守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiはブランケットも信用しない

カフェテラスの午後は、少し肌寒かった。

 

窓の外では、曇った空の下を風が通り抜けている。

テーブルには温かい紅茶と珈琲。

弥子はホットサンドを片手に、もう片方の手で追加メニューを確認していた。

 

「寒い日って、お腹空きますよね」

 

「暑くても空いているだろう」

 

ネウロが即座に言った。

 

「それはそれ、これはこれ」

 

弥子は真顔で返した。

 

承太郎は帽子の影で静かにカップを傾け、ソープは楽しそうに二人のやり取りを眺めている。

 

その隣には、ファティマ・バクスチュアルがいた。

 

彼女は膝の上で両手をそろえ、テーブルの上の湯気をじっと見ている。

 

「アタタカイ、飲ミ物……カラダ、落チ着ク、ノデスネ」

 

「そうそう。寒い日に飲む温かい飲み物って、それだけでちょっと幸せになるんだよ」

 

弥子が笑う。

 

バクスチュアルは、小さく頷いた。

 

「幸セ……コレガ、幸セ」

 

その言葉に、Xiは少しだけ口元を緩めた。

 

「大げさだな。まあ、悪くはないけどさ」

 

「Xiサンハ、温カイ、飲ミ物、好キ?」

 

「嫌いじゃないよ。毒が入ってなきゃね」

 

「毒……」

 

バクスチュアルが一瞬固まる。

 

弥子が苦笑した。

 

「Xi、それ初手で言うことじゃない」

 

「俺の生活圏だと大事な確認なんだよ」

 

その時だった。

 

からん、と入口のベルが鳴った。

 

店員が、小さくない包みを抱えてやって来る。

 

「お届け物です。怪盗Xi様宛てで」

 

その場の空気が、ぴたりと止まった。

 

Xiの目が細くなる。

 

「俺宛て?」

 

「はい。こちらに」

 

差し出された包みは、上質な白い紙で包まれていた。

リボンは深い赤。

まるで高級寝具店のギフトのように、見た目だけは丁寧だった。

 

ただし、差出人の欄にはこう書かれている。

 

株式会社ヘキサクス

 

Xiは一秒で顔をしかめた。

 

「またかよ」

 

弥子がフォークを置く。

 

「今度は何……?」

 

ネウロが、にたりと笑った。

 

「ククク。睡眠を狙った前回の趣向が失敗したばかりだ。次も同じ領域で攻めてくる可能性は高いな」

 

承太郎が低く呟く。

 

「やれやれだぜ」

 

ソープは包みを見て、少し目を細めた。

 

「大きさからすると、衣類か布製品かな」

 

バクスチュアルは、包みを見つめていた。

 

「布……アタタカイ、モノ、デスカ?」

 

「たぶんね」

 

Xiは苦々しく答えた。

 

「ただし、シックス製の“あったかい”は、心まで焼きにくる」

 

彼は慎重に封筒を取り上げた。

 

表面には、優雅な文字でこう書かれている。

 

『我が子へ』

 

その瞬間、Xiの顔から表情が消えた。

 

弥子がそっと声をかける。

 

「Xi……」

 

Xiは封筒を握りしめる。

 

「……毎回毎回、これから始めんの、ほんとムカつくな」

 

声は低いが、いつものような丁寧さはない。

 

彼は乱暴に封を切った。

 

中には、黒いインクで印刷された添え状。

 

Xiは一度だけ深く息を吸い、それを読み上げた。

 

「『我が子へ。

 

  君は相変わらず、周囲のすべてを疑い、警戒し、

  眠る時でさえ心を休めていないのだろう。

  実に哀れで、実に不器用だ。

 

  そこで、我が一族自慢の織物師が仕立てた、

  至高のブランケットを贈ろう。

 

  身体を芯から温め、慣れると癖になる。

  包まれた者は、あらゆる緊張から解放され、

  心の奥に張り詰めた警戒心すら、穏やかにほどけていく。

 

