星団一だ」

 

Xiは両手で顔を覆った。

 

「無理! 僕が言ったら舌を噛む!」

 

キラも苦笑する。

 

「それは、カイエンさん専用じゃないかな……」

 

ラクスは楽しそうに微笑んでいる。

 

「ふふ。Xiさんには、Xiさんの伝え方がありますわ」

 

カイエンは肩をすくめた。

 

「冗談だ」

 

「冗談にしては心臓に悪い」

 

「だがな、Xi」

 

カイエンの声が、少しだけ真面目になった。

 

「無理に笑わせようとするな」

 

Xiは顔を上げた。

 

カイエンは続ける。

 

「隣にいて、待って、相手が笑ったら見逃すな」

 

アウクソーが静かに微笑む。

 

「マスターは、時折まともなことを仰います」

 

カイエンがアウクソーを見る。

 

「時折かよ」

 

Xiは、少しだけ笑った。

 

「今のはまともだった」

 

「だろ?」

 

「でも、星団一の珈琲は言わない」

 

「つまらん」

 

「言いません」

 

弥子が手を挙げる。

 

「私からもあります!」

 

Xiは少し警戒する。

 

「何?」

 

「一緒に美味しいものを食べる!」

 

「それは弥子ちゃんの人生方針では?」

 

「でも笑顔になります!」

 

ネウロが言う。

 

「貴様は食えば笑うからな」

 

「ネウロだって謎を食べたら笑うじゃないですか」

 

「吾輩の笑みと貴様の食欲を同列にするな」

 

Xiは考える。

 

「でも、バクスチュアルはタルトを悪くないって言ってたし、食べ物とコーヒーの組み合わせはありかも」

 

泉さんが頷く。

 

「いいと思います。ただし、相手が受け止めやすい範囲で」

 

「コピ・ルアクは?」

 

「かなり後回しです」

 

「はい」

 

ソープが、にこにこしながら言った。

 

「Xiは、もう少し自信を持ってもいいと思うよ」

 

Xiはソープを見る。

 

「陛下?」

 

「だって、バクスチュアルは次を待ってくれているんだろう?」

 

「はい」

 

「なら、それで十分だよ」

 

ラキシスも穏やかに言う。

 

「姉様は、Xiさんとの約束を覚えておられます。香りも、苦みも、酸味も、きっと」

 

Xiは少しだけ黙った。

 

「……次は、笑わせる約束もあります」

 

ラキシスは微笑む。

 

「なら、急がずに」

 

「急がずに」

 

「はい」

 

キラが続ける。

 

「聞く。待つ。無理させない。約束を守る。もう、かなり大事なことはできてると思う」

 

ラクスが頷く。

 

「そして、Xiさんご自身の言葉でお話しされることですわ」

 

カイエンが笑う。

 

「そのうえで、たまに口説け」

 

Xiが即座に言う。

 

「そこは採用しない!」

 

アウクソーが静かに言う。

 

「必要になった時だけでよろしいかと」

 

「必要になるんですか!?」

 

ネウロが笑った。

 

「ククク……笑顔の盗み方を知りたい怪盗か。ずいぶんと丸くなったものだ」

 

Xiは、少しだけ顔をしかめた。

 

「盗むんじゃなくて、見たいんだと思う」

 

その言葉に、場が少し静かになった。

 

Xi自身も、自分で言ってから少し驚いたようだった。

 

「……バクスチュアルが笑うところを、見たい」

 

弥子は小さく笑った。

 

「それでいいと思います」

 

キラも頷く。

 

「うん」

 

ラクスは優しく言った。

 

「きっと、それは盗むものではありませんわ」

 

Xiは、少しだけ照れたように目を逸らした。

 

「じゃあ、タイトル詐欺だね」

 

露伴がすかさず言う。

 

「いや、いいタイトルだ。怪盗が笑顔の盗み方を知りたい。しかし最後に、盗むものではないと気づく」

 

Xiは露伴を睨む。

 

「先生、今の話を作品にしないで」

 

「考えておく」

 

承太郎が肩を掴む。

 

「やめておけ」

 

泉さんも言う。

 

「やめてください」

 

露伴は不満そうだった。

 

