守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
「もう一人紹介したい人がいるんだ」
キラ・ヤマトがそう言った瞬間、怪盗Xiは少しだけ身構えた。
場所は、いつものカフェテラス。
前回、キラはアスラン・ザラを紹介した。
その結果、アスランが自己紹介の流れでラクスの元婚約者であることを自分から明かし、場の相関図が一時的に爆発した。
だからXiは、今回も警戒していた。
「また濃い人間関係が出てくるんじゃないだろうな」
キラは苦笑した。
「今回は大丈夫だと思う」
アスラン・ザラは、キラの隣で真面目な顔をしている。
「シンは優秀なパイロットだ」
「アスラン、今日は紹介を先に僕がするからね」
「わかっている」
キラは少しだけ不安そうにアスランを見た。
「本当に?」
「本当だ」
ラクス・クラインは穏やかに微笑んでいる。
桂木弥子は興味津々。
泉京香は念のため手帳を開いている。
ファティマ・バクスチュアルはXiの隣で静かに座っている。
レディオス・ソープとラキシスも、いつものように柔らかく見守っていた。
そして、足元ではすえぞうが言った。
「ダレ?」
弥子が答える。
「今から来る人だよ」
「ハラへった」
「それはあとでね」
そこへ、一人の少年がやって来た。
黒髪に赤い瞳。
表情は少し緊張しているが、キラを見た瞬間、ぱっと明るくなる。
「キラさん! お待たせしました!」
キラは微笑んだ。
「大丈夫。来てくれてありがとう、シン」
少年――シン・アスカは、きびきびと姿勢を正した。
キラはみんなに向き直る。
「こちら、コンパス所属のシン・アスカ。僕の部下で――」
「シン・アスカです!」
シンが元気よく言った。
「キラさんの部下です!」
一行が、少しだけ止まった。
Xiが言う。
「そこ、自分で強調するんだ」
シンは真顔で頷く。
「大事なので」
バクスチュアルが呟く。
「忠誠心、高イ」
泉が冷静に言う。
「自己紹介の主語が、ややキラさん寄りですね」
キラは少し照れたように笑った。
「シン、普通でいいからね」
「はい! キラさん!」
Xiが小声で言う。
「普通じゃない返事」
弥子はにこにこしている。
「元気な人ですね!」
シンは少し胸を張った。
「はい! よろしくお願いします!」
すえぞうが、てとてと近づく。
「シン?」
シンは少し驚いてしゃがんだ。
「お、お前がすえぞうか。よろしくな」
「ハラへった」
「そ、そうか」
Xiが笑う。
「初手で受け止めたな。優秀」
キラは改めて紹介を続けようとした。
「シンは、すごく腕のいいパイロットで――」
アスランが静かに言った。
「優秀なパイロットだ。かつてキラのフリーダムを撃墜した、フリーダム・キラーでもある」
空気が止まった。
キラが振り向く。
「アスラン?!」
シンも振り向く。
「アスランさん?!」
弥子の目が丸くなる。
「フリーダム・キラー?」
Xiが口元を押さえる。
「また事実爆弾置いた」
泉は手帳を止めた。
「紹介の情報量としては、かなり刺激が強いですね」
バクスチュアルが淡々と言う。
「過去戦績、強烈」
ラクスは少し困ったように微笑んだ。
「アスラン、そこはもう少し穏やかに言ってもよかったかもしれませんわ」
アスランは真面目な顔で言う。
「実力を示すには、わかりやすい戦績だと思った」
キラは額に手を当てた。
「わかりやすいけど、今言わなくていいんだよ」
シンは慌てて両手を振った。
「違います! いや、違わないんですけど! でも今は違います!」
Xiが面白そうに聞く。
「何が違うんだ?」
「今はキラさんの部下です!」
「そこに戻るのか」
シンは必死だった。
「今はキラさんのこと尊敬してますし、ちゃんと指示も聞きますし、もうフリーダムを落としたりしません!」
キラが困った顔で言う。
「シン、そこまで説明しなくていいよ」
「でも、誤解されたら困るので!」
アスランが頷く。
「誤解がないように事実を整理するのは大事だ」
キラがすぐに言う。
「アスランは一回、紹介文をラクスに添削してもらって」
ラクスは口元に手を当てて笑った。
