守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「ハラへった!」
すえぞうが言った。
場所は、いつものカフェテラスではない。
今日は、商店街だった。
昔ながらの肉屋があり、パン屋があり、甘味処があり、少し歩けば屋台風の店も出ている。休日の昼下がりらしく、人通りもほどよく、揚げ物の匂いや甘い匂いが風に混じって流れていた。
桂木弥子は、その匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「わかる!!」
怪盗Xiは、その二人を見た。
「もう会話が成立してる……」
ネウロが横で鼻を鳴らした。
「食欲だけで異種間交流が成立したな」
「うるさいな! これは平和的交流だよ!」
弥子は胸を張った。
すえぞうは、弥子の横でぴょこぴょこと跳ねた。
「クウ!」
「うん、食べよう!」
「待って」
Xiが即座に止めた。
「すえぞうはLEDドラゴンの幼体なんだよね? ジョーカー太陽星団最強存在なんだよね? 地球の買い食いで本当に大丈夫なの?」
ソープはにこにこと笑っている。
「大丈夫だと思うよ」
キラが困った顔をした。
「その“大丈夫”の基準が、星団最強生物基準なんですよね……」
泉さんも腕を組んでいる。
「人間側の衛生基準と、周辺被害の可能性も確認したいです」
ログナー司令は淡々と言った。
「食性確認は必要だ」
Xiは振り向いた。
「司令、それを“実験”って言い換える気ですよね?」
「地球庶民食へのLEDドラゴン幼体の反応確認だ」
「やっぱり実験じゃん!」
弥子は目を輝かせた。
「実験なら、ちゃんと色々食べ比べないと!」
ネウロが言う。
「貴様に都合のいい実験だな」
「違う! これは重要な調査!」
「腹の調査か」
「そう!」
「認めたぞ」
バクスチュアルは、そんなやり取りを静かに見ていた。
「食ベ歩キ……」
Xiが頷く。
「そう。今日は町を歩きながら、色々食べるらしい」
「町……普通……美味シイ……増エル……?」
「たぶんね」
バクスチュアルは少しだけ視線を落とした。
「普通……増エル……悪クナイ……」
「うん。悪くない」
ラキシスは、ソープの隣で微笑んだ。
「では、すえぞうも弥子さんも、食べ過ぎには気をつけてくださいませ」
すえぞうは元気よく言った。
「クウ!」
弥子も元気よく言った。
「はい!」
ネウロが言った。
「どちらも返事だけは立派だな」
最初に向かったのは、商店街の肉屋だった。
店先には、揚げたてのコロッケが並んでいる。
じゅわ、と油の音。
ほくほくのじゃがいも。
衣の香ばしい匂い。
弥子は、すでに目が輝いていた。
「揚げたてコロッケ!」
すえぞうも匂いを嗅いだ。
「アツイ?」
「熱い! でも美味しい!」
「ウマイ!」
「まだ食べてないでしょ!」
Xiは、コロッケを人数分買った。
もちろん、すえぞうには少し冷ましてから、小さく割って渡す。
「はい。ゆっくりね。熱いから」
すえぞうは、じっとコロッケを見た。
「クウ!」
ぱくり。
一瞬。
すえぞうの目が丸くなった。
「アツイ!」
Xiが慌てる。
「だから言った!」
すえぞうは、少しだけ口をぱくぱくさせた後、もう一度言った。
「ウマイ!」
弥子が拳を握った。
「でしょ!? 揚げたてコロッケは正義!」
バクスチュアルも、Xiから小さく分けてもらったコロッケを見ている。
「コロッケ……」
「熱いから気をつけて」
「了解……」
彼女は慎重に口に運んだ。
少し沈黙。
「外……サク……」
Xiが頷く。
「うん」
「中……ヤワラカイ……」
「うん」
「アツイ……デモ……悪クナイ……」
弥子が嬉しそうに言う。
「それ! それが揚げたての幸せ!」
ネウロが言った。
