守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
「今日は、君たちを食事に招待したい」
岸辺露伴がそう言った時、キラ・ヤマトは少しだけ驚いた顔をした。
「僕たちを、ですか?」
「そうだ。君とラクス・クラインをだ」
露伴は、当然のように言う。
「腕のいいイタリア料理人の店がある。料理はうまいし、身体にもいい。君たちのように、心身ともに疲労を溜め込んでいそうな人間にはちょうどいいだろう」
ラクス・クラインは穏やかに微笑んだ。
「まあ。お気遣いありがとうございます」
キラは少し苦笑する。
「露伴さんが、そういう気遣いをしてくれるのは意外ですね」
露伴は眉をひそめた。
「失礼だな。僕だって人を食事に誘うことくらいある」
その横で、アスラン・ザラが静かに露伴を見ていた。
「岸辺露伴先生」
「何だい」
「今日は、キラとラクスに何もしないでください」
露伴は不愉快そうに顔を上げる。
「君は初手から失礼だな」
「前回、カイエンさんを取材しようとしていたと聞きました」
「食事に招待しただけだ」
「読もうとしたとも聞きました」
「誰から聞いた」
アスランは答えない。
露伴は小さく舌打ちした。
「情報共有が早いな」
シン・アスカが、少し遅れてやって来た。
「キラさん! ラクスさん! アスランさん!」
そして露伴を見る。
「あ、露伴さんも! 今日はよろしくお願いします!」
露伴はシンを見る。
「君も来るのか」
シンは元気よく頷いた。
「はい! キラさんの部下なので!」
「食事の理由としてはおかしい気がするが」
キラが笑う。
「シンも一緒でいいですよね?」
露伴は少しだけ考えた。
シン・アスカ。
デスティニーのパイロット。
かつてフリーダムを撃墜し、今はキラに強い信頼を向ける若者。
露伴の目が、少しだけ光った。
「まあ、いい。取材対象が増えるのは悪くない」
アスランがすぐに言った。
「露伴先生」
露伴は顔をしかめた。
「まだ何もしていない」
「今、目がしました」
「目がした、とは何だ」
「何かを読む目でした」
露伴は腕を組んだ。
「君は面倒な男だな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めていない」
一行は、トニオ・トラサルディーの店へ向かった。
店は相変わらず小さく、清潔で、温かい雰囲気に包まれていた。
トニオが笑顔で迎える。
「イラッシャイマセ、露伴先生。本日はお連れ様もご一緒デスね」
「今日は四名だ」
露伴がそう言うと、シンがすぐに手を挙げた。
「よろしくお願いします!」
トニオはシンを見て、にこやかに頷く。
「元気なお客様デスね」
「はい!」
アスランが小さく言う。
「返事はいい」
シンが反応する。
「アスランさん、それ褒めてます?」
「褒めている」
「なんか微妙に刺さるんですけど」
キラが苦笑した。
「シン、今日は楽しく食べよう」
「はい、キラさん!」
露伴は席を示す。
「キラとラクスは奥の席へ。僕はその正面に座る」
アスランがすぐに言った。
「俺はキラの隣に座ります」
露伴は眉をひそめる。
「なぜだ」
「何かあった時に止めるためです」
「食事中だぞ」
「食事中だからこそです」
ラクスがくすりと笑った。
「アスラン、今日は少し警戒しすぎではありませんか?」
アスランは真面目な顔で答えた。
「ラクス、露伴先生は油断できない」
露伴は肩をすくめる。
「まだ先生呼びなのは評価しておこう」
「今のところは」
「今のところ?」
トニオは料理の準備を始める前に、一人ひとりを見た。
そして、まずキラの前で少しだけ表情を改めた。
「お客様」
「はい」
「身体よりも、神経がとても疲れていマス」
キラは少し困ったように笑う。
「そうですか?」
アスランが即座に言った。
「そうだ」
シンも続ける。
「そうですよ、キラさん!」
ラクスも静かに頷いた。
「キラは、もう少しご自分を大切になさってくださいませ」
キラは苦笑する。
「みんなして……」
トニオは次にラクスを見る。
「お客様は、笑顔を保つために、呼吸が少し浅くなっていマス」
ラクスは少しだけ目を瞬かせた。
「まあ」
キラの表情が変わる。
「ラクス……」
アスランも真面目に言った。
「無理をしているということだ」
ラクスは柔らかく微笑む。
