守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「キラくん、少し聞きたいことがあるんだけど」
レディオス・ソープがそう言った時、キラ・ヤマトは嫌な予感を覚えた。
場所は、いつものカフェテラス。
昼下がりの席には、キラ、ラクス、ソープ、ラキシス、怪盗Xi、ファティマ・バクスチュアル、桂木弥子、泉京香、そしてすえぞうがいた。
すえぞうは、弥子の足元でてとてと歩いている。
「ハラへった」
弥子が反射的に答える。
「あとで何か頼もうね」
「うっす」
キラは、目の前のソープを見た。
「聞きたいこと、ですか?」
「うん。地球圏の兵器開発史を調べていたら、興味深い資料を見つけてね」
Xiがすぐに顔をしかめる。
「ソープ様の“興味深い資料”って、だいたい危険なやつですよね」
泉も小さく頷く。
「念のため、出所を確認してもよろしいでしょうか」
ソープは微笑む。
「大丈夫。今回はヘキサクス関係ではないよ」
Xiは少しだけ安心した。
「それならまあ……」
「ただ、GAT-Xシリーズの初期設計案らしい」
キラの表情が固まった。
「GAT-X……?」
ラクスが穏やかに言う。
「ストライクやイージスと同系列の資料、ということですわね」
キラは、ゆっくりと頷く。
「たぶん……でも、そんな資料が残ってるんですか?」
ソープは端末をテーブルの上に置いた。
「形式番号と、簡易的な設計概念図がいくつか残っていた。もちろん、正式採用されたものではないようだけど」
Xiが言う。
「没案ってことか」
ソープは頷いた。
「初期案のようだね」
端末の上に、小さな立体映像が浮かび上がる。
まず表示されたのは、見慣れた機体名だった。
**GAT-X105 STRIKE**
キラは少しだけ息を吐く。
「ストライク……」
ソープが言う。
「汎用性に優れ、各種ストライカーパックによる換装で状況対応を行う。非常に合理的な設計だね」
キラは頷いた。
「ストライクは、扱いは難しいですけど……ちゃんとした機体です」
Xiが小さく言う。
「“ちゃんとした機体”って言い方、次に出るやつへの予防線みたいだな」
ソープは次のデータを表示した。
**GAT-X106 BALL GUNDAM**
沈黙。
キラは、画面を見つめたまま止まった。
Xiが先に言う。
「ボールガンダム?」
弥子が目を丸くする。
「丸いんですか?」
ソープは真面目に説明する。
「設計概念図を見る限り、球形の重装甲胴体に、ガンダムタイプの頭部を半ば埋め込んだ機体のようだね」
端末に、簡易的なシルエットが映る。
丸い胴体。
短めの手足。
球体の前面に、無理やりガンダム顔がついている。
背面にはスラスター。
下半身には、一応、脚らしきものもある。
泉が言った。
「……顔がある球体は、少し不安になりますね」
Xiが言う。
「転がったら顔も回るの?」
キラは即座に言った。
「回らないでほしい」
バクスチュアルが淡々と見る。
「重心、高イ。姿勢制御、難シイ」
「そこから否定するの、正しい」
弥子がすえぞうを見る。
「すえぞう、ボールだって」
すえぞうは反応した。
「ボール?」
Xiがすぐに止める。
「遊ぶなよ。モビルスーツだ。一応」
すえぞうは首をかしげる。
「オモチャ?」
キラは画面を見たまま、静かに言った。
「不採用で」
ソープが少し笑う。
「理由は?」
「丸いです。地上戦で転がります」
泉が補足する。
「坂道に弱そうですね」
「そうです」
Xiが言う。
「宇宙なら?」
キラは少し考えた。
「宇宙でも、見た目が精神に悪いです」
ラクスが優しく言う。
「キラ」
「ごめん。でも、これは否定したい」
ソープは次のデータを出した。
**GAT-X107 FOUL GUNDAM**
弥子が声に出して読んだ。
「ファールガンダム」
Xiが笑いをこらえる。
「もう野球じゃん」
ソープは設計概念図を表示する。
今度の機体は、細身だった。
肩、腰、脚部、背面に、多数の小型偏向スラスターが付いている。
曲線的で、高速機らしいシルエットではある。
だが、機体各所のスラスター角度が妙にバラバラだった。
ソープは言う。
