守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「今日は、軽いものにしようと思うんです」
泉京香がそう言った時、怪盗Xiは少しだけ警戒した。
場所は、いつものカフェテラスではない。
商店街から少し外れた路地にある、昔ながらの鉄板焼き店だった。
看板には、大きくこう書かれている。
**もんじゃ焼き・お好み焼き・そばめし**
店内には、鉄板の熱とソースの香りが漂っている。
桂木弥子は、入口に立った瞬間から目を輝かせていた。
「軽いもの……!」
Xiは横目で見る。
「弥子、その反応は“軽い”に対する反応じゃない」
すえぞうは、弥子の足元で胸を張る。
「ハラへった」
「うん、すえぞうも食べようね」
「うっす」
泉はメニューを見ながら説明する。
「前回はHEXA-BOOSTでかなり重い話になりましたから、今回は普通に食事をしましょう。怪しい栄養ドリンクも、シックス製品もなしです」
Xiは店内を見回した。
「六の字は?」
泉は即答する。
「ありません」
「移動販売車じゃない?」
「違います」
「店が食べ終わったあと消える可能性は?」
「普通のお店です」
弥子が笑う。
「Xi、警戒しすぎ」
Xiは真顔で言う。
「このメンツで食べ歩きして何回罠踏んだと思ってるんだ」
その時、奥の席から低い声がした。
「やれやれだぜ」
空条承太郎が、すでに席に座っていた。
弥子が驚く。
「承太郎さん、先に来てたんですか?」
「店の場所を確認しておいた」
Xiが椅子に座りながら言う。
「なんでそんなに準備いいんだよ」
承太郎は帽子のつばに指をやった。
「もんじゃは、段取りが大事だ」
その一言に、ソープが興味深そうに反応した。
「段取り」
ラキシスはソープの隣に座りながら、微笑む。
「ソープ様、鉄板に近づきすぎませんように」
「うん。気をつけるよ」
ファティマ・バクスチュアルは、小さなヘラを見て首をかしげていた。
「小サイ、武器」
Xiが即座に言う。
「武器じゃない。食器」
バクスチュアルは、ヘラを指先で持つ。
「鉄板、削ル」
「まあ、ちょっと武器っぽいけど」
泉が言う。
「食器です」
バクスチュアルは頷いた。
「食器」
少し間を置いて。
「小サイ、武器ノ、食器」
Xiは諦めた。
「まあ、それでいいか」
メンバーは、弥子、すえぞう、Xi、バクスチュアル、泉、承太郎、ソープ、ラキシス。
さらに、キラとラクスも少し遅れて到着した。
キラは鉄板を見て、少し戸惑ったように言う。
「これ、自分たちで焼くんだね」
ラクスは楽しそうに微笑む。
「文化調査ですわね」
Xiが半眼になる。
「最近、食べ歩きがだいたい文化調査で許されてる」
弥子は力強く言った。
「食文化調査です!」
承太郎はメニューを見て、淡々と言った。
「まずは基本のもんじゃだ。明太もちチーズは後でいい」
弥子が反応する。
「明太もちチーズ!」
「後だ」
「はい」
Xiが驚く。
「承太郎が仕切ると弥子が止まる……」
泉が感心したように言う。
「説得力がありますね」
承太郎は、注文を済ませると、鉄板の前に座り直した。
やがて、具材の入ったボウルが運ばれてくる。
キャベツ。
揚げ玉。
桜えび。
切りいか。
そして、薄い液体生地。
ソープは身を乗り出した。
「これは、お好み焼きとはかなり違うね」
承太郎が言う。
「先に具だけ焼く」
弥子がヘラを持つ。
「はい!」
「焦るな」
弥子の手が止まる。
すえぞうも鉄板を見つめている。
「ウマイ?」
承太郎はすえぞうを見た。
「待て」
すえぞうは胸を張った。
「うっす」
Xiは小声で言う。
「すえぞうまで止めた」
