守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

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アスラン・ザラはようやく味わう

「今日は、露伴さん抜きで予約したんだ」

 

キラ・ヤマトがそう言った時、アスラン・ザラは一瞬だけ動きを止めた。

 

場所は、トニオ・トラサルディーのイタリア料理店の前。

 

以前、岸辺露伴に招待されてこの店に来た時、アスランは食事をした。

確かに料理は食べた。

 

だが、味わったかと言われると、少し怪しい。

 

あの時のアスランは、終始露伴を見張っていた。

 

岸辺露伴先生。

露伴先生。

露伴さん。

露伴。

貴様。

 

呼び方が変わるほど、警戒レベルが上がっていた。

 

シン・アスカが元気よく言う。

 

「じゃあ今日は、露伴さんを見張らなくていいんですね!」

 

キラは笑う。

 

「うん。今日は本当に、食事だけ」

 

ラクス・クラインも穏やかに微笑んだ。

 

「よかったですわね、アスラン」

 

アスランは真面目な顔で頷く。

 

「ああ。今日は食べる」

 

シンが首をかしげる。

 

「前も食べてましたよね?」

 

「食べてはいた」

 

「味わっては?」

 

アスランは少しだけ黙った。

 

「……確認しながらだった」

 

キラが苦笑する。

 

「確認っていうか、露伴さんをずっと見てたよね」

 

「必要だった」

 

ラクスが口元に手を当てて笑う。

 

「今日は、その必要はありませんわ」

 

アスランは店の入口を見た。

 

次に、通りの向こうを見る。

 

そして、反対側の路地を確認した。

 

シンがすぐに言う。

 

「アスランさん、今入口と路地見ましたよね」

 

「確認だ」

 

キラが笑う。

 

「まだ始まってないのに」

 

「習慣だ」

 

ラクスは柔らかく言った。

 

「では今日は、その習慣も少しお休みなさいませ」

 

アスランは少し困った顔をする。

 

「努力する」

 

シンは拳を握った。

 

「俺は今日は料理を味わいます!」

 

キラが言う。

 

「シンは前回も味わってたよ」

 

「はい! でも今日はもっと味わいます!」

 

「それはいいことだね」

 

四人が店に入ると、トニオが笑顔で迎えた。

 

「イラッシャイマセ」

 

キラが軽く頭を下げる。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「こちらこそ。前回より、皆サン少しリラックスしていマスね」

 

シンは胸を張る。

 

「今日は露伴さんがいないので!」

 

トニオは少しだけ首をかしげる。

 

「露伴先生は、本日はご一緒ではないのデスね」

 

アスランが即答した。

 

「いません」

 

その声があまりに早かったので、キラが少し笑った。

 

「アスラン、即答だね」

 

「確認済みだ」

 

「そこまで?」

 

「必要だ」

 

トニオはにこやかに言う。

 

「では本日は、お食事をゆっくり楽しむための料理にいたしマス」

 

ラクスが嬉しそうに微笑む。

 

「素敵ですわ」

 

席に案内されると、アスランは自然に入口が見える席を選ぼうとした。

 

キラが先に言う。

 

「アスラン、今日は入口見なくていいよ」

 

アスランは止まる。

 

「……そうだな」

 

ラクスが促す。

 

「今日は、いちばん料理を味わいやすいお席で」

 

シンが言う。

 

「アスランさん、こっち座りましょう! 料理がよく見えます!」

 

アスランは少しだけ迷ったあと、入口に背を向ける席に座った。

 

キラが小さく拍手する。

 

「おお」

 

シンも言う。

 

「すごいです、アスランさん!」

 

アスランは眉をひそめる。

 

「座っただけだ」

 

ラクスは微笑む。

 

「でも、大きな一歩ですわ」

 

アスランは何も言わなかった。

 

ただ、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。

 

トニオがまず、四人を順に見る。

 

「キラ様は、前回より呼吸が落ち着いていマス」

 

キラは少し照れたように笑う。

 

「そうですか?」

 

「ハイ。ですが、まだ休む時に少し遠慮がありマス」

 

ラクスがキラを見る。

 

「キラ」

 

「うん。今日はちゃんと休むよ」

 