「アスラン、今日は少し率直ですわね」
「いつも通りだ」
露伴は、そのやり取りを見て、静かにペンを取った。
「少年兵として世界の命運を背負い続けたキラ・ヤマト。政治的象徴として笑顔を保ち続けたラクス・クライン。料理人の診断によって浮かび上がる心身の疲労……これは実に――」
「露伴先生」
アスランが言った。
露伴の手が止まる。
「何だい」
「今、何を記録しようとしましたか」
「食事前の会話だ」
「取材では?」
「観察だ」
「同じです」
露伴は少しだけムッとした。
「違う」
シンは小声でキラに聞く。
「キラさん、露伴さんって危ない人なんですか?」
アスランが答えた。
「油断はするな」
露伴はそちらを見る。
「聞こえているぞ」
シンは姿勢を正した。
「キラさんには近づけさせません!」
キラが慌てる。
「シン、食べてていいから」
「はい! でも守ります!」
露伴はため息をついた。
「面倒な忠犬が増えたな」
シンが即座に言う。
「忠犬じゃありません!」
アスランが言う。
「似たようなものだ」
「アスランさん!」
ラクスは楽しそうに笑っている。
最初の料理が運ばれてきた。
色鮮やかな前菜。
優しい香りのソース。
口に入れると、野菜の甘みと酸味が静かに広がる。
トニオが説明する。
「まずは、緊張をほどく前菜デス。神経の高ぶりを落ち着け、呼吸を整えマス」
キラは一口食べた。
「……おいしい」
その瞬間、キラの肩が少し落ちた。
ずっと力が入っていた場所から、ほんの少しだけ力が抜ける。
ラクスが気づく。
「キラ」
キラは小さく笑った。
「なんだか、少し楽になった気がする」
露伴の目が光る。
「今だ」
「露伴さん」
アスランの声が低くなった。
露伴は眉を上げる。
「……呼び方が少し雑になっていないか?」
「手を止めてください」
「まだ何もしていない」
「今だ、と言いました」
「料理の感想を言うタイミングの話だ」
「違うと思います」
露伴は不満そうにフォークを持ち直した。
「君は僕の担当編集か?」
「違います。警戒担当です」
「そんな担当は頼んでいない」
ラクスも前菜を口にした。
「とても優しい味ですわ」
その表情が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
人前に立つ時の完璧な微笑みではない。
ただ、美味しいものを食べて安心した人の顔だった。
露伴は思わず呟く。
「今の表情はいい。歌姫が人前の仮面を外す瞬間――」
「露伴さん」
アスランが言った。
露伴は固まる。
「また呼び方が変わったな」
「ラクスを取材対象として見るのはやめてください」
「食事の感想を見ていただけだ」
「目が違いました」
「また目か」
シンは前菜を食べて目を輝かせた。
「これ、美味しいです!!」
トニオは嬉しそうに頷く。
「とても良い反応デス」
シンはさらに嬉しそうになる。
「やった!」
露伴が言う。
「君はシンプルだな」
シンは少し不安になる。
「ダメですか?」
「いや。むしろ羨ましいくらいだ」
トニオはシンを見て言った。
「お客様は、感情が胃に出やすいデスね」
シンが固まる。
「俺ですか!?」
アスランが平然と言う。
「出ているだろう」
「アスランさん!」
キラが笑う。
「シン、落ち着いて」
「はい、キラさん!」
露伴は小さく呟く。
「本当にわかりやすい」
次の料理は、温かいスープだった。
身体の中心から温まるような、優しい味。
トニオは説明する。
「これは、眠りの質を整えるためのスープです。身体が休む準備を思い出しマス」
キラはスプーンを止めた。
「休む準備……」
ラクスが静かにキラを見る。
「キラ」
キラは少しだけ困ったように笑う。
「大丈夫。今は、ちゃんと休めてるよ」
アスランが言う。
「ちゃんと、の基準が低い」
キラは苦笑する。
「アスランは厳しいな」
「厳しくしているつもりはない」
「だから厳しいんだよ」
ラクスはスープを飲み、目を細めた。
「本当に、ほっとする味ですわ」
トニオは静かに言う。
「お客様は、人前で強く立つことに慣れすぎていマス。時には、ただ食事をして休むことも必要デス」
ラクスは少しだけ黙った。
それから、ゆっくり頷く。
「ええ。今日は、そういたしますわ」
キラが優しく言う。
「ラクスも、休んでいいんだよ」
