守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

204 / 218
怪盗Xiはかき氷も信用しない

「暑い……」

 

いつものカフェテラスで、桂木弥子がテーブルに突っ伏していた。

 

五月も後半。

 

まだ真夏ではない。

だが、昼間の陽射しはだいぶ強くなってきていて、風が止まるとじんわり暑い。

 

すえぞうも、弥子の足元でぐでっとしている。

 

「アツイ……」

 

弥子は顔を上げた。

 

「わかる……」

 

すえぞうも顔を上げた。

 

「ハラへった……」

 

「それもわかる……」

 

ネウロが呆れた顔で言った。

 

「暑さと空腹を同列に処理するな」

 

「暑い時こそ冷たいものだよ!」

 

弥子は勢いよく立ち上がった。

 

「かき氷! かき氷食べたい!」

 

すえぞうも跳ねた。

 

「ツメタイ! クウ!」

 

怪盗Xiは、その二人を見て苦笑した。

 

「ハラヘリコンビ、夏仕様になったね」

 

バクスチュアルは、首を傾げる。

 

「かき氷……」

 

Xiが説明する。

 

「氷を削って、シロップをかける冷たいお菓子。食べると頭がキーンってなることがある」

 

「頭……キーン……」

 

「普通のやつなら、すぐ治る」

 

バクスチュアルは静かに頷いた。

 

「普通ノ……キーン……」

 

「そう。普通のキーン」

 

泉さんがカフェのメニューを確認する。

 

「このお店、夏季限定でかき氷を始めたみたいですね」

 

弥子が目を輝かせた。

 

「いちご! メロン! ブルーハワイ! 練乳!」

 

すえぞうも目を輝かせた。

 

「アマイ!」

 

ラキシスは微笑んだ。

 

「涼しげでよろしいですわね」

 

ソープも楽しそうに言う。

 

「いいね。夏の味だ」

 

その時だった。

 

カフェの入口に、宅配の箱が届いた。

 

宛先は、もちろん。

 

怪盗Xi 様

 

Xiは目を閉じた。

 

「……このタイミングで来る?」

 

弥子が固まる。

 

「まさか」

 

泉さんが即座に言った。

 

「差出人の確認を」

 

Xiは箱の側面を見た。

 

ヘキサクス。

 

そして、嫌なほど見慣れた「6」。

 

Xiは深くため息を吐いた。

 

「シックス自慢シリーズです」

 

ラキシスは、持っていたKOG印の黄金色スプーンを静かに皿の横へ置いた。

 

Xiはそれを見て頷く。

 

「姫様、特製カトラリー避難確認」

 

ぱきっ。

 

代わりに、テーブルの端に置かれていた木製スプーンが折れた。

 

キラが小声で言う。

 

「また犠牲が……」

 

ラキシスは静かに微笑む。

 

「劣化していました」

 

すえぞうは箱を見た瞬間、背中を逆立てた。

 

「シャー!!」

 

バクスチュアルは箱を見つめる。

 

「シックス製……普通……デハ……ナイ……」

 

Xiは指を折って数える。

 

「ラキシス姫様の反応、すえぞうの威嚇、バクスチュアルの判断。三段警報、今日も有効」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……高性能な危険物検知網だな」

 

Xiは箱を開けた。

 

中には、白い発泡容器。

 

妙に冷気を放っている。

 

そしてカード。

 

Xiは読み上げた。

 

「『我が一族が北極圏の深層から切り出させた純氷だ。

  これでかき氷を作りなさい。

  慣れると極上の涼が得られる。

  常人が食べると、強烈な頭痛が三日間持続し、

  大事な商談中もずっと頭を抱え続ける羽目になるが……』」

 

沈黙。

 

弥子がゆっくり言った。

 

「三日間……キーン……?」

 

泉さんが真顔で答える。

 

「食品ではありません」

 

キラも眉をひそめた。

 

「通常の冷刺激頭痛ではないですね。三日間持続するなら、極低温による刺激だけではなく、何らかの神経系への干渉か、温度保持に異常な性質がある可能性が……」

 

Xiが頭を抱える。

 

「キラが真面目に説明すると、かき氷が一気に怖くなる」

 

すえぞうは発泡容器を見ている。

 

「ツメタイ……クウ?」

 

弥子がすえぞうを抱えた。

 

「駄目! これは食べちゃ駄目!」

 

すえぞうは少し不満そうにした。

 

「ツメタイ……」

 

「普通のかき氷にしようね!」

 

バクスチュアルは発泡容器を見た。

 

「至高……キーン……三日……」

 

「うん」

 

「普通……デハ……ナイ……」

 

