守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
秋の商店街には、少し冷たい風が吹いていた。
夕方に差しかかる時間。
店先の灯りがぽつぽつと灯りはじめ、通りには買い物帰りの人々が行き交っている。
その中を、いつもの一行が歩いていた。
レディオス・ソープ。
ラキシス。
桂木弥子。
怪盗Xi。
キラ・ヤマト。
ラクス・クライン。
バクスチュアル。
そして、てとてと歩くすえぞう。
「ハラへった」
すえぞうは、今日もいつも通りだった。
弥子も大きく頷く。
「わかる。秋って、お腹空くよね」
Xiが半眼で見る。
「春も夏も冬も空いてるだろ、君たち」
「秋は特にだよ」
「毎季節それ言ってない?」
キラが苦笑する。
「でも、今日は少し寒いし、温かいものが欲しくなるね」
ラクスも頷いた。
「ええ。商店街の雰囲気も、どこかほっとしますわ」
ソープは周囲を楽しそうに眺めている。
「地球の商店街は面白いね。季節ごとに匂いが変わる」
ラキシスが寄り添うように歩く。
「ソープ様、お寒くはありませんか?」
「大丈夫だよ、ラキシス」
その時だった。
通りの向こうから、どこか懐かしい声が聞こえてきた。
「いしや〜きいも〜」
弥子が止まった。
すえぞうも止まった。
「おいも〜」
弥子の目が輝く。
「焼き芋!」
すえぞうが胸を張る。
「ハラへった」
Xiは即座に額を押さえた。
「また食べ物センサーが反応した」
弥子は声のする方を見る。
「Xi、焼き芋だよ」
「聞こえてる」
「リヤカーだよ」
「見えてる」
「買おう」
「早い。最近の流れを思い出せ」
弥子は首をかしげた。
「唐揚げ、プリン、ドーナッツ、たこ焼き?」
「そう。商店街の食べ物系は、だいたい一回疑おう」
「でも焼き芋だよ?」
「その“でも〇〇だよ?”で何回引っかかったと思ってるんだ」
リヤカーの焼き芋屋は、いかにも昔ながらだった。
赤い提灯。
黒く煤けた石焼き釜。
ほくほくと湯気を立てる芋。
札にはこう書かれている。
特製焼き芋
本日分、あと六本
Xiの目が細くなった。
「六本」
キラも少し身構える。
「また六」
弥子は言った。
「焼き芋で六本なら普通じゃない?」
「普通だよ。だから困るんだよ」
バクスチュアルが真面目に言う。
「普通、怪シイ。怪シイ、普通」
「だいぶ理解してきたな」
焼き芋屋の店主は、にこにこと笑った。
「いらっしゃい。今ちょうど食べ頃だよ」
Xiは一歩前に出た。
「店名は?」
「六石焼き芋」
「六石」
「石焼き釜に六つのこだわりがあるんだよ」
「こだわりが六つある店、多すぎない?」
弥子はもう焼き芋を見ていた。
「いい匂い……」
すえぞうも、釜から出された芋をじっと見ている。
「ハラへった」
Xiは両手を広げて止めた。
「待て。今回は本当に用心した方がいい」
ラキシスが焼き芋を静かに見つめた。
「そうですね」
Xiは少し安心した。
「ですよね、ラキシス姫様」
ラキシスは、にこやかに続けた。
「では、まずすえぞうに召し上がっていただいて、様子を見ましょう」
Xiは固まった。
「姫様!?」
ソープも少し驚く。
「ラキシス、すえぞうは毒見係ではないよ」
「もちろんです、ソープ様」
ラキシスは変わらず穏やかだった。
「ですが、過去の実績を鑑みますと、彼がもっとも安全に反応を確認できます」
Xiが震える声で言う。
「合理的すぎて怖い……」
すえぞうは首をかしげる。
「エライ?」
弥子が慌てる。
「すえぞう、無理しなくていいからね?」
「ハラへった」
Xiはため息をついた。
「本人に毒見の自覚がない」
ラキシスはすえぞうに優しく微笑む。