  常人が使うと安心しすぎて、敵前でも油断するがね。

 

  だが、安心とは幸福の一形態だ。

  君もそろそろ、私の庇護の下で眠る心地よさを知るといい。

 

  素敵な贈り物だろう?』」

 

読み終えた瞬間、Xiの指が紙をぐしゃりと握った。

 

「……クソ親父」

 

静かな声だった。

 

だが、その静けさがかえって怖かった。

 

「家族ヅラして、内容が迷惑なんだよ……!」

 

弥子が息をのむ。

 

Xiは添え状をテーブルに叩きつけた。

 

「休めだの、安心しろだの、庇護だの……!

人の警戒心を奪うモンを、贈り物みたいに包むな!」

 

いつもの軽口とは違う。

けれど、乱暴な言葉の奥に、はっきりとした拒絶があった。

 

承太郎が短く言う。

 

「胸糞悪いな」

 

ネウロは目を細めた。

 

「安心を与えるのではない。抵抗を奪う。そういう布か」

 

ソープも、穏やかな声で続ける。

 

「優しさの形をした支配だね」

 

バクスチュアルは、添え状とXiを交互に見つめていた。

 

「安心……ハ、良イ、コト。デモ……警戒、ヲ、奪ウ、ノハ……」

 

彼女は言葉を探すように、少しだけ目を伏せた。

 

「危ナイ、デスネ」

 

Xiは彼女を見た。

 

怒りで尖っていた目が、ほんの少しだけ和らぐ。

 

「そう。危ない。あいつが言う“安心”は、だいたい首輪とセットなんだよ」

 

「首輪……イヤ、デス」

 

「だろ?」

 

Xiは、わざと軽く笑った。

 

「だから、こんなのは即処分。触る価値なし」

 

そう言って、包みを開ける。

 

中から出てきたのは、深い藍色のブランケットだった。

 

見た目だけなら、本当に上等だった。

ふわりと厚みがあり、光の角度で繊維が淡く艶めく。

触れればきっと柔らかいのだろう、と見ただけでわかる。

 

弥子が思わず呟いた。

 

「うわ……見た目だけは普通に良さそう」

 

「そこがタチ悪いんだよ」

 

Xiはブランケットの端をつまみ、すぐに手を離した。

 

「触っただけで妙な気分になるかもしれない。密封して焼く」

 

その時。

 

床の方から、てとてとと音がした。

 

すえぞうだった。

 

でっかいニワトリのような姿で、ブランケットをじっと見ている。

 

「うっす」

 

弥子が振り向く。

 

「あ、すえぞう」

 

すえぞうは首をかしげた。

 

「ぬくイ?」

 

Xiが即座に言った。

 

「ぬくいけどダメ。危険物」

 

「ぬくイ」

 

「聞いてた?」

 

「ぬくイ?」

 

「いやだからダメだって」

 

Xiがブランケットを密封袋に入れようとした、その瞬間。

 

すえぞうが、横から首を伸ばした。

 

ぱふっ。

 

ブランケットを咥えた。

 

「おい!」

 

Xiが叫ぶ。

 

すえぞうはそのまま、器用にブランケットを自分の体に引っかける。

 

もふっ。

 

大きな身体が、藍色のブランケットにくるまった。

 

弥子の目が輝く。

 

「あっ、かわいい!」

 

「かわいいじゃない! それ、警戒心奪うやつ!」

 

Xiが慌てて近づく。

 

すえぞうはブランケットにくるまったまま、目を細めた。

 

「ぬくイ」

 

「だから、ぬくいで済む話じゃ――」

 

「ハラへった」

 

Xiは一瞬、固まった。

 

弥子も固まった。

 

ソープが小さく笑う。

 

「なるほど。効果はあるのかもしれないけれど、目立った変化が見られないね」

 

ネウロが愉快そうに言う。

 

「ククク……もともと警戒心の薄い獣からは、奪える警戒心も少ないということか」

 

すえぞうが首をかしげる。

 

