守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiは枕も信用しない

カフェテラスの昼下がり。

 

テーブルの上には、温かい紅茶と珈琲。

弥子の前には、サンドイッチとケーキと、なぜか追加注文用のメニュー。

キラ・ヤマトはカップを両手で包みながら、少し眠そうに目を細めていた。

 

「……昨日、あんまり寝つけなかったんだよね」

 

「キラでもそういう日あるんだ」

 

弥子がサンドイッチを頬張りながら言う。

 

「あるよ。むしろ、わりとある」

 

キラは苦笑した。

 

「前の合宿の時も、乳酸菌飲料とかGABAのチョコとか、けっこう頼ってたし」

 

「わかる。ああいうの、あるとちょっと安心するよね」

 

「うん。気休めかもしれないけど、気休めも大事だし」

 

その横で、ラキシスは優雅に紅茶を口に運んでいた。

 

「眠りは、大切ですものね」

 

彼女の隣では、ソープが穏やかに微笑んでいる。

 

「ラキシスも、こちらの寝具にはまだ慣れないだろう?」

 

「ええ。でも、ソープ様がいらっしゃいます」

 

「そうかい」

 

ソープは嬉しそうに笑った。

 

Xiは少し離れた席で、それを見ながら肩をすくめた。

 

「はいはい、ごちそうさま」

 

弥子がにやっとする。

 

「Xiさん、照れてる?」

 

「照れてねえ。糖度が高いだけ」

 

「甘いものなら歓迎だけど」

 

「弥子ちゃんは本当にブレないな」

 

そこへ、からん、と入口のベルが鳴った。

 

店員が、四角い大きめの箱を抱えて入ってくる。

 

「お届け物です。キラ・ヤマト様、ラキシス様宛てで」

 

キラが顔を上げた。

 

「僕と、ラキシスさんに?」

 

ラキシスも静かに箱を見る。

 

その瞬間、Xiが椅子から立ち上がった。

 

「待った。差出人」

 

店員が箱の側面を確認する。

 

「ええと……株式会社ヘキサクス様からです」

 

空気が止まった。

 

キラの表情が引きつる。

 

「……また?」

 

弥子がメニューを伏せた。

 

「睡眠グッズシリーズ、続いてる……?」

 

承太郎が帽子の影で低く呟く。

 

「やれやれだぜ」

 

ネウロは楽しそうに口角を上げた。

 

「ククク……今度は誰の眠りを弄ぶ気だ」

 

Xiは箱に近づき、露骨に顔をしかめた。

 

「アイマスク、ブランケットと来て、次は何だ? 

 寝具売り場でも襲撃したのかよ、あのクソ親父」

 

ソープが箱の大きさを見て言う。

 

「形からすると……枕かな」

 

「言ったそばから最悪」

 

Xiは封筒をつまみ上げた。

 

表には、やけに丁寧な文字でこう書かれている。

 

キラ・ヤマト様

ラキシス様

 

「我が子へ、じゃないだけマシか」

 

Xiが吐き捨てる。

 

「でも、マシってだけで、開けたくはねえな」

 

キラが小さく息を吐いた。

 

「でも……僕ら宛てなんだよね」

 

「だから危ないんだよ」

 

Xiは封筒を開け、添え状を取り出した。

 

「読むぞ。耳ふさいでもいいやつだ」

 

「そんな添え状ある?」

 

弥子が真顔で言った。

 

Xiは紙面に目を落とす。

 

「『キラ・ヤマト様。

  ラキシス様。

 

  慣れぬ土地での滞在、旅、合宿、創作と観察。

  心身の疲労は、思いのほか深く積もるものだ。

 

  とりわけ睡眠は重要である。

  眠りの質が悪ければ、判断は鈍り、感情は揺らぎ、

  本来の力すら発揮できなくなる。

 

  そこで、我が一族自慢の羽毛を用いた、

  至高の枕を贈ろう。慣れると癖になる。

 

  首と肩の負担を完璧に受け止め、

  使用者を深く、静かで、濃密な眠りへと導く。

 

  ただし、常人が使うと、快眠しすぎて、

  起床時に前世の疲労まで思い出すがね。

 

  しかし、それもまた本質的な休息の一部だ。

  積み重ねた疲労を知ってこそ、真の安眠に辿り着ける。

 

  素敵な贈り物だろう?』」

 

Xiは読み終えると、添え状をテーブルに置いた。

 

「はい、アウト」

 

即断だった。

 

キラが苦笑する。

 

「早いね」

 

「遅いくらいだよ。前世の疲労まで思い出す枕って何だよ。寝具じゃなくて地雷じゃん」

 

弥子が眉をひそめる。

 

「寝たら疲れが取れるんじゃなくて、疲れを思い出すの? 意味わかんない」

 

「わかんない方が健康だよ」

 

Xiは箱を睨む。

 

「市販の睡眠改善グッズと、シックス製の枕を同じ棚に並べるなよ。

 片方はコンビニ、片方は地雷原だ」

 