「今日も正しい」

 

ソープは少しだけ興味深そうに容器を見ていた。

 

「北極圏の深層から切り出した純氷か……」

 

全員が一斉にソープを見た。

 

ソープは笑った。

 

「食べないよ」

 

Xiは胸を撫で下ろした。

 

「陛下の“興味深い”は怖いんです」

 

ログナー司令は、いつの間にか封印用の手袋を持っていた。

 

「回収するか」

 

Xiは容器を見つめた。

 

「いや、待ってください」

 

泉さんが顔を上げる。

 

「何か案が?」

 

Xiは言った。

 

「これ、あくまで極低温の氷ですよね?」

 

キラが頷く。

 

「説明文上はそうですね」

 

「だったら、食べなければいい。かき氷にしなければいい」

 

弥子が目を丸くする。

 

「つまり?」

 

Xiは、容器を指差した。

 

「溶かせばただの水」

 

場が静かになった。

 

バクスチュアルが、ゆっくり言う。

 

「至高……溶ケル……」

 

Xiは頷いた。

 

「うん」

 

「溶ケタラ……普通ノ……水……?」

 

「たぶんね」

 

弥子が立ち上がった。

 

「普通の勝利!!」

 

すえぞうも叫んだ。

 

「普通! カッタ!」

 

ネウロがつまらなそうに言った。

 

「魔界の拷問具としては使えそうだったがな。三日間頭を抱える氷か」

 

弥子が即座に言い返す。

 

「使わない!」

 

泉さんも頷いた。

 

「今回は、常温で安全に融解させるのが一番よさそうですね」

 

ログナーは短く言った。

 

「保冷サンプルは――」

 

泉さんが見た。

 

「残しません」

 

「……了解した」

 

Xiが感動したように言う。

 

「泉さんがまた司令を止めた」

 

ソープも笑う。

 

「じゃあ、溶けるところを見ようか」

 

Xiはすぐに言った。

 

「普通に溶かすだけでお願いします。観察実験にしないでください」

 

キラが容器を慎重に開ける。

 

中には、透き通るような氷の塊があった。

 

見た目だけなら美しい。

 

だが、近くにいるだけで額がきんとするような冷気がある。

 

弥子は少し後ずさった。

 

「きれいだけど、怖い……」

 

バクスチュアルは見つめる。

 

「冷タイ……強イ……」

 

「うん。強すぎる冷たさ」

 

氷は、金属製のバケツに移された。

 

カフェの裏手、直射日光の当たる場所へ。

 

すえぞうが覗き込む。

 

「ツメタイ! クウ?」

 

弥子とXiが同時に叫んだ。

 

「駄目!」

 

すえぞうは不満そうに言う。

 

「クウ……ナイ……」

 

ラキシスが優しく言う。

 

「すえぞう、これは食べてはいけません。普通のかき氷を後でいただきましょう」

 

すえぞうは止まった。

 

「普通……クウ……」

 

「はい」

 

「うっす!」

 

バケツの中で、至高の氷は少しずつ溶けていった。

 

ぽた。

 

ぽた。

 

透明な水が底に溜まる。

 

バクスチュアルは、それをじっと見ていた。

 

「至高……弱ク……ナル……」

 

Xiが言う。

 

「普通の温度に戻ってるんだよ」

 

「普通……強イ……?」

 

「今日は強いね」

 

「普通……勝ッタ……?」

 

Xiは笑った。

 

「勝ったね」

 

弥子が拳を握る。

 

「普通の勝利!」

 

すえぞうも前足を上げる。

 

「カッタ!」

 

ネウロが腕を組む。

 

「シックス製品が常温放置で敗北するとはな」

 

Xiは深く頷いた。

 

「たまにはこういう勝ち方もいい」

 

やがて氷は完全に溶けた。

 

ただの水になった。

 

キラが確認する。

 

「温度も通常。異常な冷気も消えています」

 

泉さんが頷く。

 

「では、普通に処理できますね」

 

Xiはバケツの水を見た。

 

「シックス製品を、普通の水として捨てられる日が来るとは」

 

バクスチュアルが言う。

 

「普通……無力化……」

 

「そう。普通が無力化した」

 

弥子がしみじみ言う。

 

「普通って素晴らしい……」

 

ネウロが言った。

 

「またそこに戻るのか」

 

「戻るよ! 大事だから!」

 

その後。

 

カフェテラスには、本物の普通のかき氷が運ばれてきた。

 

弥子はいちご練乳。

 

すえぞうは小さめのいちご。

 

バクスチュアルは、まずはシンプルなみぞれ。

 