「すえぞう。熱ければ、すぐに吐き出して構いません」
すえぞうは胸を張った。
「うっす」
「返事だけは完璧だな……」
焼き芋屋は、焼き立ての芋を一本、紙に包んで渡した。
弥子が少し冷まし、すえぞうに差し出す。
「熱いから気をつけてね」
すえぞうは、はむ、とかじった。
しばらく咀嚼する。
「アツイ」
Xiが身構える。
「大丈夫か?」
すえぞうはさらに食べた。
「アマイ」
弥子が嬉しそうに言う。
「焼き芋だもんね」
すえぞうはもう一口。
「ウマイ」
「普通の感想だな」
キラがほっとする。
ソープも興味深そうに見ていた。
「芋を焼くだけで、こんな甘みが出るのか。地球の食文化は面白いね」
「ソープ様も召し上がりますか?」
ラキシスが尋ねる。
ソープが頷きかけた瞬間、Xiが止める。
「ちょっと待ってください。まだ結論を出すには早いです」
すえぞうは焼き芋をはむはむ食べていた。
一本の半分ほど食べたあたりで、ぴたりと動きを止めた。
Xiの目が鋭くなる。
「どうした?」
すえぞうは首をかしげた。
「……?」
次の瞬間。
ぷす。
小さな音がした。
全員が止まった。
すえぞうは、自分の後ろを見た。
弥子も見た。
キラも見た。
Xiは見たくなさそうに見た。
「……今の」
ぷす。
もう一度、小さな音。
そして、すえぞうの体が、ほんの少し浮いた。
「浮いた!?」
Xiが叫んだ。
すえぞうは目を丸くする。
「?」
ぷす、ぷす。
てとてと歩こうとしたすえぞうの足が、地面から数センチ離れた。
弥子が口を押さえる。
「すえぞうが……浮いてる!」
キラも目を見開いた。
「本当に浮いてる……!」
ソープの目が輝いた。
「幼体なのに空を飛んだ!」
Xiが叫ぶ。
「それ飛翔判定でいいんですか!?」
ソープは真剣に観察している。
「推進力としては極めて不規則だが、確かに上昇運動が発生している」
「推進力って言わないでください!」
ラキシスは、少しだけソープの袖を引いた。
「ソープ様、少し離れてご覧ください」
「そうだね、風下は避けよう」
「冷静な判断だけど言い方!」
ネウロが、いつの間にか近くにいた。
「ククク……腹部ガスによる一時的浮上か。謎ではないが、実に奇怪な推進方式だ」
弥子が抗議する。
「推進方式って言わないでください!」
Xiも続ける。
「しかも健康的な焼き芋由来なら、たぶん臭くは……
いや、何のフォローをしてるんだ俺は」
すえぞうは、ぷす、ぷす、と小さな音を立てながら、
ふわふわと数十センチだけ前へ進んだ。
「うっす」
「うっす、じゃない!」
弥子は心配しながらも、笑いをこらえている。
「すえぞう、大丈夫?」
「アマイ」
「そこ?」
「ウマイ」
「感想が焼き芋に戻ってる!」
ソープは本当に楽しそうだった。
「幼体ドラゴンの生理現象としては、実に興味深いね。
腸内発酵による補助推進の可能性が――」
Xiが両手で制した。
「ソープ様。学術用語で包んでも、だいたい内容はおならです」
ソープは少しだけ考えた。
「そうだね」
「認めた!」
ラキシスはにこやかに言った。
「すえぞう、よく頑張りましたわ」
Xiがラキシスを見る。
「姫様、やっぱりちょっと容赦ないですよね?」
「ソープ様に危険が及ぶ可能性があるなら、確認は必要です」
「すえぞうにも危険があるかもなんですが」
すえぞうは胸を張った。
「エライ?」
ラキシスは優しく頷いた。
「ええ。とても」
Xiは頭を抱えた。
「褒められてるから本人は納得しちゃったよ」
その時、Xiのスマホが鳴った。
ピロン。
Xiは空を見上げた。
「……来たな」
キラが苦笑する。
「このタイミングだと、もうほぼ確定だね」
Xiはスマホを開いた。