「必要でしたら、喜んで」
アスランは少しだけ真剣に考え込んだ。
「そうか。添削が必要だったか」
Xiが笑う。
「前回から必要だったと思う」
弥子はシンを見る。
「でも、キラさんのフリーダムを落としたって、すごいですね」
シンは一瞬だけ得意げになりかけ、すぐに慌てた。
「いや、すごいとかじゃなくて! あれは昔のことで! 状況も違って! 今はキラさんの部下です!」
泉が言う。
「三回目です」
バクスチュアルが言う。
「部下、強調」
ソープは興味深そうにシンを見ていた。
「過去の敵対関係を越えて、現在は同じ組織で指揮命令系統に入っている。これは、なかなか興味深い関係性だね」
ラキシスが微笑む。
「ソープ様、今日は深掘りしすぎない方がよろしいかと」
「そうかな」
「はい」
キラはシンを見て、優しく言った。
「大丈夫だよ、シン。みんな変に誤解したりしないから」
シンは少しだけ安心したように息を吐いた。
「はい、キラさん」
Xiが言う。
「すごいな。キラさんって言うたび尻尾が見える気がする」
シンが即座に反応する。
「尻尾なんてありません!」
弥子が笑う。
「でも、ちょっと犬っぽいかも」
「犬じゃないです!」
バクスチュアルが静かに言う。
「忠犬」
「違います!」
キラが苦笑する。
「シン、落ち着いて」
「はい! キラさん!」
Xiが肩をすくめる。
「説得力がない」
すえぞうがシンの周りをてとてと歩いた。
「シン」
「なんだ?」
「フリーダム?」
シンは慌てて答えた。
「今は落とさない!」
キラがすぐ言う。
「そこから説明しなくていいよ」
弥子は笑いをこらえきれない。
「すえぞう、すごいところ突いたね」
「うっす」
アスランは真面目に頷いた。
「シンは、かつては感情が先走ることも多かった。だが、今はかなり落ち着いている」
シンがアスランを見る。
「アスランさん、それ褒めてます?」
「褒めている」
「なんか微妙に刺さるんですけど」
「事実だ」
キラが小さく言う。
「アスランの褒め方は、だいたい刺さるんだ」
ラクスが優しく笑う。
「でも、ちゃんと見ているということですわ」
シンは少しだけ照れた。
「まあ……アスランさんには、いろいろ言われてきましたから」
Xiが聞く。
「厳しい先輩?」
シンは一瞬で表情を変えた。
「厳しいです! めちゃくちゃ厳しいです!」
アスランは平然としている。
「必要なことを言っただけだ」
シンは言う。
「その“必要なこと”が毎回痛いんですよ!」
泉が頷く。
「正論が刺さるタイプですね」
Xiが泉を見る。
「泉さんもだいぶそっち側だけどな」
泉は涼しい顔で言った。
「必要なことを言っているだけです」
シンが小さく呟く。
「同じタイプだ……」
バクスチュアルが言う。
「セイロニスト、複数」
弥子が笑った。
「シンさん、がんばってください」
「はい……」
キラは改めてみんなを見る。
「シンは、少し真っ直ぐすぎるところもあるけど、頼りになるパイロットです。今はコンパスで一緒に動いてくれていて、僕も助けられています」
シンはぱっと顔を上げた。
「キラさん……!」
Xiが言う。
「今、完全に褒め待ちの顔してたな」
「してません!」
ラクスは柔らかく微笑む。
「シンは本当に頑張ってくれていますわ」
シンは背筋を伸ばした。
「ありがとうございます、ラクスさん!」
アスランも静かに言う。
「お前は優秀だ。だからこそ、突っ走りすぎるな」
シンは一瞬むっとしたが、すぐに頷いた。
「……はい」
キラは笑う。
「そこも前よりずっと良くなったよね」
シンは少し照れながら言った。
「キラさんに言われると、嬉しいです」
Xiが小声で言う。
「忠犬度が上がった」
「聞こえてます!」
弥子は楽しそうに手を挙げた。
「質問していいですか?」
シンは姿勢を正す。
「はい!」
「シンさんは、キラさんのどこを尊敬してるんですか?」
シンは即答しようとして、少しだけ考えた。
そして真面目に言った。
「強いところです。でも、それだけじゃなくて……ちゃんと人を見てくれるところです。無理に押さえつけるんじゃなくて、任せてくれる。信じてくれる。だから、俺も応えたいって思います」