トニオはラクスを見る。

 

「ラクス様も、前回より表情が柔らかいデス。今日は、人前のための笑顔ではなく、お食事のための笑顔になっていマス」

 

ラクスは少し目を細める。

 

「まあ。そう見えますか?」

 

「ハイ」

 

キラは優しく言った。

 

「いいことだね」

 

「ええ」

 

次に、トニオはシンを見る。

 

「シン様は、大変わかりやすいデス」

 

シンは目を丸くした。

 

「俺ですか?」

 

「ハイ。お腹も、感情も、準備ができていマス」

 

シンは少し赤くなる。

 

「そんなに出てますか?」

 

アスランが言う。

 

「出ている」

 

「アスランさん!」

 

キラが笑う。

 

「でも、今日はいいんじゃないかな。美味しいものを楽しみにしてるってことだし」

 

シンはすぐに笑顔になる。

 

「はい!」

 

最後に、トニオはアスランを見る。

 

「アスラン様」

 

「何だ」

 

「今日は、胃が少し楽そうデス」

 

シンが反応する。

 

「胃が楽そうってわかるんですか!?」

 

トニオは頷く。

 

「前回は、警戒で胃が固くなっていマシタ」

 

キラが小さく吹き出した。

 

「アスランらしい」

 

アスランは真面目に言う。

 

「露伴さんがいたからだ」

 

シンも頷く。

 

「それは仕方ないです!」

 

ラクスは楽しそうに言った。

 

「今日は露伴さんはいらっしゃいませんから、胃も安心ですわね」

 

アスランは少しだけ不本意そうに答える。

 

「……そうだな」

 

最初の前菜が運ばれてきた。

 

彩りのよい野菜と魚介。

軽い酸味。

オリーブオイルの香り。

皿の上に、静かな始まりが整えられている。

 

トニオが説明する。

 

「まずは、身体を食事へ向ける前菜デス。緊張をほどき、味を受け取る準備をしマス」

 

シンは一口食べた。

 

「美味しいです!」

 

トニオは嬉しそうに頷く。

 

「ありがとうございマス」

 

キラも食べる。

 

「うん……優しい味だね」

 

ラクスは静かに頷く。

 

「酸味がとても穏やかですわ」

 

アスランは少し遅れて口に運んだ。

 

そして、黙った。

 

シンがすぐに聞く。

 

「アスランさん?」

 

アスランは、きちんと咀嚼してから答える。

 

「……美味い」

 

キラが笑う。

 

「今、ちゃんと味わってたね」

 

「味わっている」

 

シンが感心したように言う。

 

「アスランさんが料理に集中してる……」

 

アスランはシンを見る。

 

「何かおかしいか」

 

「いえ! いいことです!」

 

ラクスが微笑む。

 

「今日は、ようやく味わえますものね」

 

その言葉に、アスランは少しだけ視線を落とした。

 

「……前回も、料理が美味しいことはわかっていた」

 

キラが言う。

 

「うん」

 

「だが、落ち着いてはいなかった」

 

「うん」

 

「今日は、落ち着いて食べる」

 

シンは元気よく言った。

 

「はい!」

 

アスランは少しだけ眉をひそめる。

 

「なぜお前が返事をする」

 

「なんとなくです!」

 

キラが笑った。

 

次に出てきたのは、温かいスープだった。

 

白い器から立ち上る湯気。

野菜の甘みと香草の香りが、柔らかく広がる。

 

トニオが言う。

 

「これは、休むためのスープです。身体が、休んでよいとわかる味を目指しマシタ」

 

キラはスープを飲んで、少し目を閉じた。

 

「……ああ、これ」

 

ラクスがキラを見る。

 

「キラ?」

 

「前に飲んだ時も思ったけど、なんだか安心する」

 

ラクスも一口飲む。

 

「本当に。深く息をしたくなる味ですわ」

 

トニオは微笑む。

 

「呼吸は大切デス」

 

シンはスープを飲んだ瞬間、ぱっと顔を輝かせた。

 

「これも美味しいです!」

 

アスランが言う。

 

「シン、少しゆっくり飲め」

 

「味わってます!」

 

「早い」

 