「エライ?」

 

Xiは額を押さえた。

 

「褒めてない。いや……今回はちょっと褒めてもいいかもしんないけど」

 

バクスチュアルが、すえぞうに近づいた。

 

「すえぞうサン、眠イ、デスカ?」

 

「ハラへった」

 

「安心、シスギ、テ、油断、シテマスカ?」

 

「ぬくイ」

 

「……通常、運転、デスネ」

 

弥子が噴き出した。

 

「バクスチュアルさん、だいぶわかってきましたね」

 

バクスチュアルは真面目に頷いた。

 

「学習、シテイマス。すえぞうサンハ、ツヨイ」

 

「強い……のかなぁ」

 

Xiが苦笑する。

 

すえぞうは、ブランケットをまとったまま、胸を張った。

 

「うっす!」

 

承太郎が静かに言う。

 

「まず回収だな」

 

「そうだね」

 

ソープが頷く。

 

「いくら効果が薄くても、長時間の接触は避けた方がいい」

 

Xiはすえぞうの前にしゃがんだ。

 

「すえぞう、それ返して」

 

「ぬくイ」

 

「知ってる。だけど危ない」

 

「コレ、ダメ?」

 

「ダメ」

 

すえぞうは、しばらく考えた。

 

そして、ぽつりと言った。

 

「モヤす?」

 

Xiは頷いた。

 

「そう。燃やす。ただし、安全な場所で――」

 

言い終える前だった。

 

すえぞうが、ふう、と息を吐いた。

 

小さな炎が、ブランケットの端にぽっと灯った。

 

「今じゃない!!」

 

Xiの叫びが店内に響いた。

 

弥子が飛び上がる。

 

「火! 火が!」

 

承太郎が即座に上着を掴みかける。

 

ソープが手をかざした。

 

「落ち着いて。火勢は小さい」

 

確かに、炎は大きくなかった。

 

成体のLEDドラゴンが放つ、星すら焼くようなノヴァフレイムとは比べるべくもない。

 

幼体であるすえぞうの吐息は、せいぜい小さな火種。

それでも、シックスの悪意が織り込まれた布一枚を焼くには、十分すぎた。

 

ブランケットは、奇妙なほど静かに燃えた。

 

ぱち、ぱち、と繊維がはぜる。

柔らかそうだった布は、黒く縮れ、灰になっていく。

 

その間、すえぞうは妙に凛々しい顔をしていた。

 

「……なんかカッコいいね」

 

弥子が呟く。

 

Xiはまだ慌てている。

 

「屋内で火を吹く時点で減点だよ!」

 

すえぞうは振り向いた。

 

「エライ?」

 

「判断はエライ。場所がダメ」

 

「うっす」

 

「返事だけはいいな、お前!」

 

バクスチュアルは、燃え尽きた灰を見つめていた。

 

「悪イ、安心……燃エタ」

 

Xiは彼女を見た。

 

「そう。燃えた」

 

「安心、ハ……良イ、モノ、デモ」

 

バクスチュアルは、ゆっくりと言葉をつなぐ。

 

「誰カヲ、縛ル、安心ハ……悪イ、モノ」

 

Xiは少し驚いた顔をした。

 

それから、にやっと笑う。

 

「お、いいじゃん。だいぶわかってきたな、バクスチュアル」

 

彼女は小さく目を瞬かせた。

 

「ワカッテ、キタ?」

 

「うん。だいぶ」

 

「……エライ?」

 

すえぞうが横から言った。

 

「エライ?」

 

Xiは二人を見て、少し笑った。

 

「なんで二人してそれ言うんだよ」

 

弥子が楽しそうに言う。

 

「じゃあ、二人ともお手柄ということで」

 

すえぞうは胸を張る。

 

「うっす!」

 

バクスチュアルは、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「お手柄……デス」

 

その時、ネウロが灰の中から焼け残った小さなカードを拾い上げた。

 

「む?」

 

Xiが顔をしかめる。

 

「まだ何かあんのかよ」

 

