守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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すえぞうは雷の竜を見る

「今度は、機械じゃないものを見せようと思うんだ」

 

レディオス・ソープがそう言った時、Xiは反射的に身構えた。

 

場所は、AKDが一時的に確保した山間の隔離区域だった。

街から遠く離れ、人工の明かりも少ない。

空は高く、風は冷たく、遠くに連なる山々が夕暮れの色を帯びている。

 

そこに集められたのは、いつもの一行だった。

 

レディオス・ソープ。

ラキシス。

ログナー。

ダグラス・カイエン。

怪盗Xi。

ファティマ・バクスチュアル。

キラ・ヤマト。

ラクス・クライン。

岸辺露伴。

桂木弥子。

そして、すえぞう。

 

すえぞうは、てとてと歩きながら地面を見ていた。

 

「ハラへった」

 

Xiはため息をつく。

 

「山まで来て第一声がそれか」

 

弥子が笑う。

 

「すえぞうらしいね」

 

「そこが安心材料なのが困るんだよな……」

 

ソープは穏やかに微笑んだ。

 

「前回はジ・エンプレスを見てもらった。あれは、人が作り上げた美しさの極みの一つだ」

 

キラは、あの炎の女皇帝の姿を思い出した。

 

白と赤。

優美で、誇り高く、戦うための芸術のようなMH。

 

「あれは……すごかったです」

 

「うん」

 

ソープは頷く。

 

「でも、ジョーカー太陽星団には、

 人の技術や美意識とは別のところにある神秘も存在する」

 

Xiの顔が引きつる。

 

「その言い方、かなり嫌な予感がするんですけど」

 

ソープは静かに言った。

 

「ドラゴンだよ」

 

風が、少し強く吹いた。

 

キラは思わずすえぞうを見る。

 

「ドラゴン……って、すえぞうみたいな?」

 

すえぞうは胸を張る。

 

「うっす」

 

Xiが片手で顔を覆った。

 

「すえぞう基準で考えると、たぶん脳がバグるぞ」

 

露伴は興味深そうに目を細めた。

 

「成体のドラゴンか。なるほど、これは資料価値がある」

 

Xiがすぐに言う。

 

「先生、その言い方は控えめに。相手が相手だから」

 

「僕は見たものを正しく記録するだけだ」

 

ログナーが低く言った。

 

「今回は、記録よりも敬意を優先しろ」

 

露伴は少しだけ眉を動かした。

 

「……わかっている」

 

カイエンは腕を組んで、空を見上げていた。

 

「来るぞ」

 

その言葉の直後だった。

 

空気が震えた。

 

雷鳴ではない。

まだ空は晴れている。

だが、山の稜線の向こうで、青白い光が一瞬走った。

 

キラは息を呑む。

 

「今の……」

 

ラクスが静かに空を見る。

 

「雷……ではありませんわね」

 

バクスチュアルが小さく呟いた。

 

「気配……大キイ」

 

すえぞうが、初めて黙った。

 

いつものように「ハラへった」と言わない。

「エライ?」とも言わない。

 

ただ、空を見ている。

 

次の瞬間、雲の切れ間から、それは現れた。

 

巨大な翼。

鋭く長い頭部。

青と黄、そして雷光を思わせる色彩。

長くしなる尾。

空気を裂くような姿。

 

翼が一度動くたび、山の木々がざわめいた。

空そのものが、その存在のために場所を空けたように見えた。

 

サンダードラゴン。

 

それは飛んでいるというより、空を支配していた。

 

キラは思わず後ずさる。

 

ジ・エンプレスを見た時の衝撃とは違う。

あれは美しい兵器だった。

目の前のこれは、兵器ですらない。

 

命そのものが、巨大な力として形を取っている。

 

「……すごい」

 

キラの声は、ほとんど息だった。

 

ソープが静かに言う。

 

「サンダードラゴン。今、成体として存在するドラゴンの一体だ」

 

