守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「やはり、このカトラリーは自宅で使うことにします」
いつものカフェテラスで、ラキシスがそう言った。
ソープから贈られた、KOG印の黄金色カトラリー。
二十四金の輝きと、AKDの技術と、ソープの愛情が詰まった特製品である。
そして、カフェに持ち込むたびに、周囲の木製スプーンやマドラーが犠牲になる。
Xiは深く頷いた。
「その方がいいと思います。カフェの備品が救われます」
ソープは少しだけ残念そうだった。
「ちょっと残念だね」
泉さんが冷静に言う。
「残念で済んでよかったと思います」
ラキシスは微笑んだ。
「大切なものですから。ソープ様とお茶をいただく時に使います」
弥子が胸を押さえた。
「甘――――――い!! カトラリーをしまう話なのに甘い!」
ネウロが呆れる。
「貴様は最近、糖度検知器のようになっているな」
「だって甘いんだよ!」
バクスチュアルが小さく言った。
「安全……甘イ……?」
Xiは頷く。
「うん。今のは安全な甘さ」
すえぞうも弥子の足元で言った。
「アマイ!」
「そう、甘いね」
その時だった。
カフェの入口に、宅配の箱が届いた。
宛先は二つ。
怪盗Xi 様
ソープ夫妻 様
Xiは、その宛名を見た瞬間、額に手を当てた。
「完全に狙ってきた」
泉さんが立ち上がる。
「差出人は?」
Xiは箱の側面を見た。
ヘキサクス。
そして、数字の「6」。
Xiは低い声で言った。
「シックス製です」
ラキシスは、今日は黄金カトラリーを持っていない。
代わりに、テーブルに置かれていた予備の木製スプーンが。
ぱきっ。
キラが小さく言う。
「カトラリーを置いてきても、犠牲は出るんだ……」
ラキシスは静かに微笑んだ。
「劣化していました」
すえぞうは箱を見て、すぐに背中を逆立てた。
「シャー!!」
バクスチュアルも箱を見つめる。
「シックス製……普通……デハ……ナイ……」
Xiは指を折った。
「木製スプーン犠牲、すえぞう威嚇、バクスチュアル判断。三段警報、今回も有効」
箱を開けると、中には黒く艶めく小瓶が入っていた。
ラベルには、嫌に高級そうな文字。
至高のキャビア
弥子が一瞬だけ目を輝かせた。
「キャビア……高級食材……」
ネウロが横目で見る。
「揺れたな」
「ちょっとだけ!」
Xiはカードを手に取った。
「読みたくないけど読むよ」
「『我が一族自慢の黒海を模した養殖場で育てた、至高のキャビアだ。
慣れると癖になる。
金の匙で食べれば、塩味と旨味はさらに際立つだろう。
ただし常人が口にすれば、以後三日間、
あらゆる食事を「庶民的」と感じ、
何にでもキャビアを添えなければ満足できなくなるがね。』」
沈黙。
弥子がゆっくり立ち上がった。
「それは駄目」
ネウロが少し意外そうに見る。
「今回は判断が早いな」
「コロッケを“庶民的”って見下すようになるんだよ!? たい焼きも、カレーパンも、ソフトクリームも!」
すえぞうも叫ぶ。
「コロッケ! ダメ!」
弥子は拳を握った。
「庶民的だから美味しいのに、それを上から目線で感じるなんて駄目!」
Xiは深く頷いた。
「これは“普通の美味しい”への攻撃だね」
バクスチュアルは、静かに瓶を見ていた。
「普通……美味シイ……壊ス……?」
「そう」
「キャビア……無イ……満足……デキナイ……?」
「そうらしい」
「悪イ……」
Xiは少し驚いて、それから頷いた。
「かなり悪い」
キラも真面目な顔になった。
「味覚そのものというより、報酬系や価値判断に干渉するのかもしれません。普通の食事を“低く”感じさせて、高級食材を足さないと満足できないようにする……」
Xiが頭を抱える。
「キラが説明すると、キャビアが急に心理兵器になる」
泉さんは即答した。
「開封禁止です。カフェ内で開けないでください」
ソープは瓶を見ながら、少し困ったように笑う。
「金の匙で、と書いてあるね」
Xiは即座に言った。
「完全に陛下と姫様のカトラリー狙いです」
ラキシスは静かに言う。
「持参しなくて正解でした」
「本当に!」
ログナー司令が封印ケースを差し出した。
「回収する」
Xiは目を細めた。
「司令、食べませんよね?」
「食べない」
「“現時点では”とか言わない?」
「言わない」
「よし」
ネウロは瓶を見て、くつくつ笑った。
「ククク……高級を求め続ける呪いか。魔界の成金どもに食わせるには面白い」
弥子が言う。
「ネウロ、変な使い方しないでよ」
「人間界に戻さなければよかろう」
「そこは約束して」
「約束はせん。だが戻さん」
「それ、信用していいやつ?」
Xiが言う。
「少なくとも食べ物として流通するよりはマシ」
瓶は封印ケースに収められた。
ラキシスは、折れた木製スプーンを見て、少しだけ申し訳なさそうにした。
「やはり、カフェには普通のカトラリーで十分ですわね」
ソープが言う。
「うん。でも、宮殿では使ってね」
「はい、ソープ様」
弥子がまた胸を押さえた。
「甘――――――い!! でも安全な甘さ!」
バクスチュアルが頷く。
「安全……甘イ……良イ……」
すえぞうも言った。
「ヨイ!」
その日……
シックス製の至高のキャビアは、金の匙を狙うように、Xiとソープ夫妻宛に届いた。
常人が食べると、三日間あらゆる食事を「庶民的」と感じ、何にでもキャビアを添えたくなる危険物だった。
弥子は一瞬だけ揺れたが、普通の美味しさを見下す副作用に激怒した。
バクスチュアルは「普通を壊す」と判断した。
すえぞうはコロッケを守るため威嚇した。
ラキシスのKOG印カトラリーは自宅専用になり、木製スプーンが一本だけ犠牲になった。
帰り際。
Xiは封印ケースを見送りながら言った。
「高級食材まで信用できない人生って何なんだろう」
ネウロが答えた。
「差出人を見ろ」
「それはそう」
弥子はコロッケの話を思い出したように拳を握った。
「普通のコロッケを、ちゃんと美味しいと思えることを守れてよかった!」
すえぞうも前足を上げた。
「コロッケ! マモッタ!」
バクスチュアルが静かに言う。
「普通……守ッタ……」
Xiは笑った。
「うん。今日も普通を守った」
ソープは少し残念そうに言った。
「でも、金の匙で普通の蜂蜜をすくうのも良さそうだね」
ラキシスは嬉しそうに微笑む。
「素敵です!」
弥子が叫んだ。
「甘――――――い!! でも今回は普通の甘さ!」
Xiは深く頷いた。
「普通の甘さ、普通の美味しさ、普通のコロッケ。全部守ろう」
ネウロが鼻で笑う。
「守る対象が食い物ばかりだな」
弥子は即答した。
「大事だからね!」
シックス製の至高はいらない。
キャビアを添えなくても、コロッケは美味しい。
たい焼きは美味しい。
カレーパンも、ソフトクリームも、普通のケーキも美味しい。
普通を庶民的だと見下すくらいなら、怪盗Xiはキャビアも信用しない。