場が少し静かになった。
キラは少し照れたように目を逸らす。
「そんな大げさなことはしてないよ」
シンは首を振った。
「してます」
アスランは静かに頷く。
「キラはそういうところがある」
ラクスも微笑む。
「ええ」
Xiは少しだけ優しい表情になった。
「へえ。ちゃんと部下してるんだな」
シンは胸を張る。
「はい! キラさんの部下です!」
泉が言う。
「四回目です」
弥子が笑う。
「でも、いいですね。尊敬できる上司がいるって」
シンは嬉しそうに頷いた。
「はい!」
すえぞうがシンを見上げる。
「ブカ?」
シンが少し考える。
「部下っていうのは……上の人の指示を聞いて、一緒に頑張るってことだ」
すえぞうは胸を張った。
「うっす」
Xiが言う。
「すえぞう、今わかった顔したけど、たぶん食べ物の話だと思ってるぞ」
すえぞうは言った。
「ハラへった」
「ほらな」
シンは笑った。
「わかりやすいな、お前」
「うっす」
キラは少し安心したように言った。
「よかった。ちゃんと紹介できた気がする」
Xiが言う。
「途中でフリーダム・キラー爆弾があったけどな」
キラはアスランを見た。
「アスラン」
アスランは少しだけ視線を逸らす。
「次からは言い方を考える」
ラクスが微笑む。
「よい心がけですわ」
泉が手帳に何かを書き込んだ。
弥子が覗き込む。
「何を書いてるんですか?」
泉は読み上げる。
「シン・アスカさん。コンパス所属。キラさんの部下であることを強く自認。優秀なパイロット。過去の戦績には触れ方注意。忠誠心高め」
シンが慌てる。
「忠誠心って書かないでください!」
バクスチュアルが言う。
「事実」
「事実でも!」
Xiが笑う。
「今日も事実が刺さるな」
ソープは穏やかに言った。
「でも、よい紹介だったと思うよ。過去に何があっても、今の関係は今の言葉で示せる」
シンは少しだけ驚いたようにソープを見た。
キラは頷いた。
「うん。シンは今、一緒に戦ってくれる大事な仲間です」
シンは、また少しだけ照れた。
「はい。俺、頑張ります」
ラクスが言う。
「無理をしすぎない範囲で、ですわ」
アスランも続ける。
「突っ走るなよ」
シンは少しだけ唇を尖らせた。
「わかってます」
Xiが言う。
「わかってますって顔じゃないな」
「わかってます!」
弥子が笑う。
「じゃあ、自己紹介も終わったし、何か食べましょう!」
すえぞうが元気よく言った。
「ハラへった!」
シンがメニューを見て言う。
「俺、何でもいいです。キラさんは何にします?」
Xiがすかさず言う。
「食べ物までキラさん基準」
シンが反論する。
「違います!」
キラは笑いながら言った。
「シン、自分の好きなものを選んでいいんだよ」
シンは少しだけ考えた。
「じゃあ……ハンバーグで」
すえぞうが反応する。
「ハンバーグ?」
弥子も反応する。
「ハンバーグ、いいですね!」
泉が言う。
「軽めにする予定だったのでは」
弥子は真剣な顔で言った。
「ハンバーグは心の軽食です」
泉は即座に返す。
「重いです」
Xiが笑った。
「出た、セイロニスト」
シンはそのやり取りを見て、少しだけ笑った。
アスランが言う。
「賑やかだろう」
シンは頷く。
「はい。なんか、いいですね」
キラは嬉しそうに言った。
「でしょ?」
その日、一行はハンバーグを注文した。
シン・アスカの紹介は、軽く済むはずだった。
だが、アスランの事実爆弾により、フリーダム・キラーという過去までうっかり紹介されてしまった。
それでも、シンは何度も言った。
今はキラの部下です。
今はキラさんを尊敬しています。
今は一緒に戦っています。
過去は消えない。
けれど、今の関係は、今の言葉で作れる。
キラは、ハンバーグを前に目を輝かせるシンを見て、少しだけ笑った。
「シン」
「はい、キラさん!」
「これからもよろしくね」
シンは、まっすぐに頷いた。
「はい!」
すえぞうも胸を張って言った。
「うっす!」
そして結局、その日も一番よく食べたのは、弥子とすえぞうだった。