「高機動回避型のようだ。偏向スラスターを多用して、通常では読みにくい軌道で移動する」
キラは画面を見ながら眉をひそめる。
「回避はできるかもしれません」
Xiが聞く。
「攻撃は?」
キラは少し黙った。
「たぶん、逸れます」
バクスチュアルが短く言った。
「当タラナイ」
Xiが頷く。
「端的」
泉が言う。
「敵に当たらないなら、戦争犯罪を避けられるのでは?」
キラは真面目に返す。
「味方から怒られます」
弥子が小さく笑った。
「ファールだから……」
Xiが言う。
「名前がすでに当たらない宣言なんだよな」
ラクスは少し困ったように微笑む。
「せめて、別のお名前なら……」
キラは静かに言った。
「不採用で」
ソープは楽しそうに次を出す。
**GAT-X108 OUT GUNDAM**
今度の機体は、無骨だった。
全身に厚い装甲。
大きな盾。
肩にも腰にも、予備装甲らしい板がついている。
見た目だけなら、防御重視の量産前提試験機にも見えなくはない。
泉が言う。
「これは、まだ使い道がありそうでは?」
ソープも頷く。
「重装甲型だね。耐弾性は高そうだ」
キラは静かに言った。
「名前がアウトです」
Xiが吹き出す。
「そこまで含めてアウト」
キラは真面目だった。
「被弾前提の機体はあります。防御特化も悪くありません。でも、名前に“アウト”って付いていると、乗る前から負けている気がします」
弥子が頷く。
「たしかに、縁起が悪いですね」
バクスチュアルが言う。
「搭乗者、士気、低下」
泉が感心する。
「心理面の問題ですね」
ラクスが優しくまとめる。
「機体思想は悪くないのに、お名前で損をしていますわね」
キラははっきり言った。
「不採用で」
ソープは次のデータを表示する。
**GAT-X109 SAFE GUNDAM**
画面に出た機体は、先ほどまでとは少し雰囲気が違った。
白を基調とした丸みのある装甲。
大型シールド。
肩には救命ポッドのような装備。
腰には緊急脱出ユニット。
脚部には緩衝材のような追加装甲。
センサー類も多い。
ソープは言う。
「生存性と救命装備を重視した設計のようだね」
ラクスが少し表情を和らげる。
「人を守るための思想は感じますわ」
キラも頷く。
「悪くはないです」
Xiが意外そうに見る。
「お、採用寄り?」
キラは首を振った。
「でも、戦場で“セーフ”って名前は精神に悪いです」
泉が首をかしげる。
「安全という意味では?」
「完全に安全じゃなくて、ギリギリ助かった感じがします」
Xiが言う。
「たしかに。“セーフ!”って言われると、毎回危なかったんだなってなる」
バクスチュアルが言う。
「安全、完全デハナイ」
弥子が真剣な顔をする。
「パイロットの精神に悪そうですね」
キラは頷いた。
「戦闘中に“セーフガンダム、出ます”って言いたくない」
ソープは少し考える。
「言われてみれば、救命思想と名称の印象が噛み合っていないね」
ラクスは優しく言った。
「名前を変えれば、あるいは」
キラは少しだけ悩んだ。
「……名称変更前提なら、検討です」
Xiが笑う。
「お、初の条件付き」
泉が記録するような仕草をする。
「GAT-X109、名称変更前提で保留」
キラが慌てる。
「本当に記録しなくていいです」
ソープは最後のデータを表示した。
**GAT-X110 HOME RUN GUNDAM**
全員が、しばらく黙った。
表示された機体は、いっそ潔かった。
肩幅が広い。
脚部も太く、踏ん張るための大型スタビライザーがある。
背面にはスイング時の姿勢制御用らしき大型スラスター。
そして、両手には巨大なバット型の対艦打撃兵装。
弥子が目を輝かせた。
「強そう!」
Xiが言う。
「名前だけはな」
ソープは楽しそうに説明する。
「当たれば、戦艦クラスの装甲にも大きな打撃を与える想定らしい」
キラは即座に言った。
「当たれば、ですよね」
その時、カフェテラスの外から声がした。
「悪くねぇナ」
Xiが顔をしかめる。
「出た」
ダグラス・カイエンが、いつの間にか近くに立っていた。
泉が驚く。
「またいつの間に……」
カイエンは端末の機体図を見て、にやりと笑う。
