守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiは味噌汁も信用しない

商店街のイベントスペースには、味噌の香りが漂っていた。

 

いつもは青空市やフリーマーケットに使われる広場に、今日は色とりどりの幟が並んでいる。

 

全国味噌蔵フェア

ご当地味噌・味噌汁試飲販売会

各地の蔵元、自慢の味噌が集合!

 

木製の屋台には、壺に入った味噌。

小さな試飲カップ。

湯気を立てる鍋。

地域ごとの味噌を紹介する札。

 

赤味噌。

白味噌。

合わせ味噌。

麦味噌。

米味噌。

豆味噌。

 

弥子は会場に入った瞬間から、目を輝かせていた。

 

「味噌汁だ!」

 

すえぞうも、てとてと歩きながら胸を張る。

 

「ハラへった」

 

Xiは二人を見て、早くも眉間に皺を寄せた。

 

「味噌汁でも反応するんだな、ハラヘリコンビ」

 

弥子は大真面目に言った。

 

「Xi、味噌汁ってすごいんだよ。あったかいし、ご飯に合うし、具も色々あるし」

 

「味噌汁を入口に米まで要求する流れ、早くない?」

 

「味噌汁はご飯とセットで完成するから」

 

「哲学みたいに言うな」

 

その日は、商店街を散策していた一行が、偶然このフェアを見つけたのだった。

 

レディオス・ソープ。

ラキシス。

桂木弥子。

怪盗Xi。

キラ・ヤマト。

ラクス・クライン。

承太郎。

バクスチュアル。

そして、すえぞう。

 

ソープは、味噌の壺を興味深そうに眺めている。

 

「味噌というのは、発酵食品なんだね」

 

ラキシスが隣で微笑む。

 

「ソープ様、お口に合うものがあると良いです」

 

「うん。地球の食文化は本当に奥が深い」

 

Xiは周囲を見回しながら言った。

 

「ただし、最近この手のイベントに紛れ込むのがいるんですよね」

 

キラが苦笑する。

 

「唐揚げ、プリン、ドーナッツ、たこ焼き、焼き芋……」

 

「並べると、本当に食べ歩き被害報告みたいだな」

 

承太郎は帽子のつばを下げた。

 

「やれやれだぜ。味噌汁まで疑う日が来るとはな」

 

「ほんとですよ」

 

Xiは腕を組んだ。

 

「でも疑った方がいい。食べ物の形をしてるからって油断できない」

 

弥子はすでに試飲ブースを見ていた。

 

「でも、試飲だよ? 少しだけだよ?」

 

「その“少しだけ”で何回やられたと思ってるんだ」

 

「味噌汁なら大丈夫じゃない?」

 

「最近、“なら大丈夫”が一番信用できない」

 

バクスチュアルは、湯気の立つ鍋を見つめていた。

 

「味噌汁……アタタカイ?」

 

「普通はね」

 

Xiは答えた。

 

「普通なら、あったかくて優しい」

 

「普通、大事」

 

「ほんとそれ」

 

会場には、いくつもの蔵元ブースがあった。

 

弥子は順番に見ていく。

 

「あ、こっちはきのこ汁だって。こっちはしじみ。あっちは豚汁もある!」

 

Xiがすかさず言う。

 

「今日は味噌汁フェアだからな。豚汁で本気出すなよ」

 

「豚汁も味噌汁の仲間だよ」

 

「そうだけど、話が広がる」

 

承太郎は、あるブースの札を見て足を止めた。

 

六郷蔵味噌

特製味噌汁 試飲無料

 

Xiの眉がぴくりと動く。

 

「六郷蔵」

 

キラも小声で言う。

 

「六、だね」

 

弥子は首をかしげた。

 

「でも、地名っぽいよ?」

 

「味噌蔵ならありそうだな」

 

承太郎も言った。

 

Xiは頭を抱えた。

 

「そういう“ありそう”が最近一番怖いんだよ」

 

ブースの店員は、にこやかに小さな紙カップを差し出してきた。

 

