守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiはワインも信用しない

「赤ワインか……俺に似合いそうではある」

 

カイエンが、なぜか妙に渋い顔でそう言った。

 

その一言で、怪盗Xiは嫌な予感を覚えた。

 

「師匠。今の台詞、すごく絵になるんですけど、今回に限ってはやめた方がいいです」

 

カイエンは片眉を上げる。

 

「なんでだヨ。赤ワインだぜ? 騎士が夜に一杯やるには悪くねぇだろ」

 

「普通の赤ワインならね!」

 

 

いつものカフェテラス。

 

ラキシスのKOG印黄金カトラリーは、ついにカフェへ持参されなくなった。

 

「お城で、ソープ様とお茶をいただく時に使います」

 

そう言ったラキシスに、ソープは少しだけ残念そうに笑った。

 

「ちょっと残念だね」

 

「カフェの備品は救われました」

 

泉さんが静かに言った。

 

Xiも頷いた。

 

「木製スプーンたちの犠牲を、僕たちは忘れない」

 

弥子がケーキを食べながら言う。

 

「でも、カトラリーがなくてもソープ夫妻は甘いですね」

 

ネウロが呆れた顔をする。

 

「貴様の糖度計は今日も過敏だな」

 

「甘いものには敏感なの!」

 

バクスチュアルは紅茶を見つめながら、小さく呟いた。

 

「安全……甘イ……良イ……」

 

すえぞうも足元で跳ねる。

 

「アマイ! ヨイ!」

 

その時だった。

 

宅配の箱が届いた。

 

宛先は。

 

怪盗Xi 様

ソープ夫妻 様

 

Xiは、静かに天を仰いだ。

 

「また連名だ……」

 

泉さんが即座に反応した。

 

「差出人確認を」

 

Xiは箱の側面を見た。

 

ヘキサクス。

 

数字の「6」。

 

「シックス製です」

 

その瞬間、ラキシスの視線が冷えた。

 

ぱきっ。

 

テーブル端の木製マドラーが折れた。

 

キラが小声で言う。

 

「カトラリーを持ってこなくても、被害は出るんですね……」

 

ラキシスは静かに言った。

 

「劣化していました」

 

すえぞうは箱に向かって威嚇した。

 

「シャー!!」

 

バクスチュアルは箱を見つめる。

 

「シックス製……普通……デハ……ナイ……」

 

Xiは指を折る。

 

「木製マドラー破損、すえぞう威嚇、バクスチュアル判定。三段警報、発動確認」

 

ネウロが笑った。

 

「完全に災害警報だな」

 

箱を開けると、中には暗い赤の瓶が入っていた。

 

重厚なラベル。

無駄に高級感のある封蝋。

黒いリボン。

 

ラベルには、こう書かれていた。

 

『至高のヴィンテージワイン』

 

カイエンが少し目を細める。

 

「赤ワインか……俺に似合いそうではある」

 

Xiがすかさず言った。

 

「似合うけど飲まないで!」

 

「まだ説明も聞いてねぇだろ」

 

「シックス製の時点で説明を待つ必要がないんです!」

 

弥子は瓶を見て、少しだけ興味を示した。

 

「ワイン……ビーフシチューとか、煮込み料理に使うと美味しいですよね」

 

泉さんが一瞬で警戒した。

 

「弥子さん」

 

「いや、飲むのは駄目ですけど! 料理なら……加熱したら無害化したりしないかなって……」

 

Xiは顔を覆った。

 

「弥子ちゃん、シックス製品に希望を持たないで」

 

カードを開く。

 

Xiは深呼吸して、読み上げた。

 

「『我が一族の地下深くで数百年熟成させたヴィンテージワインだ。

  至福の陶酔を味わえ、慣れると癖になる。

  常人が飲めば、一週間は流れる汗がすべて赤くなり、

  白いシャツが一切着られなくなるが……』」

 

沈黙。

 

弥子が顔をしかめた。

 

「汗が赤くなる……?」

 

キラが真面目な顔になる。

 