キラは箱から目を離せなかった。

 

「でも……枕って、大事なんだよね」

 

Xiがじろりと見る。

 

「キラ」

 

「いや、使わないよ。使わないけど……」

 

キラは少し困ったように笑った。

 

「最近、寝ても疲れが抜けない日があるから。こういう言葉に、一瞬でも引っかかる自分がちょっと嫌だなって」

 

その声に、場が少し静かになる。

 

ラキシスは添え状を見つめていた。

 

そして、静かに言った。

 

「これは、眠りではありません」

 

全員の視線が彼女に向く。

 

ラキシスは穏やかな表情のまま続けた。

 

「深く休ませるのではなく、深く沈めるものです。

心の底にある疲れまで掘り返して、それを“休息”と呼んでいる」

 

ぱきん。

 

乾いた音がした。

 

ラキシスの手元で、木製のスプーンが二つに折れていた。

 

弥子が目を丸くする。

 

「あ」

 

キラが小声で言う。

 

「今、完全に……」

 

ラキシスは、折れたスプーンをそっと皿の横に置いた。

 

「……劣化していたみたいです」

 

ソープが即座に頷く。

 

「そうだね。木製品は湿度や乾燥に弱いからね」

 

Xiが半眼になる。

 

「湿度って便利な言葉だな」

 

弥子がひそひそ声で言う。

 

「昨日、新しいカトラリーだって店員さん言ってなかった?」

 

「言わない。そこは言わない方がいい」

 

キラが苦笑した。

 

ソープはラキシスを心配そうに見た。

 

「ラキシス、大丈夫かい? か弱い君が無理をしてはいけないよ」

 

その瞬間、Xiと弥子とキラの視線が、同時に折れたスプーンへ落ちた。

 

か弱い。

 

木製スプーン、真っ二つ。

 

Xiが口元を引きつらせる。

 

「……ソープ様。ラキシス姫様がか弱いって認識、そろそろ更新した方がよくない?」

 

ソープは不思議そうに首をかしげた。

 

「何を言うんだい。ラキシスは繊細で、か弱いファティマだよ」

 

ラキシスはにこやかに微笑む。

 

「そうです」

 

ぱき。

 

今度は手元の木製フォークに、微細なヒビが入った。

 

弥子が口を押さえる。

 

「追撃入った」

 

「見なかったことにしろ」

 

Xiが小声で言った。

 

ラキシスは、箱の中の枕を見ずに言う。

 

「これは、キラ様にも、私にも必要ありません」

 

キラは少しだけ目を伏せた。

 

「うん。わかってる」

 

Xiは彼の肩を軽く叩いた。

 

「眠れない時に何かに頼るのは悪くないよ。

 市販の飲み物でも、チョコでも、ちゃんとした枕でもさ。

 

 でも、あいつの“善意”だけはダメだ」

 

「……うん」

 

「休ませる顔して、傷口を掘るタイプだからな、あいつ」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク。優しさの仮面をかぶった解剖器具か」

 

「例えが悪趣味だけど、今回は合ってる」

 

Xiは箱を閉じようとした。

 

その時だった。

 

床の方から、てとてとと音がした。

 

すえぞうだった。

 

でっかいニワトリのような身体で、箱のそばまでやってくる。

 

「うっす」

 

弥子が振り向く。

 

「あ、すえぞう」

 

すえぞうは箱を見た。

 

「マクラ?」

 

Xiが即答する。

 

「危険物」

 

「ぬくイ?」

 

「たぶんぬくい。でも危険物」

 

「モヤす?」

 

Xiは一瞬、黙った。

 

前回、店内で燃やされた記憶が脳裏をよぎる。

 

「燃やす。けど、ここじゃない。外。広い場所」

 

すえぞうは首をかしげた。

 

「ソト?」

 

Xiは目を見開いた。

 

「……お?」

 

弥子が身を乗り出す。

 

「すえぞう、今、外って聞いた?」

 

すえぞうは、枕をぱくっと咥えた。

 

「うっす!」

 

「待て待て待て!」

 

Xiが叫ぶ。

 

だが、すえぞうは枕を咥えたまま、カフェの外へ走り出した。

 

ただし。

 

店内では火を吹かなかった。

 

椅子を倒さず、テーブルにもぶつからず、きちんと入口へ向かって走っていく。

 

弥子が立ち上がる。

 

「学習してる!」

 

承太郎が帽子を押さえながら立つ。

 

「追うぞ」

 

キラも慌てて席を立つ。

 

「すえぞう、どこまで行くの!?」

 

Xiは笑いそうになりながら、すぐに追いかけた。

 

「たぶん、広い場所! たぶんだけどな!」

 

一行は、カフェを飛び出したすえぞうを追って走った。

 

すえぞうは枕を咥えたまま、通りを抜け、細い道を曲がり、やがて川沿いの道へ出た。

 