Xiはすえぞうをちらりと見る。

 

「……すえぞう、本当にああいう系統なの?」

 

すえぞうは答えなかった。

 

いつもなら何か返す。

意味が通じても通じなくても、何かしら言う。

 

だが今は、ただ見上げていた。

 

弥子が小さく声をかける。

 

「すえぞう?」

 

すえぞうは、ぽつりと言った。

 

「……デカイ」

 

Xiが少しだけ笑う。

 

「それはまあ、そう」

 

すえぞうは続けた。

 

「……スゴイ」

 

その言葉に、弥子は目を見開いた。

 

普段のすえぞうより、ずっと静かな声だった。

 

サンダードラゴンは、一行の前方にゆっくりと降りた。

地面に着地した瞬間、岩場が低く震える。

 

だが、その動きは乱暴ではない。

巨大でありながら、どこか優雅だった。

 

その瞳が、一行を見渡す。

 

見られた瞬間、露伴はペンを持つ手を止めた。

 

「……これは」

 

Xiが小声で尋ねる。

 

「描かないの?」

 

露伴は、目を逸らさずに答えた。

 

「今は、描く側じゃない。見られている」

 

キラにも、それはわかった。

 

こちらが観察しているのではない。

こちらが、見定められている。

 

サンダードラゴンの声は、空気の奥から響くようだった。

 

「レディオス・ソープ」

 

ソープは静かに頭を下げる。

 

「久しぶりだね」

 

「久しいな。光の帝」

 

Xiは小声で弥子に囁く。

 

「スケールがいきなり大きい」

 

弥子は緊張した顔で頷いた。

 

「うん……」

 

サンダードラゴンの視線が、すえぞうへ向いた。

 

その瞬間、周囲の空気がさらに静かになった。

 

「我らが盟主、LED」

 

すえぞうは、ちょこんと立っている。

 

「うっす」

 

Xiが思わず突っ込む。

 

「返事が軽い!」

 

だがサンダードラゴンは、怒るでもなく、ただ静かに目を細めた。

 

「今は、それでよい」

 

その声には、畏敬があった。

 

普段、皆がすえぞうと呼んでいる幼いドラゴン。

危険物を咥えて逃げ、焼き芋で少し浮き、何かあれば「ハラへった」と言う存在。

 

だがサンダードラゴンにとって、それは違う。

 

LED。

 

盟主。

 

いずれ星団の空にその名を響かせる存在。

 

弥子は、無意識にすえぞうのそばへ一歩寄った。

 

サンダードラゴンの巨大な瞳が、弥子へ向く。

 

「桂木弥子」

 

弥子はびくりとした。

 

「は、はい!」

 

Xiも驚く。

 

「名前、知ってるのか……」

 

サンダードラゴンは静かに言った。

 

「我らが盟主、LEDが世話になっている。礼を言おう」

 

弥子は言葉を失った。

 

「礼って……私に、ですか?」

 

「そうだ」

 

サンダードラゴンの声が、ゆっくりと山に響く。

 

「とくに、そこの少女。桂木弥子。お前には、幾度となく助けられているようだな」

 

弥子は困ったように、すえぞうを見た。

 

すえぞうは、相変わらず空を見上げたり、弥子を見たりしている。

 

「私は、別に……そんな大したことは」

 

「お前は、彼を恐れなかった」

 

サンダードラゴンは続ける。

 

「珍獣としても、兵器としても、神秘としても扱わなかった。

 ただ、腹を空かせた幼きものとして、隣にいた」

 

弥子の胸が、少し詰まった。

 

すえぞうが、こちらを見上げる。

 

「ヤコ」

 

弥子は小さく笑った。

 

「だって、すえぞうはすえぞうだから」

 

その言葉に、サンダードラゴンは静かに目を細めた。

 

「それが、何より尊い」

 

周囲に、言葉がなくなった。

 

