守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「剣聖と怪盗が、昼下がりのカフェで紅茶を飲んでいる」
岸辺露伴は、いつものカフェテラスに現れるなり、そう言った。
怪盗Xiは、紅茶のカップを持ったまま固まった。
「先生、開口一番それ?」
露伴はメモ帳を開いた。
「異常な日常というものは、観察対象として面白い。特に君たちは、普通にしている時ほど異常性が際立つ」
カイエンは向かいの席で笑う。
「俺を描くなら格好良く頼むぜ」
「僕は事実しか描かない」
Xiは即座に言った。
「それが一番怖いんだけど!」
弥子はケーキを食べながら頷いた。
「露伴先生、取材の時は目がマジだからね」
ネウロが鼻で笑う。
「ククク……餌を見つけた捕食者の目だな」
露伴は不快そうに言う。
「君に言われたくはないな」
泉さんは、すでに警戒していた。
「露伴先生、今日はあくまで取材ですよね?」
「もちろんだ。僕は節度ある漫画家だ」
承太郎が低く言った。
「節度がある奴は、自分でそうは言わねぇ」
「やれやれ、疑い深い連中だな」
その時だった。
カフェの入口に、宅配の箱が届いた。
宛先は。
岸辺露伴 様
Xiは、それを見た瞬間に立ち上がった。
「先生、開けないで!」
露伴は眉をひそめた。
「僕宛てだぞ」
「差出人を見て!」
箱の側面。
ヘキサクス。
そして、嫌なほど見慣れた数字の「6」。
露伴の目が細くなる。
「……シックスか」
弥子がケーキのフォークを止めた。
「うわ、露伴先生ロックオンされた」
ネウロは愉快そうに笑う。
「今度は漫画家向けの餌か」
ラキシスは静かに目を伏せた。
ぱきっ。
テーブルの端の木製マドラーが折れた。
Xiは指を立てる。
「第一警報」
すえぞうが箱へ向かって威嚇した。
「シャー!!」
「第二警報」
バクスチュアルが静かに言った。
「シックス製……普通……デハ……ナイ……」
「第三警報。三段警報、発動確認」
泉さんが真顔で言う。
「開封は慎重にお願いします」
露伴は箱を見下ろした。
「僕に送ってくるとは、随分と挑発的じゃあないか」
Xiが言う。
「先生、その顔、ちょっと楽しそうですよ」
「好奇心はある。だが、信用はしていない」
箱を開けると、中には小さなインク瓶が入っていた。
黒い瓶。
銀のラベル。
妙に上質なペン先の意匠。
ラベルにはこう書かれている。
秘伝調合 執筆用インク
Xiはカードを手に取った。
「読みます。読みたくないけど」
「『我が一族に代々伝わる秘伝の製法で調合させたインクだ。
恐ろしいほど筆が滑らかに走り、慣れると癖になる。
ただし、常人がこれで執筆すると、
三日三晩、目につくあらゆる壁や衣服に
ポエムを書き殴る衝動に駆られるがね。』」
沈黙。
弥子が言った。
「迷惑!!」
ネウロが笑う。
「壁も衣服も原稿用紙に見えるのか。なかなか人間社会に適した嫌がらせだ」
泉さんは露伴を見る。
「絶対に使わないでください」
露伴は、インク瓶をじっと見ていた。
「恐ろしいほど筆が滑らかに走る、か」
Xiが身構える。
「先生、目が危ない!」
露伴は軽く手を上げた。
「分かっている。だが、漫画家として“描き味”に興味がないと言えば嘘になる」
キラが真面目に言った。
「創作衝動を増幅するタイプかもしれません。常人でポエムを書き殴るなら、創作者の場合は、現実を未完成の原稿として認識する可能性もあります」
Xiが頭を抱えた。
「キラが説明すると、インクが精神兵器になる!」
バクスチュアルがインク瓶を見つめる。
「インク……描カセル……?」
Xiは頷く。
「そう。道具のはずなのに、人間を使う側になる」
「普通……デハ……ナイ……」
「今日も正しい」
露伴は黙っていた。
そして、カイエンのマントをちらりと見た。
カイエンが眉を上げる。
「なんだヨ」
露伴は言う。
「余白が多いな」
Xiが叫んだ。
「人のマントを原稿用紙みたいに見ないで!」
カイエンも笑いながら一歩引く。
「俺のマントに変な詩を書くなヨ」
露伴は不満そうに言った。
「書かない。見ただけだ」
泉さんが言う。
「見方が危険です」
すえぞうは、白い背中を弥子の後ろに隠した。
「シャー……」
弥子がすえぞうを抱える。
「すえぞうは原稿用紙じゃないからね!」
露伴は眉をひそめる。
「描かないと言っているだろう」
ネウロが笑う。
「白くて描きやすそうではあるがな」
「ネウロも言わない!」
ラキシスが静かにインク瓶を見る。
その瞬間、別の木製マドラーがぱきりと折れた。
Xiが手を上げる。
「姫様、二本目です」
ラキシスは落ち着いて言った。
「劣化していました」
ラクスは困ったように微笑んだ。
「今回は、皆さまの服も壁も守らなければなりませんね」
露伴は、インク瓶へ手を伸ばしかけた。
全員が身構える。
だが、露伴は瓶に触れなかった。
ただ、見下ろした。
「なるほど」
Xiが息を呑む。