キラが少し笑う。
「承太郎さん、すごいね」
承太郎は具材を鉄板の上へ乗せる。
ジュウ、と音がした。
弥子の目が輝く。
「いい音!」
泉が言う。
「飛び散らないように気をつけてくださいね」
承太郎は具材を細かく刻むように炒めながら言った。
「キャベツをよく刻め。大きいままだと食いづらい」
バクスチュアルが、小さなヘラを握る。
「刻ム」
Xiが慌てる。
「待て待て、バクスチュアルはこっちの小さいヘラじゃなくて、大きいヘラを使った方が」
バクスチュアルは大きなヘラに持ち替えた。
「大キイ、武器」
「だから武器じゃない」
ソープは、承太郎の手元を見つめる。
「これは、料理というより、共同作業なのだね」
泉が頷く。
「もんじゃ焼きは、みんなで鉄板を囲むのが楽しいんです」
ラキシスが微笑む。
「皆様で少しずつ作りながらいただくのですね」
承太郎は炒めた具材を円形に整え始めた。
ソープが目を細める。
「これは?」
承太郎が短く言う。
「土手だ」
ソープは真剣に頷く。
「土手」
キラが首をかしげる。
「治水工事みたいだね」
Xiが言う。
「俺も今そう思った」
泉が説明する。
「具材で輪を作って、中央に生地を流し込むんです」
弥子が得意そうに言う。
「ここで失敗すると決壊します!」
ソープの目が輝いた。
「決壊」
Xiが嫌な予感を覚える。
「ソープ様、今の単語に興味持たないでください」
承太郎はボウルを持つ。
「汁を入れる」
弥子が身を乗り出す。
「いよいよ!」
「騒ぐな。こぼす」
「はい」
承太郎は慎重に生地を土手の中へ流し込んだ。
薄い生地が、具材の輪の内側でじゅわじゅわと音を立てる。
ソープは感心したように言う。
「なるほど。土手で液体を留め、熱によって少しずつ固めていく。これは面白い」
ラクスが微笑む。
「完成品を待つというより、変化の過程を楽しむ料理なのですね」
「そうだ」
承太郎は短く答える。
「焦ると失敗する」
弥子が頷いた。
「もんじゃ、奥が深い……」
Xiが呟く。
「食べ物が絡むと、弥子の学習意欲が高い」
泉が真面目に言う。
「良いことです。ただし食べすぎには注意です」
やがて、中央の生地が少しずつ粘りを持ち始めた。
承太郎は具材と生地を混ぜ、鉄板の上へ薄く広げる。
「ここから食う」
弥子が小さなヘラを構える。
「待ってました!」
すえぞうも覗き込む。
「ハラへった」
「熱いから少し冷まして」
弥子は、小さなヘラで端を取る。
しかし、初めての者には加減が難しい。
ソープが、小さなヘラを見つめる。
「これで、掬うというより、貼り付いた部分を取るのかな」
承太郎が頷く。
「押し付けて、少し焦がして食う」
キラが試す。
「こう……かな」
小さなヘラに少しだけもんじゃが付く。
キラは口に運び、目を少し開いた。
「……おいしい」
ラクスも一口食べる。
「香ばしくて、不思議な食感ですわ」
ソープも慎重にヘラを使った。
「なるほど。これは、完成形が一つに定まらない料理だね」
Xiは感心する。
「また文化調査っぽいこと言ってる」
ソープは微笑む。
「鉄板の上で、常に変化している。食べる人が少しずつ関わることで、その時々の味になる」
ラキシスが微笑む。
「ソープ様、お上手です」
「ありがとう、ラキシス」
バクスチュアルは、小さなヘラでもんじゃを取ろうとしていた。
「付カナイ」
Xiが手元を見る。
「もう少し押し付けて」
バクスチュアルはヘラを鉄板に押し付ける。
「押ス」
「そう」
「焼ク」
「そう」
「食ベル」
「そう」
バクスチュアルは、ほんの少しだけもんじゃを口にした。
「……熱イ」
Xiが慌てる。
「だから冷ましてって」
