守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「今日は、キラに見てほしくて持ってきたんだ」
レディオス・ソープは、そう言って微笑んだ。
その一言で、怪盗Xiは即座に身構えた。
「陛下が“見てほしくて持ってきた”って言う時点で、もう普通じゃない」
ソープは首を傾げる。
「そうかな」
「そうです」
ログナー司令は、いつものように横に立っていた。
「今回は、Xi向けではない」
Xiは少しだけ安心した。
「本当に?」
「本当だ」
「座らない?」
「座らない」
「適性確認しない?」
「今回はしない」
「“今回は”って言った!」
弥子が笑う。
「もう完全に反射ですね」
ネウロがくつくつ笑った。
「外堀に敏感な小動物のようだな」
「誰が小動物だ!」
キラ・ヤマトは、少し戸惑った顔でソープを見た。
「僕に、ですか?」
「うん」
ソープは頷いた。
「前に、君の世界の白い機体を見せてもらっただろう?」
キラの表情が、少しだけ変わった。
ストライクフリーダム。
自分の世界で、自分が乗ってきた機体。
戦うための力。
守るための翼。
それは、キラにとって簡単に言葉にできるものではない。
ソープは続けた。
「あれが、とても面白かった」
Xiは小声で言う。
「陛下の“面白かった”は、だいたい建造につながる」
ログナーが短く言った。
「その通りだ」
「肯定しないで!」
ソープはにこにこしていた。
「だから、僕なりに作ってみた」
キラは目を見開いた。
「作って……?」
「うん。君の世界の白い機体に刺激を受けて、ジョーカー太陽星団の文法で組み直したもの、かな」
ラクスが静かに微笑む。
「まあ……」
露伴は、すでに目が輝いていた。
「異なる世界の記号を、別の美意識で再構成したということか。面白いじゃあないか」
泉さんが即座に言う。
「露伴先生、まだ描かないでください」
「分かっている」
承太郎が帽子の庇を下げる。
「本当か?」
「君は僕を疑いすぎだ」
「当然だ」
一行が案内された格納スペースは、いつものミラージュマシン格納庫とは少し違っていた。
LEDミラージュのような凍りついた威圧でもない。
ホーンド・ミラージュのような死神の気配でもない。
スピードミラージュのような、遠距離から拠点を黙らせる冷たさでもない。
そこには、どこか別世界の風があった。
キラは、奥の闇を見つめた。
「……何か、知っているような気配がします」
ソープは嬉しそうに言う。
「そう感じてもらえるなら、作った甲斐があるね」
ログナーが告げた。
「AKDにおける呼称は、ワイツ・ミラージュ」
その言葉と同時に、照明が上がった。
白い機体が、そこに立っていた。
ワイツ・ミラージュ。
全身を覆う白。
鋭く伸びたシルエット。
大きく構えた武装。
どこか見慣れた“人型兵器”の輪郭を持ちながら、細部は明らかにジョーカー太陽星団の機械だった。
キラは言葉を失った。
「これは……」
Xiも見上げる。
「……ガンダムっぽいのに、完全にミラージュだ」
バクスチュアルが静かに呟いた。
「ガンダム……ミラージュ……?」
Xiは頷いた。
「バクスチュアル、今回は僕も分類に困ってる」
「普通……デハ……ナイ……」
「今日も正しい」
キラは、一歩前に出た。
白い装甲。
長い武装。
空間を切るような肩と脚の線。
自分の知っている世界の機体とは違う。
けれど、どこかにある。
見たことのある祈り。
見たことのある重さ。
見たことのある白。
キラは、静かに言った。
「僕の知っている機体とは違います。でも……これは確かに、僕の世界の“白い機体”の輪郭を持っている気がします」
ソープは微笑んだ。