「先生?」
露伴は静かに言った。
「漫画家には、良い道具が必要だ。
紙も、ペンも、インクも、環境も。
良いものが作品を支えることはある」
泉さんは黙って聞いている。
インク瓶の黒い表面に、露伴の顔が映った。
まるで、瓶の奥で誰かが笑っているようだった。
露伴はその笑みを見返し、はっきりと言った。
「だが断る」
その瞬間。
誰もいないはずの空気の奥で、何かが揺れたように見えた。
まるで、シックスの悪意が。
「なにィッ!!」
とでも言ったかのように。
露伴は一歩前に出て、そして続ける。
「この岸辺露伴が最も好きな事のひとつは、
自分で自分のことを強いと思ってるやつに『NO』と断ってやる事だ」
Xiは目を見開いた。
弥子は小さく拳を握った。
「出た……!」
露伴はさらに続ける。
「この岸辺露伴を舐めるなよ……!」
その場の空気が、ぴんと張った。
露伴は瓶を見下ろしている。
「僕は僕の意思で描く。
僕が見て、僕が感じて、僕が取材し、僕が構成し、
僕がペンを走らせる」
彼はインク瓶を指差した。
「インクに描かされる漫画など、漫画じゃあない」
ネウロが、少しだけ目を細めた。
「ククク……創作者としての矜持か」
弥子が言う。
「露伴先生、こういう時ほんと強いよね」
露伴は即座に返す。
「こういう時、ではない。いつもだ」
承太郎が短く言った。
「今のは、少しだけ認めてやる」
「少しだけか」
Xiは深く息を吐いた。
「先生、今のは本当に格好良かったです」
露伴はふんと鼻を鳴らす。
「当然だ」
泉さんは少し安心したように言った。
「では、これは処分ですね」
ログナー司令が、いつの間にか封印ケースを用意していた。
「回収する」
Xiはすぐに警戒する。
「司令、使いませんよね?」
「使わない」
「ミラージュ騎士団の報告書用インクとかにしませんよね?」
「使わない」
「本当に?」
「報告書にポエムを書かれては困る」
Xiは真顔で頷いた。
「それは本当に困る」
カイエンが笑った。
「ミラージュ騎士団員が三日三晩ポエムを書き殴るのは、さすがに見たくねぇな」
ソープが少し考える。
「でも、少し面白そうでは――」
全員が同時に言った。
「駄目です」
ソープは笑った。
「まだ何も言ってないのに」
ラキシスが優しく言った。
「ソープ様、今日は普通のインクにいたしましょう」
「そうだね」
封印ケースにインク瓶が収められる。
すえぞうが最後まで睨んでいた。
「シャー……」
バクスチュアルは静かに言う。
「描ク……自分……決メル……」
露伴は彼女を見た。
「その通りだ」
「道具……決メナイ……」
「ああ」
「普通……?」
露伴は少しだけ考えた。
「漫画家としては、普通以前の問題だな」
Xiが笑った。
「先生にとっての根本ですね」
露伴はメモ帳を閉じた。
「今日は取材になった」
Xiは身構える。
「何を描く気ですか?」
「シックス製インクを断る漫画家の話だ」
泉さんが即座に言う。
「実名は避けてください」
「考えておく」
承太郎が言う。
「避けろ」
「……分かった」
弥子はすえぞうの頭を撫でながら言った。
「でも、露伴先生が使わなくてよかったよ。すえぞうの背中にポエム書かれたら大変だった」
すえぞうは胸を張った。
「ヤコ! マモル!」
弥子は笑った。
「うん。今日は守ったね」
ネウロが言う。
「今回は食欲ではなく、白い背中を守ったか」
「それも大事!」
露伴は一瞬だけ描き味に興味を示したが、創作者としての矜持で拒否した。
道具に描かされるなど、岸辺露伴にとっては論外だった。
帰り際。
露伴は、Xiとカイエンをもう一度見た。
「で、取材の続きだが」
Xiは顔をしかめた。
「まだやるんですか?」
「当然だ。剣聖と怪盗が危険インクを囲んで、創作論に至った。これを取材しない手はない」
カイエンは笑う。
「俺は格好良く描けよ」
「事実だけを描く」
Xiは呟いた。
「やっぱり怖い」
弥子はケーキを再開しながら言った。
「でも、今日の露伴先生は格好良かった」
ネウロが鼻で笑う。
「強いと思っている相手を断るのが好き、か。人間らしい傲慢さだ」
露伴は振り向く。
「褒め言葉として受け取っておく」
「好きにしろ」
バクスチュアルは、封印ケースが運ばれていく方を見ていた。
「インク……使ワナイ……勝チ……」
Xiは頷く。
「そう。今日は使わない勝ち」
「自分……決メル……勝チ……」
露伴が少しだけ笑った。
「なかなかいいことを言うじゃあないか」
すえぞうが元気よく言った。
「カッタ!」
弥子も拳を上げる。
「勝った!」
Xiは笑った。
「うん。露伴先生の勝ちだね」
カフェテラスには、普通のペンと普通のメモ帳が残っていた。
危険なインクは使われなかった。
壁も、服も、すえぞうの背中も無事だった。
岸辺露伴はインクを信用しない。
少なくとも、シックス製のインクは。
そして何より。
岸辺露伴は、道具に描かされることを許さない。