河川敷。

 

草が低く刈られ、砂利が広がる開けた場所。

近くに燃え移りそうなものは少ない。

 

すえぞうはそこで立ち止まった。

 

そして、枕をぽとりと砂利の上に置く。

 

振り返って、Xiを見る。

 

「ソト!」

 

Xiは息を整えながら、思わず笑った。

 

「……上出来」

 

弥子が感激した声を上げる。

 

「すごい! すえぞう、ちゃんと外まで持ってきた!」

 

すえぞうは胸を張る。

 

「エライ?」

 

弥子が大きく頷いた。

 

「エライ! でもまだ! 処分までやってからもっとエライ!」

 

「うっす!」

 

Xiは周囲を確認した。

 

「よし。火力は小さめ。枕だけ。川の方には向けるなよ」

 

すえぞうは、真剣な顔で頷いた。

 

「うっす」

 

その姿は、いつもの「ハラへった」と言っている時とは少し違った。

 

幼いながらも、確かにドラゴンだった。

 

すえぞうが息を吸う。

 

小さな胸が膨らむ。

 

そして――

 

ふう、と炎を吐いた。

 

それは、成体のLEDドラゴンが放つノヴァフレイムとは比べるべくもない。

街を焼くことも、空を裂くこともない。

幼体の小さな火炎。

 

だが、シックスの悪意を詰めた枕一つを灰にするには、十分すぎた。

 

枕の表面が焦げる。

羽毛が膨らむように縮れ、奇妙な煙を上げる前に、炎がそれを呑み込んだ。

 

ぱち、ぱち、と音がして。

 

やがて、至高の枕は黒い灰になった。

 

キラはそれを見つめ、静かに息を吐いた。

 

「……なくなった」

 

ラキシスも頷く。

 

「ええ。よかった」

 

Xiは灰を見下ろして言った。

 

「前世の疲労なんか、思い出さなくていいんだよ。今の疲れだけでも、人間けっこう大変なんだからさ」

 

キラが少し笑った。

 

「そうだね」

 

ラキシスは、Xiを見た。

 

「今を休ませる眠りが、必要なのですね」

 

「そうそう。過去まで掘り返す枕なんか、いらないってこと」

 

「覚エマシタ」

 

いつの間にか、バクスチュアルも後ろからついて来ていた。

 

彼女は灰を見て、ゆっくりと言う。

 

「眠リ、ハ……沈ム、ダケデハ、ナイ。戻ッテ、来ル、タメノ、モノ」

 

Xiは目を丸くしたあと、にやっと笑った。

 

「お、いいこと言うじゃん」

 

バクスチュアルは少しだけ嬉しそうに目を伏せる。

 

「学習、シテイマス」

 

「このチーム、学習速度が妙に高いな」

 

弥子はすえぞうの首元を撫でていた。

 

「すえぞう、すごい! 

 ちゃんとお外まで持ってきてから燃やした!

 学習した! よしよし!!」

 

すえぞうは誇らしげに胸を張った。

 

「エライ?」

 

弥子は満面の笑みで言った。

 

「エラい!!」

 

キラも笑う。

 

「本当に偉いよ。ありがとう、すえぞう」

 

ラキシスも優しく頷いた。

 

「助かりました」

 

ソープは微笑む。

 

「すえぞうは頼もしいね」

 

Xiが腕を組む。

 

「今回は文句なし。危険物処理班、合格」

 

すえぞうはさらに胸を張った。

 

「うっす!」

 

その直後。

 

「ハラへった」

 

弥子が笑った。

 

「はいはい。じゃあ戻ったら何か食べよう!」

 

ネウロが呆れたように言う。

 

「結局、食欲に戻るのか」

 

「日常に戻るってことですよ!」

 

弥子は胸を張った。

 

Xiは灰になった枕を見下ろし、軽く息を吐く。

 

「怪盗Xiは、枕も信用しない」

 

それから、すえぞうの方を見た。

 

「でも、外で燃やすって覚えた危険物処理班は、ちょっと信用してもいいかもな」

 

すえぞうは、堂々と答えた。

 

「うっす!」

 

ラキシスの手元で、今度は何も折れなかった。

 

ソープがほっとしたように微笑む。

 

「よかった。ラキシスも落ち着いたようだ」

 

Xiは折れたスプーンとフォークを思い出しながら、小さく呟いた。

 

「……か弱い、ねえ」

 

ラキシスはにこりと笑った。

 

「何か?」

 

「いえ、何でも」

 

Xiは即答した。

 

弥子がその様子を見て、こっそり笑う。

 

キラも少しだけ肩の力を抜いた。

 

空の下、川沿いの風は冷たかった。

けれど、カフェへ戻る道は、少しだけ軽く感じられた。

 

少なくとも、誰かの悪意で深く沈められる眠りよりは。

 

このくだらなくて、騒がしくて、少し腹の減る日常の方が、

よほど、よく眠れそうだった。

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