守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「赤ワインか……俺に似合いそうではある」
カイエンが、なぜか妙に渋い顔でそう言った。
その一言で、怪盗Xiは嫌な予感を覚えた。
「師匠。今の台詞、すごく絵になるんですけど、今回に限ってはやめた方がいいです」
カイエンは片眉を上げる。
「なんでだヨ。赤ワインだぜ? 騎士が夜に一杯やるには悪くねぇだろ」
「普通の赤ワインならね!」
*
いつものカフェテラス。
ラキシスのKOG印黄金カトラリーは、ついにカフェへ持参されなくなった。
「お城で、ソープ様とお茶をいただく時に使います」
そう言ったラキシスに、ソープは少しだけ残念そうに笑った。
「ちょっと残念だね」
「カフェの備品は救われました」
泉さんが静かに言った。
Xiも頷いた。
「木製スプーンたちの犠牲を、僕たちは忘れない」
弥子がケーキを食べながら言う。
「でも、カトラリーがなくてもソープ夫妻は甘いですね」
ネウロが呆れた顔をする。
「貴様の糖度計は今日も過敏だな」
「甘いものには敏感なの!」
バクスチュアルは紅茶を見つめながら、小さく呟いた。
「安全……甘イ……良イ……」
すえぞうも足元で跳ねる。
「アマイ! ヨイ!」
その時だった。
宅配の箱が届いた。
宛先は。
怪盗Xi 様
ソープ夫妻 様
Xiは、静かに天を仰いだ。
「また連名だ……」
泉さんが即座に反応した。
「差出人確認を」
Xiは箱の側面を見た。
ヘキサクス。
数字の「6」。
「シックス製です」
その瞬間、ラキシスの視線が冷えた。
ぱきっ。
テーブル端の木製マドラーが折れた。
キラが小声で言う。
「カトラリーを持ってこなくても、被害は出るんですね……」
ラキシスは静かに言った。
「劣化していました」
すえぞうは箱に向かって威嚇した。
「シャー!!」
バクスチュアルは箱を見つめる。
「シックス製……普通……デハ……ナイ……」
Xiは指を折る。
「木製マドラー破損、すえぞう威嚇、バクスチュアル判定。三段警報、発動確認」
ネウロが笑った。
「完全に災害警報だな」
箱を開けると、中には暗い赤の瓶が入っていた。
重厚なラベル。
無駄に高級感のある封蝋。
黒いリボン。
ラベルには、こう書かれていた。
『至高のヴィンテージワイン』
カイエンが少し目を細める。
「赤ワインか……俺に似合いそうではある」
Xiがすかさず言った。
「似合うけど飲まないで!」
「まだ説明も聞いてねぇだろ」
「シックス製の時点で説明を待つ必要がないんです!」
弥子は瓶を見て、少しだけ興味を示した。
「ワイン……ビーフシチューとか、煮込み料理に使うと美味しいですよね」
泉さんが一瞬で警戒した。
「弥子さん」
「いや、飲むのは駄目ですけど! 料理なら……加熱したら無害化したりしないかなって……」
Xiは顔を覆った。
「弥子ちゃん、シックス製品に希望を持たないで」
カードを開く。
Xiは深呼吸して、読み上げた。
「『我が一族の地下深くで数百年熟成させたヴィンテージワインだ。
至福の陶酔を味わえ、慣れると癖になる。
常人が飲めば、一週間は流れる汗がすべて赤くなり、
白いシャツが一切着られなくなるが……』」
沈黙。
弥子が顔をしかめた。
「汗が赤くなる……?」
キラが真面目な顔になる。
「汗腺から色素が排出されると考えると、代謝異常かもしれません。飲用後に一週間持続するなら、単なる着色ではなく、体内で何らかの物質が生成され続ける可能性も――」
Xiが頭を抱えた。
「キラが説明すると、赤ワインが医療事故になる!」
泉さんは即答した。
「飲用禁止です。料理への転用も禁止です」
弥子は肩を落とした。
「ですよねー……」
バクスチュアルが瓶を見ている。
「白イ……服……着ラレナイ……」
「うん。社会生活への攻撃だね」
「普通……壊ス……?」
Xiは頷いた。
「今日も正しい」
すえぞうは瓶を睨みながら言った。
「アカイ……ダメ!」
弥子がすえぞうを撫でる。
「すえぞうは白いからね。赤い汗かいたら大変だよ」
その瞬間、Xiの脳裏に浮かんだ。
白いすえぞうが、全身から赤い汗をだらだら流しながら、
「アツイ……アカイ……」
と歩く姿。
Xiは即座に首を振った。
「駄目! 絵面が怖い!」
ソープが少しだけ興味深そうに言う。
「すえぞうが飲んだら、どうなるんだろうね」
全員が同時に言った。
「駄目です」
ソープは笑った。
「まだ何もしていないよ」
泉さんが真顔で言う。
「ソープ様の“どうなるんだろう”は、実験計画の入口です」
「そうかな」
「そうです」
ラキシスは、ソープを見上げて柔らかく言った。
「ソープ様。すえぞうには普通のおやつをあげましょう」
すえぞうは即座に反応した。
「オヤツ!」
「はい」
「うっす!」
Xiは胸を撫で下ろした。
「姫様の制御が一番効く」
ログナー司令は、封印ケースを用意していた。
「回収する」
Xiは目を細める。