「いかがですか? 当蔵自慢の特製味噌汁です。少量ですので、ぜひお試しください」

 

弥子は少し迷った。

 

「少量……」

 

Xiが睨む。

 

「弥子」

 

「わかってる。警戒はしてる」

 

「本当か?」

 

「でも、味噌汁だよ?」

 

「また出た」

 

ラキシスが即座に頷く。

 

「ソープ様は、後にしてください」

 

「そうするよ」

 

Xiは小声で言った。

 

「ソープ様の安全管理だけは本当に徹底してるな……」

 

ラキシスはにこやかに微笑んだ。

 

「当然です」

 

承太郎は紙カップを一つ受け取った。

 

「俺が見る」

 

Xiが少し驚く。

 

「承太郎さん?」

 

「味噌汁でどうこうなるなら、それはもう味噌汁じゃあねえ」

 

「それはそうなんですが」

 

弥子も紙カップを受け取る。

 

「私も少しだけ」

 

すえぞうも、弥子の手元を見上げる。

 

「ミソシル?」

 

「すえぞうはちょっとだけね」

 

「ハラへった」

 

「汁物で腹を満たそうとするな」

 

Xiが言う間に、承太郎が一口飲んだ。

 

数秒。

 

承太郎は黙ったままだった。

 

Xiが不安そうに見る。

 

「……承太郎さん?」

 

承太郎は、ゆっくり紙カップを下ろした。

 

「やれやれだぜ」

 

その声は低かった。

 

「これは味噌汁じゃあない」

 

一同が息を呑む。

 

承太郎は帽子の影から、静かに言った。

 

「海水浴だ」

 

沈黙。

 

弥子は自分の紙カップを見た。

 

「え」

 

すでに少し飲んでいた。

 

次の瞬間、目を見開く。

 

「しょっぱ!」

 

Xiが叫ぶ。

 

「弥子が即しょっぱいって言うレベル!?」

 

弥子は口元を押さえた。

 

「出汁は……ある。あるけど、海! 海がいる!」

 

「味噌汁に海を召喚するな」

 

すえぞうも、少しだけ飲んだ。

 

「ショッパイ!」

 

「だよな!」

 

「ウマイ!」

 

「そこは言うんだな!」

 

キラも紙カップを覗き込む。

 

「そんなに?」

 

弥子は水を探し始めた。

 

「水……水がほしい……」

 

承太郎は落ち着いているが、紙カップをじっと見ていた。

 

「口の中が満潮だ」

 

Xiが顔を引きつらせる。

 

「海表現が増えてる……」

 

ラキシスはソープの手元をそっと押さえた。

 

「ソープ様、こちらはお控えくださいませ」

 

ソープは素直に頷く。

 

「そうだね。海水浴なら、飲むものではなさそうだ」

 

「言い方が妙に優しい」

 

Xiはブースを見た。

 

「これ、絶対――」

 

その時、Xiのスマホが鳴った。

 

ピロン。

 

Xiは目を閉じた。

 

「……来たな」

 

キラが苦笑する。

 

「もう確定だね」

 

Xiはスマホを開いた。

 

差出人不明。

件名は、

 

『あたたまっただろう?』

 

本文。

 

『我が一族自慢の蔵で仕込ませた、至高の味噌汁だ。

 慣れると癖になる。

 常人は塩分で海を思い出すがね。』

 

Xiはスマホのメールを睨みつけたまま、深く息を吐いた。

 

「……やっぱりシックス製かよ」

 

承太郎は紙カップを見下ろし、低く言った。

 

「海はもう思い出した」

 

弥子は水を飲みながら、涙目でうなずく。

 

「思い出したっていうか、口の中に来た……」

 

すえぞうも、珍しく弥子の隣で水を見ていた。

 

「ミズ」

 

Xiが振り向く。

 

「すえぞうが“ハラへった”以外で水を要求するの、かなり珍しいな」

 

バクスチュアルは、空になった紙カップを見つめる。

 

「塩分……強イ。海水浴……飲ム、モノ、違ウ」

 