「美味しいので!」

 

キラが苦笑する。

 

「そのやり取り、前もしたね」

 

ラクスが言う。

 

「シンは、美味しいものを美味しいと言うのがとても上手ですわ」

 

シンは照れたように笑う。

 

「そうですか?」

 

「ええ。聞いているこちらまで嬉しくなります」

 

シンは嬉しそうに姿勢を正した。

 

「ありがとうございます、ラクスさん!」

 

アスランはスープをゆっくり飲んだ。

 

入口は見ない。

窓も見ない。

露伴もいない。

 

ただ、スープの温度と香りを受け取る。

 

不思議な感覚だった。

 

警戒を完全に解いているわけではない。

それでも、少しだけ緩んでいる。

 

アスランは小さく言った。

 

「……確かに、休むための味だ」

 

トニオは嬉しそうに頷いた。

 

「ハイ」

 

パスタは、魚介と香草を使った軽いものだった。

 

皿が置かれた瞬間、シンが前のめりになる。

 

「これ、絶対美味しいやつです!」

 

キラが笑う。

 

「食べる前から?」

 

「匂いでわかります!」

 

アスランが言う。

 

「落ち着け」

 

「はい!」

 

シンはフォークを取る。

 

「いただきます!」

 

一口。

 

「美味しいです!!」

 

トニオが笑う。

 

「とても良い反応デス」

 

シンはさらに嬉しそうになる。

 

「キラさん、これ食べました?」

 

「今から食べるよ」

 

「ラクスさんも!」

 

「いただきますわ」

 

「アスランさんも、ちゃんと味わってください!」

 

アスランはフォークを止めた。

 

「なぜ俺にだけ念押しする」

 

「前回、見張ってたので!」

 

「今日は見張っていない」

 

「なら大丈夫です!」

 

アスランはパスタを食べた。

 

香り。

塩味。

魚介の旨味。

麺の食感。

 

一つずつ、きちんとわかる。

 

「……美味い」

 

キラが楽しそうに言う。

 

「今日のアスラン、それ多いね」

 

「美味いからな」

 

シンが目を輝かせる。

 

「アスランさんが素直に言った!」

 

「普段から言う」

 

キラとラクスが同時に少し笑った。

 

アスランは二人を見る。

 

「何だ」

 

キラは首を振る。

 

「ううん。いいと思う」

 

ラクスも微笑む。

 

「とても」

 

アスランは少しだけ居心地悪そうに、もう一口パスタを食べた。

 

メイン料理は、それぞれ少しずつ違っていた。

 

キラには、胃に負担をかけない柔らかな肉料理。

ラクスには、白身魚と野菜の優しい皿。

アスランには、過度な緊張をほどく香草を使った一皿。

シンには、エネルギーをきちんと補う、少し力強い料理。

 

シンは自分の皿を見て感動していた。

 

「俺の、なんか強そうです!」

 

アスランが言う。

 

「料理に強そうという感想はどうなんだ」

 

トニオは微笑む。

 

「シン様には、元気を正しく使う料理デス」

 

シンは真剣に頷いた。

 

「正しく使います!」

 

キラが言う。

 

「料理に誓ってる」

 

ラクスは楽しそうに笑う。

 

「でも、シンらしいですわ」

 

キラは自分の料理を食べる。

 

「……美味しい」

 

その声は、とても静かだった。

 

ラクスが見る。

 

「キラ」

 

「うん。なんだか、身体が急かされない感じがする」

 

トニオは頷く。

 

「キラ様は、無理に元気を出そうとしない方がよい時がありマス。休めば、必要な時に力は戻りマス」

 

キラは少しだけ目を伏せた。

 

「そうですね」

 

ラクスも白身魚を口に運ぶ。

 

「私の料理も、とても穏やかですわ」

 

キラが言う。

 

「ラクスに合ってる」

 

ラクスは微笑む。

 

「キラにも、合っておりますわ」

 

二人は、静かに笑い合った。

 

アスランはそれを見ていた。

 

前回なら、ここで露伴が動かないかを確認していた。

今回は違う。

 

ただ、友人たちが食事をしているのを見る。

 

それだけでよかった。

 

