守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiは蜂蜜も信用しない

「とても使いやすいです」

 

いつものカフェテラスで、ラキシスが静かに微笑んだ。

 

その手には、黄金色の小さなフォーク。

 

ソープから贈られた、KOGの意匠を落とし込んだ特製カトラリーだった。

 

上品な曲線。

過度に主張しすぎない黄金色。

柄の部分に刻まれた、控えめだが 紛れもなく KOG な意匠。

 

怪盗Xiは、それを見ながら言った。

 

「控えめに見えるのに、値段を想像すると胃が痛くなる」

 

ソープはにこにこと笑う。

 

「普段使いできるようにしたんだけどね」

 

泉さんが即座に言った。

 

「AKD基準の普段使いは、少し信用できません」

 

Xiが深く頷く。

 

「そう。前科が多いです」

 

ラキシスは、黄金色のフォークでケーキを小さく切り分けた。

 

そして、優雅に一口。

 

「美味しいです、ソープ様」

 

「よかった」

 

ソープは嬉しそうに頷いた。

 

ラキシスは、今度は同じく黄金色のスプーンで紅茶をそっと混ぜる。

 

小さく鳴る音さえ、妙に上品だった。

 

弥子はその光景を見て、両手で頬を押さえた。

 

「甘―――――――い!!」

 

ネウロが隣で顔をしかめる。

 

「また始まったか」

 

「だって甘いんだよ! ケーキより甘い! でもケーキは食べる!」

 

「結局食うのか」

 

「そこは別!」

 

バクスチュアルは、弥子を見た。

 

「甘イ……空気……?」

 

Xiは小声で答える。

 

「そう。たぶん、今のがそれ」

 

「ケーキ……ヨリ……甘イ……?」

 

「弥子ちゃん基準では」

 

すえぞうは、弥子の足元でぴょこぴょこ跳ねた。

 

「アマイ!」

 

弥子がすえぞうに小さなケーキの欠片を見せる。

 

「すえぞう、これは少しだけね」

 

「クウ!」

 

ラキシスは、そんな二人を見て柔らかく笑う。

 

弥子の胸元には真紅のドラゴンドロップ。

バクスチュアルの前には、普通の紅茶。

 

今日は、何も起こらない。

 

そう思った瞬間。

 

カフェの入口に、宅配の箱が届いた。

 

宛先は、もちろん。

 

怪盗Xi 様

 

Xiは、ゆっくり目を閉じた。

 

「……甘い空気に釣られて来たな」

 

弥子がフォークを止める。

 

「まさか」

 

泉さんが立ち上がる。

 

「差出人を確認してください」

 

Xiは箱の側面を見た。

 

そこには、嫌というほど見慣れたロゴ。

 

ヘキサクス。

 

そして小さな数字の「6」。

 

Xiは静かに言った。

 

「シックス製です」

 

その瞬間。

 

ラキシスの表情が、すっと冷えた。

 

ただし。

 

彼女の手にあったKOG印の黄金色カトラリーは、丁寧に皿の横へ置かれた。

 

Xiはそれを見て少し安心する。

 

「姫様、特製カトラリーは置いた。えらい」

 

その直後。

 

ラキシスの反対側に置いてあった予備の木製マドラーが。

 

ぱきっ。

 

キラが小声で言った。

 

「犠牲が出た……」

 

ラキシスは静かに言う。

 

「劣化していました」

 

Xiは頷いた。

 

「今日はそれで行きましょう」

 

すえぞうは箱を見て、背中を逆立てた。

 

「シャー!!」

 

弥子が慌てて抱える。

 

「すえぞう、落ち着いて!」

 

「シャー!!」

 

バクスチュアルは、箱を見つめて静かに言った。

 

「シックス製……普通……デハ……ナイ……」

 

Xiは深く頷いた。

 

「三段警報、発動確認」

 

泉さんが冷静に言う。

 

「ラキシス様の反応、すえぞうさんの威嚇、バクスチュアルさんの判断。開封注意です」

 

ネウロは愉快そうに笑った。

 

「ククク……警報装置としてはなかなか優秀だな」

 

Xiは箱を開けた。

 

中には、小瓶。

 

琥珀色の液体が、光を受けてとろりと輝いている。

 

ラベルには、流麗な文字。

 

至高の蜂蜜

 

弥子の目が一瞬だけ輝いた。

 

「蜂蜜……」

 

泉さんが即座に言う。

 

「駄目です」

 

Xiも言う。

 

「駄目」

 

バクスチュアルも言う。

 

「駄目……」

 

すえぞうも言った。

 