「そう。海水浴は飲むものじゃない」

 

ネウロは、いつの間にか背後で笑っていた。

 

「ククク……味噌汁の形をした海とは、なかなか詩的ではないか」

 

弥子が抗議する。

 

「詩的じゃない! しょっぱいの!」

 

「貴様の胃袋も、たまには波に洗われると良い」

 

「洗わなくていい!」

 

Xiはすぐに、先ほどのブースへ振り返った。

 

「店員は?」

 

そこに、六郷蔵味噌のブースはなかった。

 

鍋も、幟も、店員も、試飲用の紙カップも。

きれいさっぱり消えている。

 

だが、周囲の味噌蔵ブースは、何事もなかったかのように営業を続けていた。

 

赤味噌のブース。

白味噌のブース。

麦味噌のブース。

きのこ汁を振る舞うブース。

しじみ汁の香りを漂わせるブース。

 

そこには、ちゃんとした味噌の香りがあった。

 

Xiは歯ぎしりした。

 

「フェア全体は本物で、一角だけヘキサクスかよ……!」

 

キラが周囲を見回す。

 

「撤収、早いね……」

 

承太郎は帽子のつばを下げた。

 

「やれやれだぜ。逃げ足は凪いでねえな」

 

Xiは承太郎を見る。

 

「海比喩、続いてますね」

 

「塩分が残っている」

 

「なるほど」

 

弥子は、少しだけしょんぼりした顔でフェア会場を見渡した。

 

「……せっかくの全国味噌蔵フェアなのに」

 

その言葉に、Xiははっとした。

 

「……待て」

 

「え?」

 

Xiはスマホをしまい、会場を見渡す。

 

「ここで帰ったら、あいつの思う壺じゃないか?」

 

キラが首をかしげる。

 

「シックスの?」

 

「そう。もしあいつの狙いが、俺たちに“味噌汁は危ない”と思わせて、このフェア自体を楽しめなくすることだったら?」

 

弥子の目が少しずつ戻っていく。

 

「……つまり」

 

Xiは頷いた。

 

「全国味噌蔵フェアは悪くない。悪いのは、紛れ込んだ株式会社ヘキサクスだ」

 

承太郎が紙カップを捨て、静かに言った。

 

「海水浴の後は、ちゃんと味噌汁へ戻るべきだな」

 

弥子の顔がぱっと明るくなった。

 

「そうだよね! 普通の味噌汁で上書きしよう!」

 

Xiは苦笑した。

 

「また上書きか」

 

「大事だよ!」

 

「今回は同意する」

 

ソープも穏やかに微笑んだ。

 

「僕も、本来の味噌汁を知っておきたいね」

 

ラキシスは嬉しそうに頷く。

 

「では、出所の確かなブースを選びましょう。ソープ様」

 

「そうだね、ラキシス」

 

Xiは会場を見回した。

 

「まず、六って字が入ってないところで」

 

キラが苦笑する。

 

「条件が増えたね」

 

「今日くらいは増やしていいだろ」

 

弥子が指を差した。

 

「あそこのきのこ汁、ちゃんとした地元のお味噌屋さんっぽいよ!」

 

ブースには、老舗らしい落ち着いた看板が出ていた。

店員は年配の女性で、湯気の立つ鍋をゆっくりかき混ぜている。

 

「いらっしゃい。きのこ汁、どうぞ。少し熱いから気をつけてね」

 

Xiは看板を確認し、店名を確認し、ロゴを確認し、妙な六角形マークがないことまで確かめた。

 

弥子が笑う。

 

「Xi、すごい警戒してる」

 

「味噌汁で海水浴した後だからな」

 

小さな椀に、きのこ汁が注がれる。

 

弥子が一口飲んだ。

 

その表情が、ふっとほどける。

 

「……やさしい」

 

Xiも飲む。

 

出汁の香り。

味噌の丸い塩味。

きのこの旨味。

 

「……うん。これだよ。味噌汁って、こういうものだった」

 