「輪郭。いい言葉だね」
露伴が悔しそうにペンを握る。
「今の表現もいい。描きたい」
泉さんが言う。
「今は我慢してください」
「今日の我慢は多いな」
承太郎が短く言った。
「いつもだ」
ワイツ・ミラージュの前で、キラはしばらく動かなかった。
ラクスが、そっと隣に立つ。
「キラ」
「うん」
「大丈夫ですか?」
キラは少しだけ笑った。
「大丈夫。でも、不思議な感じがする」
「不思議?」
「僕の知っているものを、誰かが別の世界の言葉で返してくれたみたいで」
ソープは、少しだけ目を細めた。
「そういうつもりだった」
Xiが振り向く。
「陛下、今回はいつもより詩的ですね」
「いつも詩的だよ」
「いつもは詩的に巨大火力を持ち込んでます」
ログナーが短く言う。
「ワイツ・ミラージュにも火力はある」
Xiは頭を抱えた。
「今そこ言わなくていい!!」
キラは機体の腕部を見た。
「この武装……」
ログナーが答える。
「ビーム兵装を想定した装備だ。君の世界の機体運用を参考にしつつ、AKDの技術体系に合わせている」
キラの技術屋の目が戻った。
「動力系は? 関節構造は通常のMHと同じなんですか?」
Xiが即座に言う。
「キラ、戻ってきた!」
ラクスが微笑む。
「キラ」
キラは少し照れる。
「ごめん。でも、これは気になります」
ソープは嬉しそうだった。
「いいよ。気にしてほしくて持ってきたんだから」
キラはワイツ・ミラージュを見上げる。
「僕の世界では、機体はどうしても戦場と結びつきます。名前も、形も、武装も、全部……戦う理由と一緒に背負うものになる」
ラクスは静かに頷く。
「ええ」
キラは続けた。
「でもこれは、戦うためだけではなくて……誰かが見たものを、別の形で残そうとした機体に見えます」
ソープは、少し嬉しそうに笑った。
「うん。君に見せたかったんだ。キラ」
キラは振り返る。
「僕に……?」
「君の機体を見た時、僕は思ったんだ。君の世界の白は、ただの色じゃないんだなって」
キラは黙った。
ソープはワイツ・ミラージュを見る。
「翼であり、責任であり、祈りであり、時には罪でもある。そういう白に見えた」
ラクスが、そっとキラの手元を見る。
キラは、少しだけ拳を握っていた。
ソープは優しく言った。
「だから、ジョーカー太陽星団の白で返してみた」
その言葉に、場が静かになった。
弥子も、今日はすぐには茶化さなかった。
ネウロでさえ、少しだけ目を細めていた。
キラは、ゆっくり息を吐いた。
「ありがとうございます」
その言葉は、短かった。
けれど、重かった。
「僕の世界の機体を、そんなふうに見てくれて」
ソープは首を振る。
「こちらこそ。面白いものを見せてもらったからね」
Xiは小声で言った。
「面白いから建造する神様スケール……」
カイエンが笑う。
「だが、今回は悪くねぇだろ」
Xiはワイツ・ミラージュを見上げた。
「悪くないです。怖いけど」
バクスチュアルが聞く。
「怖イ……デモ……悪クナイ……?」
Xiは頷く。
「そう。最近の君なら分かるでしょ」
バクスチュアルは少し考えた。
「強イ……白……」
「うん」
「キラ……ノ……白……?」
キラは、バクスチュアルを見る。
「僕だけのものではないと思う。でも……少しだけ、そうかもしれない」
「少シ……」
「うん」
バクスチュアルは、ワイツ・ミラージュを見上げた。
「白イ……幻想……」
Xiが少し驚く。
「今、いいこと言った」
露伴が反応する。
「白い幻想。いいな」
泉さんがすぐ言う。
「露伴先生」
「分かっている。今は描かない」
承太郎が言う。
「今は、な」
ラキシスは、ソープの隣でワイツ・ミラージュを見ていた。