「ダメ!」

 

弥子は肩を落とした。

 

「分かってるけど、蜂蜜って聞くと……」

 

ネウロが鼻で笑う。

 

「貴様の食欲は、警戒心を一瞬で溶かすな」

 

「溶けてない! ちょっと揺れただけ!」

 

Xiはカードを取った。

 

「読むよ。読みたくないけど」

 

カードには、こう書かれていた。

 

「『我が一族自慢の庭園で育った蜂から採取した、至高の蜂蜜だ。

  慣れると癖になる。

  常人では脳がとろけるような甘さの代償に、

  以降数日は何を食べても甘さを感じなくなるがね。』」

 

沈黙。

 

そして弥子が立ち上がった。

 

「それは駄目!!」

 

ネウロが横目で見る。

 

「お前にしては判断が早いな」

 

「甘さを感じなくなるんだよ!? ケーキも、たい焼きも、ティラミスも、ソフトクリームも、全部甘くなくなるんだよ!?」

 

「貴様にとっては生命活動への攻撃に等しいな」

 

「等しいよ!!」

 

すえぞうが弥子の横で叫ぶ。

 

「アマイ! ナイ! ダメ!」

 

「そう! 駄目!」

 

ハラヘリコンビの意見は一致した。

 

バクスチュアルは、静かに小瓶を見ていた。

 

「甘イ……覚エタ……」

 

Xiは頷く。

 

「うん」

 

「ティラミス……甘イ……」

 

「うん」

 

「ソフトクリーム……助カル……味……」

 

「うん」

 

「甘イ……消エル……?」

 

「そういうことらしい」

 

バクスチュアルは、少しだけ眉を寄せたように見えた。

 

「普通……壊ス……」

 

Xiは静かに言った。

 

「今日も正しい」

 

ラキシスは、置いておいた黄金色のスプーンをそっと手に取り、確認した。

 

無事だった。

 

そして、もう一度箱を見た。

 

ぱきっ。

 

今度は、テーブルの端に置いてあった別の木製マドラーが折れた。

 

キラが小声で言う。

 

「周辺被害が木製品に限定されてる……」

 

ラクスが穏やかに言った。

 

「特製カトラリーが無事で、よかったですわ」

 

Xiは真剣に頷いた。

 

「本当に」

 

泉さんは小瓶を指差す。

 

「これは絶対に開封しないでください。揮発成分が甘覚に影響する可能性もあります」

 

キラも分析モードに入っていた。

 

「味覚だけじゃなく、脳の報酬系に干渉する可能性もありますね。数日間甘さを感じないというより、甘味認識そのものを一時的に麻痺させるのかも」

 

弥子が青ざめる。

 

「やめて。説明されるともっと怖い」

 

ネウロは小瓶を見て、少しだけ目を細めた。

 

「ふむ」

 

Xiが警戒する。

 

「ネウロ?」

 

「魔界の拷問道具としては使えるかもしれんな」

 

弥子が叫ぶ。

 

「ネウロ! こっちで開けないでよ!」

 

「開けん。人間の甘味を奪う蜂蜜など、吾輩の食指は動かん」

 

「ほんと?」

 

「ただ、魔界には甘美な幻覚に溺れた者を、さらに甘味喪失で責める道具がある」

 

Xiが顔をしかめる。

 

「説明が魔界」

 

ネウロは笑った。

 

「これはそちらに近い」

 

泉さんが恐る恐る言う。

 

「つまり、処分先としては……」

 

ネウロが小瓶を見て言った。

 

「吾輩が預かって魔界送りだな。拷問具の素材にはなる」

 

弥子は渋い顔をした。

 

「食べ物じゃなくて拷問具扱いなら、まあ……」

 

Xiは深く頷いた。

 

「食べ物としてこの世界に置いておくよりはマシ」

 

ログナー司令が、いつの間にか封印ケースを持っていた。

 

「一時封印を行う」

 

Xiは目を細めた。

 

「司令、準備が良すぎる」

 

「シックス製品対応装備だ」

 

「そんなカテゴリ作らないでほしい」

 

すえぞうは、小瓶に向かってもう一度威嚇した。

 

「シャー!」

 

ラキシスは静かに言った。

 

「すえぞうも嫌がっています」

 

ソープは少しだけ瓶を眺めていた。

 

「蜂蜜としては、色が綺麗なんだけどね」

 

全員が一斉にソープを見た。

 

ソープは笑った。

 

「開けないよ」

 

Xiは胸を撫で下ろす。

 

「陛下の“綺麗”と“面白い”は怖いんです」

 