「揚げ物一つで宗教が開けそうだな」
「開けるよ!」
「開くな」
次は、屋台のたい焼きだった。
すえぞうは、たい焼きを見た瞬間に叫んだ。
「サカナ!」
弥子は笑った。
「魚じゃないよ! 魚の形をした甘いやつ!」
すえぞうは首を傾げる。
「サカナ……アマイ?」
キラが苦笑した。
「説明だけ聞くと混乱するね」
ラクスが微笑む。
「でも、形が可愛らしいですわ」
弥子はたい焼きを半分に割った。
中から、あんこがほかほかと顔を出す。
「ほら、あんこ!」
すえぞうが覗き込む。
「クロイ!」
「甘い!」
「クウ!」
またしてもXiが止める。
「熱いから!」
「クウ!」
「聞いて!」
すえぞうは、少し冷ましたたい焼きを食べた。
「アマイ!」
「でしょー!」
弥子も豪快にかじる。
「んー! たい焼き最高!」
バクスチュアルは、たい焼きの形をじっと見ていた。
「魚……デハ……ナイ……」
Xiが頷く。
「魚じゃない」
「デモ……魚ノ……形……」
「そう」
「中……甘イ……」
「そう」
「普通……ムズカシイ……」
Xiは笑った。
「これは確かに、ちょっと普通が難しいかも」
バクスチュアルは小さく一口食べた。
「外……ヤワラカイ……中……甘イ……」
「うん」
「魚……デハ……ナイ……」
「そこ大事?」
「大事……」
「そっか」
ネウロが横で言う。
「魚でないものを魚の形にして食う。人間の食文化もなかなか歪んでいるな」
弥子が言い返す。
「美味しければいいの!」
「結局そこか」
三つ目は、パン屋の前だった。
揚げたてカレーパン。
店先に出ていた札には、「ちょい辛」と書いてあった。
Xiは、その札を見た。
「ちょい辛……」
弥子は目を輝かせる。
「揚げたてカレーパン!」
キラが言う。
「すえぞうに辛いもの、大丈夫かな?」
ソープはにこにこと笑っている。
「少しなら大丈夫じゃないかな」
泉さんがすぐに言った。
「その“大丈夫じゃないかな”で進めないでください」
ログナーは短く言った。
「少量で確認する」
Xiは頭を抱えた。
「やっぱり実験扱いだ」
カレーパンは、小さく切り分けられた。
弥子はまず自分で一口食べる。
「ん! 美味しい! ちょっと辛いけどいける!」
すえぞうは期待に満ちた目で見ている。
「クウ!」
Xiは慎重に、小さな欠片を渡した。
「本当に少しだけね」
すえぞうは食べた。
一秒。
二秒。
三秒。
「カラい!!」
すえぞうが叫んだ。
弥子が慌てた。
「あっ、辛口寄りだった!?」
キラが動く。
「水、水!」
泉さんが言う。
「すえぞうさん用の飲み物を!」
ソープが、すぐ横の店を指差した。
「ソフトクリームがあるよ」
Xiが叫ぶ。
「なぜそこでソフトクリーム!?」
すえぞうは口をぱくぱくさせている。
「カラい! カラい!」
弥子も焦る。
「ソフトクリーム! 早く!」
結局、次の店でソフトクリームを買うことになった。
白く巻かれた冷たいクリーム。
すえぞうは、それを見た瞬間に顔を上げる。
「シロイ!」
Xiがソフトクリームを少しだけスプーンに取って渡す。
「ゆっくりね。冷たいから」
すえぞうは舐めた。
「ツメタイ!」
もう一口。
「アマイ!」
さらにもう一口。
「ウマイ!」
弥子が親指を立てる。
「辛い時のソフトクリームは救い!」
ネウロが言う。
「辛味から甘味への退避行動。食欲生物としては正しい判断だな」
弥子が言う。
「なんか分析された!」
バクスチュアルは、すえぞうの反応を見ていた。
「カラい……後……甘イ……」
Xiが頷く。
「辛い時に甘いものを食べると、ちょっと助かる」
「助カル……味……」
「その表現、いいね」
バクスチュアルは、自分も少しだけソフトクリームを口にした。
「ツメタイ……甘イ……」
「うん」
「口……冷エル……」
「うん」