差出人不明。
件名は、
『ほくほくしただろう?』
Xiは無言で本文を開いた。
『我が一族自慢の畑で育てた芋を焼かせた、至高の焼き芋だ。
慣れると癖になる。
常人は屁が止まらなくなるほどの食物繊維を含むがね。
だが、腹の内を空にすることもまた、浄化の一つだ。
素敵な秋の味覚だったろう?』
Xiはしばらく黙った。
それから、スマホを握りしめる。
「やっぱりシックス製かよ!!」
弥子はすえぞうを見る。
「でも、すえぞうがちょっと浮いただけだよね?」
Xiはすぐ返す。
「“だけ”の内容が濃いんだよ!」
ソープは満足そうに頷く。
「貴重な観察だった」
「観察結果にしないでください!」
バクスチュアルは真面目に言う。
「すえぞう、毒見……成功?」
「毒見って言い切ったな」
ラキシスは穏やかに微笑む。
「おかげで、ソープ様が召し上がる前に判明しました」
Xiが呟く。
「目的が一貫してる……」
すえぞうは、ようやく地面に降りた。
「うっす」
弥子がほっとする。
「戻った!」
「ハラへった」
Xiがすぐに突っ込む。
「今、焼き芋食べたばっかりだろ!」
ネウロが笑う。
「体内に滞留しなかったのだろう」
「物理的に言うな!」
焼き芋屋の方を振り返ると、リヤカーはもうなかった。
赤い提灯も、石焼き釜も、店主の姿も。
まるで最初からそこにいなかったかのように、夕方の商店街には風だけが通っている。
Xiは歯ぎしりした。
「逃げ足だけは毎回優秀だな……」
キラが苦笑する。
「今回は、被害が少なくてよかったね」
「少ないというか、何て表現すればいいんだ、これ」
ラクスが静かに言う。
「すえぞうさんが無事で何よりですわ」
「本当にそこです」
ラキシスはソープを見上げた。
「ソープ様、普通の焼き芋は別のお店でいただきましょう」
ソープは楽しそうに頷く。
「そうだね。普通の焼き芋の味も知りたい」
Xiが即座に言う。
「出所確認済みの店でお願いします」
弥子が手を挙げる。
「じゃあ、いつもの商店街の八百屋さんで買って、
カフェテラスで焼き直してもらうとか!」
「またカフェテラスが後処理場になるのか」
「常連だし」
「便利に使いすぎだろ」
すえぞうが胸を張る。
「エライ?」
弥子は笑った。
「エライよ、すえぞう。ちゃんと様子を見せてくれたし、ソープさんも守れたし」
Xiが小声で言う。
「陛下を守るために、幼体ドラゴンが焼き芋で浮く……字面が強すぎる」
ソープはすえぞうの頭をそっと撫でた。
「ありがとう、すえぞう。僕も、いろいろ学べたよ」
すえぞうは嬉しそうに胸を張る。
「うっす」
Xiはスマホのメールを削除した。
「怪盗Xiは、焼き芋も信用しない」
それから、すえぞうを見て付け加える。
「特に、食べると幼体ドラゴンが微妙に浮くやつはな」
ネウロが喉の奥で笑う。
「ククク……食欲と推進力は、時に同じ方向を向く」
「絶対に名言じゃない」
夕方の商店街に、少しだけ笑い声が戻った。
シックス製の焼き芋は、確かに危険だった。
常人なら、食物繊維の猛攻でしばらく苦しんだかもしれない。
けれど、それを食べたのは、口から火を吐き、命の水を宿す、
ジョーカー太陽星団の幼いドラゴンだった。
結果。
少し浮いた。
それだけだった。
そして、すえぞうは今日も言う。
「ハラへった」
弥子が笑う。
「じゃあ、普通の焼き芋で上書きしよう!」
Xiは遠い目をした。
「結局、食べるんだな」
ソープは穏やかに微笑んだ。
「秋の文化調査だからね」
ラキシスも頷く。
「ええ。出所の確かなものを」
Xiはため息をつきながらも、少しだけ笑った。
「まあ、今回はそれで勝ちってことで」
すえぞうが元気よく答えた。
「うっす!」