「汗腺から色素が排出されると考えると、代謝異常かもしれません。飲用後に一週間持続するなら、単なる着色ではなく、体内で何らかの物質が生成され続ける可能性も――」

 

Xiが頭を抱えた。

 

「キラが説明すると、赤ワインが医療事故になる!」

 

泉さんは即答した。

 

「飲用禁止です。料理への転用も禁止です」

 

弥子は肩を落とした。

 

「ですよねー……」

 

バクスチュアルが瓶を見ている。

 

「白イ……服……着ラレナイ……」

 

「うん。社会生活への攻撃だね」

 

「普通……壊ス……?」

 

Xiは頷いた。

 

「今日も正しい」

 

すえぞうは瓶を睨みながら言った。

 

「アカイ……ダメ!」

 

弥子がすえぞうを撫でる。

 

「すえぞうは白いからね。赤い汗かいたら大変だよ」

 

その瞬間、Xiの脳裏に浮かんだ。

 

白いすえぞうが、全身から赤い汗をだらだら流しながら、

 

「アツイ……アカイ……」

 

と歩く姿。

 

Xiは即座に首を振った。

 

「駄目! 絵面が怖い!」

 

ソープが少しだけ興味深そうに言う。

 

「すえぞうが飲んだら、どうなるんだろうね」

 

全員が同時に言った。

 

「駄目です」

 

ソープは笑った。

 

「まだ何もしていないよ」

 

泉さんが真顔で言う。

 

「ソープ様の“どうなるんだろう”は、実験計画の入口です」

 

「そうかな」

 

「そうです」

 

ラキシスは、ソープを見上げて柔らかく言った。

 

「ソープ様。すえぞうには普通のおやつをあげましょう」

 

すえぞうは即座に反応した。

 

「オヤツ!」

 

「はい」

 

「うっす!」

 

Xiは胸を撫で下ろした。

 

「姫様の制御が一番効く」

 

ログナー司令は、封印ケースを用意していた。

 

「回収する」

 

Xiは目を細める。

 

「司令。これ、何かに活用しようとしてません?」

 

「対シックス用の非致死性妨害物質として転用可能かもしれん」

 

「赤い汗を非致死性って言わないでください!」

 

カイエンはまだ少し瓶を見ていた。

 

「しかし、赤ワイン自体は悪くねぇんだよな」

 

アウクソーが静かに言った。

 

「マスター。これはシックス製です」

 

「分かってるヨ」

 

「飲まないでください」

 

「飲まねぇヨ」

 

Xiはほっとした。

 

「アウクソーさんの一言、強い」

 

弥子はまだ少し未練があるようだった。

 

「普通の赤ワインなら、煮込み料理に使えるのに……」

 

ネウロが鼻で笑う。

 

「貴様の鍋から赤い蒸気が立ちのぼるかもしれんぞ」

 

「やだ!!」

 

「食欲が危険物の前でまた揺れたな」

 

「揺れただけ! 使ってないから勝ち!」

 

「勝ちの基準が低い」

 

「シックス製品相手なら、食べないだけで勝ちなんだよ!」

 

バクスチュアルが頷く。

 

「食ベナイ……勝チ……」

 

Xiも頷いた。

 

「その通り」

 

瓶は封印ケースに収められた。

 

その時、ネウロが少しだけ目を細めた。

 

「魔界で使うには、やや効果が地味だな」

 

Xiが言う。

 

「ネウロ基準だと、汗が赤くなるだけでは地味なの?」

 

「白い衣服を汚すだけでは、芸が足りん」

 

泉さんが即座に言った。

 

「人間界では十分迷惑です」

 

ログナーはケースを持ち上げた。

 

「では、厳重封印のうえ処分する」

 

Xiは警戒する。

 

「どこに?」

 

「処分だ」

 

「どこに?」

 

ログナーは、少しだけ間を置いて言った。

 

「この道は通行止めだ」

 

Xiが叫んだ。

 

「絶対どこかに送る気だ!!」

 

カイエンが笑う。

 

「バッハトマあたりか?」

 

ログナーは答えない。

 

