守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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キラ・ヤマトは炎の女皇帝を見る

「今日は、ちょっと特別なヤツを見せてやるヨ」

 

ダグラス・カイエンがそう言った時点で、Xiは嫌な予感しかしなかった。

 

場所は、AKD側が一時的に確保した格納庫。

地下深くに作られたその空間は、地上の商店街やカフェテラスとはまったく違う空気をまとっていた。

 

冷たい床。

高い天井。

巨大なハンガー。

薄暗い照明。

金属と油と、整備用の溶剤の匂い。

 

その中を、一行は歩いていた。

 

キラ・ヤマト。

ラクス・クライン。

レディオス・ソープ。

ラキシス。

怪盗Xi。

ファティマ・バクスチュアル。

岸辺露伴。

桂木弥子。

そして、すえぞう。

 

すえぞうは、てとてと歩きながら天井を見上げた。

 

「デカイ」

 

Xiが頷く。

 

「まあ、ここはデカいよな」

 

「ハラへった」

 

「今それ言う場所じゃない」

 

カイエンは振り返り、にやりと笑った。

 

「おいXi。構えるなヨ」

 

「師匠が“特別”って言う時点で、だいたい星団史レベルなんだよ」

 

「今回はその通りだ」

 

「否定してほしかったなぁ」

 

キラは、静かに周囲を見ていた。

 

彼はこれまでにも、いくつかのMHを見ている。

モビルスーツとは異なる構造。

人型兵器でありながら、兵器という言葉だけでは括れない存在。

 

以前見たシュペルターの姿は、今も鮮明に覚えていた。

白く、美しく、恐ろしく、騎士そのもののような機体。

 

だが、今日のカイエンの口ぶりは少し違った。

 

単に強いMHを見せる、という雰囲気ではない。

 

キラはカイエンに尋ねた。

 

「今日は、何を見せてくれるんですか?」

 

カイエンは立ち止まった。

 

「アトール聖導王朝の皇帝騎士が乗る専用機だ」

 

その言葉に、ソープが少しだけ目を細めた。

 

「……ジ・エンプレスか」

 

弥子が聞き返す。

 

「ジ・エンプレス?」

 

カイエンは頷く。

 

「炎の女皇帝。星団で最も美しいMHの一騎とされる機体だヨ」

 

Xiが小声で言う。

 

「また“最も美しい”が出た」

 

ラキシスが静かに口を開く。

 

「エンゲージ、AUGE、そしてジ・エンプレス。美しさの方向は、それぞれ異なります」

 

露伴がすでにスケッチブックを取り出している。

 

「美しさの方向が違う、か。面白い表現だ」

 

Xiがすぐに釘を刺す。

 

「先生、描いていいか確認してからにしような」

 

露伴は不満そうに言った。

 

「見るだけで我慢しろというのか?」

 

「見られるだけで相当すごいんだよ、たぶん」

 

ソープは少しだけ笑った。

 

「Xiくんの言う通りだよ。僕も、実物を見るのは初めてなんだ」

 

その一言で、場の空気が変わった。

 

キラが思わずソープを見る。

 

「ソープさんも、見たことがないんですか?」

 

「うん。話には聞いていた。資料も、断片的な情報も知っている。

けれど、実物を見る機会はなかった」

 

Xiはゆっくりカイエンを見た。

 

「ソープ様が見たことないMHって、何それ。

怖いんだけど」

 

カイエンは肩をすくめた。

 

「だから特別だと言っただろ」

 

格納庫の奥へ進む。

 

そこには、巨大な遮蔽幕が下ろされていた。

 

幕の向こう側に、何かが立っている。

 

見えない。

しかし、確かにそこにいる。

 

キラは息を呑んだ。

 

モビルスーツを前にした時とは違う。

機械の気配だけではない。

人のような、獣のような、何かがこちらを待っているような感覚。

 

バクスチュアルが、小さく呟いた。

 

「騎体ガ……待ッテイル」

 

Xiが隣を見る。

 

「わかるの?」

 

バクスチュアルは静かに頷く。

 

「立チ姿、見エナイ。デモ、気配、アル」

 

カイエンは整備員に合図した。

 

照明が一段落ちる。

 

周囲が静まり返る。

 

それから、遮蔽幕がゆっくりと開いた。

 

最初に見えたのは、白だった。

 

鋭く、高く伸びた頭部。

炎のように広がる肩。

長く美しい脚。

細い腰。

赤く透き通る装甲。

 

白と赤。

銀の内部構造。

金の装飾。

そして、全身に宿る炎の気配。

 

そこに立っていたのは、ただの兵器ではなかった。

 

騎士でもない。

戦闘機械でもない。

 

炎をまとった、女皇帝だった。

 

キラは言葉を失った。

 

これが、モーターヘッド。

これもまた、兵器。

 

だが、彼が知るモビルスーツとは根本的に違う。

 

モビルスーツは、人が戦うための機械だ。

機能があり、装甲があり、推進機があり、武装がある。

もちろん、美しい機体もある。

設計思想に魅せられるものもある。

 