ラキシスはソープを見上げる。

 

「ソープ様には、普通の蜂蜜をお持ちいたします」

 

「うん、それがいいね」

 

弥子が力強く頷く。

 

「普通の蜂蜜でホットケーキ食べたいです!」

 

ネウロが言う。

 

「立ち直りが早いな」

 

「甘さを守るためには前向きにいかないと!」

 

バクスチュアルは、弥子を見た。

 

「甘サ……守ル……」

 

「そう! 甘さは大事!」

 

「甘イ……普通……良イ……」

 

「めっちゃ良い!」

 

Xiは小瓶が封印ケースに入るのを見届けた。

 

「よし。開封なし。摂取なし。被害なし」

 

泉さんが訂正する。

 

「木製マドラーが二本折れました」

 

Xiはラキシスを見た。

 

ラキシスは静かに微笑んでいる。

 

「劣化していました」

 

「劣化で処理します」

 

キラが苦笑する。

 

「処理するんだ」

 

ラクスが言う。

 

「特製カトラリーは無事でしたもの」

 

「それが本当に救いです」

 

ネウロが封印ケースを見下ろす。

 

「では、これは吾輩が預かる」

 

弥子がじっと見る。

 

「ネウロ、変なふうに使わないでよ」

 

「変なふうとは何だ」

 

「人間界に戻ってくるとか」

 

「戻さん」

 

「ほんと?」

 

「吾輩が食う謎にもならん」

 

Xiが小さく言った。

 

「ネウロの“謎にもならない”って、ある意味一番安心できる評価かも」

 

封印ケースは、ネウロの手元に渡った。

 

その瞬間、ケースの周囲に妙な影が揺れた。

 

魔界777ツ能力か、あるいは単なる気配か。

 

小瓶は、すっと消えた。

 

弥子が目を丸くする。

 

「消えた」

 

ネウロは涼しい顔で言う。

 

「魔界送りだ」

 

Xiは深く息を吐いた。

 

「よかった。蜂蜜なのに処分が異界送り」

 

泉さんが言う。

 

「今回はそれが最適でした」

 

ラキシスは、改めてKOG印の黄金色カトラリーを手に取った。

 

「では、気を取り直して」

 

ソープが微笑む。

 

「ケーキの続きを食べようか」

 

ラキシスは優雅にケーキを切り分ける。

 

黄金色のフォークが、柔らかなケーキをすっとすくう。

 

弥子はそれを見て、また胸を押さえた。

 

「甘――――――い!! でも今度の甘さは安全!!」

 

ネウロが言った。

 

「安全な甘さか」

 

「そう! 安全な甘さ!」

 

バクスチュアルが小さく頷く。

 

「安全……甘イ……良イ……」

 

Xiも笑った。

 

「うん。今日の結論だね」

 

すえぞうが弥子の足元で言う。

 

「アマイ! ヨイ!」

 

弥子は小さなケーキの欠片を見せた。

 

「すえぞう、少しだけね」

 

「クウ!」

 

ハラヘリコンビも、日常に戻った。

 

 

帰り際。

 

Xiは、空になった封印ケースの痕跡を見て言った。

 

「蜂蜜まで信用できない人生って何?」

 

ネウロが答える。

 

「差出人を見ろ」

 

「それはそう」

 

弥子はケーキを食べながら言う。

 

「でも、甘さは守られた!」

 

すえぞうも言う。

 

「マモッタ!」

 

バクスチュアルが頷く。

 

「甘イ……守ッタ……」

 

ラキシスは、黄金色のスプーンで紅茶を混ぜた。

 

「普通の甘さは、大切ですわね」

 

ソープはにこにこしている。

 

「うん」

 

Xiはその二人を見て、少し笑った。

 

「その甘さも、まあ……安全ならいいです」

 

弥子がすかさず叫んだ。

 

「やっぱり甘――――――い!!」

 

ネウロは心底嫌そうに言った。

 

「吾輩は謎を喰いに来たのであって、甘味の安全保障を担当しに来たのではない」

 

弥子は笑った。

 

「でも助かったよ、ネウロ」

 

「観察だ」

 

「見守りでしょ」

 

「観察だ」

 

カフェテラスには、普通の甘さが戻っていた。

 

ケーキの甘さ。

紅茶に入れる蜂蜜ではなく、砂糖の甘さ。

ラキシスとソープの、少し胸焼けする甘さ。

 

そして、それを守れたことに、Xiは少しだけ満足していた。

 

シックス製の甘さはいらない。

 

普通の甘さで、十分だった。

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