カードの端は焦げていたが、文字は読めた。

 

『追伸。

 警戒を捨てた時、君はようやく私の元へ戻ることができる。

 いつまでも虚勢を張る必要はない。

 君は私の――』

 

そこで文字は焼け落ちていた。

 

Xiはカードを奪い取り、残った部分を指で弾いた。

 

「はい、終了」

 

弥子が心配そうに見る。

 

「Xi……」

 

「平気」

 

Xiは軽く肩をすくめた。

 

「こういうのは、最後まで読んだら負けなんだよ」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……負け惜しみか?」

 

「違うね。勝ち逃げ」

 

Xiは焼け残ったカードを灰皿に落とした。

 

「言わせたいことを最後まで言わせない。これ、結構効くんだぜ?」

 

ソープが愉快そうに頷く。

 

「なるほど。怪盗らしいね」

 

承太郎が短く言う。

 

「悪くない」

 

バクスチュアルは、Xiをじっと見た。

 

「Xiサンハ……戻ラナイ、ノデスネ」

 

Xiは、すぐには答えなかった。

 

それから、いつものいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「戻る場所は、自分で決める。少なくとも、あいつのとこじゃない」

 

バクスチュアルは頷いた。

 

「ハイ」

 

弥子がにこっと笑った。

 

「じゃあ、今のところはここだね。カフェテラス」

 

「仮の潜伏先みたいに言うなよ」

 

「違うの?」

 

「違わ……ないかも」

 

Xiが少しだけ目をそらした。

 

すえぞうが、灰になったブランケットを見つめていた。

 

「ぬくイ、オワリ」

 

「そうだね。ぬくい、終わり」

 

弥子が笑う。

 

「じゃあ、すえぞうには別の安全なブランケットを用意してあげよう」

 

すえぞうの目が輝いた。

 

「ぬくイ?」

 

「ぬくい」

 

「ハラへった」

 

「そこは変わらないね」

 

Xiはため息をつきながら、店員に水を頼んだ。

 

「とにかく、次から火を吹くなら外。わかった?」

 

すえぞうは元気よく答えた。

 

「うっす!」

 

「ほんとにわかってんのかな……」

 

ソープが微笑む。

 

「少なくとも、危険物は燃やすものだと学習したようだね」

 

「そこだけ学習されると困るんだけど」

 

ネウロが喉の奥で笑った。

 

「良いではないか。貴様らには、怪盗、探偵、騎士、魔人、漫画家、そして危険物焼却係が揃っている」

 

承太郎が帽子を押さえた。

 

「まともな役職が少ないな」

 

弥子が手を挙げる。

 

「私は日常担当!」

 

「食欲担当の間違いだろう」

 

ネウロに即座に言われた。

 

「どっちもです!」

 

バクスチュアルが、小さく呟く。

 

「日常……アタタカイ、場所」

 

Xiはそれを聞いて、少しだけ黙った。

 

そして、いつもの調子で笑った。

 

「ま、あのクソ親父のブランケットよりは、ここの方がよっぽどぬくいよ」

 

弥子が嬉しそうに言う。

 

「それ、いい言葉だね」

 

「今のは記録しなくていいから」

 

「残念」

 

すえぞうが、Xiの袖をくちばしで軽く引いた。

 

「エライ?」

 

Xiは苦笑した。

 

「はいはい。エライエライ」

 

「ハラへった」

 

「結局それかよ」

 

カフェテラスに、笑いが戻る。

 

外の風は冷たかったが、店の中は確かに温かかった。

 

誰かの警戒心を奪うための温かさではなく。

誰かが、ここにいていいと思えるだけの温かさ。

 

Xiは空になった包み紙を見下ろし、ふっと鼻で笑った。

 

「怪盗Xiは、ブランケットも信用しない」

 

それから、すえぞうを見て付け加えた。

 

「ただし、燃やすタイミングは要相談だな」

 

すえぞうは、堂々と胸を張った。

 

「うっす!」

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