けれど、これは違う。

 

ジ・エンプレスは、戦うために美しいのではない。

美しいものが、戦う力を持っている。

 

そんなふうに見えた。

 

「……これが」

 

キラの声は、自然と小さくなった。

 

「ジ・エンプレス……」

 

カイエンが腕を組む。

 

「アトールの女皇帝だ」

 

露伴は黙っていた。

 

普段なら、すぐに言葉が出る。

気に入らなければ毒を吐き、興味があれば矢継ぎ早に質問する。

 

だが今は、ただ見ていた。

 

「……これは」

 

露伴は、ようやく呟く。

 

「描きたい」

 

Xiが横目で見る。

 

「やっぱり言った」

 

「黙れ。今、僕は美しいものを見ている」

 

「それはわかるけど」

 

露伴はジ・エンプレスの肩、腰、脚、頭部を視線で追う。

 

「線が違う。美しさで威圧している。武装や装甲で押しているんじゃない。立っているだけで、こちらに姿勢を正させる」

 

ソープは静かに笑った。

 

「そうだね。これは、王の美しさではなく、女皇帝の美しさだ」

 

弥子はぽかんと見上げていた。

 

「きれい……でも、ちょっと怖い」

 

キラは頷いた。

 

「うん。僕もそう思う」

 

ラクスは静かにジ・エンプレスを見ていた。

 

「炎のようですわね。けれど、燃え広がる炎ではなく、内側に熱を秘めた炎」

 

ラキシスが微笑む。

 

「ラクスさんらしい見方です」

 

すえぞうは見上げて言った。

 

「デカイ」

 

Xiが笑う。

 

「まあ、そうだな」

 

すえぞうは続ける。

 

「アカイ」

 

「そこも見たまま」

 

少し間を置いて、すえぞうは言った。

 

「キレイ」

 

ソープが嬉しそうにすえぞうを見た。

 

「すえぞうにもわかるんだね」

 

「うっす」

 

そして。

 

「ハラへった」

 

Xiが肩を落とす。

 

「そこは戻るんだな」

 

カイエンはキラを見た。

 

「どうだ、キラ・ヤマト。モビルスーツ乗りから見て」

 

キラはすぐには答えられなかった。

 

ジ・エンプレスを見上げる。

 

「……強い、ですよね」

 

「当然だ」

 

「でも、それ以上に……美しい」

 

カイエンは笑った。

 

「その順番で言うなら、わかってるじゃねぇか」

 

キラは少しだけ苦笑する。

 

「僕が知っている機体は、まず戦うために作られています。もちろん、設計思想や美しさもある。でも、この機体は……美しさが先に来る気がします」

 

ソープが頷いた。

 

「MHは、騎士とファティマと共に成立する。単なる兵器ではない。血統、歴史、美意識、技術、そして所有者の象徴でもある」

 

バクスチュアルが静かにジ・エンプレスを見上げる。

 

「騎体、誇リ、高イ」

 

Xiが聞く。

 

「誇り?」

 

「ハイ。待ッテイル。乗ル者ヲ。選ブ者ヲ」

 

Xiは黙った。

 

以前、外注契約の話で、MH貸与という言葉が出たことを思い出す。

自分には関係ないと言い張った。

まだミラージュの騎士ではない。

バクスチュアルの正式なマスターでもない。

 

だが、こういうものを目の前にすると、その言い訳が少し遠くなる。

 

「……俺には、まだ遠いな」

 

Xiがぽつりと言った。

 

バクスチュアルは彼を見る。

 

「遠イ?」

 

「うん。綺麗すぎて、近づくのに覚悟がいる」

 

バクスチュアルは少し考えた。

 

「デモ、Xiサン、見テイル」

 

Xiは目を丸くした。

 

「見てるだけだよ」

 

「見ル、コト、始マリ」

 

Xiは何も言えなくなった。

 

カイエンがにやりと笑う。

 

「いいこと言うじゃねぇか、バクスチュアル」

 

バクスチュアルは少しだけ目を伏せる。

 

「言葉、難シイ。デモ、ソウ思イマシタ」

 

ラキシスが優しく言った。

 

「バクスチュアル姉様の言葉は、ちゃんと届いています」

 

バクスチュアルはラキシスを見る。

 

「ラキシス……」

 

露伴はそこで、スケッチブックを開いた。

 

カイエンが即座に言う。

 

「好きに描いていいとは言ってねぇヨ」

 

露伴は眉を吊り上げた。

 

「見るだけで我慢しろというのか?」

 

「許可を取れと言ってんだ」

 

露伴は不服そうに舌打ちする。

 

「この造形を目の前にして、描くなという方が無理だ」

 

Xiが言う。

 

「先生、前にも似たようなことあっただろ。見たもの全部描いていいわけじゃないって」

 

露伴は少しだけ沈黙した。

 

すえぞうの命の水。

描かないと決めた奇跡。

 

それを思い出したのか、露伴は小さく息を吐いた。

 

「……わかっている」

 