「デモ、ウマイ」
Xiは少し笑った。
「そっか」
弥子は、黙々とヘラを動かしていた。
泉が気づく。
「弥子さん、ペースが早いです」
「もんじゃ、小さいヘラだから、つい何度もいっちゃいますね」
Xiが言う。
「それが罠だな」
すえぞうにも、冷ました一口分が渡される。
「ウマイ」
弥子が笑う。
「すえぞう、もんじゃ気に入った?」
「うっす」
少し間を置いて。
「ハラへった」
Xiは即座に言った。
「やっぱり腹にはたまらないか」
泉が頷く。
「弥子さんとすえぞうには、そばめしの方が向いているかもしれませんね」
弥子の目が光る。
「そばめし!」
承太郎が短く言う。
「あとで頼む」
「はい!」
Xiは承太郎を見る。
「もう完全に店の司令塔だな」
承太郎は帽子のつばを下げた。
「やれやれだぜ」
一枚目のもんじゃが終わると、次は明太もちチーズもんじゃが運ばれてきた。
弥子は明らかにテンションが上がっている。
「来ました!」
泉が言う。
「焦らないでください」
承太郎が淡々と仕切る。
「具を焼く。土手を作る。汁を入れる。崩すな」
ソープが真剣に見ている。
「二度目だから、少し理解できてきたよ」
Xiが言う。
「ソープ様がもんじゃの土手を理解していく」
ラキシスは穏やかに微笑む。
「よい文化調査です」
バクスチュアルはチーズが溶ける様子を見つめていた。
「白イ。伸ビル」
Xiが言う。
「チーズだね」
「粘性、高イ」
「食べ物を分析しながら見るな」
「美味シソウ」
Xiは少しだけ黙った。
「……それは良い分析」
明太もちチーズもんじゃは、先ほどよりも濃厚だった。
弥子は一口食べて、幸せそうに目を閉じる。
「おいしい……!」
すえぞうも、冷ましたものを食べる。
「ウマイ」
キラも少し笑う。
「これは人気が出そうだね」
ラクスが頷く。
「明太子とチーズという組み合わせが面白いですわ」
ソープは、餅が伸びる様子を見ていた。
「これも、食感の変化を楽しむ料理なのだね」
Xiが言う。
「ソープ様、そろそろもんじゃ論文書けそうですね」
泉が真面目に言う。
「余計な研究に発展しなければ良いのですが」
Xiは即座に頷く。
「すえぞうを絡めたテロワールだけはやめてください」
ソープは少し笑った。
「今日は絡めないよ」
泉が見た。
「今日は?」
ラキシスが優しく言う。
「ソープ様」
「うん。今後も絡めない」
泉はほっとした。
「安心しました」
その時、店員が次の注文を取りに来た。
「青のり、お使いになりますか?」
場が一瞬止まった。
Xiが即答する。
「別皿で」
弥子が笑う。
「まだ引きずってる!」
すえぞうが口を動かす。
「マエバ……」
泉が神妙に頷く。
「学習は大事です」
承太郎が短く言った。
「別皿でいい」
Xiは少し得意げに言う。
「承太郎も認めた」
「やれやれだぜ」
そばめしが運ばれてきた。
鉄板の上で、焼きそばとご飯、ソース、具材が混ざっていく。
そしてそれをさらに細かく切り刻む。
弥子の目が完全に輝いた。
「これは……お腹にたまりそう!」
Xiが言う。
「ようやく本音が出たな」
泉が真面目に頷く。
「もんじゃは楽しいですが、満腹感ではそばめしが強いですね」
すえぞうは身を乗り出す。
「ハラへった」
承太郎はそばめしを手際よく広げ、少し焦げ目を作る。
「焦げたところがうまい」
弥子は尊敬の目で見ていた。
「承太郎さん、鉄板奉行ですね」
Xiが小さく笑う。
「海洋学者でスタンド使いで鉄板奉行」
キラも笑う。
「肩書きが増えたね」
そばめしは、期待通りだった。
ソースの香り。
焼きそばの食感。
ご飯の満足感。
鉄板の焦げ。
