守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiはたこ焼きも信用しない

商店街の裏手にある神社は、その日、提灯の明かりに包まれていた。

 

赤い鳥居。

石畳の参道。

鈴の音。

太鼓の音。

そして、参道の両脇にずらりと並ぶ屋台。

 

焼きそば。

お好み焼き。

フランクフルト。

じゃがバター。

かき氷。

円盤焼き。

ベビーカステラ。

チョコバナナ。

りんご飴。

そして、たこ焼き。

 

弥子は、境内に入った瞬間から目を輝かせていた。

 

「お祭りだ!」

 

隣で、すえぞうも胸を張る。

 

「ハラへった」

 

Xiは二人を見て、すでに嫌な予感を覚えていた。

 

「縁日って、君らにとっては戦場なの?」

 

弥子は真剣な顔で言った。

 

「Xi、屋台は一期一会だよ」

 

「食べ物になると、たまに名言っぽいこと言うな」

 

「焼きそばも、お好み焼きも、たこ焼きも、同じ名前でも屋台ごとに味が違うんだよ」

 

「だからって全部買う理由にはならない」

 

「なるよ」

 

「ならない」

 

すえぞうが言う。

 

「ハラへった」

 

弥子は力強く頷いた。

 

「すえぞうもそう言ってる」

 

「言ってない。腹が減ったって言ってるだけ」

 

今日は、地球の祭り文化調査という名目で、ソープとラキシスも同行していた。

 

ソープは楽しそうに屋台を眺めている。

 

「これは面白いね。食べ物の店が参道に沿って並んでいるのか」

 

ラキシスも微笑んだ。

 

「賑やかですね、ソープ様」

 

「うん。地球の祭りは、食べ物と音と光が一緒にあるんだね」

 

キラは少し苦笑しながら、弥子の勢いを見守っている。

 

「弥子ちゃん、最初から飛ばしすぎないようにね」

 

「大丈夫。今日は計画的に食べるから」

 

Xiが眉をひそめた。

 

「その“計画的”が一番信用できない」

 

バクスチュアルは、屋台の灯りをじっと見ていた。

 

「祭リ……光、多イ。匂イ、多イ」

 

「まあ、情報量は多いよな」

 

Xiが答える。

 

「ただし、食べ物屋台は警戒対象だ。唐揚げ、プリン、ドーナッツと来てる。今回は絶対、何か紛れてる可能性がある」

 

弥子は焼きそばの屋台に目を奪われながら言った。

 

「でも、全部疑ってたら何も食べられないよ」

 

「それが安全なんだけど」

 

「お祭りに来て何も食べないのは、安全じゃなくて損失だよ」

 

ネウロがどこからか笑った。

 

「ククク……食欲魔人の危機管理は、常に胃袋の側へ傾くな」

 

「今日は頼むから、誰かこっち側にいてくれ」

 

Xiが言うと、ソープが穏やかに頷いた。

 

「僕も、さすがにシックス製品は避けたいね」

 

「陛下がまともで助かる」

 

ラキシスがにこりと微笑んだ。

 

「ソープ様に危険なものを召し上がっていただくわけにはまいりません」

 

「ラキシスがそう言うなら、気をつけよう」

 

「判断基準は相変わらずそこなんですね」

 

Xiは小さく呟いた。

 

最初に買ったのは、焼きそばだった。

 

弥子は一口食べて、すぐに頷く。

 

「うん、おいしい!」

 

すえぞうにも少し分ける。

 

「アツイ」

 

「ちゃんと冷ましてから食べなよ」

 

「ウマイ」

 

続いて、お好み焼き。

フランクフルト。

じゃがバター。

円盤焼き。

かき氷。

ベビーカステラ。

 

弥子は本当に計画的に、しかし普通の人間の計画とは明らかに違う量を買っていた。

 

Xiは袋の数を見て、額を押さえた。

 

「これ、本当に文化調査?」

 

キラが苦笑する。

 

「食文化調査ではあるんじゃないかな」

 

「範囲が広すぎる」

 

ソープは楽しそうにたこ焼き屋を見ていた。

 

