守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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午後。

駅前の少し洒落たカフェ。
大きなガラス窓、落ち着いた木目のテーブル、静かなジャズ。
平日の昼下がりらしく、客層はまばらで、店内には会話を邪魔しない程度の穏やかなざわめきが流れていた。

その一角に、四人はいた。

キラ・ヤマト。
空条承太郎。
ダグラス・カイエン。
脳噛ネウロ。

傍から見れば、どう考えても一卓にまとまっていていい面子ではない。

キラがカップを置いて、ほっと一息つく。

「……なんか、久しぶりに普通の場所で会ってる気がする」

承太郎はコーヒーを飲みながら短く言う。

「旅館が異常だっただけだろ」

「いや、異常だったのは旅館じゃなくてメンバーだよ」
キラ。

カイエンはソファに深く座り、気だるげに足を組んだ。

「ぼかぁ厄介事は苦手なんだが……
カフェくらい静かに済むなら悪くない」

ネウロが口元を吊り上げる。

「ククク……
人間は、こういう“落ち着いた空間”にいると、自分たちがまともだと思い込みたがる」

「その分析いらないから」
キラ。

そこへ、遅れてもう一人がやってきた。

「ごめんごめん、ちょっと電車遅れて……って、うわ」

桂木弥子だった。

四人を見た瞬間、弥子は眉をしかめる。

「なによこの卓。空気が濃い」

「会って第一声がそれ?」
キラ。

「だってそうでしょ!」
弥子はネウロを指差した。
「こいつがいる時点で空気がおいしくないのよ」

「失礼だな騒音娘」
ネウロ。
「この場で最も騒音を発しているのは貴様だ」

「うるさい!」

弥子は席につくと、メニューを開いた。
ぱらぱらと眺めたあと、顔を上げる。

「で、今日はなに。なんの集まり?」

「別に大した理由はないよ」
キラ。
「たまには外でお茶でもってだけ」

弥子がじろっとネウロを見る。

「ふーん……
どうせネウロが“人間の喫茶文化がどうこう”とか言い出す会でしょ」

「ククク……
当たらずとも遠からずだな」

「当たってるじゃない!」


岸辺露伴は見つけてしまう

少し離れた席では、

岸辺露伴が担当編集の泉京香と打ち合わせをしていた。

 

原稿のラフ。

取材メモ。

泉が広げた資料。

それらを前に、露伴はいつものように苛立たしげでもあり、集中してもいた。

 

「だから、ここはただ怖いだけじゃ駄目なんだ」

露伴はペン先で紙を叩く。

「人間の“妙な生々しさ”が必要なんだよ。読者が、ああこういう奴いる、と一瞬でも思える何かが」

 

「はい、ですけど先生」

泉が苦笑する。

「その“妙な生々しさ”って毎回すごい高難度ですよね」

 

露伴は答えなかった。

 

答えなかったが、

その時ふと、隣の席の会話が耳に入った。

 

「魔界の喫茶店では、まず客の深層欲求に合わせて毒の配合を変える」

「変えないでよ!!」

 

露伴の手が止まる。

 

泉が気づく。

 

「先生?」

 

さらに別の声。

 

「地球のケーキは穏やかなんだな。ジョーカー太陽星団の菓子は、もう少し歯に来る」

「また変な嘘ついてるでしょ!?」

 

露伴は、ゆっくり顔を上げた。

 

視線の先。

見覚えのある長身の男が、そこにいた。

 

帽子。

無駄のない姿勢。

圧のある無言。

 

「……承太郎さん?」

 

承太郎がちらりとだけ視線を向ける。

 

「……露伴か」

 

その瞬間、露伴の中で何かが切り替わった。

 

知っている男がいる。

その男の周囲に、異常に濃い三人と一人がいる。

しかも会話が妙に引っかかる。

 

泉が嫌な予感を覚えて言う。

 

「せ、先生?」

 

露伴はもう資料を閉じていた。

 

「泉くん」

 

「は、はい」

 

「君、もう今日は帰っていいよ」

 

泉が固まる。

 

「えっ!?」

「ちょ、ちょっと先生、打ち合わせは!?」

 

「そんなものは後だ」

露伴は立ち上がる。

「今、もっと面白いものを見つけた」

 

「またですかあ!?」

 

だが露伴はもう止まらない。

ペンとメモ帳だけを持って、隣の席へ向かっていく。

 

泉はその背中を見送りながら、小さく呻いた。

 

「絶対ろくでもないやつだ……」

 

______________________________

 

「失礼」

 

五人の卓の横で、露伴が立ち止まる。

 

キラが顔を上げる。

 

「えっ」

 

弥子が即座に警戒する。

 

「なによあんた」

「勝手に観察しないでよ!」

 

露伴は気にしない。

まず承太郎を見る。

 

「承太郎さん、ちょっと僕も混ぜてくれないか」

「紹介してくれよ」

 

承太郎はものすごく面倒くさそうな顔で帽子のつばを押し上げた。

 

「……やれやれだぜ」

 

キラが思わず言う。

 