ラクスはキラを見る。
「キラもですわ」
二人は、少しだけ笑い合った。
露伴は、その一瞬を見て、指を動かしかけた。
「これは――」
「露伴」
アスランの声が低くなった。
露伴は動きを止める。
「ついに敬称を捨てたな」
「今、何をしようとした」
「何もしていない」
「指が動いた」
「スプーンを持とうとしただけだ」
「スプーンは逆の手です」
露伴は顔をしかめた。
「細かいな、君は」
「キラとラクスのことなら細かくなります」
シンが乗り出す。
「俺も見張ります!」
露伴が睨む。
「君はスープを飲んでいろ」
「飲みます! でも見張ります!」
「器用だな」
シンはスープを飲む。
「美味しいです!」
そして露伴を見る。
「でも見張ってます!」
露伴は心底嫌そうに言った。
「面倒だ」
パスタが運ばれてきた。
香草と魚介の香りが広がる、軽いパスタだった。
シンは一口食べて、ぱっと顔を輝かせる。
「このパスタ、すごく美味しいです! キラさん、これ食べました?」
キラは笑う。
「うん、美味しいね」
「ラクスさんも!」
ラクスは微笑む。
「いただいておりますわ」
「アスランさん、ちゃんと味わってます?」
アスランは真面目に答える。
「味わっている」
露伴が言う。
「君、急に店の回し者みたいだな」
シンは胸を張る。
「美味しいものは、美味しいって言った方がいいです!」
トニオは嬉しそうに言う。
「その通りデス」
キラは、そのやり取りを見て楽しそうに笑った。
露伴は、ほんの少しだけ表情を緩める。
「なるほど。シン・アスカは、感情表現が非常に直接的だ。過去の戦闘経歴に比べて、現在の反応は驚くほど単純で――」
「露伴」
アスランが言った。
露伴はすぐに言い直す。
「率直だ」
シンは首をかしげる。
「今、何か言い直しました?」
キラが苦笑した。
「シンはそのままでいいよ」
「はい、キラさん!」
アスランは露伴から目を離さない。
露伴も不満そうにアスランを見る。
「君は食事を楽しむ気があるのか?」
「ある」
「なら僕を見るのをやめたまえ」
「あなたがキラとラクスを見るのをやめれば」
「料理の席で人を見るなというのか」
「取材の目で見るなと言っている」
露伴は腕を組んだ。
「漫画家から観察を奪う気か」
アスランは即答した。
「キラとラクスに対しては」
「狭いな」
「必要な範囲です」
メイン料理が運ばれてきた。
キラには、胃に負担をかけない軽めの肉料理。
ラクスには、香草と白身魚を使った優しい料理。
アスランとシンにも、それぞれ体調に合わせた皿が置かれる。
トニオは言った。
「この料理は、身体に残った疲労をゆっくり抜きマス。ただし、無理に元気にする料理ではありまセン。休むための料理デス」
キラは静かに頷く。
「休むため……」
一口食べる。
そして、少しだけ目を閉じた。
「……おいしい」
その声は、いつもより少しだけ軽かった。
ラクスも白身魚を口にする。
「本当に、穏やかな味ですわ」
トニオは微笑む。
「お二人とも、強く立つことに慣れていマス。ですが、強く立つためには、座って休む時間も必要デス」
キラとラクスは、互いを見る。
言葉は少なかった。
けれど、その沈黙は悪いものではなかった。
露伴は、その瞬間を逃したくなかった。
キラ・ヤマト。
ラクス・クライン。
戦場でも、政治の場でもない食卓で、ほんの一瞬だけ力を抜く二人。
これは描ける。
これは読める。
これは――。
露伴の手が、わずかに動く。
アスランが立ち上がった。
「貴様」
露伴は固まった。
「いきなり時代劇みたいになったぞ」
アスランの目は本気だった。
「今、何をしようとした」
「まだ何もしていない」
「“まだ”だ」
キラが慌てて言う。
「アスラン、落ち着いて。露伴さん、本当にまだ何もしてないから」
アスランはキラを見ずに言う。
「キラ、“まだ”だ」
シンも慌てて立つ。
「露伴さん! キラさんとラクスさんには何もしないでください!」
露伴は椅子にもたれた。
「まったく。英雄と歌姫の取材には、護衛が多すぎる」
ラクスは口元に手を当てて、少し笑っていた。
「皆さん、心配してくださっているのですね」
露伴は言う。
「僕を危険物扱いしているだけだ」
アスランは即答した。
「危険人物だ」
露伴はアスランを睨む。
「はっきり言ったな」
「事実です」
シンが小さく言う。