「これは何かな。丸いね」

 

「たこ焼きです」

 

弥子が即答した。

 

「生地の中にタコが入ってて、外はふわっと、中は熱々で、ソースとマヨネーズとかつお節がのってて――」

 

Xiが割り込む。

 

「熱々のところは注意してください。地球人でも普通に火傷します」

 

ソープは興味深そうに頷く。

 

「内部に熱を閉じ込める料理なのか。儀礼的な食べ物かな」

 

「儀礼じゃなくて、単に熱いんです」

 

ラキシスは心配そうに言った。

 

「ソープ様、少し冷ましてから召し上がってください」

 

「そうだね、ラキシス」

 

弥子はすでに一軒目のたこ焼き屋の前に立っていた。

 

看板には、

 

大玉たこ焼き 六個入り

 

と書かれている。

 

Xiが眉をひそめる。

 

「六個入り」

 

弥子が振り返る。

 

「たこ焼きは六個入りとか八個入りが普通だよ」

 

「それはそうなんだけど」

 

キラも頷く。

 

「たしかに、たこ焼きで六個入りは普通だね」

 

「だから困るんだよ。普通に怪しいし、怪しいくらい普通なんだよ」

 

バクスチュアルが真面目に言う。

 

「全部、怪シイ。全部、普通」

 

「その通り。最悪の状況判断だ」

 

弥子は一パック買った。

 

続いて、別の店でも買った。

 

さらに、別のたこ焼き屋の前で足を止めた。

 

Xiが止める。

 

「待て。たこ焼き三軒目だぞ」

 

弥子は真剣だった。

 

「食べ比べだよ」

 

「食べ比べにも限度がある」

 

「ここは要らないかな」

 

弥子はふと、三軒目の屋台を見てそう言った。

 

Xiは逆に不安になった。

 

「なんで?」

 

「さっきの店と見た目が似てるし、先に円盤焼きも買いたい」

 

「君が屋台をスルーすると、それはそれで怖いな」

 

Xiは一瞬だけ看板を見た。

 

「……まあ、スルーするならいいか」

 

そのまま一行は、円盤焼きの屋台へ向かった。

 

すえぞうは、先ほど買ったたこ焼きをじっと見ていた。

 

「ハラへった」

 

弥子が一つ差し出す。

 

「熱いから気をつけてね」

 

すえぞうはぱくりと食べた。

 

数秒。

 

「アツイ!」

 

Xiが反応する。

 

「大丈夫か!?」

 

すえぞうは目を輝かせた。

 

「ウマイ!!」

 

「……大丈夫そうだな」

 

ラキシスがほっとしたように微笑む。

 

「すえぞうは熱いものに強いのですね」

 

ソープは興味深そうに言った。

 

「彼は幼体とはいえ、ドラゴンだからね」

 

Xiは念のため、すえぞうの口元を見る。

 

キラが苦笑する。

 

「いくらなんでも、たこ焼きでそこまでは……」

 

「いや、俺たちの人生ではありえる」

 

弥子もたこ焼きを食べた。

 

「熱っ……でもおいしい!」

 

ソープはラキシスに言われた通り、少し冷ましてから食べた。

 

「なるほど。これは面白い料理だね。外側は柔らかく、中はとろりとしていて、熱が残っている」

 

Xiは少し安心した。

 

「普通のたこ焼きっぽいですね」

 

「普通のたこ焼き、という分類が必要な時点で問題だね」

 

「ほんとそれです」

 

祭りはその後も楽しかった。

 

弥子とすえぞうは、食べ物の屋台を見つけては立ち止まり、キラがそれをほどほどに止め、Xiが警戒し、ソープが文化調査として感心し、ラキシスがソープの食べるものを冷ます。

 

バクスチュアルは、そんな一行の様子をじっと見ていた。

 

「祭リ……楽シイ、デスカ?」

 

Xiが聞き返す。

 

「君は?」

 

バクスチュアルは少し考える。

 

「匂イ、多イ。音、多イ。人、多イ。デモ……怖ク、ナイ」

 