キラはそのやり取りを見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

成体のドラゴンは、神のように巨大で、圧倒的で、恐ろしい。

だが、その存在が見ているのは、力や血統だけではない。

 

小さな日常。

名前を呼ぶこと。

食べ物を分けること。

危ないものを取り上げること。

頭を撫でること。

 

それもまた、ドラゴンにとっては意味を持つのだ。

 

ソープは、少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。

 

「すえぞう、ちゃんと見守られていたんだね」

 

ログナーは無言で、しかし深く姿勢を正している。

 

カイエンも、いつもの軽い笑みを消していた。

 

「ドラゴンってのは、やっぱり格が違うな」

 

Xiは小さく呟く。

 

「すえぞうも、いつかああなるのか……」

 

バクスチュアルが答える。

 

「可能性、アル」

 

「想像できないけど、想像できるのが怖いな」

 

サンダードラゴンの視線が、Xiへ移った。

 

「怪盗Xi」

 

Xiは思わず背筋を伸ばした。

 

「はい」

 

「盟主を守る者の一人と聞く」

 

「いや、俺は外注契約で、正式な――」

 

ログナーが横から低く言う。

 

「余計なことを言うな」

 

Xiは口を閉じた。

 

サンダードラゴンは、わずかに首を傾けた。

 

「名や契約の形は、人のものだ。だが、行いは見えている」

 

Xiは何も言えなかった。

 

バクスチュアルが、静かにXiの隣に立つ。

 

サンダードラゴンはそれを見て、何かを理解したように目を細めた。

 

「その道を行くなら、重いものを背負うことになる」

 

Xiは苦笑した。

 

「最近、いろんな人にそれを言われてる気がする」

 

「ならば、それを聞くがよい」

 

「……はい」

 

すえぞうが、てとてとと前へ出た。

 

弥子が思わず手を伸ばす。

 

「すえぞう?」

 

サンダードラゴンは、すえぞうへ首を低くした。

 

成体の巨大な竜が、幼いドラゴンに頭を垂れる。

 

その光景は、奇妙で、厳かで、どこか泣きたくなるほど優しかった。

 

すえぞうは、サンダードラゴンの鼻先を見た。

 

「デカイ」

 

Xiが小声で言う。

 

「そこは変わらないんだな」

 

すえぞうは少し考えた。

 

「カッコイイ」

 

サンダードラゴンの瞳に、雷光のようなものが揺れた。

 

「健やかであれ、LED」

 

すえぞうは胸を張った。

 

「うっす」

 

「腹を満たし、よく眠り、よく笑え」

 

Xiが小声で言う。

 

「ドラゴンの祝福が、思ったより生活密着型だ」

 

ソープが微笑む。

 

「幼体には大事なことだよ」

 

すえぞうは、少しだけ首をかしげた。

 

「エライ?」

 

サンダードラゴンは、静かに答えた。

 

「エライ」

 

弥子は思わず笑った。

 

「よかったね、すえぞう」

 

すえぞうは嬉しそうに羽を揺らした。

 

「うっす」

 

露伴は、その光景を見ていた。

 

ペンはまだ動かしていない。

 

Xiが横目で見る。

 

「先生、本当に描かないんだ」

 

露伴は小さく息を吐く。

 

「描きたいに決まっている」

 

「だろうね」

 

「だが、これは……軽々しく紙に閉じ込めるものじゃない」

 

Xiは少し驚いた顔をした。

 

露伴はサンダードラゴンから目を離さない。

 

「記憶に焼きつける。今はそれで十分だ」

 

キラは、その言葉が少しわかった。

 

目の前の存在は、図鑑のためにいるのではない。

絵のためにいるのでもない。

こちらの理解の範囲に収まるためにいるのでもない。

 

ただ、そこにいる。

 

それだけで、山も、空も、人も、静かになる。

 

サンダードラゴンは、最後にもう一度すえぞうを見た。

 

「我らが盟主よ。今しばらく、その姿で在るがよい」

 

