守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「そういえば、あの泊まりの合宿、楽しかったけど……結構疲れたよね」
いつものカフェテラスで、キラ・ヤマトが紅茶を飲みながら言った。
怪盗Xiは、深く頷いた。
「温泉に入って、卓球して、移動して、騒動もあって。あれは休養だったのか訓練だったのか、今でも判断に困る」
弥子はケーキを食べながら、しみじみ言った。
「あの時は乳酸菌飲料とGABAのチョコ必須だったね!」
ネウロが横で鼻を鳴らす。
「貴様は睡眠より食欲で回復していただろう」
「両方大事なんだよ!」
すえぞうも足元で元気に跳ねた。
「ハラへった!」
Xiは笑う。
「すえぞうは常に回復アイテムを要求してるね」
バクスチュアルは、少し首を傾げた。
「睡眠……癒シ……」
ラクスが穏やかに微笑む。
「よく眠れる音楽や、静かなオルゴールの音も良いですわね」
キラも頷いた。
「寝る前に落ち着く音を聞くのは、確かに効果があるかもしれないね」
Xiは、その瞬間ぴたりと止まった。
「……今、誰か“オルゴール”って言った?」
泉さんも顔を上げる。
「嫌な予感がします」
その直後。
カフェの入口に、宅配の箱が届いた。
宛先は、当然のように。
怪盗Xi 様
Xiはゆっくり天を仰いだ。
「もう流れが完璧すぎる」
弥子がフォークを止める。
「差出人は?」
Xiは箱の側面を確認した。
ヘキサクス。
数字の「6」。
「シックス製です」
ぱきっ。
ラキシスの視線が冷えた瞬間、テーブルの端に置かれていた木製マドラーが折れた。
キラが小声で言う。
「今日はマドラー……」
ラキシスは静かに言った。
「劣化していました」
すえぞうは箱へ向かって威嚇した。
「シャー!!」
バクスチュアルは箱を見つめる。
「シックス製……普通……デハ……ナイ……」
Xiは指を折って数えた。
「木製マドラー破損、すえぞう威嚇、バクスチュアル判定。三段警報、今日も有効」
ネウロは愉快そうに笑った。
「ククク……癒やしの品が警報三つで出迎えられるとはな」
箱を開けると、中には美しい小箱が入っていた。
深い木目。
金色の装飾。
古めかしくも繊細な作り。
見た目だけなら、確かに高級なオルゴールだった。
ラベルには、こうある。
至高のオルゴール
Xiはカードを手に取った。
「読みます。読みたくないけど」
「『我が一族お抱えの職人が生涯をかけて作らせたオルゴールだ。
極上の癒やしとして、慣れると癖になる。
ただし、常人が聴くと、脳内にメロディが爆音でループし続け、
他人の話が一切頭に入ってこなくなるが……』」
沈黙。
弥子が言った。
「癒やしじゃない!!」
キラも真面目な顔になる。
「脳内で爆音ループするなら、睡眠どころか認知機能に支障が出ますね。外部音声の処理を阻害するタイプだとすると――」
Xiが頭を抱えた。
「キラが説明すると、オルゴールが神経兵器になる!」
バクスチュアルは小箱を見つめた。
「癒シ……デハ……ナイ……」
「うん」
「音……残ル……?」
「そうらしい」
「他人ノ……話……聞コエナイ……?」
「たぶんね」
「普通……会話……壊ス……」
Xiは頷いた。
「今日も正しい」
露伴は、少しだけ目を細めた。
「職人が生涯をかけて作ったオルゴール……音色だけなら取材価値はあるな」
Xiが即座に振り向く。
「先生、前回インクで格好よく断ったばかりですよ!」
露伴は不満そうに言う。
「聴くとは言っていない。観察だ」
泉さんがきっぱり言った。
「観察も距離を取ってお願いします」
すえぞうは、まだ箱に向かって威嚇している。
「シャー……」
弥子がすえぞうの頭を撫でた。
「すえぞう、これは食べ物じゃないよ」
すえぞうは、箱を睨んだまま言った。
「カム?」
Xiは止まった。
「……噛む?」
ソープがにこにこと言った。
「すえぞうなら、噛み砕けるんじゃないかな」
Xiは顔を引きつらせた。
「楽器の処分方法じゃない!」
ログナー司令が淡々と言う。
「音が鳴る前に物理的破壊を行うのは合理的だ」
泉さんも少し考えて頷いた。
「今回は、開けて鳴らすより安全かもしれません」
弥子はすえぞうを見た。
「すえぞう、噛むだけだよ。食べちゃ駄目」
すえぞうは胸を張った。
「カム!」
「食べない?」
「クワナイ!」
「えらい!」
ネウロが言う。
「ドラゴン幼体の顎を危険物処分に使うか。人間界もなかなか雑だな」
Xiは言い返した。
「この面子で一番安全そうな処分がそれなんだよ!」
ラキシスはすえぞうに優しく言う。
「すえぞう、お願いします。ただし、飲み込んではいけませんよ」
すえぞうは元気よく答えた。
「うっす!」
ログナーが封印用の布を広げ、その上にオルゴールの小箱を置く。
Xiは全員に注意した。
「万一、音が鳴りかけたら耳を塞いで」
キラが頷く。
「短時間でも影響がある可能性があります」
弥子が真剣な顔で言う。
「脳内爆音ループは嫌だ……ネウロの説教だけでも十分なのに」