Xiは少しだけ笑った。

 

「なら、楽しいでいいんじゃない?」

 

「楽シイ」

 

「うん」

 

やがて、参道の端まで歩き、夜風が少し涼しくなった頃。

 

Xiのスマホが鳴った。

 

ピロン。

 

Xiはその音だけで顔をしかめた。

 

「……来たな」

 

キラが振り返る。

 

「シックス?」

 

「このタイミングで来る通知なんて、だいたいそうだよ」

 

Xiはスマホを開いた。

 

差出人不明。

件名は、

 

『熱い祭りだったろう?』

 

Xiは無言で本文を開く。

 

『我が一族自慢の鉄板で焼かせた、至高のたこ焼きだ。

 外は柔らかく、内は熱を逃がさず、慣れると癖になる。

 常人は口内の地形が変わるがね。

 だが、熱とは旨味の証だ。

 素敵な祭りの一品だったろう?』

 

沈黙。

 

Xiはスマホを見たまま固まった。

 

弥子が覗き込む。

 

「……たこ焼き?」

 

キラが表情を変える。

 

「たこ焼きって、さっき何個も買ったよね」

 

ラクスが静かに言う。

 

「どの屋台のものだったのでしょう」

 

ソープも首をかしげた。

 

「たこ焼きは、ああいうものかと思ったけれど……」

 

Xiは頭を抱えた。

 

「待て。整理しよう。今日、たこ焼きは何軒で買った?」

 

弥子は指を折る。

 

「えーっと、三軒か四軒?…かなぁ」

 

Xiがじっと見る。

 

「本当に?」

 

「五軒……は買ってない。たぶん…」

 

「たぶん?」

 

キラが思い出す。

 

「“ここは要らないかな”って言ってた店もあったよね」

 

Xiの顔が引きつった。

 

「まさか……そこだった可能性もあるのか?」

 

弥子が固まる。

 

「買ってない可能性もある……?」

 

ラクスが困ったように言う。

 

「つまり、シックス製のたこ焼きを買ったかもしれないし、買っていないかもしれない、ということですわね」

 

バクスチュアルがゆっくり言った。

 

「不確定、タコヤキ」

 

Xiはさらに頭を抱えた。

 

「たこ焼きに不確定性を持ち込むな……!」

 

ネウロがくつくつと笑う。

 

「ククク……食ったかもしれぬし、食っていないかもしれぬ。謎としては悪くない」

 

「食べ物に関しては悪い謎だよ!」

 

弥子は真剣に考えていた。

 

「でも、すえぞうがアツイ、ウマイって言ってたやつは?」

 

すえぞうは胸を張る。

 

「アツイ! ウマイ!」

 

Xiが見る。

 

「それがシックス製だったのか、普通のたこ焼きが普通に熱かっただけなのか、すえぞう基準じゃ判定できないんだよ」

 

ソープは少し困ったように言う。

 

「僕も、地球のたこ焼きは中が熱いものなのだと思っていたからね」

 

Xiは深く頷いた。

 

「その認識はだいたい合ってます。でも口内の地形は変わりません」

 

ラキシスがソープを見た。

 

「ソープ様が召し上がったものが、それではなかったことを祈ります」

 

「ラキシスが冷ましてくれたから大丈夫だよ」

 

「本当に助かりました」

 

Xiは心から言った。

 

弥子は少し考えた後、ぱっと顔を上げた。

 

「じゃあ、食べ直ししよう!」

 

Xiが即座に振り向く。

 

「被害無かったよね?!」

 

「でも、どれが普通だったかわからないんだよ? 普通のたこ焼きで上書きしないと」

 

ソープが驚いたように言う。

 

「さっきあんなに食べたのに?!」

 

弥子は真剣だった。

 

「食べ直しは別腹です」

 

「初めて聞く別腹だな」

 

Xiは両手を広げて止めた。

 

「待て。食べ直しは危険だ」

 

弥子は不満そうに言う。

 

「なんで?」

 