「ソープ様が、キラさんのために……」
ソープは少し照れたように笑う。
「ため、というと少し大げさだけどね」
「いいえ。素敵です」
Xiは即座に言う。
「姫様の全肯定、今日は優しい方向だから許す」
ラキシスは首を傾げる。
「許されました」
弥子が笑った。
「許可制だったんですね」
ログナー司令は、ワイツ・ミラージュの横で説明を続けた。
「本機は、既存のミラージュ系列とは別の試行を含む。外部世界の機体思想をAKD内で再解釈したものだ」
Xiは警戒した。
「外部世界の思想を取り入れた試作機。説明の中に軽い単語がない」
「試作機だ」
「それが重いんです」
キラは尋ねる。
「実戦投入するつもりはあるんですか?」
ソープは少し考えた。
「今すぐではないかな。これは、まず見てもらうための機体だから」
Xiは目を細める。
「見てもらうためだけに、この完成度?」
「うん」
「神様の趣味が重い」
ログナーが短く言う。
「陛下だからな」
「その一言で済ませないで!」
ラクスは、静かにワイツ・ミラージュを見上げた。
「とても美しいですわ。でも、少し寂しさもありますね」
キラがラクスを見る。
「ラクス?」
「白い機体は、遠くから見ると綺麗です。でも、その白さを保つために、どれほどのものを背負っているのかと思うと……」
キラは、少しだけ目を伏せた。
「うん」
ソープはラクスに微笑む。
「君も、よく見ているね」
ラクスは穏やかに答えた。
「キラの隣におりますから」
弥子が胸を押さえた。
「甘い……けど今日は綺麗な甘さ……」
ネウロが言う。
「糖度にも種類があるのか」
「あるよ! 今日は上品なやつ!」
バクスチュアルが反応する。
「上品……甘サ……?」
Xiは小声で言う。
「そこは覚えなくていいかも」
「弥子……表現……多イ……」
「それはそう」
キラは、もう一度ワイツ・ミラージュへ向き直った。
「この機体は、変形するんですか?」
ログナーが答える。
「変形機構は限定的だ。可変機というより、機体全体のシルエットと装備配置で高速戦闘と砲撃姿勢を切り替える」
キラは考え込む。
「なるほど。僕の世界の可変機とは違う。でも、機体の輪郭に航空機的な要素がある」
ソープは嬉しそうに言った。
「白い機体には、飛びそうな感じが欲しかったんだ」
Xiが突っ込む。
「飛びそうじゃなくて、飛ぶんでしょう?」
ログナーが答える。
「飛ぶ」
「やっぱり!」
カイエンが笑う。
「白くて、速くて、火力もある。キラ向けじゃねぇか」
キラが困ったように笑う。
「僕向けと言われると、少し複雑です」
ラクスが優しく言う。
「でも、キラはちゃんと見ていますわ」
「うん」
キラは頷いた。
「これは、僕の機体じゃない。でも、僕の世界を見て生まれた機体なら、ちゃんと見ておきたい」
その言葉に、ソープは満足そうに頷いた。
「それで十分だよ」
Xiは小声で言った。
「今日は、珍しく僕の外堀じゃなくてキラの感情に来てる」
ログナーが言う。
「Xiにも見学記録は残す」
「来てた!!」
バクスチュアルが静かに言う。
「Xi……外堀……避ケラレナイ……」
「覚えなくていい単語を覚えた!」
露伴は、耐えきれないように手を上げた。
「一つだけ質問していいか」
泉さんが警戒する。
「内容によります」
「このワイツ・ミラージュのデザインには、キラくんの機体の印象だけでなく、君自身の白への解釈も入っているんだろう?」
ソープは頷いた。
「もちろん」
露伴は目を輝かせる。
「なら、これは模倣ではない。返歌だ」
キラが顔を上げる。
「返歌……」
露伴は続ける。
「君の世界の白に対して、陛下がジョーカー太陽星団の白で返した。機械で詠んだ返歌だ」