「司令。これ、何かに活用しようとしてません?」
「対シックス用の非致死性妨害物質として転用可能かもしれん」
「赤い汗を非致死性って言わないでください!」
カイエンはまだ少し瓶を見ていた。
「しかし、赤ワイン自体は悪くねぇんだよな」
アウクソーが静かに言った。
「マスター。これはシックス製です」
「分かってるヨ」
「飲まないでください」
「飲まねぇヨ」
Xiはほっとした。
「アウクソーさんの一言、強い」
弥子はまだ少し未練があるようだった。
「普通の赤ワインなら、煮込み料理に使えるのに……」
ネウロが鼻で笑う。
「貴様の鍋から赤い蒸気が立ちのぼるかもしれんぞ」
「やだ!!」
「食欲が危険物の前でまた揺れたな」
「揺れただけ! 使ってないから勝ち!」
「勝ちの基準が低い」
「シックス製品相手なら、食べないだけで勝ちなんだよ!」
バクスチュアルが頷く。
「食ベナイ……勝チ……」
Xiも頷いた。
「その通り」
瓶は封印ケースに収められた。
その時、ネウロが少しだけ目を細めた。
「魔界で使うには、やや効果が地味だな」
Xiが言う。
「ネウロ基準だと、汗が赤くなるだけでは地味なの?」
「白い衣服を汚すだけでは、芸が足りん」
泉さんが即座に言った。
「人間界では十分迷惑です」
ログナーはケースを持ち上げた。
「では、厳重封印のうえ処分する」
Xiは警戒する。
「どこに?」
「処分だ」
「どこに?」
ログナーは、少しだけ間を置いて言った。
「この道は通行止めだ」
Xiが叫んだ。
「絶対どこかに送る気だ!!」
カイエンが笑う。
「バッハトマあたりか?」
ログナーは答えない。
Xiは頭を抱えた。
「シックス製品の処分先が毎回不穏!」
ひとまず、至高のヴィンテージワインは誰にも飲まれなかった。
すえぞうにも飲ませなかった。
カイエンも飲まなかった。
弥子もシチューに使わなかった。
ソープも実験しなかった。
これは大きな勝利だった。
代わりに、カフェでは普通のぶどうジュースが出された。
弥子が一口飲む。
「普通のぶどうジュース、美味しい!」
すえぞうも小さなカップで飲む。
「アマイ! ウマイ!」
バクスチュアルも、少しだけ飲んだ。
「ぶどう……甘イ……酸味……」
Xiが頷く。
「うん」
「赤イ……デモ……安全……」
「そう。安全な赤」
バクスチュアルは静かに言った。
「安全……赤イ……良イ……」
カイエンはぶどうジュースのグラスを見て、少し不満そうにした。
「俺には赤ワインの方が似合うと思うんだがな」
Xiが笑う。
「師匠は普通の赤ワインを、ちゃんとした店で飲んでください」
アウクソーが頷く。
「その時は、私が確認いたします」
「そこまで信用ねぇか?」
「シックス製でなければ、問題ありません」
「それはそうだな」
ラキシスは、白いナプキンを見ながら言った。
「白いものが汚れずに済んで、よかったですわ」
ソープは少し笑う。
「白い服が着られないのは困るね」
Xiは即座に言った。
「陛下、AKDは白いもの多いですからね」
キラも頷く。
「白い機体、白い衣装、白い印象……赤い汗はかなり困りますね」
ネウロが言う。
「白を穢す赤か。悪趣味な演出ではある」
弥子は拳を握った。
「普通の白シャツを守った!」
すえぞうも前足を上げる。
「マモッタ!」
バクスチュアルも小さく言う。
「普通……守ッタ……」
その日……
キャビアに続いて届いたのは、シックス製の至高のヴィンテージワインだった。
常人が飲めば、一週間、流れる汗がすべて赤くなり、白いシャツが着られなくなる迷惑なワインだった。
カイエンは少し似合いそうだったが、飲まなかった。
弥子は料理用に加熱すれば使えるかもしれないと一瞬期待したが、使わなかった。
すえぞうに飲ませる案は全員で止めた。
バクスチュアルは「普通を壊す」と判断した。
ログナー司令は何かに活用しようとした疑いがある。
最終的に、誰も飲まず、誰も赤い汗をかかずに済んだ。
帰り際。
Xiは空のグラスを見て言った。
「普通のぶどうジュースで十分だね」
バクスチュアルが頷く。
「普通……安全……美味シイ……」
「うん」
弥子は笑う。
「いつか普通のビーフシチュー作りましょう! 普通の赤ワインで!」
泉さんが微笑んだ。
「普通の、を強調してくださいね」
ネウロが言う。
「普通を冠にしなければ食事もできん集団か」
Xiは肩をすくめた。
「シックス製品が届く限り、必要なんだよ」
すえぞうが元気よく言った。
「普通! ヨイ!」
弥子が拳を合わせる。
「普通、最高!」
カイエンは少しだけ笑い、ぶどうジュースのグラスを掲げた。
「まあ、今日はこれで我慢してやるか」
Xiはすぐに言った。
「師匠、それでも似合ってますよ」
「ジュースがか?」
「赤い飲み物が」
「雑だな」
カフェテラスに笑いが広がった。
赤ワインは飲まなかった。
白いシャツは守られた。
すえぞうも赤くならなかった。
そして今日もまた、怪盗Xiは学んだ。
ワインも、シックス製なら信用してはいけない