「今日の縁日で、どの屋台が株式会社ヘキサクスか分からない。そもそも、俺たちがシックス製たこ焼きを買ったのかも分からない」

 

「うん」

 

「買っていない可能性もある。けど、買っている可能性もある」

 

「うん」

 

「その状態で追撃したら、逆に今度こそシックス製たこ焼きを引くかもしれない」

 

弥子の動きが止まった。

 

「……それは困る」

 

「だろ」

 

「普通のたこ焼きで上書きしたいのに、また謎たこ焼きが混じったら、たこ焼きの思い出がさらに濁る……!」

 

Xiは頷いた。

 

「食べ物基準だけど、判断は正しい」

 

キラがほっとしたように笑う。

 

「今回は我慢できそう?」

 

弥子は悔しそうに屋台の方を見た。

 

「今日は……我慢する」

 

ソープも穏やかに言った。

 

「今日はもう、文化調査としては十分だと思うよ」

 

ラキシスが微笑む。

 

「ええ。とても楽しいお祭りでした」

 

ラクスも頷く。

 

「危険もありましたが、皆さんご無事ですもの」

 

ネウロが笑う。

 

「被害らしい被害はなしか。罠としては、空振りだな」

 

すえぞうが胸を張る。

 

「アツイ! ウマイ!」

 

Xiはすえぞうを見る。

 

「もしかすると、お前が一番の功労者かもしれないな」

 

「エライ?」

 

「エライ。口の中が無事ならな」

 

「うっす」

 

バクスチュアルが言う。

 

「すえぞう、熱イ、平気。

 シックス、相手、間違エタ?」

 

「可能性はある」

 

Xiはスマホをしまった。

 

「もし、炎を吐くドラゴンの幼生に、熱々たこ焼きをぶつけたなら、

 完全に相手を間違えてる」

 

弥子が少し笑った。

 

「じゃあ、勝ちだね」

 

「雑だけど、今回は否定しづらい」

 

ソープが提灯の灯りを見上げた。

 

「お祭りは楽しかった。皆も無事だった。それなら、今日は勝ちでいいのではないかな」

 

Xiは肩をすくめた。

 

「ソープ様がそう言うなら、勝ちでいいです」

 

ラキシスがそっと微笑む。

 

「よかったです」

 

弥子は屋台の方をもう一度だけ見た。

 

「次は、出所のはっきりした普通のたこ焼きでリベンジする」

 

Xiがすかさず言う。

 

「予約制にしよう。店も確認して」

 

「そこまで?」

 

「そこまで」

 

すえぞうが言う。

 

「ハラへった」

 

Xiはため息をついた。

 

「今、たこ焼きの話してたよな?」

 

「ハラへった」

 

「まあ、祭りだからな……」

 

弥子が笑う。

 

「じゃあ、最後にかき氷くらいなら」

 

Xiがすぐ反応する。

 

「“くらい”って言葉は信用しない」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……怪盗Xiは、たこ焼きも信用しない。ついでに弥子の“くらい”も信用しない」

 

「そっちは昔からだよ」

 

夜の神社に、提灯が揺れる。

 

太鼓の音が遠くから響き、屋台の煙がゆっくり空へ溶けていく。

 

シックス製のたこ焼きを食べたのか。

食べていないのか。

それは最後まで分からなかった。

 

だが、誰も傷つかなかった。

 

すえぞうは「アツイ! ウマイ!」と言い、ソープは地球の祭りを楽しみ、ラキシスはその隣で微笑み、弥子は食べ直しを我慢した。

 

Xiはスマホのメールを削除して、ため息をつく。

 

「怪盗Xiは、たこ焼きも信用しない」

 

それから、提灯に照らされた参道を見て、少しだけ笑った。

 

「でもまあ、祭りが楽しかったなら、今回は勝ちでいいか」

 

すえぞうが元気よく胸を張った。

 

「うっす!」

 

弥子も笑った。

 

「次は普通のたこ焼き、ちゃんと食べようね!」

 

Xiは半眼で返す。

 

「それ、次回予告みたいに言うな」

 

けれど、その声もどこか楽しそうだった。

 

 

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