「知り合いなんですか!?」

 

弥子も目を丸くする。

 

「えっ、マジで?」

 

承太郎は最低限だけ言った。

 

「こいつは知り合いの漫画家だ」

 

キラが即座に突っ込む。

 

「あっさりしすぎ!!」

 

弥子も続く。

 

「情報量なさすぎでしょ!」

 

露伴が眉をひそめる。

 

「“こいつ”はないだろう、承太郎さん」

「岸辺露伴だ。漫画家をやっている」

 

弥子が止まる。

 

「えっ」

一拍。

「……えっ、ちょっと待って」

「あの岸辺露伴!?」

 

露伴が当然のように答える。

 

「そうだが」

 

弥子の目がちょっとだけキラキラする。

 

「うわっ、ほんとに!?

有名な!?」

 

キラが横を見る。

 

「態度変わった!?」

 

ネウロがにやりと笑う。

 

「ククク……

安いな、騒音娘」

 

「うるさいわね!

だって有名人よ!?」

 

カイエンはソファにもたれたまま露伴を見上げる。

 

「ほう……

今度は絵描きかい」

 

露伴の視線がカイエンに止まる。

 

その止まり方が、明らかに長かった。

 

長髪。

座り方。

力の抜けた姿勢のくせに、どこか一瞬で立ち上がれそうな重心。

気だるげなのに、完成されている。

 

露伴の目が、少しだけ変わる。

 

「……なるほど」

 

キラが嫌な予感を覚える。

 

「何がですか」

 

露伴は答えない。

代わりにキラを見る。

 

「君がこの卓の中心か」

 

「え、僕?」

 

「いや」

露伴はすぐに訂正する。

「違うな。“中心にされている”側か」

「面白い」

 

「面白がらないでください!」

 

弥子が腕を組む。

 

「ちょっと待って。

あんた、やっぱり人を観察対象みたいに見てない?」

 

「見ている」

露伴は平然と言う。

「それが仕事だ」

 

弥子の顔から、一瞬でキラキラが消えた。

 

「……やっぱりあんた、ネウロと同じ匂いがする!」

 

露伴が即座に不快そうな顔をする。

 

「失礼だな」

「あんな得体の知れない奴と一緒にするな」

 

ネウロが口元を吊り上げた。

 

「ククク……

貴様も十分得体が知れんぞ、人間」

 

承太郎が低く言う。

 

「やれやれだぜ……」

 

二回目だった。

 

______________________________

 

 

露伴は空いている椅子を、誰の許可も待たずに引いた。

 

キラが困る。

 

「えっ、座るんですか」

 

「当然だろう」

露伴。

「こんなに面白い連中を前にして、立ち話で済ませる気はない」

 

弥子がじとっとする。

 

「面白い連中って何よ」

 

露伴はキラ、承太郎、カイエン、ネウロ、弥子を順番に見た。

 

「妙に気苦労が顔に出ているのに、なぜかここから逃げない君」

キラを指す。

 

「言い方!」

 

「無駄のない圧だけで会話に参加している承太郎さん」

承太郎。

 

「参加してるつもりはねぇ」

 

「この場で最も“絵になる”のに、明らかに何か隠してる長髪の男」

カイエン。

 

「光栄だね」

カイエンはうっすら笑う。

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

「人間の会話様式を借りているが、根本的に違う何か」

ネウロ。

 

「ククク……

よい観察眼だ」

 

「で、一番賑やかなのに、一番反応が人間らしい君」

弥子。

 

「なによその雑な褒め方!」

 

露伴は満足そうに頷いた。

 

「いい」

「実にいい」

「取材対象として申し分ない」

 

キラが頭を抱える。

 

「やっぱりこうなるんだ……」

 

弥子が露伴を指差す。

 

「やっぱりネウロ枠じゃない!!」

 

「違う」

露伴は即答した。

「僕はあんな下品じゃない」

 

「誰が下品だ」

ネウロ。

 

「おまえだよ!」

キラと弥子がまた綺麗にハモる。

 

承太郎が鼻で息をついた。

 

「……やれやれだぜ」

 

三回目だった。

 

______________________________

 

店員が追加の注文を取りに来る。

 

露伴はメニューもろくに見ずに言う。

 

「ブレンド」

 

泉との打ち合わせでは、たしかすでに一杯頼んでいた気もするが、気にしていない顔だった。

 

キラが恐る恐る訊く。

 

「ええと……漫画家さん、なんですよね」

 

「岸辺露伴だ」

露伴は当然のように言う。

「代表作くらい知っていると思ったが?」

 

弥子がむっとした顔で言う。

 

「知ってたわよ!

だから最初ちょっとテンション上がったのよ!