「当てりゃいいんだろ?」
キラは困った顔で言った。
「それができる人基準で兵器を作らないでください」
カイエンは肩をすくめる。
「踏み込んで、振り抜きゃ終わりだ」
泉が言う。
「それができる人は、ごく一部です」
Xiも頷く。
「師匠基準で採用されたら、一般兵が死ぬ」
バクスチュアルが端末を見る。
「大型打撃兵装。命中時、威力、高イ。外レタ時、隙、大キイ」
「すごく冷静な評価」
ラクスは微笑みながら言う。
「ロマンはありますけれど、運用は難しそうですわね」
弥子が言う。
「でも、ホームランって響きはいいですよね!」
キラは首を振った。
「戦艦を場外に飛ばす必要はありません」
Xiが小声で言う。
「今、ちょっと想像した?」
キラは目を逸らした。
「少しだけ」
カイエンが笑う。
「やっぱり悪くねぇじゃねぇか」
キラは強く言った。
「不採用で」
ソープは端末を閉じた。
「なるほど。こうして見ると、ストライクが残った理由がよくわかるね」
キラは深く息を吐いた。
「本当に、よくわかります」
ソープは真面目に言った。
「ボールガンダムは構造が極端。ファールガンダムは運動性に寄りすぎ。アウトガンダムは防御型としては惜しいが名称が悪い。セーフガンダムは生存性の思想は評価できるが精神面に問題。ホームランガンダムは打撃力の発想は豪快だが、運用者を選びすぎる」
Xiが言う。
「ソープ様が真面目にまとめると、余計にひどさが際立つな」
泉も頷く。
「極端な試作案があるからこそ、ストライクの汎用性が際立つということですね」
ソープは微笑む。
「そうだね。ストライクは、名前も設計もまっすぐだ」
キラは少しだけ、懐かしそうな顔をした。
「……換装で、どんな状況にも対応する。難しいけど、ちゃんと意味のある機体でした」
ラクスが優しく言う。
「キラが乗った機体ですもの」
キラは少し照れたように視線を逸らした。
「うん」
すえぞうが、端末の消えた場所を見上げる。
「ボール?」
Xiが言う。
「もうないぞ」
「オモチャ?」
「違う。違ってよかった」
弥子が笑った。
「でも、ボールガンダムがあったら、すえぞう遊びそうですね」
キラは少し青ざめる。
「やめて。想像したくない」
カイエンが腕を組む。
「で、ホームランガンダムは本当に作らねぇのか?」
泉が即答する。
「作りません」
カイエンはつまらなさそうに言う。
「つまんねぇナ」
Xiが呟く。
「師匠が乗ったら、たぶん本当に戦艦飛ばすからな……」
バクスチュアルが言う。
「危険」
「うん。危険」
ソープは端末を片付ける。
「今日は面白い文化調査だったよ」
泉が言う。
「兵器開発史を文化調査と呼んでよいのかは悩みますが」
ラクスが微笑む。
「結果的に、ストライクの良さを再確認できたのではありませんか?」
キラは少しだけ笑った。
「そうですね。少なくとも、僕はストライクでよかったです」
Xiが言う。
「ファールガンダムじゃなくて?」
「本当に」
「ボールガンダムでもなく?」
「本当に」
「ホームランガンダムなら?」
キラは少しだけ間を置いた。
「……カイエンさんなら」
カイエンが笑う。
「言うじゃねぇか」
キラは慌てて言った。
「僕は乗りません」
弥子が手を挙げる。
「じゃあ、今日は野球っぽくホットドッグとか食べます?」
Xiがすぐに突っ込む。
「最後まで野球に寄せるな」
すえぞうは元気よく言った。
「ハラへった」
泉が少し笑う。
「では、普通のおやつにしましょう。ボールもバットも関係ないもので」
ソープが少しだけ考える。
「ボール型のシュークリームなら――」
キラが即座に言った。
「否定します」
ラクスが口元に手を当てて笑った。
すえぞうは、よくわかっていないまま胸を張る。
「うっす」
結局、その日も普通のおやつが注文された。
ボールガンダムは採用されなかった。
ファールガンダムも、アウトガンダムも、ホームランガンダムも採用されなかった。
セーフガンダムだけは、名前を変えれば少し検討の余地があったかもしれない。
だが、最終的に残ったのはストライクだった。
キラ・ヤマトは、改めて思った。
ストライクでよかった。
本当に、心からそう思った。