Xiは頭を抱えた。

 

「シックス製品の処分先が毎回不穏!」

 

ひとまず、至高のヴィンテージワインは誰にも飲まれなかった。

 

すえぞうにも飲ませなかった。

カイエンも飲まなかった。

弥子もシチューに使わなかった。

ソープも実験しなかった。

 

これは大きな勝利だった。

 

代わりに、カフェでは普通のぶどうジュースが出された。

 

弥子が一口飲む。

 

「普通のぶどうジュース、美味しい!」

 

すえぞうも小さなカップで飲む。

 

「アマイ! ウマイ!」

 

バクスチュアルも、少しだけ飲んだ。

 

「ぶどう……甘イ……酸味……」

 

Xiが頷く。

 

「うん」

 

「赤イ……デモ……安全……」

 

「そう。安全な赤」

 

バクスチュアルは静かに言った。

 

「安全……赤イ……良イ……」

 

カイエンはぶどうジュースのグラスを見て、少し不満そうにした。

 

「俺には赤ワインの方が似合うと思うんだがな」

 

Xiが笑う。

 

「師匠は普通の赤ワインを、ちゃんとした店で飲んでください」

 

アウクソーが頷く。

 

「その時は、私が確認いたします」

 

「そこまで信用ねぇか?」

 

「シックス製でなければ、問題ありません」

 

「それはそうだな」

 

ラキシスは、白いナプキンを見ながら言った。

 

「白いものが汚れずに済んで、よかったですわ」

 

ソープは少し笑う。

 

「白い服が着られないのは困るね」

 

Xiは即座に言った。

 

「陛下、AKDは白いもの多いですからね」

 

キラも頷く。

 

「白い機体、白い衣装、白い印象……赤い汗はかなり困りますね」

 

ネウロが言う。

 

「白を穢す赤か。悪趣味な演出ではある」

 

弥子は拳を握った。

 

「普通の白シャツを守った!」

 

すえぞうも前足を上げる。

 

「マモッタ!」

 

バクスチュアルも小さく言う。

 

「普通……守ッタ……」

 

その日……

 

キャビアに続いて届いたのは、シックス製の至高のヴィンテージワインだった。

常人が飲めば、一週間、流れる汗がすべて赤くなり、白いシャツが着られなくなる迷惑なワインだった。

カイエンは少し似合いそうだったが、飲まなかった。

弥子は料理用に加熱すれば使えるかもしれないと一瞬期待したが、使わなかった。

すえぞうに飲ませる案は全員で止めた。

バクスチュアルは「普通を壊す」と判断した。

ログナー司令は何かに活用しようとした疑いがある。

最終的に、誰も飲まず、誰も赤い汗をかかずに済んだ。

 

帰り際。

 

Xiは空のグラスを見て言った。

 

「普通のぶどうジュースで十分だね」

 

バクスチュアルが頷く。

 

「普通……安全……美味シイ……」

 

「うん」

 

弥子は笑う。

 

「いつか普通のビーフシチュー作りましょう! 普通の赤ワインで!」

 

泉さんが微笑んだ。

 

「普通の、を強調してくださいね」

 

ネウロが言う。

 

「普通を冠にしなければ食事もできん集団か」

 

Xiは肩をすくめた。

 

「シックス製品が届く限り、必要なんだよ」

 

すえぞうが元気よく言った。

 

「普通! ヨイ!」

 

弥子が拳を合わせる。

 

「普通、最高!」

 

カイエンは少しだけ笑い、ぶどうジュースのグラスを掲げた。

 

「まあ、今日はこれで我慢してやるか」

 

Xiはすぐに言った。

 

「師匠、それでも似合ってますよ」

 

「ジュースがか?」

 

「赤い飲み物が」

 

「雑だな」

 

カフェテラスに笑いが広がった。

 

赤ワインは飲まなかった。

 

白いシャツは守られた。

 

すえぞうも赤くならなかった。

 

そして今日もまた、怪盗Xiは学んだ。

 

ワインも、シックス製なら信用してはいけない

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