「カラい……消エル……?」
「たぶんね」
「助カル……味……悪クナイ……」
弥子は胸を押さえた。
「助かる味……いい……!」
ネウロが冷ややかに言う。
「貴様は何でも感動するな」
「だっていい言葉じゃん!」
ラキシスは、すえぞうの口元をハンカチで拭いていた。
「すえぞう、ゆっくり食べましょうね」
「アマイ!」
「はい、甘いですね」
「モット!」
「めっ」
すえぞうは止まった。
「めっ……」
Xiは感心した。
「やっぱり姫様の“めっ”強い」
ログナーが言う。
「姫様だからな」
「便利な説明」
次は、少し渋い店だった。
佃煮屋。
ショーケースには、昆布、しらす、そして――イナゴの佃煮。
Xiは立ち止まった。
「来たか……」
キラも少し身構える。
「これは……昆虫食?」
泉さんが言う。
「食文化としては普通です。普通ですが、初見には強いです」
バクスチュアルは、じっと見ている。
「普通……デモ……強イ……」
「そう。まさにそれ」
弥子は興味津々だった。
「甘じょっぱくて美味しいですよ!」
すえぞうはショーケースを覗き込む。
「ムシ?」
「そう、虫!」
Xiが慌てる。
「弥子ちゃん、すえぞうにその説明でいいの!?」
「でも事実だし!」
ネウロが笑う。
「隠すより潔いな」
すえぞうは考えるように首を傾げた。
「ムシ……クウ?」
弥子は力強く頷く。
「食べる!」
すえぞうは言った。
「クウ!」
Xiは顔を覆った。
「食欲に迷いがない」
小さく試食させてもらうことになった。
弥子は普通に食べた。
「うん、美味しい!」
すえぞうも一口。
「アマイ!」
もう一拍。
「カタイ!」
さらに。
「ウマイ!」
Xiは複雑な顔をした。
「いけるんだ……」
キラも驚いている。
「すえぞう、かなり適応力高いね」
ログナーが記録する。
「LEDドラゴン幼体、地球の昆虫食に適応」
泉さんが言う。
「研究記録みたいにしないでください」
バクスチュアルも、ほんの少しだけ試した。
沈黙。
長い沈黙。
「甘イ……」
Xiが待つ。
「シオ……」
「うん」
「カタイ……」
「うん」
「虫……」
「うん」
「普通……デモ……強イ……」
Xiは頷いた。
「無理しなくていいよ」
バクスチュアルは、少しだけ考えて言った。
「嫌イ……デハ……ナイ……デモ……次……少シ……デ……イイ……」
弥子が感動したように言う。
「ちゃんと自分の量を言えた!」
Xiも微笑んだ。
「うん。すごく大事」
ネウロが言う。
「弥子より自制が効いているな」
「私は自制できるよ!」
「証拠は?」
「……今日はすえぞうと半分こしてる!」
「それは自制ではなく分配だ」
一通りの買い食いを終え、みんなは公園のベンチで休むことになった。
弥子は満足げ。
すえぞうも満足げ。
二人そろって、同じようにベンチに座っている。
弥子が言う。
「食べ歩き、最高!」
すえぞうが言う。
「サイコー!」
Xiは目を丸くする。
「語彙が増えた」
バクスチュアルが静かに言う。
「すえぞう……食ベ歩キ……覚エタ……」
「覚えちゃったね」
「弥子……ト……同ジ……?」
Xiは少し考えた。
「食欲の方向性は、だいぶ同じ」
弥子が嬉しそうに言う。
「ハラヘリコンビだね!」
すえぞうが弥子を見る。
「ハラヘリ!」
弥子が拳を合わせる。
「コンビ!」
ネウロが呆れた顔をした。
「成立したぞ」
カイエンが笑う。
「平和でいいじゃねぇか」
泉さんは、少し疲れたように言った。
「平和ではありますが、胃袋の管理が大変です」
ログナーは記録帳を閉じた。
「すえぞう、地球買い食い体験。コロッケ、たい焼き、カレーパン、ソフトクリーム、イナゴの佃煮。大きな異常なし」
Xiが言う。
「大きな異常なし、で済むんだ」
キラは苦笑した。
「小さな異常は、カレーパンで辛がったくらいかな」