「アスランさん、また事実爆弾……」
キラは困ったように笑った。
「露伴さん、ごめんなさい」
「なぜ君が謝る」
「アスランがこうなるのは、僕たちのことを心配してくれているからなので」
露伴は少しだけ黙った。
それから、つまらなそうにフォークを置く。
「わかっている。だから厄介なんだ」
デザートが出る頃には、アスランの呼び方は少しだけ戻っていた。
「露伴さん」
「何だ。敬称が戻ったな」
「食事が終わるまでは、警戒を続けます」
「戻っていなかった」
デザートは、柔らかな甘みのある菓子だった。
シンは一口食べて、満面の笑みを浮かべる。
「これも美味しいです!」
トニオは満足そうに頷く。
「よく味わって食べてくださいネ」
「はい!」
アスランが言う。
「シン、ゆっくり食べろ」
「食べてます!」
「早い」
「美味しいので!」
キラとラクスも、静かにデザートを味わっていた。
キラの肩は、来た時より少しだけ軽そうだった。
ラクスの呼吸も、少しだけ深くなっているように見えた。
露伴は、それを見て小さく息を吐く。
「今日は何も読めなかった」
アスランが言う。
「それでいい」
「君は本当に邪魔だった」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めていない」
シンが言う。
「俺も見張りました!」
露伴はシンを見る。
「君は主に食べていただけだ」
「でも見張ってました!」
「口の周りにソースをつけながらか?」
シンは慌てて口元を拭く。
「えっ、ついてました?!」
キラが笑う。
「少しだけね」
ラクスも微笑む。
「とても美味しそうに召し上がっていましたわ」
シンは少し照れた。
「美味しかったので……」
トニオは嬉しそうに言う。
「それが一番デス」
露伴は手帳を開いた。
アスランがすぐに見る。
「何を書くつもりですか」
露伴はため息をつく。
「感想だ。安心したまえ」
そして、手帳に書く。
**キラ・ヤマト。
戦う時より、休む時の方が不器用。
料理によって、少しだけ肩の力が抜ける。**
**ラクス・クライン。
人前の微笑みとは別に、食卓で見せる静かな安堵がある。
呼吸が深くなる瞬間が興味深い。**
**シン・アスカ。
料理への反応が素直。
キラへの忠誠心は相変わらず高い。
ソースをつけたまま護衛宣言をする。**
そして最後に、露伴は少し強めの筆圧で書いた。
**アスラン・ザラ。
取材妨害能力が高い。
呼称の変化により警戒レベルが可視化される。
キラとラクスを取材するには、まずこの男をどうにかする必要がある。**
手帳を閉じる。
アスランが聞いた。
「今、何を書きました」
露伴は答える。
「君が邪魔だった、ということだ」
アスランは静かに言う。
「なら、成功です」
露伴は苦々しく笑った。
「本当に厄介な男だな」
キラは少し申し訳なさそうに、でも楽しそうに言う。
「でも、今日はありがとうございました。料理、本当に美味しかったです」
ラクスも頷く。
「心まで少し軽くなったようですわ」
露伴は二人を見る。
その表情は、来た時より少しだけ柔らかい。
読めなかった。
だが、見えたものはあった。
それは漫画家として、決して悪い収穫ではない。
「まあいい」
露伴は立ち上がる。
「今日はこれで十分だ」
アスランが言う。
「次はありません」
露伴はすぐに返す。
「それを決めるのは君じゃあない」
「俺が止めます」
「やはり厄介だな」
シンは元気よく言った。
「また来たいです! 料理、美味しかったので!」
キラが笑う。
「うん。また来ようか」
ラクスも微笑む。
「次は、純粋にお食事だけで」
アスランは露伴を見る。
露伴はそっぽを向いた。
「……努力はしよう」
「信用できません」
「最後まで失礼な男だ」
トニオは、にこやかに一行を見送った。
「またのお越しをお待ちしておりマス」
その日、岸辺露伴はキラとラクスを読むことには失敗した。
だが、料理で少しだけ力を抜いた二人の表情と、それを守ろうと警戒レベルを上げ続けるアスラン・ザラ、そして美味しい料理に素直に喜ぶシン・アスカは、十分に面白かった。
岸辺露伴は、店を出ながら小さく呟いた。
「次は、アスラン抜きで誘うか」
すぐ隣から、アスランの声がした。
「聞こえています、露伴先生」
露伴は舌打ちした。
「呼び方だけ戻すな」