Xiはブルーハワイ。

 

キラは宇治抹茶。

 

ラクスはレモン。

 

ラキシスは、ソープと半分ずつ食べるために、白桃シロップのかき氷を選んだ。

 

弥子が一口食べる。

 

「冷た――い! 甘い! 最高!」

 

すえぞうも食べる。

 

「ツメタイ! アマイ! ウマイ!」

 

Xiが注意する。

 

「ゆっくり食べて。普通のかき氷でも頭キーンってなるから」

 

その言葉の直後。

 

すえぞうが止まった。

 

「キーン!」

 

弥子も止まった。

 

「キーン!」

 

Xiは頭を抱えた。

 

「ハラヘリコンビ、同時発生」

 

ネウロが笑う。

 

「食欲だけでなく、頭痛まで同期したか」

 

弥子はこめかみを押さえながら言った。

 

「でも……すぐ治る……普通のキーン……」

 

すえぞうも言った。

 

「普通……キーン……」

 

バクスチュアルは、みぞれを小さく口に運んだ。

 

沈黙。

 

「冷タイ……」

 

Xiが頷く。

 

「うん」

 

「甘イ……」

 

「うん」

 

「頭……少シ……キーン……」

 

「それが普通のかき氷」

 

バクスチュアルは、少しだけ目を伏せた。

 

「普通ノ……キーン……悪クナイ……」

 

弥子が感動したように言う。

 

「夏の味だよ!」

 

バクスチュアルは繰り返す。

 

「夏……ノ……味……」

 

ラキシスは、白桃シロップのかき氷を小さくすくい、ソープに差し出した。

 

「ソープ様、どうぞ」

 

ソープは微笑んで食べる。

 

「うん。美味しいね」

 

弥子はそれを見て叫んだ。

 

「甘――――――い!! かき氷なのに空気が溶ける!」

 

ネウロが顔をしかめる。

 

「冷菓でも胸焼けするとはな」

 

Xiは笑った。

 

「でも、これは安全な甘さです」

 

バクスチュアルは頷く。

 

「安全……甘イ……冷タイ……良イ……」

 

すえぞうも言う。

 

「ヨイ!」

 

ログナー司令は記録帳を開いた。

 

「記録する。至高のかき氷、常温融解により無力化。普通のかき氷にて代替。バクスチュアル、普通のキーンを認識」

 

Xiは言った。

 

「今回は良い記録です」

 

泉さんも頷いた。

 

「非常に平和的な処理でした」

 

ネウロが少し不満そうに言う。

 

「つまらん処理だ」

 

弥子が言い返す。

 

「つまらなくていいの! 普通でいいの!」

 

バクスチュアルは、みぞれをもう一口食べた。

 

「普通……良イ……」

 

Xiは頷く。

 

「うん」

 

「普通……勝ツ……」

 

「勝ったね」

 

普通の勝利だった。

 

*

 

帰り際。

 

弥子は満足そうに、いちご練乳の最後の一口を食べた。

 

「普通のかき氷、最高!」

 

すえぞうも言った。

 

「サイコー!」

 

バクスチュアルは、少しだけ額に手を当てた。

 

「キーン……消エタ……」

 

Xiが笑う。

 

「普通のキーンだからね」

 

「三日……続カナイ……」

 

「続かない」

 

「普通……安心……」

 

「うん。安心」

 

ラキシスは、折れた木製スプーンを見て静かに言った。

 

「劣化していました」

 

キラが小さく笑う。

 

「今日は一本で済みましたね」

 

Xiが頷いた。

 

「被害軽微」

 

ネウロは立ち上がる。

 

「吾輩は帰る。氷が溶けるのを見届けるために地上へ来たのではない」

 

弥子が笑う。

 

「でもかき氷食べるとこまでいたじゃん」

 

「観察だ」

 

「見守りでしょ」

 

「観察だ」

 

カフェテラスに笑いが広がった。

 

シックス製の至高はいらない。

 

北極の深層から切り出した異常な氷もいらない。

 

普通の氷を削って、普通のシロップをかけて、少し頭をキーンとさせながら笑う。

 

それで十分だった。

 

怪盗Xiは、溶けてただの水になった危険物のことを思い出しながら、静かに言った。

 

「普通って、やっぱり強いね」

 

バクスチュアルが頷く。

 

「普通……強イ……」

 

すえぞうも元気よく言った。

 

「普通! カッタ!」

 

弥子が笑って拳を上げた。

 

「普通の勝利!」

 

夏の入り口。

 

普通のかき氷は、今日もちゃんと冷たくて、甘くて、少しだけ頭にキーンと来た。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。