承太郎も一口飲み、静かに言う。

 

「やれやれだぜ。こっちは味噌汁だ」

 

Xiは心底ほっとした。

 

「承太郎さんの味噌汁判定、信頼性高いですね」

 

すえぞうも、少し冷ましたものを飲む。

 

「ウマイ」

 

弥子が笑う。

 

「ね。普通の味噌汁、おいしいよね」

 

「うっす」

 

バクスチュアルも椀を両手で持ち、ゆっくり飲んだ。

 

「普通……アタタカイ。ショッパク、ナイ」

 

Xiは頷く。

 

「それが普通なんだよ。普通、大事」

 

続いて、一行は別のブースへ向かった。

 

しじみ汁。

豆腐とわかめの味噌汁。

根菜たっぷりの味噌汁。

白味噌の甘めの味噌汁。

 

弥子はどれも嬉しそうに味わった。

 

「これ、しじみの出汁がすごい! こっちは優しい! あっちはご飯ほしい!」

 

Xiがすかさず言う。

 

「ご飯要求に戻ったな。復活した証拠か」

 

キラが笑う。

 

「よかったね。ちゃんと味噌汁の記憶が戻ったみたいで」

 

ソープは白味噌の味噌汁を味わいながら、感心したように言った。

 

「味噌によって、こんなに印象が変わるのか。これは面白い文化だね」

 

ラキシスは穏やかに微笑む。

 

「ソープ様のお口に合ってよかったです」

 

「うん。ラキシスにも似合う、優しい味だ」

 

ラキシスは少し嬉しそうに目を伏せた。

 

弥子は別のブースの札を見て、ぱっと振り向いた。

 

「豚汁もある!」

 

Xiがすぐに言う。

 

「出たな」

 

「でも、今日は味噌汁の気分だから、まず普通の味噌汁を優先する!」

 

Xiは固まった。

 

「弥子が豚汁を後回しにした……?」

 

キラが真顔で言う。

 

「事件だね」

 

弥子は抗議する。

 

「事件じゃないよ! 今日は味噌汁を取り戻す日なの!」

 

承太郎が低く言った。

 

「やれやれだぜ。正しい判断だ」

 

すえぞうが首をかしげる。

 

「ミソシル?」

 

Xiが答える。

 

「そう。海じゃないやつな」

 

フェア会場には、穏やかな湯気が立っていた。

 

先ほどの海水浴のような塩分はない。

ちゃんと出汁が香り、味噌が柔らかく溶け、具材の旨味が温かく広がる。

 

弥子は椀を両手で持ち、満足そうに息をついた。

 

「やっぱり、普通の味噌汁は信用していいね」

 

Xiは少し疲れたように笑う。

 

「怪盗Xiは、味噌汁も信用しない」

 

それから、周囲の真面目な味噌蔵ブースを見渡して、付け加えた。

 

「……ただし、ちゃんとした味噌蔵さんの味噌汁は別だ」

 

承太郎が帽子を押さえる。

 

「海水浴じゃなければな」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……ヘキサクスの狙いがフェア全体への不信だったなら、失敗だな」

 

Xiは頷いた。

 

「ああ。俺たちはちゃんと味噌汁を楽しんだ」

 

弥子も胸を張る。

 

「勝ちだね!」

 

すえぞうも元気に言った。

 

「ミソシル、ウマイ!」

 

ソープは、湯気の向こうに並ぶ味噌蔵の幟を眺めた。

 

「今日は、味噌汁というものをよく学べたよ」

 

ラキシスが微笑む。

 

「ええ。よい文化調査でしたわ」

 

Xiはスマホのメールを削除し、深く息を吐いた。

 

シックス製の至高の味噌汁は、確かにしょっぱかった。

塩分で海を思い出すほどに。

 

けれど、そのせいで全国味噌蔵フェアを諦めるほど、一行の日常はやわではない。

 

普通の味噌汁は、温かくて、やさしくて、ちゃんとご飯が欲しくなる。

 

日常を取り戻すには、それくらいでちょうどよかった。

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