「二人がかりか」

 

「今日の先生は危険です」

 

Xiは、メモを見直した。

 

聞く。

待つ。

急かさない。

無理に笑わせない。

道具は禁止。

ジャコウネコのアレはかなり後回し。

相手を道具として扱わない。

隣にいて、笑ったら見逃さない。

食べ物との組み合わせはあり。

自分の言葉で話す。

 

彼は、少しだけ息を吐いた。

 

「……結局、特別な技はないんだね」

 

キラが言う。

 

「たぶん、そういうものじゃないんだと思う」

 

ラキシスも頷いた。

 

「姉様にとっては、普通に待ってくれることが、何より大切かもしれません」

 

Xiは頷いた。

 

「そっか」

 

ログナーが、最後に口を開く。

 

「結論は出たようだな」

 

Xiはログナーを見る。

 

「司令、記録しないでね」

 

「記録する」

 

「やっぱり!」

 

「怪盗Xi、バクスチュアルの笑顔について相談。複数名より助言を受ける。魔界道具、コピ・ルアクは不採用。急がず、待つ方針」

 

Xiは少し黙った。

 

「……まあ、それならいいか」

 

ログナーは続ける。

 

「カイエンの口説き文句は不採用」

 

カイエンが笑った。

 

「記録するなよ」

 

Xiは吹き出した。

 

「カイエンが止めた!」

 

アウクソーも、少しだけ楽しそうだった。

 

弥子はケーキを一口食べて、満足そうに言った。

 

「よし、次回はバクスチュアルさんを笑わせましょう!」

 

ネウロが言う。

 

「貴様は何をする気だ」

 

「応援です!」

 

「糖分過多の応援か」

 

「応援には糖分が必要です!」

 

Xiは、少し笑った。

 

「応援だけでお願いします」

 

「もちろんです!」

 

「本当に?」

 

「たぶん!」

 

「不安だなあ」

 

その日の結論。

 

Xiは、バクスチュアルの笑顔を見たいと思った。

キラからは、聞くこと、待つこと、無理をさせないことを学んだ。

ラクスからは、自分の言葉で話すことを学んだ。

ログナーからは、相手を道具としてだけ扱うなと言われた。

カイエンからは、口説き文句を提案され、即座に不採用にした。

アウクソーからは、XiにはXiの言葉があると言われた。

弥子からは、食べ物は笑顔に繋がると提案された。

泉さんからは、コピ・ルアクはかなり後回しにすべきだと止められた。

ネウロの魔界777ツ能力は、当然却下された。

 

そしてXiは、思った。

 

笑顔は、盗むものではない。

 

待つものかもしれない。

 

次にバクスチュアルと会う時。

彼女が笑うかどうかは分からない。

でも、焦らずに待とう。

 

香りを待つように。

苦みを確かめるように。

酸味を覚えるように。

 

その横にいることから始めればいい。

 

Xiはメモを畳み、ポケットにしまった。

 

弥子が訊く。

 

「次、何で笑わせるんですか?」

 

Xiは少し考えた。

 

「金貨以外で」

 

「それは決定ですね!」

 

キラが笑う。

 

「でも、無理に狙わなくてもいいんじゃないかな」

 

Xiは頷いた。

 

「うん。次は、普通に話すよ」

 

ラクスが微笑む。

 

「それが一番かもしれませんわ」

 

ネウロが席を立ちかける。

 

「では吾輩は帰る」

 

弥子が袖を掴む。

 

「待ってください、ケーキ追加しますから!」

 

「吾輩に関係ない」

 

「見守り役として!」

 

ネウロは心底嫌そうな顔をした。

 

「吾輩は謎を喰いに魔界から地上に来たのであって、甘さの見届け人になるためではない」

 

Xiは笑った。

 

「でも、最後までいるんでしょ」

 

ネウロは目を細めた。

 

「観察だ」

 

弥子がにやにやする。

 

「見守りですね」

 

「観察だ」

 

カフェテラスに笑いが広がった。

 

その笑いの中で、Xiは少しだけ肩の力を抜いた。

 

次の約束まで、まだ少し時間がある。

 

でも、待つ時間も悪くない。

 

そんなふうに思えた。

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