すえぞうは言った。

 

「ハラへった」

 

場の空気が、一瞬だけ揺らいだ。

 

Xiが吹き出す。

 

「そこで!?」

 

弥子も笑ってしまう。

 

「すえぞうらしいね」

 

サンダードラゴンは、怒らなかった。

 

むしろ、その声にどこか柔らかさが混じった。

 

「……健やかで何よりだ」

 

Xiは腹を抱えそうになる。

 

「そこ評価するんだ」

 

ソープも笑った。

 

「ドラゴンにとっても、健やかな食欲は大事なのかもしれないね」

 

サンダードラゴンは翼を広げた。

 

空気が震える。

山の木々がざわめく。

雷光が翼の縁を走る。

 

「では、またいずれ」

 

ソープが静かに手を上げる。

 

「ありがとう。会えてよかった」

 

「こちらこそ、光の帝」

 

次の瞬間、サンダードラゴンは空へ舞い上がった。

 

一度羽ばたくだけで、風が一行の髪を揺らす。

二度目の羽ばたきで、巨体は山の上へ。

三度目には、夕暮れの空に雷光の線だけを残して、雲の向こうへ消えていった。

 

しばらく、誰も喋らなかった。

 

やがて、キラがぽつりと言った。

 

「……すごかった」

 

ラクスが静かに頷く。

 

「ええ。命そのものが、空を飛んでいるようでしたわ」

 

露伴は、ようやくスケッチブックを閉じた。

 

何も描かれていない。

 

「……悔しいな」

 

Xiが聞く。

 

「描けなかったから?」

 

「違う」

 

露伴は空を見上げた。

 

「描かない方がいいと思ってしまったことがだ」

 

Xiは少し笑った。

 

「先生にしては、かなり珍しいね」

 

「うるさい」

 

弥子は、すえぞうのそばにしゃがみ込んだ。

 

「すえぞう」

 

「うっす」

 

「びっくりした?」

 

すえぞうは少し考えた。

 

「スゴイ」

 

「うん。すごかったね」

 

「デカイ」

 

「うん」

 

「カッコイイ」

 

「うん」

 

少し間を置いて。

 

「ハラへった」

 

弥子は笑った。

 

「じゃあ、帰ったら何か食べようか」

 

「うっす」

 

Xiはそのやり取りを見て、肩の力を抜いた。

 

「……まあ、今はそれでいいんだな」

 

バクスチュアルが隣で言う。

 

「今ハ」

 

Xiは彼女を見る。

 

「今は、ね」

 

ソープは、空を見上げていた。

 

「すえぞうも、いつかああなるのかな」

 

ラキシスが微笑む。

 

「けれど今は、すえぞうです」

 

弥子も頷いた。

 

「はい。今はすえぞうです」

 

すえぞうは胸を張る。

 

「エライ?」

 

Xiは笑った。

 

「ああ、エライ」

 

キラもすえぞうを見た。

 

巨大なサンダードラゴンを見た後だというのに、目の前のすえぞうは変わらない。

 

小さくて。

腹を空かせていて。

褒められると嬉しそうで。

でも、いつか星団の空を支配するかもしれない存在。

 

それを知ってしまったからこそ、今の姿が少しだけ眩しかった。

 

帰り道、すえぞうはいつものようにてとてと歩いた。

 

「ハラへった」

 

弥子が笑う。

 

「はいはい。帰ったらご飯ね」

 

Xiが言う。

 

「ドラゴンの盟主も、ご飯待ちか」

 

すえぞうは振り向いた。

 

「うっす」

 

それで、みんな少し笑った。

 

雷の竜は、空へ帰った。

山は再び静かになった。

 

けれど、その日から。

 

すえぞうを見る目は、少しだけ変わった。

 

ただし、すえぞう自身は変わらない。

 

「ハラへった」

 

その声が聞こえる限り。

 

彼はまだ、みんなの知っているすえぞうだった。

 

 

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