でもなんかもう、性格が見えてきたから今はちょっと下がってる!」

 

「正直だな」

カイエンがぼそりと言う。

 

露伴はまったく怯まない。

 

「それでいい」

「人間はそういう反応の揺れ方をする時が一番面白い」

 

「ほら、やっぱりネウロと同じ匂いがする!!」

弥子。

 

ネウロは満足げだ。

 

「ククク……

騒音娘、たまには良いことを言う」

 

「褒められても全然うれしくない!」

 

キラは露伴を見つつ、承太郎へ小声で言った。

 

「いつもこんな感じなんですか」

 

承太郎は短く答える。

 

「もっと面倒だ」

 

「ええ……」

 

「やれやれだぜ」

 

四回目だった。

 

______________________________

 

 

しばらくして、露伴はカップを持ちながらカイエンへ視線を向けた。

 

「君、名前は?」

 

キラが横から言う。

 

「そこからなんですか」

 

「重要だからな」

露伴。

「名前には人生の輪郭が出る」

 

カイエンは少しだけ肩をすくめた。

 

「ある時はヒューア・フォン・ヒッター子爵」

 

「本名はダグラス・カイエンだ」

 

露伴の指が止まる。

 

「……いいな」

 

弥子がすぐ反応する。

 

「“いいな”って何よ」

 

「名前がいい」

露伴は真顔だ。

「強いし、長いし、余白がある」

 

「評価ポイントが漫画家すぎるんだよ……」

キラ。

 

露伴はさらに訊く。

 

「何をしている?」

 

「厄介事を避けて生きてる」

カイエン。

 

「嘘だな」

露伴。

 

「半分は本当さ」

 

「残り半分が知りたい」

露伴。

 

キラが露骨に嫌な顔をする。

 

「なんか危ない流れになってません?」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……

よい。もっと踏み込め、人間」

 

「煽るな!!」

キラ。

 

弥子も立ち上がりかける。

 

「そうよ!

勝手に人の人生ほじくろうとしないでよ!」

 

露伴は平然としている。

 

「ほじくる?」

「違うな。“読む”んだ」

 

空気が一瞬だけ静かになる。

 

キラが目を細める。

 

「読む?」

 

露伴はカップを置いた。

その動きだけで、空気が少し変わった。

 

「僕は、面白いものを前にすると我慢が効かない性質でね」

 

カイエンが薄く笑う。

 

「危ない好奇心だ」

 

露伴の目はまっすぐだった。

 

「危ないから面白いんだ」

 

ネウロが舌なめずりするように笑う。

 

「ククク……

人間のくせに、いい目をする」

 

承太郎が低く言う。

 

「露伴」

 

「分かってる」

露伴は承太郎を見ずに答える。

「今ここで変なことはしないさ」

 

「“今は”って聞こえたんだけど!?」

キラ。

 

弥子が露伴を睨む。

 

「絶対する気でしょあんた!」

 

露伴は否定しなかった。

 

それが一番怖かった。

 

______________________________

 

 

やがて泉京香が、

少し離れた入口のところからそっと様子をうかがっていたのに、弥子が気づく。

 

「あれ?」

「なんかさっきから、あっちに女の人いるけど」

 

露伴が振り返りもせず言う。

 

「泉くんだ」

「今日はもう帰っていいと言ったんだが」

 

泉が即座に抗議する。

 

「帰れるわけないじゃないですか先生!!」

「絶対また変なこと始めるでしょう!?」

 

キラが思わず言う。

 

「まともな人だ……」

 

弥子も頷く。

 

「うん。この人が一番安心する」

 

露伴は不機嫌そうに眉をひそめた。

 

「失礼だな」

「僕はいつだって理性的だ」

 

「ネウロと同じ匂いがする!!」

弥子、三回目。

 

ネウロがくつくつ笑う。

 

「よい定型句だ」

 

承太郎は深く息を吐いた。

 

「……やれやれだぜ」

 

五回目だった。

 

______________________________

 

 

店の外では、午後の光が少し傾き始めていた。

 

ただのティータイムのはずだった。

それがいつの間にか、

漫画家が面白そうな人間たちを見つけてしまったせいで、

静かな会話劇の入口になっていた。

 

キラはカップを持ったまま、小さく思う。

 

また面倒なことになりそうだ。

 

だが同時に、

この妙な男が混ざることで、

さらに妙なことになる予感もしていた。

 

弥子はもう露伴を半分警戒し、半分面白がっている。

ネウロは完全に遊び相手を見つけた顔だ。

カイエンは気だるげに、でも少し興味を持っている。

承太郎だけが、最初から最後まで面倒そうだった。

 

そして露伴は、

まるで新しい連載のネームでも始める時みたいな目で、

五人を順番に見ていた。

 

「いい」

「実にいい」

「やっぱり、今日は来て正解だった」

 

泉が遠くから頭を抱える。

 

「先生ぇ……」

 

キラが天井を見上げる。

 

「……なんでこうなるんだろう」

 

弥子が即答した。

 

「おもしろそうな人が、おもしろそうな人を見つけたから」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……

真理だな」

 

承太郎が最後にひとことだけ言った。

 

「帰るなら先に言え」

 

誰に向けた言葉かは分からなかったが、

たぶん全員に向けてだった。

 

カフェの空気はまだ穏やかだった。

だがその奥で、

次に何が起きてもおかしくない気配だけが、

静かに芽を出していた。

 

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