ソープが静かに言った。

 

「簡単な外形スケッチ程度なら構わないよ。

ただし、細部の機構や内部構造は描かないこと」

 

露伴の目が光る。

 

「本当か?」

 

「見る者の記憶に残る程度の絵なら、ね」

 

カイエンが肩をすくめた。

 

「陛下がそう言うなら、仕方ねぇ」

 

露伴はすぐにペンを走らせ始めた。

 

「線だけでも十分だ。この機体は、細部よりも立ち姿だ」

 

キラはその様子を見ながら、もう一度ジ・エンプレスを見た。

 

彼の中で、モビルスーツとMHの違いが、少しずつ形になっていく。

 

MSは、戦場で人を守るため、人を殺すため、戦局を変えるために作られた兵器だ。

彼自身も、その中で多くのものを背負ってきた。

 

だがMHは、兵器であると同時に、物語そのもののようだった。

 

誰が乗るのか。

誰が整備するのか。

どんな国の象徴なのか。

どんな騎士の名と共に語られるのか。

 

機体そのものが、歴史をまとっている。

 

「キラ」

 

ラクスが隣で声をかける。

 

「はい」

 

「何を考えていました?」

 

キラは少し笑った。

 

「兵器って、こんな形にもなるんだなって」

 

ラクスはジ・エンプレスを見上げる。

 

「美しさを持つ兵器は、時に人を惹きつけます。

 けれど、美しいからこそ、背負うものも重いのでしょうね」

 

キラは頷いた。

 

「うん」

 

ソープが二人の会話を聞いて、静かに言った。

 

「美しいものは、人を救うこともある。

 けれど、人を狂わせることもある。

 だから、扱う者には覚悟がいる」

 

Xiが苦笑した。

 

「さっき俺が言ったこと、なんか重くなった」

 

「間違ってはいないよ」

 

ソープはジ・エンプレスを見上げた。

 

「僕も、実物を見られてよかった。知っているつもりの美しさでも、目の前にあると、やはり新しい」

 

ラキシスが微笑む。

 

「ソープ様が楽しそうで、私も嬉しいです」

 

カイエンは少しだけ真面目な顔で、ジ・エンプレスを見た。

 

「こいつは、そう簡単に見られる機体じゃねぇ。今日見たことは、覚えとけヨ」

 

キラは頷いた。

 

「はい」

 

「特にお前はな。MS乗りとして、こいつを“兵器”だけで見なかった。

 その目は悪くねぇ」

 

キラは少し驚く。

 

「ありがとうございます」

 

Xiが横から言う。

 

「師匠、たまにちゃんと師匠っぽいこと言うよね」

 

カイエンが笑う。

 

「いつもだろ」

 

「いつもは釣りの話を蒸し返すと怖い人」

 

「おい」

 

弥子が小声で言う。

 

「初日ボウズ……」

 

カイエンの視線が飛んだ。

 

「言うな」

 

Xiが慌てる。

 

「今日はジ・エンプレス回! 釣りの黒歴史は加湿器回でやったから!」

 

露伴は手を止めずに言った。

 

「その回も資料としては面白かった」

 

「先生も乗らない!」

 

少しだけ笑いが起きた。

 

格納庫の空気が、少し柔らかくなる。

 

だがジ・エンプレスは、変わらずそこに立っていた。

 

炎の女皇帝。

星団で最も美しいMHの一騎。

 

キラは、その姿をもう一度深く目に焼きつけた。

 

この機体に自分が乗ることはないだろう。

触れることもないかもしれない。

だが、見ることはできた。

 

美しい兵器。

戦うための芸術。

騎士とファティマと歴史を背負う、星団の象徴。

 

「……すごいな」

 

キラは小さく呟いた。

 

ラクスが微笑む。

 

「ええ。本当に」

 

すえぞうが、ジ・エンプレスを見上げて、また言った。

 

「キレイ」

 

ソープは穏やかに頷いた。

 

「うん。綺麗だね」

 

そして、すえぞうは言った。

 

「ハラへった」

 

Xiが吹き出した。

 

「余韻を返せ」

 

弥子が笑う。

 

「じゃあ、見学終わったら何か食べに行こうか」

 

「やっぱりそうなるんだな」

 

バクスチュアルは、ジ・エンプレスからXiへ視線を移す。

 

「Xiサン」

 

「ん?」

 

「遠イ、デモ……見タ」

 

Xiは少しだけ黙った。

 

それから、小さく笑う。

 

「うん。見た」

 

カイエンが格納庫の出口へ向かいながら言った。

 

「見たなら、忘れるなヨ」

 

キラは最後にもう一度、炎の女皇帝を振り返った。

 

白と赤の装甲が、格納庫の光を受けて静かに輝いている。

 

キラ・ヤマトは、炎の女皇帝を見た。

 

それは、彼の知る戦場の機械とは違う。

だが、確かに戦うために生まれたものだった。

 

美しく、恐ろしく、誇り高く。

 

そして、その姿はしばらくの間、キラの心から消えなかった。

 

 

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