ネウロが見る。
「何か言ったか」
「何も!」
すえぞうが一歩近づく。
「カム!」
がじ。
小箱の角に歯を立てた。
ぎし、と嫌な音。
Xiが思わず言う。
「硬そう」
すえぞうはさらに力を入れる。
「ガジガジ!」
ばきっ。
美しい装飾が割れた。
その瞬間。
中から、ほんの一瞬だけ。
ちりん。
小さな音が漏れた。
全員が凍った。
キラがすぐに言う。
「今、鳴りましたよね?」
泉さんが即座に確認する。
「皆さん、頭の中で音が残っていますか?」
弥子は真剣に考えた。
「大丈夫! お腹の音の方が大きい!」
ネウロが呆れた。
「貴様は健康だな」
バクスチュアルは目を伏せる。
「音……少シ……」
Xiが慌てる。
「大丈夫?」
「残ラナイ……消エタ……」
「よかった」
すえぞうは、さらに噛んだ。
「ガジガジ! バキッ!」
中の機構が砕ける。
歯車。
櫛歯。
小さな金属部品。
美しい木箱。
全部が、すえぞうの顎で粉々になっていく。
「バキッ! ガリッ! カタイ!」
弥子が慌てて言う。
「すえぞう、飲み込まないでよ!」
すえぞうは部品を吐き出した。
「クワナイ!」
Xiは感動したように言った。
「えらい。本当にえらい」
やがて、至高のオルゴールだったものは、ただの破片になった。
音はもう鳴らない。
癒やしもない。
脳内爆音ループもない。
職人の生涯をかけた悪意も、すえぞうの顎で終了した。
すえぞうは胸を張った。
「カンダ!」
弥子が拍手する。
「すえぞう、えらい!」
すえぞうは嬉しそうに跳ねる。
「エライ!」
Xiは破片を見下ろした。
「癒やしのオルゴールが、ドラゴンの顎で終わった……」
ネウロが笑った。
「ククク……なかなか原始的で確実な処分だ」
ログナーは記録帳を開いた。
「至高のオルゴール、すえぞうによる物理破壊で無力化。短時間の音漏れあり。影響なし」
泉さんがほっと息を吐く。
「今回は無事でよかったです」
露伴は破片を見て、少し残念そうだった。
「音色を聴けなかったのは惜しいが、まあ仕方ない」
Xiは即座に言った。
「惜しまないでください」
バクスチュアルが、すえぞうを見る。
「すえぞう……守ッタ……?」
弥子が笑う。
「うん。今日も守ったね」
すえぞうは弥子の胸元の真紅のドラゴンドロップを見て、得意げに言った。
「ヤコ! マモッタ!」
弥子はペンダントに触れて微笑んだ。
「ありがと、すえぞう」
ラキシスも優しく頷いた。
「すえぞう、よくできました」
すえぞうは嬉しそうに言う。
「うっす!」
その後、カフェには普通の音楽が流れた。
店内の控えめなBGM。
誰の頭にも爆音では響かない。
会話の邪魔もしない。
眠りを妨げることもない。
ラクスが微笑む。
「普通の音楽は、よいものですね」
キラも頷く。
「うん。聞こえすぎないのが大事なんだと思う」
バクスチュアルは耳を澄ました。
「普通ノ……音……」
Xiが言う。
「うん」
「会話……聞コエル……」
「それが普通」
「普通……癒シ……?」
Xiは少しだけ笑った。
「そうかもね」
弥子はケーキを食べながら言った。
「普通のBGMと普通のケーキ、最高!」
ネウロが言う。
「貴様にとっては、結局ケーキが本体だな」
「音楽も大事だよ!」
「説得力がない」
すえぞうも小さな果物をもらって満足そうだった。
「ウマイ!」
Xiはすえぞうを見る。
「今日は処分係として大活躍だったね」
「カム!」
「でも、何でも噛んでいいわけじゃないからね」
「うっす!」
ログナーが言う。
「今後、特定の危険物についてはすえぞうによる破砕処理を検討する」
Xiが即座に振り向く。
「司令、処分班に組み込まないで!」
すえぞうは楽しそうに言う。
「カム!」
弥子が笑う。
「すえぞう、頼りにされてるね」
泉さんが冷静に言う。
「安全確認したものだけにしてください」
ネウロが笑った。
「人間界の危険物処理も、ついにドラゴンの歯頼みか」
Xiは肩をすくめた。
「シックス製品相手なら、もう何でもありだよ」
*
帰り際。
Xiは、破片の入った封印袋を見て言った。
「オルゴールまで信用できない人生って何?」
ネウロが言った。
「差出人を見ろ」
「それはそう」
弥子はすえぞうの頭を撫でる。
「すえぞう、今日は助かったよ」
「ヤコ! マモッタ!」
「うん、守ってくれた」
バクスチュアルが静かに言う。
「音……普通……良イ……」
Xiは頷いた。
「うん。普通の音は良い」
「爆音……デハ……ナイ……」
「そう」
「会話……聞コエル……」
「それが一番」
すえぞうは胸を張った。
「カンダ! カッタ!」
弥子が拳を合わせる。
「勝った!」
Xiは笑った。
「今日も普通を守ったね」
普通の音楽。
普通の睡眠。
普通の会話。
それらは、派手な宝物ではない。
でも、脳内で爆音が鳴り続ける世界より、ずっといい。
怪盗Xiは、すえぞうの頼もしい顎を見ながら思った。
オルゴールも、シックス製なら信用してはいけない。
そして、すえぞうに噛ませる時は、絶対に飲み込ませてはいけない。