弥子は一口食べて、深く頷いた。
「これは強い」
Xiが聞く。
「何に対して?」
「空腹に対して」
「正しい」
すえぞうも冷ましたそばめしを食べる。
「ウマイ」
少し間を置く。
「ハラへった」
Xiは目を閉じた。
「効いてない」
泉が冷静に言う。
「すえぞう基準では、まだ軽食なのかもしれません」
弥子が感心する。
「すえぞう、すごいね」
「エライ?」
「エライ!」
承太郎がぼそりと言う。
「食いすぎだ」
すえぞうは胸を張る。
「うっす」
食事が進むにつれて、重かった前回の空気は少しずつほどけていった。
HEXA-BOOSTの話。
ヘキサクス社員の被害。
シックスの悪意。
それらは消えたわけではない。
でも、今は鉄板を囲んでいる。
熱いものを冷まして食べる。
焦げたところを分ける。
青のりを別皿にする。
すえぞうの分は小さくして冷ます。
弥子の食べる量に泉が注意する。
そういう、普通の時間だった。
キラは、少しだけ安心した顔で言った。
「こういう時間、大事だね」
ラクスが頷く。
「ええ。疲れた後には、ちゃんと休んで、ちゃんと食べることが大切ですわ」
泉も微笑む。
「その通りです」
Xiは鉄板の上のそばめしを見ながら言った。
「三日三晩働けるドリンクより、こういう方がよっぽど回復するな」
バクスチュアルが頷く。
「食ベル。休ム。話ス」
「うん」
「大事」
Xiは少しだけ笑った。
「だね」
ソープは、残ったもんじゃの焦げ目を見ながら言った。
「もんじゃ焼きは、不思議だね」
泉が少し警戒する。
「不思議、とは?」
「完成品を一人で食べる料理ではなく、みんなで少しずつ作って、少しずつ食べる。
待つ時間も、失敗しそうな瞬間も、笑いながら共有する」
ラキシスが微笑む。
「ソープ様らしい見方です」
ソープは続けた。
「平和な料理だね」
その言葉に、少しだけ静かな間が生まれた。
承太郎が帽子のつばを下げる。
「やれやれだぜ」
弥子が笑う。
「承太郎さん、今日はありがとうございました。もんじゃ、すごくわかりやすかったです」
「覚えれば難しくない」
Xiが言う。
「承太郎が仕切ると、全員ちゃんと待つんだな」
泉が頷く。
「大変助かりました」
バクスチュアルは小さなヘラを見つめる。
「小サイ、武器」
Xiが言う。
「最後までそこなんだ」
「デモ、美味シイ、武器」
「食器だって」
すえぞうが言う。
「ウマイ」
弥子が笑う。
「うん、ウマイね」
「ハラへった」
「まだ!?」
承太郎は短く言った。
「追加だな」
弥子の顔がぱっと明るくなる。
「いいんですか!?」
「そばめしをもう一つ頼め。
次は塩味が良い」
Xiが驚く。
「承太郎が追加を許可した」
泉が少し慌てる。
「食べすぎでは?」
承太郎は、すえぞうと弥子を見た。
「止めても無駄だ」
Xiは笑った。
「的確すぎる」
追加のそばめしが運ばれてくる。
鉄板の上に、今度は塩ダレの香りが広がった。
すえぞうは嬉しそうに羽を揺らす。
「うっす」
弥子も小さなヘラを握り直す。
「よーし、第二ラウンド!」
泉はため息をつきながらも、どこか楽しそうだった。
「食べた分、帰りは少し歩きましょうね」
「はい!」
Xiは小さく呟く。
「平和だな」
キラが頷く。
「うん」
ラクスも微笑む。
「とても」
承太郎は、鉄板の上でそばめしを混ぜながら言った。
「焦がすなよ」
全員が、なぜか素直に頷いた。
その日、誰も怪しいドリンクを飲まなかった。
シックスからのメールも来なかった。
移動販売車も消えなかった。
店の看板にも六の字はなかった。
ただ、鉄板の上で、もんじゃとそばめしが焼けていた。
小さなヘラで少しずつ食べる、平和な夜だった。