シンはメイン料理を食べながら、感動していた。

 

「これ、すごいです。力が出る感じなのに、重くないです!」

 

トニオは嬉しそうに言う。

 

「よかったデス」

 

アスランが言う。

 

「シン」

 

「はい!」

 

「美味しいからといって急ぐな」

 

「はい!」

 

「本当にわかっているか」

 

「わかってます!」

 

キラが小さく笑う。

 

「アスラン、やっぱり見張ってるね」

 

アスランは少し考えた。

 

「これは警戒ではない」

 

ラクスが言う。

 

「では?」

 

アスランはシンを見る。

 

「監督だ」

 

シンが叫ぶ。

 

「子ども扱いじゃないですか!」

 

アスランは平然と答える。

 

「必要な監督だ」

 

「アスランさん!」

 

キラは肩を震わせて笑っていた。

 

デザートは、季節の果物を使った軽い菓子だった。

 

甘すぎず、香りがよく、食事の最後を穏やかに締める。

 

シンは一口食べて、目を輝かせる。

 

「これも美味しいです!」

 

アスランが言う。

 

「シン、それは今日何回目だ」

 

「わかりません!」

 

「数えていないのか」

 

「美味しかったので!」

 

ラクスが微笑む。

 

「数えるより、味わう方が大切ですわ」

 

シンは嬉しそうに頷く。

 

「はい!」

 

キラもデザートを食べながら、少し外を見る。

 

「今日は、本当に普通に食事できたね」

 

ラクスが静かに言う。

 

「普通だからこそ、贅沢なのかもしれませんわ」

 

アスランは頷いた。

 

「ああ」

 

シンが言う。

 

「また来ましょう!」

 

キラは笑う。

 

「うん。また来ようか」

 

アスランは静かに言った。

 

「露伴さん抜きで」

 

キラが振り向く。

 

「そこは強調するんだ」

 

「重要だ」

 

ラクスは楽しそうに言った。

 

「では、次も純粋なお食事会ですわね」

 

シンが元気よく手を挙げる。

 

「賛成です!」

 

食事を終え、四人は店を出た。

 

トニオが深く頭を下げる。

 

「またのお越しをお待ちしておりマス」

 

キラは言う。

 

「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」

 

ラクスも続ける。

 

「心まで休まりましたわ」

 

シンは満面の笑顔で言う。

 

「全部美味しかったです!」

 

アスランは少しだけ間を置いた。

 

そして、静かに言った。

 

「今日は、ちゃんと味わえた」

 

トニオは嬉しそうに微笑む。

 

「それは何よりデス」

 

店の外に出ると、夜風が心地よかった。

 

アスランは一度だけ周囲を確認した。

 

シンがすぐに言う。

 

「アスランさん、今見ましたね」

 

「確認だ」

 

キラが笑う。

 

「でも一回だけだったね」

 

ラクスが微笑む。

 

「大きな進歩ですわ」

 

アスランは少しだけ不本意そうに言った。

 

「……食事は終わったからな」

 

シンは元気よく言う。

 

「次は最初から最後まで確認なしで行きましょう!」

 

アスランは即答した。

 

「それは無理だ」

 

キラとラクスが同時に笑った。

 

その日、アスラン・ザラはようやくトニオの料理を味わった。

 

警戒のためではなく。

護衛のためでもなく。

誰かを止めるためでもなく。

 

ただ、友人たちと一緒に、美味しいものを食べるために。

 

それは戦場の彼には似合わないほど穏やかで、けれど、今の彼には必要な時間だった。

 

シンは帰り道でも言った。

 

「また行きましょうね、キラさん!」

 

キラは笑う。

 

「うん」

 

ラクスが続ける。

 

「もちろん、アスランも」

 

アスランは少しだけ目を細めた。

 

「……ああ」

 

そして、最後に付け加えた。

 

「露伴さん抜きでな」

 

キラは笑いながら言った。

 

「わかったよ」

 

四人は、ゆっくりと夜道を歩いた。

 

その日は、誰も取材されなかった。

誰も読まれなかった。

誰も通行止めにされなかった。

 

ただ、美味しい料理を味わった。

 

それだけの、良い夜だった。

 

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