すえぞうが言う。
「カラい!」
弥子が言う。
「でもソフトクリームで勝った!」
「カッタ!」
Xiは笑った。
「そこも覚えたか」
ラキシスは、すえぞうを優しく見ていた。
「すえぞう、今日はたくさん覚えましたね」
「クウ!」
「食べる以外も覚えましょうね」
「……うっす!」
ソープは楽しそうだった。
「面白かったね」
Xiは即座に言った。
「陛下の“面白かった”が次の実験につながらないことを祈ります」
ソープは笑う。
「じゃあ、次は――」
「駄目です」
泉さんが即答した。
「まだ何も言ってないよ」
「言う前に止めます」
バクスチュアルは、公園の木陰で、小さく呟いた。
「町……歩ク……食ベル……」
Xiが隣に座る。
「うん」
「コロッケ……アツイ……サク……」
「うん」
「たい焼キ……魚……デハ……ナイ……甘イ……」
「うん」
「カレーパン……カラい……」
「うん」
「ソフトクリーム……助カル……味……」
「うん」
「イナゴ……普通……デモ……強イ……」
「うん」
「美味シイ……色々……」
Xiは微笑んだ。
「増えたね」
バクスチュアルは頷いた。
「美味シイ……増エル……悪クナイ……」
「うん。悪くない」
弥子がすえぞうと並んで言った。
「次は何食べようか!」
すえぞうが叫ぶ。
「次!」
Xiは慌てた。
「今日はもう終わり!」
弥子とすえぞうが同時に言った。
「えー!」
ネウロが笑う。
「完全に同期しているな」
泉さんが言う。
「食べ歩きは適量で終了です」
ログナーが短く言う。
「次回に回す」
Xiはログナーを見る。
「司令、次回を作らないで」
すえぞうが言った。
「次回!」
弥子も言った。
「次回!」
Xiは頭を抱えた。
「覚えちゃった!」
弥子とすえぞうは腹が減っていた。
二人は肉屋のコロッケで揚げたてを知り、たい焼きで甘い魚ではないものを知り、カレーパンで辛さを知り、ソフトクリームで救われ、イナゴの佃煮で普通だけど強い食文化を知った。
すえぞうは「サイコー」「ハラヘリ」「次回」を覚えた。
弥子はすえぞうとハラヘリコンビを結成した。
ネウロは最後まで呆れていた。
泉さんは食べ過ぎを止めた。
ログナー司令は実験記録に近い買い食い記録を残した。
バクスチュアルは、町の普通の美味しいがたくさんあることを知った。
帰り道。
すえぞうは、ソープの腕の中でうとうとしていた。
「ハラ……」
ラキシスが優しく言う。
「今日はたくさん食べましたから、もうおしまいです」
「次……」
「また今度です」
「うっす……」
弥子は満足げに歩いている。
「楽しかったー!」
ネウロが言った。
「食欲のままに町を蹂躙しただけではないか」
「ちゃんと味わったよ!」
「すえぞうと同じ勢いだったぞ」
「ハラヘリコンビだから!」
Xiは、そんな二人と一匹を見て笑った。
バクスチュアルが言う。
「ハラヘリ……コンビ……悪クナイ……」
「うん。悪くない」
「町……美味シイ……多イ……」
「多いね」
「普通……多イ……」
Xiは少しだけ空を見上げた。
「そうだね。普通は、思ったよりたくさんある」
バクスチュアルは、小さく頷いた。
「普通……良イ……」
「うん」
「次……?」
Xiは苦笑した。
「次は、少し休んでから」
バクスチュアルは、すえぞうの真似をするように、ほんの少しだけ間を置いて言った。
「うっす……」
Xiは思わず笑った。
その笑いに、バクスチュアルは少しだけ首を傾げる。
「笑ッタ……?」
「笑った」
「悪クナイ……?」
「悪くない」
町の夕方の匂いが、ゆっくり流れていく。
揚げ物の匂い。
甘い匂い。
冷たいソフトクリームの記憶。
少し辛いカレーパンの記憶。
普通の町の、普通の買い食い。
けれど、その普通は今日もまた、誰かの中に残った。