一瞬、場が静かになった。
ソープは、少し嬉しそうに笑った。
「いいね。その表現は好きだ」
Xiが露伴を見る。
「先生、今日はすごくまともに評論してる」
「僕はいつもまともだ」
承太郎が短く言う。
「それはない」
「即答か」
キラはワイツ・ミラージュを見上げた。
「返歌……」
その言葉は、なぜか腑に落ちた。
自分の世界の機体が、別世界で別の形になって返ってきた。
それは、兵器の模倣ではない。
技術の盗用でもない。
誰かが見て、感じて、別の言葉で返してくれたもの。
白い幻想。
キラは、静かに頭を下げた。
「見せてくれて、ありがとうございます」
ソープは言った。
「こちらこそ。君に見てもらえてよかった」
ラキシスが微笑む。
「ソープ様、とても嬉しそうです」
「そうかな」
「はい」
Xiは小さく言った。
「姫様の観察、今日は正確」
バクスチュアルは、ワイツ・ミラージュを見ながら言った。
「キラ……嬉シイ……?」
キラは少し考えた。
「嬉しい、だけじゃないかな」
「違ウ……?」
「うん。少し痛い。でも、悪くない」
バクスチュアルは、その言葉をゆっくり反復した。
「痛イ……デモ……悪クナイ……」
Xiはバクスチュアルを見る。
「分かる?」
「少シ……」
「そっか」
バクスチュアルはキラを見る。
「思イ出……増エル……?」
キラは、少しだけ目を見開いた。
それから、柔らかく笑った。
「うん。増えたと思う」
ラクスも、嬉しそうに微笑む。
「よかったですわね、キラ」
「うん」
その日の結論。
ソープは、以前キラの白い機体を見た。
その刺激を、ジョーカー太陽星団の文法で再構成した。
AKDにおける呼称は、ワイツ・ミラージュ。
白い幻想。
それは、模倣ではなく返歌だった。
キラは、自分の世界の白が別の世界で返ってきたことに、言葉にしづらい感情を覚えた。
ラクスは、その白の美しさと寂しさを見た。
露伴は、今日はかなり良い評論をした。
Xiは、自分向けの外堀ではないと油断したが、見学記録は残った。
バクスチュアルは、「痛イ……デモ……悪クナイ……」という感情の形を少し覚えた。
帰り道。
キラは、少しだけ振り返った。
格納庫の奥に、白い機体はもう見えない。
けれど、その輪郭はまだ目の奥に残っている。
ラクスが隣で言った。
「キラ」
「うん」
「今日の白は、どんな白でしたか?」
キラは少し考えた。
「遠い白かな」
「遠い白」
「僕の世界のものじゃない。でも、まったく知らないものでもない。遠くにあるのに、どこか返事をしてくれているような白」
ラクスは微笑んだ。
「素敵な白ですわ」
キラは少し照れた。
「うん」
前を歩くXiが振り返る。
「キラ、今日は刺さってたね」
キラは苦笑する。
「うん。かなり」
「僕も、分類に困った」
バクスチュアルが言う。
「ガンダム……ミラージュ……白イ……幻想……」
Xiは頷いた。
「そう。全部合ってるようで、全部少し違う」
ログナー司令が記録帳を閉じる。
「ワイツ・ミラージュ見学完了」
Xiはすぐに言う。
「僕の搭乗適性とか書いてないよね?」
「今回はキラのための見学だ」
Xiは安心した。
「よかった」
ログナーは続ける。
「ただし、Xiも同席し、外部世界機体思想への理解を深めた」
「やっぱり書くんだ!」
ソープは楽しそうに笑う。
「また何か見せたくなったら持ってくるね」
Xiは身構えた。
「陛下の“また何か”が一番怖い!」
キラは、少しだけ笑った。
でも、その笑顔は悪くなかった。
白い幻想は、彼の中に静かに残った。
戦場ではなく、誰かの返歌として。
キラ・ヤマトは、白い幻想を見上げた。
そして、自分の中の白を、ほんの少しだけ別の角度から見つめ直した。